閑話 葵の視点 中村家家族会議

 「ふんふんふふふーん♪」

 「鼻歌なんて珍しいね」


 「だって私のお誕生日祝の計画を立てているんだもの」

 「そうか、もう19歳か」


 「ちょっと! 女性の年齢を口にするのはアウトだよ!」

 「ま、まだそんな年じゃないでしょ。真由美みたいな――いだッ?!」


 デリカシーの無い父が、食器を洗っていた母の手から放たれたフォークによって苦しめられる。危ないけど、父さんも父さんなので特に言及しない。


 天気は晴れ。4月上旬ということで、日中は春の季節特有の暖かさを感じる日だったけど、もう夕方の今は少し肌寒い。そんな今日になんと私、中村葵の19歳の誕生日会の計画を自分で企てていた。


 学校が終わった私は家に帰ってきて、一日の仕事を終えた父さんと一緒にリビングに居る。


 「自ら進んで計画立てるなんてそんなに楽しみだったの?」

 「私が一日主役になる日だよ?」

 「はは。小学生みたいに燥ぐね」

 「大学生です。それに何をしても許される日だし」

 「発想も小学生だった......」


 う、うるさい。


 それに今年の私の誕生日会は私だけを祝う訳じゃない。


 なんと和馬君も加えるのである。


 いつだったか、去年のこの時期に彼と一緒にし仕事していた際、普通二輪の免許を取ったのが、16歳の誕生日を迎えてからすぐだったと聞いた。


 私は具体的に日付を知らなかったけど、陽菜と千沙は知っていた。


 さすがの一言に尽きる。


 「泣き虫さんも一緒に祝うと言っても、彼の誕生日は過ぎているのよねぇ」

 「まぁ、私のついでだし、迷惑だなんて思わないでしょ。決めたのは思いつきだけど」

 「さて、葵へのプレゼントはいいとして、彼には何がいいのかな」


 「“葵”とかどうかしらぁ?」

 「ちょ! だからそういうのやめてって!」

 「ああ、そんなことしたら彼に“死”をプレゼントしちゃいそうだ」


 誕生日当日に、知り合いに耕されたら末代まで呪われそう......。


 ちなみに言い出しっぺは私である。ある時、陽菜がプレゼントだけ渡すつもりよと言っていたので、もうそれなら皆で盛大に祝っちゃおって私は言ったのだ。


 これを受けて皆は快くOKを出してくれた。そして当然、和馬君にはサプライズである。


 そう言えば陽菜の誕生日はあんまり盛大にできなかったなぁ。私も陽菜も受験シーズン真っ只中だったし、ケーキを皆で囲って食べたことくらい。


 その分、私の誕生日でパーッとやりたい!


 「ケーキも予約済みOK。クラッカー等のパーティーグッズもOK。あとは――」


 と、私が言いかけたところで、不意に玄関のドアが開け閉めされた音が聞こえた。


 千沙は母さんの実家でお世話になっているから、帰ってきたのは当然陽菜だ。


 「ただいま」

 「「「おかえり」」」


 案の定、制服姿の陽菜である。


 余談だけど、最近、毎朝制服を着る度に鏡の前で陽菜がニマニマしているのは背景に和馬君が関わっているからだろう。


 それなのに学校で何かあったのか、帰ってきた陽菜の目は死んでいた。


 「ど、どうしたの?」

 「元気ないね」

 「何かあったのかしらぁ?」

 「それが......」


 心配になった私たちは末っ子に直接聞いてみた。そんな私たちに躊躇う様子も無く、陽菜は口を開いた。相談してくれるみたい。


 うんうん。どんな悩みでも家族で考えれば解決できるよ。


 「和馬に彼女ができちゃった」

 「「「......。」」」


 家族で解決できることと、できないことくらいあるよね。うん。



 *****



 「それでは今月一回目の中村家家族会議を始めます」

 「すごいね。さっきまでの和気藹々とした雰囲気が一瞬で崩れたよ」

 「当たり前じゃない。それどころじゃないもの」

 「ゆくゆくは今後の中村家に関わってくる大問題よぉ」


 現在、私たちは今月初の家族会議を開催したところである。千沙は母さんの実家に居るので4人だけど、事が事なので緊急で家族会議の始まりだ。


 開催した理由は帰宅した陽菜の一言、和馬君に彼女ができたという未だに信じられない事実である。


 千沙にはまだ知らせていないけど、正直、陽菜以外の私たち3人は何かのドッキリだろうと思ってさえいる。和馬君には失礼だけど。


 「というか、千沙姉を参加させなくていいの?」

 「「っ?!」」

 「まぁ、週末に帰ってきたときでいいんじゃない? まずは俺たちだけでって感じで」


 「それもそうね」

 「そ、そうだよッ! 千沙に伝える必要は無いんじゃないかな!」

 「え、ええ、そうよぉ。なんでも正直に伝えることが正しい訳じゃないのだからぁ」

 「ふ、二人してどうしたの? すっごい早口だったけど」


 家族会議に千沙の名前が出たことで、必死に千沙の参加を否定する母と長女である。


 それもそのはず、だって――


 「週末デートじゃん......」

 「シッ!」

 「「?」」


 和馬君と千沙はデートする予定なんだもん......。


 というか、言える訳ないじゃん。妹が楽しみにしてた日に来た異性が、実は彼女持ちだったんですって、言える訳ないじゃん。


 ほんっと何してんの和馬君んんんんんんん!!


 「じゃあ本題に入るわよ?」

 「「......あい」」

 「そんな大袈裟にする必要ないんじゃないかなぁ」


 当然、陽菜にも週末、和馬君と千沙がデートするなんて言ってない。


 というか、言える訳ないじゃん。末っ子の好きな異性が次女と週末デート行きますなんて、言える訳ないじゃん。


 ほんっと何してんの和馬君んんんんんんん!!


 「和馬が今日のお昼休み、私のクラスの女子に廊下で告白されたわ」

 「「「“お昼休み”? “廊下”で?」」」


 「ええ。私もびっくりよ。なんなら桃花のだけど、スマホで証拠の動画撮ってたから」

 「「「“動画撮ってたから”?!」」」


 「なんというか、色々とあって......。正直、和馬も私もその後気絶して保健室運ばれたから結果が曖昧なのよねぇ」

 「「「“気絶”?! “保健室”?!」」」


 ちょ、どんな状況? 情報量が多すぎて全く想像つかないんだけど。


 なんで和馬君と陽菜は倒れたの? 告白されて? いや、だからなんで気絶?


 「そ・れ・よ・り・も! 問題は和馬が女子に告られたってことよ! 茶髪ツインテ巨乳吊り目女に!」

 「すごい詰め込んできたね......」

 「その特徴を言われると、確かに泣き虫さんの好みよねぇ」

 「待って。和馬君のことだから、好みとかそれ以前に告られたらOKしそうだよ」


 禿同。彼なら脊髄反射的なアレで即OKしそう。


 「で、保健室に運ばれた後は?」

 「以降、和馬とその子は接触してないはずよ。少なくとも私と桃花が下駄箱で見張っていた限りは」

 「お母さん、そんな子に育てた覚えないわぁ」

 「お父さんも」


 長女もです。


 今更だよね。もうここまで来たら貫いてほしいと思ってさえいるよ。


 「一緒のクラスなのよね? 陽菜はその子と話したことあるのかしらぁ?」

 「“今まで”では無いわ。おっぱいが桃花以上にあったから話しかけなかったのよ」

 「陽菜、私の胸見て言わないで」

 「なんちゅー理由......」


 た、例え同じ巨乳でもそんな恨めしそうな目で私の胸を見ないでほしい。別に何かしてこうなった訳じゃないし、願ったことでも無いんだから。


 と、そんなことを陽菜に伝えたら握りつぶされてしまうだろう。何がとは言わないけど、ナニがです。


 「でも保健室から戻ってきた後、桃花と彼女を問い質しに言ったのだけれど、なんか怪しかったのよね......」

 「“怪しい”?」


 「ええ。和馬のこと“和夫”って名前間違えたのよ」

 「え、好きな人なのに?」


 「本人は一目惚れに名前は関係ないとか力説してたけど、それ以外にも......普通は好きな人が目の前で倒れたら保健室まで同行するじゃない? 桃花によると、心配はしてたけど普通に教室に戻ったらしくて」

 「そ、それはなんとも言えないね」


 まぁ、男性である和馬君を運ぶには同じ男性じゃないと無理だし、その子が廊下で告ったことを後になって恥ずかしくなり、その場を離れたくなったのかもしれない。


 色々と詳細なことは不明だけど、陽菜の話によれば、教室に戻ってきた陽菜たちに和馬君の様態を聞かなかったことも不思議である。


 好意を抱いているのであれば、どんな様子だったのか気にするのは普通なことなのにだ。


 うーん。家族会議を始めちゃったけど、これじゃあ結論にまで至れないなぁ。


 「それで陽菜はどうするの? これから二人を見張る気?」

 「親としてはあまりしてほしくないわねぇ。できれば泣き虫さんのその交際も」

 「うーん。今日はドタバタしてたし、明日から和馬が本格的に動き出すと思うからそうしたいのは山々なんだけど......」

 「“だけど”?」


 そう言って陽菜は顎に手を付けて悩みだす。普段の陽菜ならば父さんの言った通り、尾行とかそもそも二人を近づけさせないとかしてもおかしくない。


 何を迷っているんだろう。


 「その女の弱みを早いとこ見つけたいわねぇ」

 「「「......。」」」


 うちの末っ子、かなりヤバい子だった。 


 「あ、もちろん、アレよ?! 別に和馬が好きだから別れさせるためとかじゃないわよ?! でもほら、リア充な奴がバイトしに来ているとイラつくじゃない? そんな感じのただの嫌がらせだから。心の衛生面の保持的な意味だから」

 「すっごい早口だね」

 「「......。」」


 そんな理由でまだ自分の恋路を隠そうとしている末っ子に、しばらく何も言えなかった母娘であった。

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