第314話 匂いフェチでも好きになれない臭いがある

ども! おてんと です。

前半は陽菜の視点となります。後半は和馬です。


――――――――――――――――



 「おはよ、葵姉」

 「お、おはよう、陽菜」

 「?」

 「いや別に......」


 朝から暗い顔した葵姉が挨拶してくる。


 私、中村 陽菜の朝は早い。時間にして6時前。普段は私の次にママが起きてくる。なぜ早起きを心掛けているのかというと、理由は2つある。


 1つ目は誰よりも早く起きて朝食の準備に取り掛かるためね。少しでも家事を朝のうちに終わらせると後が楽だし。


 「あの、悪いけど、和馬君を起こしてきてくれない?」

 「言われるまでもないわ!」

 「えっと......何があっても引かないようにね」

 「?」


 2つ目はこれ! 住み込みバイトで来ている和馬を起こせること! すっごい重要よ!


 未来の奥さんとしても、美少女が朝起こしてくれた方が男性は喜ぶはず。それに男性は朝勃ちする生き物で、朝は非常にムラムラする時間帯って言うからワンチャンあるかも。げへへ。


 「よくわからないけど、行ってくるわね!」

 「は、はさみを忘れずに」

 「ああ、そう言えばそうだったわね」

 「あとタオルも......」

 「“タオル”?」


 なんでタオルも必要なのかしら?


 葵姉から鋏とタオルを受け取った私は意図を理解できないまま、東の家に向かうことにした。


 和馬は昨晩、わざわざビデオ通話で鬼の形相と化した顔になったパパの言いつけにより、私たちの手によって手足を結束バンドで縛られた。


 あまりにも可哀想だったから、本当は電話を切った後に解放してあげたかったけど、万が一、億が一でも千沙姉とか葵姉が襲われたら困るし。


 あいつの童貞は私のモノよ。


 同じく私の処女もあいつのモノね。


 「だから縛ったままにしておいたんだけど......そもそもあの状態で寝れたのかしら」


 快眠とまではいかなくてもちゃんと寝れたのかしらね。和馬には今日も頑張ってもらいたいから睡眠不足は避けてもらいたいとこなんだけど、加害者である私が言えたことではない。


 無事に寝てくれたことを祈るわ。


 そうこう考えているうちに東の家に着いた私はタオルと鋏を片手に、さっそく和馬が寝泊まりしている一室に向かう。


 そしてサプライズと言わんばかりに戸を勢いよく開けた。


 「和馬、入るわよ! 起きな............さい?」


 部屋に入った私は漂ってきた刺激臭に眉をひそめた。


 普段、私は和馬の部屋に入ったら、すぐさま深呼吸を始める。もちろん特有のニオイを吸引するためよ。和馬の身体や衣類から発せられる体臭とかとかイカ臭さとかね。


 決して臭いわけではない。他の男と比べたことはないけど、少なくともパパより全然好き。


 というか、どんなニオイでも和馬から発せられるのならなんでも好き。


 と、言いたい匂いフェチな私だけど、この臭いは―――駄目ね。


 なに? 彼に何があったっていうの?


 「か、和馬、ちょっと部屋が臭うんだけど―――」

 「陽菜」

 「は、はい」


 和馬はダブルサイズの敷布団の上で、両手両足を縛られた状態のまま横になりながら、私に何か告げようとしている。


 その真剣な眼差しは私に向けられたものではなく、どこか遠い所をじっと見つめているみたい。


 思わず私は気圧されてしまった。


 「っ?!」


 そして同時にあることに気づいてしまった。


 「か、和馬、あんたまさか―――」

 「陽菜」

 「あ、はい」

 「頼む。後生だから、何も言わずに......何も言わずに、俺を解放してくれ」

 「......。」


 なんとも切ない申し出である。


 また和馬の顔をよく見ると、目元が真っ赤になっていたことに気づいた。一晩中泣いていたのかと思わせるくらい。


 すごく取り返しのつかないことをしてしまった気がする......。


 私は鋏で和馬の両手両足を縛っている結束バンドを、肌を傷つけないことを意識して切り取った。


 「......シャワーを浴びてくる。悪いが、布団は頼んだ」

 「え、ええ。任せてちょうだい」


 「今日が晴れで良かった......」

 「あ、あの、これ」


 「......ああ、タオルありがとう」

 「......。」


 そんな彼の虚ろな瞳は私の目と合うこともなく、何とも返しづらいその一言を最後に、私たちの会話は終わりを迎えた。


 「齢16にして?」と言ったらお終いである。きっとその一言を私が口ずさめば、彼はもう二度と中村家に来ないことが約束されているからだ。


 同時に加害者である私が絶対に言ってはいけないことでもある。


 部屋に残された私は、一部アメーバ状に湿ったダブルサイズの敷布団を抱えて庭に向かうのであった。



******



 「ふぁーあ。皆さん、おはようございます」

 「おはよ、千沙」

 「あら早いわね。すぐ朝食の準備をするわ」


 千沙が寝足りないと言わんばかりに眠そうな面してダイニングにやってきた。まだ着替えてもないし、髪もぼさくさだ。


 天気は晴れ。超晴れ。どれくらい晴れているかて言うと、濡れてしまった布団が午前中で乾きそうなくらい晴れてるの(笑)。


 HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!


 ふぁっきゅ!


 「あ、兄さん。昨晩は縛られたままでも良く寝れましたか?」

 「ちょ!」

 「千沙姉!」


 おっと、妹は兄に喧嘩を売りたいらしい。俺は別にいいぞ? 手マンで嫌ってくらい潮とか小便漏らさせてやっから。


 「すんすん......。あれ、兄さん、シャワー浴びました? すごく良い香りがします」

 「はは。実は朝シャン派なんだよ。な? 陽菜、葵さん」

 「「......。」」


 そんなこと聞いてもしょうがないが、加害者たちは自分がした過ちを正しく理解しなければ駄目だ。


 じゃないとバイト野郎がバイトやめちゃう。


 バイト野郎からバイトを取ったらただの一匹のオスだから。オスは今朝の出来事を異性に知られたらやっていけないから。


 ありもしないデ〇ノートを探すことに一生を費やす勢いになりかねないから。


 「? まぁ、兄が朝シャン派だろうと妹的にはどうでもいいですが......なんか兄さんの朝食、いつもより豪華じゃありません?」


 そう、千沙に言われた通り、今日の俺の朝食はいつも以上に豪華だ。


 小さく5層に重ねられたホットケーキの天辺には一切れのバターと垂れ流されたシロップ。その横には生クリームが添えられてある。また他には長めのハーブソーセージ、数種類の野菜で構成された色取り取りのサラダ、大きくハートマークが描かれた、ふわっふわのとろっとろのオムレツがある。朝からちょっと贅沢なメニューだ。


 ちなみにハートマークは葵さんにケチャップで無理矢理描かせた。


 マジうめぇ。


 「しかし千沙が早起きとは」

 「ああ、今日兄さんたちは直売店のことで忙しいでしょう?」


 「うん。千沙も手伝ってくれてもいいんだぞ」

 「嫌ですよ。面倒くさい」


 「お、お前なぁ」

 「あんな狭いとこで従業員を無駄に増やしてどうするんですか。それに私にはやることがあります」


 自分で自分を“無駄”って言えるのすごいな。でも千沙は以前、俺と一緒に直売店で仕事したじゃん。役立たずにはならないでしょ。


 それにやることってどうせゲームだろ。


 「皆さん忙しいんですよね。お昼ごはんはどうされるんです?」

 「え、お昼? そうだなぁ。今のうちに作り置きでもしておこうかな?」

 「大体の仕事は昨日終えたのよね。そうしましょ―――」


 「駄目ですッ!!」

 「「っ?!」」


 千沙は可愛らしく両腕でバツを作って大声を出してきた。


 なんだ、まさか千沙が料理したいから駄目なんて言っているんじゃないだろうな。


 「なに、またジャンクフードで済ませたいの?」

 「さすがに連日はちょっとねぇ」

 「そうだぞ。気持ちはわからなくもないが、ちゃんと栄養があるものを食べないと」

 「誰がジャンクフードを食べたいなんて言ったんですか......。私がお昼ごはんを作るんです」


 「「「え」」」

 「私が料理するんです」


 そのまさかだった。妹の料理したい宣言が発令されてしまった。


 そっちの方がよっぽど“駄目”だぞ。理由は言わずもがな。仕事を増やすなとだけ伝えたい。


 「い、いや、さすがにそれはちょっと」

 「そ、そうよ」

 「お前が料理していいことあったか? いや、無かった」

 「な、なんてドイヒなことを......」


 いや、正確にはあった。たしか千沙が約10年分の記憶を失ってロリっ子千沙ちゃんとなったときに俺と一緒に作ったカレーライスがそれにあたる。無論、そのことを千沙は覚えていない。


 「いいですか、私は料理の真髄を知ったんです」

 「ほう。ちなみに手段は?」


 「孤独◯グルメ」

 「伏せ字の使い方がおかしい」


 「?」

 「あ、いや。とにかく、そこから学べることは食事だから。料理の方じゃないから」


 しかし俺らがなんと言っても千沙はもう昼食を作る気満々だ。終いには千沙のこの熱意を無下にしていいのだろうかと、こちらが考え込んでしまうほどである。


 「仕方ない。お昼ご飯は諦めるか」

 「まぁ、鼻摘んで食べれば平気よ」

 「ちゃんとレシピ見てね」

 「わ、私の料理をなんだと思ってるんですか......」


 たしかに失礼だったな。めんご。でもそれだけの前科がお前にはあるから。


 「まぁ、いいです。私には秘策があるんで」


 盛大なフリきた。これはやらかす宣言と言っても過言じゃない。


 「いいですか、料理っていうのは、時間をかければかけるほど美味しくなるんです」


 煮込み料理でもする気かな?


 そうじゃなかったらNOですね。時間をかける=美味しさではありません。


 「まさかその謎理論でこんなに朝早く起きてきたの?」

 「謎理論とはなんですか、謎理論とは。時間をかけて美味しいものを作るんですよ?」


 どうしよう。これから仕事するのに気が気でしょうがない。俺らは一体何を食わされるんだろう。


 直売店開始時間に腹痛で誰も働けないなんて笑えないからね。


 「ふふ、楽しみにしていてください」

 「「「......。」」」


 守りたい、この笑顔。


 守りたい、俺らの胃。


 二律背反に苛まれる3人であった。

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