第319話 葵の視点 落下物はなぜか逆さになる
「「「「お誕生日おめでとう(ございます)!!」」」」
「嬉しいわぁ。皆ありがとう」
「温泉旅行の件もありがとう。真由美と一緒に子供や思い出作りができて楽し――ふぐッ?!」
時々、父親を選べないという理不尽さに苛まれることがある。
母さんから脇腹に肘鉄を食らった父さんは四つん這いになった。さすがに18歳差はなぁって思っちゃう。冗談であってほしいけど。
天気は晴れ。と言っても、今はもう夜で数時間経てば日付が変わる頃合いだ。そんな時間帯に私たちは両親のお誕生日会を開催した。本人たちはもうお誕生日会で喜べる歳じゃないと言っているけど、こういうのは皆で祝ってこそなんぼだと思う。
「久しぶりに夫婦二人っきりで楽しめたわぁ。娘たちが居ない空間というのも偶には良いものねぇ」
「あ、そういうこと言うんだ」
「ええ、あんまりです。拗ねますよ?」
「気持ちはわからないでもないけど、真正面から言われるとねぇ」
「じょ、冗談よぉ。寂しく思ったのも本当だから」
祝い事の場だからか、珍しく母さんが私たちにそんな冗談を言った。半強制的に二人で温泉旅行に行ってもらったけど、楽しんでくれたのならなによりである。なぜなら母さんが冗談を言うときは大体上機嫌なときが多いからだ。
「泣き虫さんもありがとう」
「大したことしてませんよ。それに普段、自分はお世話になりっぱなしですから、こういうときにしかお役に立てません」
「あら、謙虚ねぇ」
「もしお礼をしてくれると言うのであれば、今度は自分と葵さんの二人で温泉旅行したいです」
「不遜だったわぁ」
ま、まぁたそういうことを言う。
そんな願いを堂々と母さんに言った彼は千沙に脛を蹴られ、陽菜には逆水平チョップ、父さんには首を絞められるという始末に。
皆の前で言うなんて自殺行為に等しいからね。
「あ、コレ、皆にお見上げね」
「「「「?」」」」
「......私は無関係だからねぇ。全部その人が決めて買った物だから」
和馬君を首絞めから解放した父さんは温泉旅行で買ってきたお見上げを私たちにそれぞれ配った。母さんはそれを見てどこか呆れ顔である。
貰った物は......Tシャツ?
それも無地で黒一色のTシャツだ。あ、いや、なんか中央に書いてある。
「“働きすぎ注意”?」
「私のには“第二の母です”ってなんか不名誉なことが書かれているのだけれど」
「......あの、“自宅警備中”って喧嘩売ってます?」
どうしよう。着る機会が無いTシャツをプレゼントされちゃった。
私が貰ったTシャツには“働きすぎ注意”と書いてある。父さんから見て私ってそんなに働きすぎかな? 自覚ないけど、コレを着る気になれないや......。
“第二の母”ってなに。もしかして母さんの次に家事で頼れるからそんなTシャツを陽菜にあげたのかな? これ捉えようによっては“浮気相手”だよ。
千沙の“自宅警備中”というTシャツだけちゃんと的を得ているね。うん。
「そんなに嫌だった?!」
「そんなことありませんよ。自分は気に入りました」
「高橋くぅーん!!」
父さんはお世辞を言った和馬君に
そして和馬君を見ればさっそく受け取ったTシャツを着ていた。もちろん彼のTシャツにも何かプリントされていて、それは―――
「「「う、」」」
「“
「「「いや、どう読んでも、う――」」」
「“
そ、そうだね。そうとも読むね。そうしとこう。
交際経験とかの意味じゃないよ、きっと。
うん。
「きっと農業という一年間の仕事のサイクルを体験した自分に、“この一年を忘れないように”と意を込めてのTシャツでしょう。とても気に入りました」
「え、いや、そっちじゃなくて――」
「きっと!! 農業という一年間の仕事内容のサイクルを体験した自分に、“この一年を忘れないように”と意を込めてのTシャツでしょう?! ねぇ?!」
「う、うん。その通りだよ! さっすが高橋君! わかってるね!」
「当然ですよ! はははははは!」
「は、はは。あははは」
あ、あははは。和馬君の目が全然笑ってないや......。
そんなこんなで騒がしさを取り戻した祝の場では、いつもの食卓の上に6号サイズのホールケーキと、各自好きな飲み物を手元に置くかたちになっていた。
直売の仕事で忙しかったから飾り付けができなかったしね。
ちなみにテーブルの上にあるこのホールケーキは先程、和馬君と私が仕事着のまま発注したケーキ屋さんまで取りに行った代物である。イチゴだけじゃなくて桃やブルーベリー、キウイにオレンジなど色取り取りに盛り付けられているホールケーキだ。
「こ、このマジパンプレート......」
「気にしないでいいのよぉ」
「そうそう。味は一緒なんだから」
中央にはマジパンプレートがあり、“HAPPY BIRTHDAY まゆみ&"と書かれていて、父さんの名前が書かれている所だけ何故か綺麗に生クリームの部分に埋まって見えなかった。
持ち帰る途中、このホールケーキを軽トラの荷台に乗せるわけにもいかなかったので、和馬君の膝の上に乗せてもらったのだが、おそらく局所的に加重でも与えてしまったのだろう。
だから父さんの名前だけ見えない。
しかしケーキが入っていた箱には凹んだ跡すら無いのにこの有様とは不思議なこともあるもんだね。
そんなに気にすることじゃないと思うけど、人一倍責任感の強い彼は負い目でも感じているのかもしれない。
「そ、そうじゃなくてですね。いや、自分が悪いんですけど......くそッ!」
「「「「「?」」」」」
ほ、本当に気にしなくていいのに。
彼は何故か悔しそうにしながら、ホールケーキを取り出して用済みになった箱を畳んで捨てるためにハサミで展開していく。
「私、ケーキ切ってくるね」
「私はお皿とフォークを用意するわ」
「あ、私、マジパンプレート食べたいです!」
私はケーキを6等分に切るため、キッチンへ運ぶことにした。
良かった。和馬君も居てちょうど6人だし、切るのには困らないな。5等分に切るってすごい難しいんだよね。
私はそう思いながらケーキをキッチンに運ぼうとするが―――
「あ」
『ベチャッ』
「「「「「......。」」」」」
や、やってしもうた......。
******
「まぁ、これで大体6等分に切れたかしらね」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい......」
「き、気にしないでぇ? 形が崩れても味は一緒よぉ」
「うんうん。見た目なんて二の次さ」
「そうですかね? このケーキの惨状を見て食欲失せません?」
「お、お前なぁ......」
本当に申し訳ない。
私たちの目の前には目分量で6等分された歪な形のフルーツケーキがある。
「でも見事だったわねぇ」
「兄さんの反射神経おかしいですよ。同じ兄妹とは思えないです」
「元々血が繋がっていないじゃない」
「しかしアレは人間辞めた動きだったよ。そこまでするかってくらい軽く引いた」
「それ褒めてます? 貶してます?」
本当に申し訳ない(大事なことなので2回言いました)。
そう、実は私がキッチンへ運ぼうとしたホールケーキはなんと和馬君が
いや、本当にびっくりしたよ。
完全に床に落としてしまったと思ったホールケーキを彼がギリギリで受け止めてくれたときは時間が止まったような感覚に囚われたもん。
無論、受け止めてくれたと言っても綺麗なホール状は衝撃で失われてしまって、多少床を汚したのは言うまでもない。それでもケーキを無駄にせずに済んだのは、彼が予め箱の接地面積を広くしてくれたおかげである。
「それにしてもよくキャッチできたわね」
「なんというか、こう言ったら葵さんに失礼だけど......『この人ならここぞというときにやりかねない』って心のどこかで思ってて」
本当に失礼だね。ぐうの音も出ないけど。
「それで見張ってたと。さすが高橋君」
「まぁ、葵姉もポンコツなところあるものね」
「陽菜、私を見て言うのをやめてください」
「姉妹ねぇ」
......。
ケーキ食べよ。
「葵さん、先程、やっさんと真由美さんも言っていましたが、味は一緒なんです。気にしないでください」
そのドヤ顔やめてくれない?
和馬君にイラッと来たので、私は彼の頬を軽く抓った。
「いはいれふ」
「ふん」
「ほらほら、早く食べちゃいましょ」
「そうね。生クリームが溶けると更に崩れちゃうし」
「そういえば私のマジパンプレートが見当たらないのですが......」
「あ、ここに
味は一緒だって?
そんなわけない。なぜかこっちの方が美味しい気がする。少なくとも私はそう思う。
形が崩れてしまってもそう感じてしまうのは、私が味音痴だからか、彼がこの場に居るからなのか、どちらにしても恥ずかしくて口には出せない。
本当に彼の存在には困ったものだ。
―――――――――――――――
ども! おてんと です。
次回でこの章最後になります。許してください。
それではハブ ア ナイス デー!!
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