第313話 齢16にして?

 「はぁ。本当に父さんたちが居なくてもやっていけるかな」

 「......。」


 「ちょっと聞いてる?」

 「あ、はい」


 「和馬君的に見て私だけじゃ頼りない?」

 「さ、さぁ。......ところで葵さん、自分のこの状況を見てどう思います?」

 「え? いや、別に」


 “別に”? 俺を見て“別に”?


 現在、日付変わって深夜2時といった一般人が眠りについているであろうこの時間帯に、灯りが点いていない東の家の一室にてバイト野郎と巨乳長女が居る。


 片や男は両手の親指を背中の方で縛られ、加えて両足の足首も縛られている。結束バンドでな。おかげでずっとうつ伏せの状態だ。


 片や女はそんな束縛されている男を目の前に体育座りで。明日の直売本番に不安を感じている。


 いや、どういう状況、コレ。


 「あの、なんでこんな時間に?」

 「陽菜と千沙は寝たけど、私は不安で寝れそうになかったから」


 「その二人に言えばいいじゃないですか」

 「姉妹に弱音を吐けって? そんな恥ずかしいことできないよ」


 「あなたの前に居る縛られた男性を差し置いて“恥ずかしい”と?」

 「す、すぐあっちの家に戻るから」


 結束バンド切れって言ってんだよ。


 ちなみになんで和馬さんが縛られているのかと言うと、数時間程前に温泉旅館に着いた雇い主と真由美さんが娘たちの“安否確認”のため電話してきたんだが、その際、「娘たちの安眠を保証しろ」と雇い主がうるさかったので今の俺の状態に至る。


 “安否確認”って......俺を一体なんだと思ってるんだシコシコ。おっと、未だかつて使ったことない卑猥な語尾が発症してしまった。


 「二人との電話を切ったら結束バンドも切ってくれるかな」と思って大人しく縛られたけど、三姉妹とも俺をこのまま放置していきやがった。


 曰く、この方が精神的に安心して眠れる、と。姉妹満場一致で。


 マジ許せねー。


 柱に縛られないだけまだマシと思いたいが、もう何時間もこの体勢で辛いのだ。


 「でさ、さすがに明日に限って何か起こるとは思えないけど.....規模の小さなお店だし」

 「葵さん、それフラグです」


 「何かあったら本当に私が責任者として対応できるかなって」

 「大丈夫ですよ。明日は達也さんを含め、4人掛かりでのスタッフをするんです」


 「直売店をディスらないでよ」

 「さっき自分で“小さな店”って言ってたじゃないですか......」

 「他の人に言われるとなんかね」


 ああ~、せっかく縛られたこの体勢でも寝付けそうだったのに、この巨乳が叩き起こしてきたせいでまた寝れなくなっちゃったよ。


 ちょっと葵さんに殺意湧いたわ。もう襲わないと誓うから結束バンドを切ってほしい。


 というか、今更だけど三姉妹とも夜中に男の寝室に来るってどういう神経してんの。なんで平気で叩き起こすの。そこら辺ちょっと理解できないわ。


 「それにさ。さっきまで皆で直売店の商品作りをしていたときに、私ってすごい口うるさかったじゃん」

 「は、はぁ」


 「千沙たちに嫌われた気がする」

 「そんなことありませんよ」


 「いやいや。和馬君だってあのときの私、ウザかったでしょ?」

 「決してそんなことありませんから。どっちかというとこの状態の自分を無視している葵さんがウザいです」

 「陽菜と千沙、大人しく手伝ってくれたけど、内心どう思ってんだろう」


 だから無視すんな。


 だる絡みしてくんなよ。めんどくせーな。


 従業員寝かせろよ。全世界探したってねーぞ? バイトの子縛ったまま寝かせようとするバイト先って。


 「明日皆に上手く指示出せるかな?」

 「葵さんならできます」


 「これを機に直売店のお仕事、千沙たちは気に入ってくれるといいなぁ。やりがいとか達成感とかでさ」

 「ええ、きっと共感してくれます」


 「ああー、でも忙しすぎて却って嫌いになっちゃうかも......」

 「もういい加減、自分を解放してくださいよぉ」


 こいつマジではっ倒そうかな。


 美女に対してそんなこと思う日が来るとは思わなかったわ。


 「......和馬君はさ、なんでうちで働こうと思ったの?」

 「え? なんですか急に」

 「いやだって......和馬君みたいに長続きする人なんて今までに居なかったから」


 ああ、そういえば以前、雇い主がそんなこと言ってたっけ。


 そう、実は中村家のアルバイトは俺が一人目じゃないのだ。雇い主曰く、葵さん目的で来た不届き者というの名の男子高校生がいたらしい(ブーメラン)。


 おそらくそいつらも俺と同じで、直売店と言っても結局は“お店”だから従業員として雇ってもらえるだろうと思ったに違いない。が、農家の仕事を体験して三日坊主だったようだ。


 「さて、なんでしょうね」

 「以前、農家の仕事が楽しいって言ってたよね。あれ、本心?」


 「仮に本心じゃないとしたら、それを今聞いてどう思います?」

 「ほ、本心ということにしておきます......」


 「葵さんはどうなんです?」

 「え、私?」


 なんとなく葵さんがした質問と同じことを聞いたが、以前答えたように、また「農家の娘で長女だから」と言われるのかな。


 部屋は暗いのだが、窓は開けっぱにしているので、深夜の月明かりが若干だがこの部屋に差し込む。葵さんの表情ははっきり見えないが、声色でどんな様子なのかは感じ取れた。


 「......私は、きっとこれが“正しい”と思ったからかな」

 「“正しい”?」

 「あ、いや、やっぱなし!」

 「は、はぁ」


 “正しい”ってどういうこと? 農家の娘で長女だから家業を手伝うことが“正しい”ってこと?


 葵さん一人でそこまで抱え込むことなのだろうか。ちょっとバイトで働いているにわか野郎の俺には理解が難しい。


 「それに、直売店でお野菜を売って、お客さんから『いつも新鮮な野菜をありがとう』って言われたときは本当に嬉しく感じるよ」

 「やりがいに繋がりますよね」


 「うん。だから明日――じゃなくて今日の直売店でもお客さんに喜んでもらえたらなによりかな」

 「大丈夫ですよ。皆さん口にはしなくても、きっと心のどこかで喜んでいるに違いありません」


 「はは、なんでわかるの」

 「一時期、生産者ではなく消費者側としてお世話になりましたから」


 俺がこのアルバイトを始める前のことだ。お母さんのおつかいで中村家の直売店にはよくお世話になっていた。野菜の価格は安いし、素人でも新鮮な野菜だと一目でわかったからな。


 「それは良いことを聞けたかも」

 「ええ。ですから心配することなんて一つもありません。自分は未熟者ですが、他にも陽菜や達也さんが居るんです。葵さんが進んで指示を出さずとも、立ち回りは少なからずわかっているつもりですから、心配するだけ無駄ですよ」


 「お、言うね~」

 「なんたって中村家のバイトを1年近く続けてますから」


 「ふふ。じゃあその時は頼りにしちゃおっかな」

 「任されました、先輩」


 「先輩......すごく良い響き!」と葵さんが喜び、体育座りからよっこらせと立ち上がった。おそらくここに来るまで抱いていた不安感は多少なりとも払拭できたんじゃないだろうか。


 そう勝手に思い込む葵さんは中腰姿勢になって、俺の頬を人差し指でむにゅっと突く。


 「よし、和馬君をバイトリーダーに任命しよう!」

 「はは。アルバイトは自分しか居ませんよ」

 「そうだっけ?」


 葵さんはわざとらしくそう答えてこの場を立ち去ろうとする。部屋を大して照らさない月明かりだけで全体的に暗いか、俺は葵さんのその笑顔を見れないことに残念な気持ちになる。


 「じゃあ私は戻るね。ありがと。すっごく気が楽になったよ」

 「お役に立てたのならなにより。......さて、葵さん」

 「?」

 「まさかとは思いますが、自分をこのまま放置しませんよね?」

 「あ」


 いや、“あ”じゃねーよ。


 良い感じの雰囲気だったが、俺は手足を終始縛られていたからね。


 この状態で気を利かしたセリフを言うのすっごく恥ずかしかったからね。


 「で、でも約束破っちゃうのもな」

 「何が約束ですか。自分が襲う訳無いでしょう?」

 「そ、そうかもしれないけど」

 「それに問題は他にあります」


 暗くてわかりづらいが、葵さんの頭上に“?”が浮かんでいる気がする。


 「尿意です」

 「......。」


 暗くてわかりづらいが、さっきまでの良い雰囲気を返してと、葵さんが目で訴えている気がする。


 「ちょ、にょ、尿意って」

 「仕方ないでしょう? 本来なら葵さんが来なければ尿意を感じずに寝付けれたのに、葵さんが叩き起こすんですもん」

 「そ、それは悪いと思うけど」


 悪いと思っているなら結束バンドを切れ。こっちだって限界なんだよ。


 「私の責任だし......」

 「何もありませんから。しませんから」

 「口ではどうとでも言えるし......」

 「ですから誓って......って、ちょ、少しは信用してくださいよ!」


 さっきまでの俺のフォローは何だったの。全然信用してくんないじゃん。


 ちなみに、この状態ならうさぎ跳びでトイレに行けなくもないが、葵さんによる長時間の無駄ばな――お悩み相談のせいで俺の尿意はMAXに近い。ジャンプと言う振動は膀胱に大ダメージ不可避だ。


 本当はもっと前から感じていたのだが、会話の中にどう“尿意”というワードをぶっこめばいいのかわからなかった。


 「う、うーん。本当に襲わない?」

 「襲いませんよ! 今は“肉便女”より“普通の便所”が欲しいんです!」

 「ちょ! だからそういうとこだって!」


 どういうことだよ!


 いや、わかるけど!


 と同時に、自身に危機が迫っていてもセクハラを欠かさない和馬さんに乾杯。


 「と、とにかく! 今日は朝まで我慢して! 朝に陽菜を送るから!」

 「遅ぇーよ! この人でなし! おっぱい女! 陥没乳首だって客に言い触らしてやるからな!」

 「かっ、かかかか陥没じゃないよ!! 私じゃなくて陽菜だよ!」


 陽菜あいつ、陥没だったんかいぃぃぃいいいぃぃいいいい!!!


 しかし葵さんが嘘を吐く理由が思い当たらない。だって昨晩は陽菜と一緒にお風呂に入ったからな。きっと貧乳で陥没が目立って印象的だったのだろう。


 長女による思わぬ爆弾発言から想像を膨らませると同時に、愚息も膨らませてしまった変態野郎はこの取り返しのつかない失敗おっきにより後悔の念に苛まれる。


 だって、求めていない月明かりが俺の下半身を照らすんだもん。


 「なッ?!」

 「こ、コレは違くてですね!」

 「なんですぐおっ、おっきしちゃうの?!」

 「お願いします! せめて愚息にも結束バンドを施して尿道を―――」

 「変態ッ!!」

 『バタンッ!』


 部屋の引き戸が強引に閉じられるのを聞き届けた俺は、どうすることもできずにただただ寝そべることしかできなかった。あのクソ女はアルバイトの危機だというのに立ち止まることもなく南の家に向かったのだろう。


 そして長女が過ぎ去ってから数分が経ち、俺はあることを―――を決意した。


 「......。」

 『ジョボボボボボボボボボボ』


 無論、横になっている俺の目元を、重力に従って横切る“涙”のことである。


 決して、アンモニア的な水じゃない。


 ないったらないのだ。......ぐすん。

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