第315話 余計なヘルプはお呼びでない?

 「葵さん、荷台に運び終わりました」

 「よし、後は直売店に運ぶだけだね」

 「あ、ちょうどお昼時だわ」


 現在、バイト野郎と巨乳長女、ポニ娘の三人は、今から1時間後に控えている直売店開店に備えて準備をしているところだ。


 昨晩から各野菜のテーピングや袋詰めをしていたので、すでに野菜の商品化は終えている。後はそれらを軽トラの荷台に載せて中村家から直売店まで運ぶけだ。


 ちなみに1回では運びきれなかったので、すでに数回、お店の方に持っていったことにより、現在の軽トラの荷台はそこまで大荷物になっていない。


 「お腹空いたわ〜」

 「忙しく働いているとお腹減るよね」

 「では家に戻ってお昼ご飯を――」


 と俺が言いかけたところで、あることを思い出す。


 「「「......。」」」


 2人も思い出したみたい。


 そうじゃん、お昼ご飯は千沙が作るって我儘言ってたから、あいつが作ったのを食べないといけないじゃん。


 千沙が今朝早く起きてきたのはお昼ご飯の調理時間を確保するためらしい。そんな柄にもなくやる気な妹に対して俺らは強く言えず、変な料理や味付けをしないでほしいと願うばかりである。


 「どうする? ちゃんと食べる?」

 「た、食べないのはさすがに失礼でしょ」

 「二人は姉妹なんですから、責任持って自分の分も食べてください」


 「和馬君だって千沙のお兄ちゃんでしょ!」

 「そうよ! 都合のいいときだけ私たちに押し付けないで!」

 「あ、そうだ。達也さんに挨拶するという名目で、西園寺家でお昼ご飯食べてきます」


 「か、スさと々しさを兼ね備えたス掻き男だね......」

 「略して“和馬”」

 「ぶっ飛ばすぞ」


 今、マス掻き関係ねーだろ。


 うーん、妹が頑張って作ったんだし、我慢して食べようかな。“我慢して”って思っちゃった。こんな兄でごめんよ。


 「ご飯できましたよ!」

 「「「っ?!」」」


 突如、屋内の作業場に顔を出してきたのは、今まさに話題に上がっていた千沙本人である。俺ら3人はさっきまでの会話を本人に聞かれたのかと心配していたが、千沙の様子からして怯える必要がないと悟った。


 ただ俺らが戻ってくるのをじっと待っていられず、わざわざここまで催促しに来たようだ。


 良かった......。親しんでいる姉妹と兄が揃ってあんな会話してたなんて次女が知ったら向こう3週間は口利いてもらえない。


 千沙はエプロン姿で頭にはバンダナで作った三角巾を被っている。一目で家庭科の調理実習を思わせるその姿は、千沙の達成感に満ちた笑みも相まって年相応に見える。千沙は普段から何か行動するとき、このように「まずは形から」と言うので今回もそうなのだろう。


 「あ、ありがと。じゃあさっそくいただきましょ」

 「僕ぅ、お腹痛――」

 「和馬君が千沙の手料理をすっごい楽しみにしてたよ!」

 「っ?! でしょうでしょう!!」


 おい、巨乳!


 千沙も“でしょうでしょう”ってなに。どんだけ自信あんの。


 「私たちの分まで食べたいって独占欲がすごかったんだよ!」

 「ええ。そこまで言われたら私たちも譲るのに吝かではないわ」

 「そ、そこまで......。もう! また今度たくさん作りますから!」


 どうしよう。長女と末っ子への殺意が湧いてきてしょうがないんだが。


 陽菜はさっき、「食べないと失礼でしょ」って言ってたよね? 葵さんも――いや、こいつはなんも言ってなかったな。食べたいも、食べなきゃいけないも、何も言ってなかったな。姉としてそれはどうなの。そこら辺を詳しく問い質したい。


 「それに食べすぎて致死量に達したら困りますし」

 「「「......。」」」


 ねぇ、俺らは一体何を食わされるの?


 「ちょ、千沙」

 「冗談ですよ。なにマジになっているんですか。普通のお昼ご飯です」

 「ならいいけど......」

 「ちゃんとした料理ですから安心してください」


 ここまで自信たっぷりならスマホでちゃんと料理のレシピを調べて作ったのだろう。


 つまり失敗は無いはず。いや、あり得えない。


 だってレシピがあってそれ通りにしないって頭おかしいもん。母国語で記載されているその道から外れにいくって頭おかしいもん。


 「ふふ、きっと驚きますよ......」


 お兄ちゃん、すっげぇ心臓ばっくんばっくん鳴ってるんだけど。今からお昼ご飯を食べる心拍数には思えないんだけど。



******



 「「「こ、これは......」」」

 「素麺です」

 「「「......。」」」


 そ、そうめん......だと?


 作業着から部屋着に着替えた俺らは南の家に戻ってきて食卓の席に着いているのだが、千沙が作った料理を目にして絶句している。


 否、料理ではない。


 「え、ちょ、ん? えーと、ん?」

 「素麺ですよ?」

 「いや、わかってるけど、え?」

 「“え?”じゃなくて、素麺です」


 見りゃわかる。素麺ですね、コレ。この春真っ只中のこの時期に。いや、時期はどうでもいいけど。


 待って。お前、朝早く起きてきたよな? 『時間をかけて美味しい料理を作る』って言ってたよな。


 それが素麺? 10分もあれば全工程を終えられる素麺?


 ちょっとシェフの説明が欲しいんですが。どういった経緯で“素麺”という答えに辿り着いたのか説明してほしいんですが。


 「皆さん驚きすぎです。私だって素麺くらい茹でれます」

 「いや、時間かけてなんで素麺なのかというか、そもそも料理ではないというか......」

 「調理にも食事にも安心・安全・安定の素麺にしました。長い間考え抜いて出した答えです。それに素麺は料理です。キッチンに立って食材に触れたらそれはもう料理です」


 桃花ちゃんとどっこいどっこいだな、こいつ。


 「ま、まぁ、別にいいよ」

 「“変なものじゃなければ”?」


 「え、ええ。麺つゆがあればし」

 「“味に失敗ない”?」


 「ああ。それに作ったじゃなくて、だがな」

 「“茹でただけ”?」


 おっと、見る見るうちに妹の頬が膨らみ始めたぞ。それもそうか。せっかく作って(茹でて)くれたのにこの言い様では努力が報われないもんな。


 「もういいですよ! 皆さんには食べさせませんから! 私が一人で食べます!」

 「お、怒るなよ。謝るから俺にも食べさせてくれ」

 「ええ。これから仕事で動くんだから素麺くらいの軽さがちょうどいいわ」

 「うんうん。最初は余計なくらい意気込んでいたけど、努力することが正しい結果に繋がるとは限らないから簡単なものが正解だよ」


 「姉さんは絶対に食べないでくださいねッ!!」

 「それじゃあ、いただきます」

 「ちゅるッ......ん? やけに柔らかいわね」

 「ほんとだ。それになんか麺がくっついてるし」


 陽菜と葵さんの言う通り、素麺は所々くっついて麺全体的にべちゃべちゃと柔らかい。これ、アレだな。麺を茹でている最中に菜箸で解したり、茹で時間を間違えちゃった系のアレだな。


 「......た、食べられればなんでもいいでしょう?!」

 「「「......。」」」


 素麺ひとつまともに茹でられないとかなんなんお前。マジ卍る。



*****



 「いよいよ開店ですね」

 「うん。張り切っていこ」

 「お客さん、結構な人数並んでいるわね」

 「ああ。初参加の俺も足を引っ張らないように頑張るわ」

 「ワタシは足を引っ張るなんてありえないから、何かあっとしても客に非があることを前提にね」


 ちょっと待って。なんか若干一名、余計な会長が居る。客を客として扱う気がないヤバい奴が居る。


 バイト野郎、巨乳長女、ポニ娘とガチムチ兄ゴリラらの4人は予定通りに中村家の直売店で開店の準備を終えたところだ。そしてなぜかお呼びではない会長がこのスタッフ陣営に混じってる。


 「み、美咲ちゃん。手伝ってくれるのは助かるけど、お客さん第一に行動しようね」

 「わかってます。接客業は初めてですが、まぁ、ワタシはそこの後輩君より役に立ってみせますよ」

 「なんで俺」


 この春休みはご無沙汰だったからか、美咲さんはご機嫌斜めだ。そんな彼女とその兄は葵さんや陽菜、俺らと同じように中村家直売店の従業員用のエプロンを着用している。無論、ここに居る全員、私服参加だが派手な格好ではなく、質素な格好である。


 まさか達也さんと一緒に軽トラで美咲さんが来るとは思わなかった。予備のエプロンがお店にあって良かった。


 「美咲さんにまで手伝ってもらわなくても......」

 「野暮なこと言わないでよ、陽菜君。普段は真由美さんたちが居て、3人でこの店を営業しているんでしょ? 今日は5人と多いかもしれないけど、その分、不測の事態に対応しやすい余力がある」

 「そ、それはそうですけど」


 “不測の事態”をあなたが起こさなければいいんですがね。


 「それに家に居ると親が『受験生は勉強しろ』とうるさいんだ。勉強しなくても頭良いのにね」


 本音吐いた。聞いてもないのに本音吐いてきた。


 そうだよな。会長は進級したから受験生だもんな。どこの大学を目指しているのかわからないが、進学すると決まっているようだし。


 「がははは! 高卒の俺より立派にならないとな!」

 「はは、安心して。もし実家が経営破綻しても高卒ゴリラ以外はワタシが養ってあげるから」

 「「「......。」」」


 ちょ、大丈夫か、このヘルプたちは。


 これから本当に店を開いて良いのか心配になった俺達であった。

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