第318話 子供だってやればできる
「ごめんね? 気持ちは嬉しいけど、昊空君と付き合えないよ」
「なッ?!」
ぶははははははは!! フられてやがんの! ぶははははははは!!
現在、俺は小学5年生が異性に告白した場において、腹を抱えて笑っている。そりゃあそうだ、葵さんは大学生になるんだぞ。中学生でもない、やっとち◯ぽに毛が生えてきたようなガキが付き合えるわけないわな。
「くくっ。ま、元気出して? ぷぷ、いつかきっと良い子に逢えるから。ぶふッ」
「......。」
「か、和馬さんのこと見損ないました」
「は、禿同」
当たり前だろ。冗談でも過去に何度か告白した俺をフってきた葵さんだぞ。ま、恋なんてそんなもんさ。
「ど、どうして......」
「普通に歳の差かな? 私18だし、昊空君は10歳前後でしょ?」
「と、歳の差なんてッ―――」
「昊空君は、ね。でも私は歳の差を気にするかなぁ」
「......。」
意外。年下でも告白されたら少なからず慌てふためくかと思ってた。淡々と断るとは予想もしてなかったな。
「昊空、希空、お待たせ。ごめんね? ずっと話し込んじゃってた」
息子の告白が終わったナイスタイミングで、二児の母ヤンママが俺らの下へやってきた。エアブレイカーとして役割を果たしてくれたことに感謝したい。
「ううん。和馬さんが私たちの相手してくれてたから平気」
「......。」
「ありがとう、和馬。二人も最近、和馬と遊べてなくて寂しがってたわよー。って昊空? どうしたの? お腹痛いの?」
「お、お兄ちゃんは今“しょーしんちゅー”だからそっとしておいて」
「.........。」
「そう? あ、はい、荷物持ってね、昊空。男の子でしょ」
傷心中って言ってるのに容赦ないな、このヤンママ。
それでも昊空君は母親から渡された荷物を抱え、親子三人は自宅がある方に足を向けた。
「じゃあ帰ろっか。和馬、葵ちゃん、ばいばい!」
「ばいばい」
「......。」
「ん。また買いに来てくださいね」
「またのご来店をお待ちしております」
落ち込んでいる昊空君以外、俺らは互いに手を振って別れを告げる。ふぅ、これでやっと小学生から開放されるぞ。
と、思いきや―――
「あ、葵さん! 俺、葵さんが年の差を気にしないくらいかっこいい漢になるから!」
「なに、告白? 玉砕? 男の子ねぇー。ごめんね、葵ちゃん」
「あ、あははは」
「無駄な努力はしない方がいいぞー」
「か、和馬さん大人気ない」
うっせ。
隣で苦笑いする葵さんは昊空君にあそこまで言われても
俺も子供相手に何をむきになってんだか。親子三人がこの場を去るまで見届ける俺たちであった。
*****
「もうそろそろ閉店の時間ね」
「うん。少しずつ片付けをしよっか」
「了解です」
直売店閉店の時間が近づいてきたので俺たちは、用済みになった空の
閉店間際ということもあってか、店内にお客さんは居ない。いくら地元人気店といっても開店から閉店までお客さんが絶え間なく来るわけじゃない。終盤なんてこんなものなんだろう。
また店内に並べられている品物の数も多くない。売り切れの品物もかなりあったらしく、残っている商品もほんの僅かである。繁盛したと言えば売上に繋がったことになるし、それまでなんだろうけど、店内に残っている品物が少ないというのも寂しさを感じさせる。
だから今からお客さんが来ても、満足できるような買い物はできないのかもしれない。
贅沢な悩みだな。
「バイト君、君は忙しいときに何をしていのかな?」
と、そんなことを考えていたら、今回の功労者の一人である巨乳会長が俺に聞いてきた。ニコニコしているが、目が笑ってない。
それもそのはず、過程はどうあれ、ヘルプで来た会長は
「子供の遊び相手をしていました......」
「へぇー。良いご身分だね」
「す、すみません」
「別に謝らくてもいいよ。ワタシはお会計という算数をして金銭を扱ってただけだから」
「......今度、何かするんで許してください」
「すごく漠然ときたね。でもそれが聞けてなによりだ。覚悟しといて」
僕は一体何をされるんだろう。期待と不安で愚息が膨らみそうで膨らまない。
「和馬は私が頼んだ子供の相手をしてくれたんです。覚悟させるようなお仕置きはやめてください」
「......人聞きの悪い。誰も“お仕置き”なんて言っていないと思うけど」
「顔に書いてあります。和馬の」
俺かい。まぁ、半分期待していたのは否めないが。
「そう。陽菜君の頼み事だったのならば責められないね」
「そ、そんなぁ......」
「ちょっとあんた。なんで残念そうな顔してんのよ」
別に。余計なことしやがってとか思ってません。
まだ営業時間にも関わらず、従業員の俺らはくっちゃべっているが、依然として客が来ることはなく、閉店間際ということもあって閉店の準備を本格的に行うことにした。
「では、後は私たちでできるので、達也さんたちには帰っていただいてかまいません。今日は本当にありがとうございました!」
「おう! 意外と楽しかったぜ!」
「ええ。初めてでしたが、面白い体験ができました」
店の片付けは中村家の従業員だけで事足りるので、今まで付き合ってもらった達也さんたちには帰ってもらうことにした。
いやぁ、今日は本当に助かったな。急なお願いでも快く受けてくれるとは、本当に器が大きい人である。
無論、直売店の営業の手伝いとは言えど、働いてもらったことに変わりないので相応の報酬を差し上げるべきだが、二人は断固として受け取ろうとしない。数時間という仕事内容ということもあって、そこまで高額な給金という訳ではないけど、中々首を縦に振ってくれないので後日違う形でお礼をするということで話がついた。
また達也さんは帰っても仕事があるということなので、
「美咲ー、帰んぞー」
「ん。......じゃあバイト君、次は学校で」
心做しか、会長は少し寂しそうな顔をして俺に告げる。そんなに直売店での仕事が楽しかったのかな? 初めての営業職であそこまで活躍できたのならそりゃあ達成感もあるか。
「はい。これからも学校の場だけではなく、ぜひバイトの時もよろしくお願いします」
「へぇ。そんなに私と働きたいんだ」
「? ええ(人数増えれば仕事の負担が減るし)、当たり前です」
「君は欲しい言葉を欲しいときにくれるよね」
「はぁ」
いやまぁ、働いてくれるなら俺に構わず日頃から西園寺家の皆のためにも頑張って働いてくれ。
こうして達也さんたちと会長がこの場を去ったところを見届けてから、俺たちは閉店の準備を進めていった。
店内のお掃除や幟旗の片付けや、客の間で使い回した買い物籠の汚れや不備がないかなどちょっとしたメンテナンスをすることで次の開店に繋げていく。単調な仕事が多いが、細かなところに気を配らないと事故の原因になり兼ねない。
「売れ残りが全く無いな」
「ええ。繁盛したってことよ」
「皆のおかげだよぉ」
というのも、葵さんに聞いた話では以前、こちらのミスでお客さんに迷惑をかけてしまった前科があるからだ。それも何回かあるとのこと。
例えば、買い物籠のメンテナンスなんかもそうだ。商品は葉物野菜など折れやすい野菜を扱うことがあるからか、千切れてしまった葉などが籠に残ったまま籠を積み上げて元の場所に戻すと、次にその籠を使う人は野菜の葉を“小さなゴミ”とみて「籠にゴミがある」と指摘してくることがあったそうだ。
しょうもないことで指摘してくる客だな、と言ってしまえばそれまでだが、経営者として監督不十分と捉えて再発防止に繋げないといけない。どんな客が来るかわからないからな。
マジ面倒だけど。
他にも、同じく“買い物籠”のことで言えば、耐久性の問題があったらしい。ここで扱われる商品は大根やスイカ、カボチャ、白菜など年がら年中重たい野菜があるので、それらをレジまで運ぶとなると籠にかなりの負担をかけてしまう。また安物の買い物籠という耐久性の無さからか、過去に一度、籠が壊れてしまったという失態もあったようだ。
だから日頃のメンテナンスは必然と欠かせなくなる。
そう考えながら俺は買い物籠を一つ一つチェックしていく。
「よし。大体終わったし、あとは会計確認と掃除かな」
「悪いけど、先に帰ってもいいかしら?」
「? 別にいいけど、何かやることでもあるの?」
「その、なんというか、千沙姉のあの勢いだと夕飯作りまでしだしそうで......」
「ああ......」
それは嫌だな。“嫌”って言っちゃった。
でも、そろそろ中村家ご夫妻が温泉旅行から帰ってくる時間帯のはず。陽菜が急いで帰る必要は無いと思うけど、万が一ってこともあるからな。
こうして千沙の晩ご飯作りを阻止すべく、陽菜には悪いが、徒歩で直売店から家まで帰ってもらうことになった。
なのでこの場に残っているのは俺と葵さんだけになる。
「あ、せっかく和馬君が居るんだし、棚とか台を動かして掃除してもらおうかな」
「いえ、早く終わらせて帰りましょう」
「はは、やっぱり面倒くさい?」
「まさか。今晩は真由美さんたちを祝うんですよね。ゆっくりしている暇はありませんよ」
「そうだった。なら早く終わらして帰らないと」
今日の計画を立てた葵さんが忘れちゃ駄目でしょ。まぁ、今日は忙しかったし、本題を忘れるくらい大変な思いを彼女が一番したのだから仕方ないか。
「しかし繁盛しましたね」
「アレでもいつもよりは少ない方だったよ」
「アレで、ですか」
「たぶんどこかのスーパーが野菜の安売りでもしてたんじゃないかな? うちは安い・新鮮が売りだからね。野菜だけじゃない商品が置いてあるお店が野菜の安売りをしたらお客さん取られちゃうよ」
はは、と葵が眉を
そんな葵さんは今日一日の売り上げの確認をし、俺は箒で軽く床を掃いている。
「和馬君、今日は本当にありがとう」
葵さんの顔を直視していない俺は、想いが籠ったその一言を聞いて一旦動きを止めてしまった。
しかしそれもほんの数秒のことで、葵さんの方に向くことなく作業を続ける。
美々しい笑顔だって見なくてもわかっていて、見たい気持ちはあるはずなのに見ようとしないのは......きっと早く仕事を終わらせたいからだろう。たぶん。
「自分は大したことしてませんよ」
「そんなことないよ。普段、仕事で忙しくしている両親に休日を取ってもらうことができたし、なにより直売店を―――両親の力を借りずに開くことができたのも和馬君のおかげだよ」
「自分だけじゃありませんよ」
「うん、和馬君だけじゃない。今日は皆のおかげで無事に営業できた。それを知ることができただけでも本当に良かった......」
今日の営業で何か得られるものが彼女にとってあったのだろうか。少なくとも今日だけに限った話ではない気がする。
もっと先を見据えたような、何かのきっかけ作りに成功したような面持ちだ。
そして気持ちを切り替えるためか、葵さんは手をぱんと叩いてこの話に終止符を打った。
「さてと。掃除は終わった?」
「ええ。そちらは?」
「終わったよ。じゃあ帰ろっか」
「はい」
「あ!」
「どうしました?」
「そういえば予約していたケーキを取りに行くんだった! お誕生日会には必須なのに!」
「ああ、忙しくてそれどころじゃなかったですもんね」
「ということで取りに行くよ! 和馬君!」
「え、この恰好のままですか?」
「ふふ、嫌なら徒歩で帰ってもいいんだよ?」
「それは嫌ですね。お供します」
我ながら男だということに呆れる。
徒歩で中村家に帰った方が絶対に早いのにそうしないのは、あともう少しだけ葵さんと一緒に居たいと思ってしまったからだ。
「ありがと。私もラジオ流すより、和馬君に褒められながらドライブした方が楽しいし」
「それいい加減卒業した方がいいですよ......」
こうして俺らは軽トラに揺られながら、場違いなケーキ屋に向かうのであった。
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