第334話 脊髄反射ってすごい

 「お、和馬、戻ってきたか」

 「うい。心配かけたな」

 「ああ、告白されて気絶しちまうお前の頭が心配だった」

 「......。」


 失礼にも程があんだろ。いや、事実なんだけどさ。


 現在、俺は今日の残りの授業を受けるべく、保健室から教室に戻ってきたのだが、どうやら授業がちょうど終わった時間帯らしくて、残された授業はあと1科目だけとなった。


 そんな俺に対して周りは、


 「おい、やべぇ奴が帰ってきたぞ」

 「ああ、昼休み中に急に廊下でぶっ倒れた和馬だろ。後輩女子から告白されて、な」

 「ヤバいよね。女子も女子だし、TPOを完全に無視してあの高橋に告白するなんて......」

 「でもそれら考慮して、あの“百合川ゆりかわ 悠莉ゆうり”ちゃんだぞ? 羨ましすぎる」

 「ああー、俺もあんな可愛い子と付き合いてぇ」


 と噂していた。


 やっぱ現実だったんだな......。まだ実感が湧かないや。


 そんな俺に裕二はいつも通りに接してきた。俺は次の最後の授業が始まるまで裕二と話すつもりでいた。と言っても、偶然なことに俺と裕二は席が隣同士なのである。


 「で、噂は聞いてるけど。マジなんだよな?」

 「ああ、マジだ。正直、俺も信じられない」

 「どうすんだ? 告白受けるのか?」

 「受けるも何も、脳が処理する前にOK出しちゃったよ」

 「脊髄反射かよ......」


 禿同。ヤバい身体になっちまったもんだ。


 「じゃあ放課後は一緒に帰るのか?」

 「それがまだ連絡先すら貰えてないんだ」


 「ああ、気絶したからな」

 「どうしよ。今から悠莉ゆうりちゃんの教室に向かうべきかな?」


 「やめとけ。授業始まるぞ」

 「じゃあ授業終わったらこの教室の真上がちょうど一年生のフロアだから外から這い上がっていけばいいかな?」

 「ストップだ。まずはお前のアクセル開けっ放しの感情にブレーキを全力でかけろ。2年生が壁伝いに窓から入ってきたら停学と通報案件だぞ」


 だよな。ちょっと、いや、かなりキモいこと言ったよな。これで引かれたらお終いだ。紳士に行こう。


 紳士に(大切なことなので2回言いました)。


 「なぁ、裕二。俺は初めての彼女なんだが、何をすればいい?」

 「とりあえず、理由はどうあれその場で倒れちまったお前に非がある。授業が終わればお互い下校になるだろ? なら一年生フロアに向かうんじゃなくて下駄箱で待ってて、その子が来たら謝れ」


 「下駄箱は1階、ここの教室は3階......飛び降りても大丈夫か?」

 「ダイジョばない。まず窓から出ていこうとするな。普通に下駄箱に向かえ。そんな焦らなくても相手だって逃げるようにして帰んねーよ。むしろ相手がうちのクラスに来てお前とすれ違うかもしれないな」


 「なんてこった......。クソッ!! なんで俺は一人しかいないんだッ!!」

 「わかった、和馬、もっかい保健室行け。できれば病院に行った方が良い。頭の方のな」


 ふむ、どうしたのものか。


 最悪、下駄箱で待てば、俺の教室に来てしまった悠莉ゆうりちゃんが諦めて帰ろうとしたときに会えるはず。


 正直、傍から見たら俺の行為は相当引かれるものだが、他に手段が無い。どこのクラスなんだろう? 陽菜には絶対聞けないし、桃花ちゃんも素直に協力してくれるかどうか......。


 「つーか、まさか後輩女子可愛さランキングでトップ3がお前と関わりがあるなんてな......。一人はお前に告るし、一人はもはや奥さんだし」

 「ちょっと、その言い方は誤解を招くらからやめてくれない? 陽菜とは別にそんな関係じゃないし」


 「“陽菜”ちゃんとは誰も言ってないぞ」

 「言ってるようなもんだろ。というか、“トップ3”ってもしかして悠莉ゆうりちゃん入ってるの?」


 「ったりめーだろ。高校デビューでブラウンカラーに髪を染めたのか、あの身長であの巨乳。ちょっとした吊り目が内気な性格とギャップを生んで、男子の間じゃ話題の的よ」

 「ズリネタにした男共殺すか」

 「彼氏面通り越してもはや狂気の沙汰」


 当たり前だろ! 俺の彼女になってくれるかもしれない女子なんだぞ。そんな人、有限人類の中で1人いるかいないかだ。


 あ! 恋は盲目ってこのことか!


 「でさ〜、あとそのトップ3で陽菜ちゃんと悠莉ちゃんの他に一人居るんだけど――」

 「ああ、桃花ちゃんだろ。米倉 桃花」

 「なッ?! おま、知ってたのかよ!」


 俺が未だ後輩女子可愛さランキングトップ3について語っている裕二の言葉を遮って、おそらくそのトップの中に入っているだろうもう一人の名前を口にした。


 「いや、知るも何も陽菜と同じ中学出身で俺らの後輩だ。お前も一度会っているぞ」

 「え?! どこで?! というか、あんな子いたっけ?」


 「まぁ、俺も会って間もない頃はわからなかったしな。桃花ちゃんは年がら年中マスクしてたり、髪型が今と違ったんだよ」

 「ああー、俺、女子の顔覚えるのは得意だけど、マスクずっとしている奴はさすがに覚えていなかったなぁー」


 「で、俺んちで一回会ったろ」

 「そう言われると......あ、もしかしてヤリマンJCか!」


 「そうそう! そいつだよ、そいつ!」

 「全然、イケメンの俺になびかなかったからすぐ忘れたわ。んでもって、お前のカキタレ――がッ?!」


 俺は無言で裕二の頭を引っ叩いた。さっきから誰かさんを俺の奥さんと言ったり、誰かさんを俺のカキタレとかありもしないこと言うからである。


 そんな根も葉もない噂、悠莉ちゃんの耳に入ってみろ。この学校の男子全員の息子をちょん切ってやるわ。


 ちなみに桃花ちゃんが裕二とあったのは去年の12月だった気がする。そんときはありもしない事実のせいで俺は桃花ちゃんにアフピ代2万払ったんだよな......。


 童貞すら卒業していないのにアフピ代あげるってなんの罰ゲームなんですかね。


 「お前なぁ。あの後、散々違うって言っただろ」

 「ああ、ちゃんと童貞なんだっけ」

 「否定も肯定もしづらいな」

 「大丈夫、その返事が答えになっているから」


 裕二が俺を童貞だとちゃんと認識したことで、こいつの頭の上には“?”が浮かび上がった。


 「あれ? たしかあんときあの子、自分の口で『ヤリマンです』的なこと言ってなかったか? お前と寝たなんて率先して嘘吐くっておかしくないか?」

 「まぁ、あの子頭おかしいから。常識とか誠実さをおっぱいの成長に全振りしちゃった子だから(笑)」

 「ああー、なるほど」


 最低な会話をしている男子高校生二人である。


 そして次の授業の開始の予鈴が鳴ったことで、この最低な会話は終わりを向かえた。科目は数学で俺と裕二が一年生の頃にお世話になった担任教師が担当する。ついでに今年も同じ担任教師でもある。


 さて、この授業が終われば俺は彼女を向かえに行けるぞー!


 「じゃあ授業始めるぞー。......あ、高橋。聞いたぞ。お前、保健室の先生をイジってただろ。独身でイジるのはやめろよ。誰にも触れてほしくないウィークポイントなんだからな」

 「ああー、そう言えば先生もでしたね」

 「よし、廊下に立ってなさい」


 どいひ。



*****



 『キーンコーンカーンコーン』

 「んじゃ、気をつけて帰れよー」

 「っし。行ってくるわ!」

 「おう、達者でな」


 授業が終わり、最後の最後で帰りの会も終えた俺は、放課後に特に予定が無い裕二を置いて、さっそく一年生の下駄箱の所まで向かった。


 本当は全力疾走しようと思ったんだけど、よく考えたらこれからは周りの人たちに勘違いされる言動は控えるべきなので却下した。


 だって、これから俺と悠莉ちゃんはカップルになっていくかもしれないんだし、俺に前科というか、変な噂があったら迷惑をかけるかもしれない。


 なら今までのように女子の胸や尻をチラ見したり、男子たちとの楽しかった猥談もやめる覚悟でいかなければ。


 だから歩いて下駄箱に向かう。競歩の選手に負けないくらい。あ、それじゃ駄目だ。


 「おし。授業終わりのすぐに直行したからまだ生徒は少ないな」


 すぐに下駄箱に向かった俺は、辺りに居る生徒の数がまだ少ないことからまだ悠莉ちゃんは帰っていない可能性が高いと考えた。


 まぁ、相手も直行して帰るわけないもんな。


 と、そこで俺はほぼ脊髄反射の域で廊下の柱の物陰に身を潜めた。


 「マジかよ......」


 それはなぜか――


 「ハァハァ......。か、和馬の、ことだから、絶対、下駄箱で、待ち、伏せ、してくると思うわ」

 「ハァハァ......なんで、私まで......。も、もしかして、見張る気?」


 ――息を切らした陽菜が目的地に居たのを見かけたからだ。ついでに桃花ちゃんも。後者に至っては面倒くさいと言わんばかりに嫌そうな顔をしている。


 こいつら、さては教室から走ってきたな......。


 「ったりまえじゃない! 桃花、あんぱんと牛乳!」

 「無いよぉ〜。帰ろうよぉ〜」

 「......。」


 神様ぁあぁぁぁぁぁああああ!!

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