第333話 やっと春が来た

 「高橋さんッ!! ひッ、ひひひひ一目惚れしました! 私と付き合ってくださいッ!!」


 陽菜には「お互い初めてが良い」と我儘を言った。


 千沙には「現状維持で」と我儘を言われた。


 会長には「理想の相手が見つかるまで」とナマ言った。


 そんな俺でも、


 ちゃんとものは考えて発言しなければならない俺でも、


 きっと後になってこの選択を後悔してしまうかもしれない俺でも、


 「す、末永く、よろしくお願いします」


 “カップル成立”という言葉には勝てなかった。



 *****



 「ちょ! え、ちょ! 色々とツッコミたいんだけど! 何からツッコめばいい?!」

 「俺に聞かれても......。まぁ、悠莉ゆうりちゃんにそのうち突っ込むんだし」

 「気が早いよ!!」


 天気は晴れ。ってか、天気とかどうでもいいわ。“晴れ”を主張するより、春が来たことを主張したい。


 俺に春が来たことを。


 俺は今しがた信じられない現実を前に思考が馬鹿になっている自覚がある。


 もちろん、この学校の生徒ではないと思っていた桃花ちゃんの登場とハグに驚いているんじゃない。いや、十分驚けるけど。それより重大なイベントが起こった。


 その重大なイベントとは――


 「あ、ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」


 ――1年1組の百合川ゆりかわ 悠莉ゆうりちゃんに告白されたからだ。


 年齢=彼女いない歴のこの俺に、だ。


 しかも彼女は今、俺の手を握っている。


 「......。」

 「あ、あの、高橋さん?」


 悠莉ゆうりちゃんは茶髪ツインテおっぱいガールだった。身長は俺なんかより低く、150......あるよな? それくらい慎重差があった。陽菜より少し高いくらいだ。


 また少しばかりの吊り目が愛らしい子である。


 「..........。」

 「た、高橋さん?」


 そんな子が黙っている俺に、手を、手を......


 「て――――を」

 「高橋さんッ?!!」


 俺の意識はそこでぷつりと途切れた。



 *****



 『先輩ッ! 週末のデートはディズニーに行きたいです!』


 『あ、あの、私も先輩のクレープ食べたいなって』


 『今日は先輩が好きなおかずをお弁当に入れてきました。も、もちろん手作りです』


 『ほ、ほら。あーんしてください。先輩がどうしてもって言うからですよ? は、恥ずかしいんで早く口を開けてください!』


 『放課後......先輩の家に行ってもいいですか?』


 『せ、先輩、私、もう我慢できません!』


 『は、初めてなので、優しくシてください......』


 『あ、おはようございます。昨晩はその、激しかったというか、逞しかったというか......い、今! 朝食を並べるので顔を洗ってきてください!―――』


 「―――チュンチュン」

 「んあ?」


 目が覚めると視界には見知らぬ真っ白な天井が広がっていた。そして付近の窓から微風そよかぜが吹いてきて俺の肌を撫でる。


 え、どこ? 雀の鳴き声?


 というか、さっきの夢? いや、予知夢であってほしい。


 「チュンチュンって......ああ、これが“朝チュン”か」

 「昼だ、馬鹿野郎」

 「あいたッ?!」


 未だ仰向けで寝ている俺は、顔面にプラスチック製の板のような物で叩かれて目覚める。まず先に高さ的に鼻に当たったため、鼻にツーンとした痛みが生じた。


 俺は上体を起こして辺りを見回した。


 ここって......


 「保健室?」

 「そうだぞ。初な心の持ち主、高橋君」

 「あ、独身の田所先生」

 「殺すぞ」


 保健室の先生が一番言っちゃいけない言葉だろ、それ。


 っていうか、生徒が起きた途端にクリップボードで叩いたよな。


 どうやら俺は知らぬ間に保健室に運ばれていたらしい。原因は不明。保健室の中に入るのは先週の身体検査のとき以来で、特に久しぶりに来たって訳でもない。


 そんな俺は目の前に居る女性職員に殺害予告をされたのだ。


 相手は田所たどころ 真里まりという30代前半の女性である。先程、俺が言ったようにこの人は“独身女性”ということで有名で、俺ら男子高校生はそのことでよくイジり倒していた。


 「30分くらいここで寝てたぞ。午後の授業の時間は大丈夫か?」

 「まぁ、1回くらい休んでも大丈夫かと。先生こそ時間大丈夫ですか? 籍を入れさせてもらえそうな相手は見つかりましたか?」

 「殺したい相手なら今見つけた」


 何が原因で独身女性なのかわからないんだよな。だってこの人、すっげぇ美人だし。


 黒髪セミロングでスタイル抜群。白衣の中にはそのスタイルから身体のラインを自慢したいのだろうか、夏は薄手のノースリ縦セタ、冬は厚手のオフショル縦セタを着ていて、別名“縦セタ行き遅れ美女”と呼ばれている。


 無論、白衣を着ていてなぜノースリーブとかオフショルとかわかるのかと言うと、この保健室の先生は普段から白衣を着崩して羽織っているから肩や首元が丸見えなのだ。


 本人曰く、暑いから、と言い訳をしているが、ならセーター着るなって話である。


 もちろん男子生徒及び男性職員はこれを不問としている。理由は言わずもがな。また一部の女子からブーイングされるが、それで辞めるほど独身女性してない。


 詰まるところ、田所 真里は必死なのだ。


 「まぁ、お前を運んできた生徒から大体の事情は聞いたが、一応本人からも聞くぞ」

 「どうぞ」


 保健室に来た生徒への問診が始まった。あちらも仕事なので、俺のこの軽症な状態を見ても決まりだからやらなければならないのだろう。


 俺も気を失うまでの記憶が曖昧だ。たしか百合川ゆりかわ 悠莉ゆうりちゃんに、周りに生徒が居るにも関わらず、廊下のド真ん中で告白されたんだよな。


 あれ、俺に対してだよな? 後ろに偶々居た他の男子生徒じゃないよね? 『高橋和馬さんですか』って言ってたよな?


 そっか、俺、告白されたのかぁ。


 「どこか痛むところがあるか?」

 「しいて言えば胸ですね。ドキドキします」


 「持病か? 常備薬でもあるのか?」

 「いえ。突発的な症状です」


 「原因に心当たりは?」

 「おそらく女子から告白されたことによるものかと」


 「......。」

 「先生、僕のこの病は治るんでしょうか? せめて余命を知って残りの人生を謳歌したいです」


 ここで独身女性職員は無言のまま生徒の胸倉を力強く掴んできた。首を絞める勢いである。


 「安心しろ。余命あと数十秒だ」

 「ぜんぜーぐるじいでふ!」


 「ねぇ、殺していい? 運ばれてきた生徒が独身女性を煽ってくるから殺していい?」

 「ぞろぞろじにぞうです!」


 「ああ〜、結婚なんて反対だ」

 「ぼうりょくはんだいぃ!」


 さすがに保健室の先生ということから生徒を手にかけることはないので、ものの十数秒で解放された男子高校生である。


 いや、保健室の先生云々じゃなくて秒で首絞めてくんなよ。


 煽り耐性低いな。独身は沸点が低いから困る。


 「ちょっとうるさいですよ。ここ保健室じゃないですか」


 男子高校生と縦セタ行き遅れ美女は隣のベッドから声がしたのでそちらに振り向いた。


 保健室のベッドには個別にカーテンが設けられていて、そのカーテンが勢いよくシャーっと開かれ、中にいる人がうるさい俺たちを叱ってきたのだ。


 叱った相手は俺にドッキリを仕掛けてきた桃花ちゃんである。


 「やっほー。お兄さん、元気?」

 「お、お前なぁ。うちの高校に入ったんだったら言えよな。騙しやがってよぉ」

 「でも楽しめたでしょ?」

 「楽しめたのお前だけ」


 こいつには盛大に驚かされた。まさかこの高校に入学していたとは。


 陽菜が俺にこのことを黙っていたのは狡猾な桃花ちゃんに口止めされていたからかもしれない。


 と、なるとだ。あの米倉LX店というお弁当屋さんの娘が桃花ちゃんだった説が濃厚になってくる。


 あ、もしかして裕二が俺に以前、「可愛い子を3人見つけた」って言ってたな。そのうち1名が陽菜で、もう1名が桃花ちゃんという線もある。実際可愛いし、おっぱいも大きいから注目の的だろう。あと一人は......。


 とりあえず今は状況を整理したいので考え込まないようにしよう。


 「なんで桃花ちゃんがここに居るの? もしかして俺を運んでくれた生徒って桃花ちゃん?」

 「なわけないじゃん。近くに居た先輩方が担いでここまで運んでくれたんだよ」

 「あ、そう。じゃあなんで桃花ちゃんがここに?」

 「それは――」


 と彼女が言いかけたところで、今しがた開かれたカーテンの向こうから見知った女子生徒が現れた。


 陽菜である。


 「ったく。聞いたわ。告白されたショックで気絶したって。あんたどうかしてるわよ?」

 「陽菜もその事実を目の当たりにして倒れたんだよ?」


 お前もかい。お前も気絶したんかい。


 「ふっ。私が? 桃花、あんたは頭良いけど、遂におかしくなっちゃったのかしら?」

 「陽菜は馬鹿な上に現状が把握できないくらい現実逃避してるよね」


 「現実逃避ってなんのことかしら? 私は気づいたら保健室で寝てただけ」

 「“気づく”までの過程が思い出せないんだよね」


 「悪い夢を見ていた気がするわ。まさか和馬が女子から告白されるなんて」

 「紛れもなく事実だよ? これで5回目の説明になるからよく聞いてね? お兄さんは告白されてぶっ倒れたの。つられて陽菜もぶっ倒れたの」


 陽菜もあの現場を見ていたのか......。そして気絶したのか。告白されて気を失った俺も大概だが、なんでお前もって話。


 というか、やっぱ現実だったんだな、あの告白。


 ............。


 ちょ、未だ実感が湧かないんだけど、マジ? 俺が?


 「先生、とりあえず今から告白してくれた子とデートしたいので早退しますね」

 「帰んな。授業中だろ。授業に参加しろ。告白してくれたその頭おかしい子も授業受けてんだろ」

 「人の彼女を頭おかしいってなんですか! 撤回してください!」


 俺は先生に前言撤回しろと抗議するが、縦セタ行き遅れ美女は年齢関係なく“リア充”にアレルギー反応を起こしてしまうので冷たくあしらわれる始末に。


 それでいいんか、保健室の先生だろ。


 「ほ、放課後デートなんて許すわけないじゃない。というか、和馬、それ夢の話だから。あんたに告ってくる頭おかしい女子なんかこの世に存在しないから」

 「授業はまだ終わってないよ、陽菜。ほら、私たちも教室に戻ろ?」

 「嫌よ! 頭おかしい子と同じ教室で授業受けたくないわ!」

 「もう事実って認めてるじゃん......」


 あっちはあっちでなんか大変なことになってるな。


 そりゃあそうか、あの告白が事実だったら俺は陽菜の気持ちを裏切ったことになるもんな。いや、元々付き合っている訳じゃないんだし、裏切ったという表現はおかしい。


 そんなことを考えていた俺らを前に、「はぁ」と溜息を零す独身職員(30代〜)が口を開いた。


 「なぁ。私はなんて記録用紙に書けばいい? 運ばれきた生徒二人の様態や問診内容をどう記録すればいい?」

 「「え」」


 「一人は異性に告白されて気絶しました。もう一人はそれを見て気絶しましたってか?」

 「「......。」」


 「ねぇ? ナメてる? 保健室の先生って暇そうって思ってない? だとしたら殺していい?」

 「「.........。」」


 「こっちの身にもなれよ。気づけば30代突入だよ。もう幸せってなんなのかわっかんねーよ」

 「「............。」」


 「運ばれてきた生徒が独身の私を煽ってくるとかなんなの? 私が何したって言うの? 縦セタがいけないの?」

 「え、えっと、その」

 「あの、僕たち、そろそろ教室に戻ります......」

 「早く帰れよ。カルテが赤く染まる前にな」


 半分は俺らが悪いけど、もう半分は私情ですよね。口にできませんが。


 こうして俺たちは、独身女性を過度に口撃してはいけないと肌で学習し、各々教室に戻るのであった。


 同時に、我が校はあんなヤバい先生を雇って良かったのだろうかと疑問に思ってしまうほどに。

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