閑話 陽菜の視点 恋敵

 「ちょっと! あんた一体どういうことよ?! 和馬に告白するって正気?!」

 「ちょっと! 陽菜、授業始まる前に直談判って正気?!」


 保健室から戻ってきた私は、和馬を気絶させた原因である同じクラスの百合川 悠莉の席にさっそく向かっていった。


 この茶髪ツインテおっぱい吊り目女にッ!!


 「え、えっと、中村さんだよね?」

 「そうよ! そのうち高橋になると思うけど!」

 「落ち着いて! 陽菜、今大声でとんでもないこと口にしているから!」


 桃花が荒れ狂う私を落ち着かせようと必死になっている。


 この百合川という女は、私がこの教室に戻ってきたら一人でちょこんと席にいた。誰と話す訳でもなく、スマホをいじる訳でもなく、次の授業で使う教科書を眺めて!


 あんたみたいなおっぱい女は頭じゃなくて胸に栄養がいくって相場が決まっているもんなのよ! 勉強したって無駄! 桃花を見なさい! この美貌と巨乳な上に入試成績トップなのよ?!


 ......ぐすん。


 「その、わ、私、何か悪いことしたかな?」

 「2年のフロアの廊下のド真ん中で告る人なんていないわよ!」

 「そッ、そそれは焦った拍子に思わず......」

 「“焦った拍子”ぃ?」

 「あ、いや、なんでもないです」


 くッ。話せば話すほど嫌な女ね。可愛い上に内気って......和馬のドストライクゾーンじゃない。しかも少し吊り目なところが性格とギャップがあってなんというか......。


 そんなことを考えていた私を抑えている桃花が話題を自己紹介へと変えた。


 「わ、私は米倉 桃花だよ」

 「知ってます。それはもう、ええ、はい」

 「え?」

 「あ! いや、ゆ、有名ですので。お二人とも」

 「ああ、ね。なんかそうみたい」


 別に有名になりたくてなった訳じゃないけどね! というか、百合川あんたも有名でしょうが!


 入学式の後に帰った男子生徒があんたを思って無駄撃ち射精に勤しんでるわよ!


 「私は自己紹介しないわ! ねぇ、それよりなんで和馬に告白したの?!」

 「ちょ、ちょっと陽菜!」

 「え、えっと、それは」

 「“それは”?!」

 「顔近すぎだって! 百合川さんが困ってるよ!」


 困ってるのは私よ!


 私は百合川の両肩をがっしり掴んで彼女の目線を捉えていた。至近距離で睨んでいたとも言える。


 そんな百合川は興奮状態の私を前にして少し熱っぽかった。火照った感じとも言えるわね。か、風邪かしら?


 そう思った私は少し冷静さを取り戻しつつ、彼女の様子がおかしかったので解放した。


 「わ、私は、高橋和さんに一目惚れしたので」

 「和よッ!! 一目惚れした相手の名前間違えるってどういうこと?!」


 「っ?! そ、それはその」

 「あんた和馬が好きじゃないのよね?! そうよね?! そうと言ってよ!」


 「す、好きです! というか、一目惚れするのに名前なんて関係ありません! 忘れていても仕方ありません!」

 「関係あるでしょうがッ!!」


 私が百合川の胸倉を掴み始めようとしたところで、さすがに桃花が必死になってこれをやめさせた。


 そしてタイミング悪く、キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴った。最後の授業の開始である。


 「ほら、陽菜。席に戻ろ?」

 「チッ」

 「ま、またね?」


 くッ。命拾いしたわね!


 悔しくて歯軋りをした私であった。



******



 『キーンコーンカーンコーン』

 「じゃあ、気をつけて帰りなさいよ」

 「桃花ッ! 行くわよ!」

 「え?!」


 私は帰りの会が終わった途端に、何がなんだかわかっていない桃花を連れて教室を出た。もちろん荷物を手短にまとめさせて。


 「なッ?! なに?! 急いでどこ行くの?!」

 「どこって下駄箱よ!」


 「帰るの?!」

 「帰らないわよ! 待ち伏せ!」


 「誰を?!」

 「あんの和馬バカよ!」


 私は下駄箱に向かうまでの道中、桃花に簡潔に説明をすることにした。


 「ハァハァ! ゆ、百合川さんのことだよね?! じゃあ私たちの教室にお兄さんが来るんじゃない?!」

 「私もそう思ったわ! 和馬のことだから壁伝いで窓から入ってくるかと思った!」


 「そ、そこまでの奇行はしないと思うけど」

 「でも、そんなの一年生を怖がらせるだけだし、和馬のことだから冷静に考えて一年の下駄箱に向かうはずよ!」


 「なんというか、信頼しているって言えばいいのかな?」

 「当たったらぶん殴るけど!」


 当然ね! 二年生の先輩が後輩女子を待って下駄箱付近に居たら殴りもんよ!


 万が一の可能性としては、桃花が言ったように、和馬が直接私のクラスに来ることもあり得るけど、それでも下駄箱で何食わぬ顔して、ベ○ータみたいに腕組んで人指し指と中指を立てて待っている確率が高いッ!!


 それに下駄箱なら1年生の下駄箱に張り付いていなくても、2、3年生が使う下駄箱も隣接している場所だから、“付近”に居れば別に周りの生徒からは後輩女子を待っているように見えない。


 視界の端で百合川をサーチすればいいだけ。


 「と、というか、百合川さんはもういいの?! あの子をつけていれば確実じゃない?」

 「再会の雰囲気をぶち壊すって最低じゃないかしら?!」

 「これも十分該当するよ!」

 「そもそも再会も会話もさせたくないわッ!!」


 我ながら醜い感情である。まぁ、それもこれもあのバカのせいなんだけど。


 猛ダッシュした私たちは早々に下駄箱に着き、上履きから外履きに履き替えて辺りを見渡した。かなり全力で走ったため、息をするのが辛いと感じる女子高生たちである。


 「ハァハァ......。か、和馬の、ことだから、絶対、下駄箱で、待ち、伏せ、してくると思うわ」

 「ハァハァ......なんで、私まで......。も、もしかして、見張る気?」


 「ったりまえじゃない! 桃花、あんぱんと牛乳!」

 「無いよぉ〜。帰ろうよぉ〜」


 桃花が私に泣きついてきた。あんぱんと牛乳は冗談にしても見張りはマジだわ。


 しかし30分近く待っても和馬は来なかった。代わりにぞろぞろと帰宅や部活に向かう生徒たちが私たちを通り越していく。


 どういうことかしら? もしかして本当にうちのクラスに?


 「一回教室に戻る?」

 「困ったわね。本当は私がこの場に残って桃花を教室に向かわせたいんだけど、それはさすがにあんたに悪いし」


 「もう十分悪いよ」

 「逆に私が向かったらあんた帰るでしょ?」


 「秒だね、秒」

 「うーん。困ったものねぇ」


 と、悩んでいた私だけど、


 「あれ、中村さん? それに米倉さんも」

 「っ?!」

 「あ、百合川さん」


 宿敵ライバルが現れたわ!


 「どうしたんですか? こんな所で」

 「聞いてよぉ〜。陽菜がさ〜」

 「百合川――さんに聞きたいのだけれど、ここに来る道中、もしくは教室で和馬と会ったかしら?」


 「え? いや、会ってませんけど......」

 「ちょっと、いきなりそれはないんじゃない?」

 「......ごめんなさいね。たしかに少し興奮してたわ。帰っていいわよ。というか、このまま自宅に直行しなさい」


 隣りに居る桃花が「少し?」と私を見つめてくるけど、気にする必要もないので無視した。


 良かった。よくわからないけど、和馬は百合川さんに会おうと行動した訳じゃないのね。実際はしているのかもしれないけど、不発に終わったのならそれに越したことは無いわ。


 私はそう思いながらも百合川が校門に向かう後ろ姿をじっと見つめていた。


 「私たちも帰ろうか」

 「ええ。でもその前に、和馬が既に帰ってるかどうか確認したいわ」

 「え、どうやって? お兄さんの下駄箱を見るの? 靴がどこに入ってるかわかるの?」


 桃花が尤もな疑問を私に聞いてきた。


 私はそんな桃花に対して得意気に、自分の鼻を指差した。


 「ふふ。ここを使うのよ!」

 「......。」


 なによその目。



*****

〜その後〜

*****



 「あ、和馬。何してんだ? 校門の前で」

 「くそッ! 上履きのまま外出て悠莉ちゃんを待ってたんだが、もう一つの校門から帰っちゃったのかもしれない!」


 「な、なんで上履きのまま?」

 「その......“ハンター”が放出されていたからだ」

 「......。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る