第297話 タマネギぬぽんは煽情的
「和馬! 今日は“新タマネギ”を収穫するわよ!」
「おおー!」
「ふふ。元気ねぇ」
天気は曇り。今は午前中で曇り空が広がっているが、午後から確率でにわか雨が降るとのこと。そんな日は雨が降る前に外のお仕事をさっさと済ませるに限る。
そして今日のお仕事はここ、タマネギ畑で今が旬の新タマネギを収穫するようだ。メンバーはバイト野郎とポニ娘、ラスボスという珍しい組み合わせである。
「収穫.....つまり“肛門プラグ抜き”よ!」
「陽菜」
「“新タマ抜き”よ!」
真由美さんに指摘された今日の指導役が言い直した。
“肛門プラグ抜き”って......。あのア〇ルからヌポンッて引っこ抜くアレか。それを“新タマ抜き”の代名詞にするとは。
今日も貧乳ガールは欲求不満らしい。
「新タマは通常のタマネギと違って畑から引っこ抜いた後、日干しをせずにすぐ回収するのよぉ」
「“すぐ”に、ですか?」
「和馬も食べたことあるからわかるでしょ? 乾燥させたらだとせっかくの甘味を損なうからよ。新タマの特徴はなんといっても、通常のタマネギ程の辛さがなくて生食に向いていることかしらね」
だから収穫したら早く食べた方がいいのか。鮮度がなせる楽しみ方だが、逆を言えば貯蔵が効かないとも言える。だって甘味を失ったらただのタマネギだし。
たしかにスーパーなんかで新タマを買ったら生食で食べるのが主流だよな。辛みが少ない分そのままで美味しくいただけるのはこの時期ならでは食べ方だ。
収穫の説明が終わったので、今度は実践に移る。タマネギを畑から引っこ抜くのに手本なんてありゃしないが、とりあえず陽菜が俺に収穫の仕方を見せてくれた。
「こうやって茎の方を持って抜くのよ」
『ヌポン』
「うおぅ。すごい下品な音」
「そうかもしれないけど、口にしないてもらえるかしらぁ?」
“そうかもしれない”とか人妻が言ったら公認じゃないか。
なぜこのような音が出るのかと言うと、新玉は1行5孔程あるマルチシートに植えられていて、そのマルチシートの一つ一つの孔が非常に小さいから、新タマを引っこ抜く際に必然とその孔を一気に広げてしまうので変な音が出るのだ。
やっと“肛門プラグ抜き”の意味がわかった。そのまんまだよ。
無論、童貞野郎こと和馬さんは生でお目にかかれたことは無いが、動画で視た時の音と一緒だった。
「なんて下品な野菜なんだ」
「禿同ね」
「もうあなたたちは新タマを食べないでちょうだい.....」
ごめんなさい。
さて、じゃあ作業に取り掛かるか。俺はそう思って新タマを畑から引っこ抜く。
『ブポン』
「.....。」
「It's Autonomous Sensory Meridian Response.」
「陽菜、あなたが苦手科目を頑張ったのはちゃんと褒めるわぁ。でも、こんなことで実力を発揮しないで」
これも“カズった”影響と言えるのでしょうか。
なんというか、おたくの娘さんを穢してごめんなさい。
******
「今日も頑張ったわぁ」
「ああ。早く風呂に浸かって癒されたい」
「私が背中を流してあげる!」
「結構です」
「身体を使って擦るから!」
「結構です」
「前も洗ってあげ―――」
「結構です」
しつこッ!
しかし却って陽菜の貧相な身体の方が接地面積が広いので効率的に洗えるのは事実だ。頼まないけど。
現在、バイト野郎は陽菜と徒歩で中村家に向かっている最中である。行きは真由美さんがタマネギ畑まで軽トラを運転してくれたのだが、帰りはなんとバイト野郎たちを置いて先に車で帰ってしまった。
原因は陽菜にある。
ポニ娘曰く、『和馬と歩いて帰るから先に帰っててちょうだい』と。無論、俺は軽トラで帰りたかったので陽菜の提案を拒否ったが、真由美さんが即OKしたことでこのような結果に至った。マジ卍る。
「はぁ」
「なによ、ため息なんかしちゃって。家まで徒歩5分じゃない」
「いや、そんなの別にいいんだけどさ」
なんというか、二人っきりになるとこいつめっちゃ攻めてくるから油断できないんだよな。
まぁ、美少女から猛アタックを受けることに悪い気はしなくもないけど、以前のように童貞の理性を崩壊させられると本当にヤバい。あんときはうちのババアが居たから良かったものの、普通に手を出してもおかしくなかったぞ。
「.....私のこと嫌い?」
「っ?!」
ぐはッ!!
これだよ、これ!! 上目遣いで聞いてくんなよ!!
不安そうな表情でこちらを覗き込む陽菜の声は、とてもじゃないがさっき下品なことを言っていた口と同じ口に思えない。
「そ、そこそこな!」
「な、なによ、“そこそこ”って。桃花みたいなこと言うわね」
た、たしかに。思わず桃花ちゃんがよく使うセリフを真似てしまった。便利っちゃ便利だが、受け手はこれを聞いて面白くないのは明白。
「あーあ、どうやって堕とせばいいのかしらねー」
陽菜がさっきまでの表情と打って変わって、今度は両手を頭の後ろに回しながらとんでもない独り言を漏らしている。
「あの、対象の目の前で言わないでくれる?」
「別にいいじゃない。どうせあんたは―――」
と、陽菜が言いかけるが、
「やぁ。バイト君。それと陽菜君」
曲がり角付近で会長―――美咲さんとばったり遭遇してしまった。
バイト野郎の脳裏に過ぎるのは先日の会長による怒涛のキス攻撃だ。相手はノリでやってきたのかどうか経験に乏しい俺にはわからないが、少なからず好意が無いとできないことじゃないだろうか。
「え、えーっと、どうされたんですか?」
「.....。」
「ああ。見てわかる通りランニングしてたとこ」
ああ、たしかに。
会長の恰好はランニングするための軽そうな服装だった。速乾性だったり、通気性だったりと実用性に優れた服を着用していて、その機能面から生地が薄いため、持ち前の巨乳が汗により
控えめに言ってクソエロい。
それに運動直後ということもあって火照っているから余計情欲を煽られてしまう。
「.....さいですか」
「ワタシは構わないけど、そんなに胸をガン見されると嫌われるよ?」
「っ?! こ、この変態ッ!! どこ見てんのよ!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
隣に居る陽菜が俺の耳を遠慮なしに引っ張ってくる。
見られている本人が気にしてないって言ってんだから別にいいだろッ! ひっぱいは引っ込んでろ!
「ふふ。ああ、それと一昨日はありがとう。荷物持ちをしてくれて」
「いえいえ。こちらこそ貴重な体験をありがとうござい―――」
「美咲さん、これから雨が降るそうですけどまだ続けるのですか?」
「うーん、もう帰ろうかな。ノルマは満たしたし」
「雨って仕事が進まないから嫌なんですよねー。暇になるし―――」
「ではお気をつけて。ほら、行くわよ、和馬」
さっきから人が話している最中になんなの。雨が降るのを気にしているなら真由美さんに乗せてもらえば良かっただろ。
つうか雨って天気予報ではにわか雨じゃん。
陽菜は自分勝手にも俺の作業着の袖を引っ張って再び帰宅を促す。
が、
「あ、そうだ。バイト君に提案があったんだ」
美咲さんはそんな俺らの足を止める一言を放った。
「提案ですか?」
「そ。良かったらうちでも住み込みバイトしない?」
「っ?!」
なんてこった。まさかのお誘いがあったよ。これには陽菜も俺と同じく動揺してしまう。
しかし中村家でお世話になっている途中では美咲さんのお誘いを断るしかない。じゃないと迷惑かけちゃうからな。
「ああー。すみませんが、ご存じの通り自分は中村家でお世話になっているので―――」
「そ、そうですよッ! そんなこと私が許しませんから!」
「ええー。待遇良いと思うんだけどなー」
「待遇の良し悪しじゃありませんよ」
「和馬に色仕掛けするつもりですかッ?! させません!!」
「はは。陽菜君はワタシをなんだと思ってるのさ」
正直、色仕掛けというか、18禁要素が無ければ西園寺家に行くメリットが無い。
いや、すみませんね。自分でも「俗物だな、俺」って思います。ええ、はい。
会長は俺が断ったのに手招きてきたので、俺はそれに従って彼女の元へ向かった。そして近づいて来た俺に、会長は陽菜には聞こえない声量で囁いた。
「うちに来れば―――夜は凛さんたちのエッチが見れるよ」
「行きます。いや、イかせてください」
「はぁ?!」
おっと、つい即答してしまった。
これに対して陽菜が俺に接近して胸倉を掴み、怒鳴り始める。
「あんた何言ってるのよ?!」
「聞いてくれ。昨今の農家では若手の労働力を必要としていてだな―――」
「嘘吐いてんじゃないわよ!! どうせ変態的な衝動でしょ?!」
一年程経ち、陽菜とは付き合いが長いからか、瞬時にバレてしまった。
というか、“変態的な衝動”ってなに。
俺が陽菜に揺さぶられるのを見て会長がクスクスと笑う。
「ふふ。冗談だよ」
「冗談ですかぁ」
「凛さんは子をお腹に宿している身だからね。以前のような夜の大運動会はできないさ」
「そっちの冗談かい」
「敬語」
「あ、はい」
とういことは、お誘い自体はマジなのね。
いやぁ、なんて魅力的な提案だ。西園寺家に行けば凛さんのフェ〇やパ〇ズリが見れるってことだろ。パンツの替えをたくさん持って行けばいいってことだろ。
でも、
「和馬、何度も言わせないで」
「.....あい」
俺の隣に居る、瞳からハイライトを消し去った陽菜が許すわけないよね。
まぁ、どっちにしろお誘いを断らないと。俺を歓迎してくれた中村家に迷惑をかけてしまうことに変わりない。俺はそう思って会長に辞退の旨を伝えた。
「そう.....。わかってたことだし、別にいいけど。あ、雨降ってきた」
「本当に降って来ましたね。にわか雨って聞いてましたけど強くなりそうです」
「じゃあね。また今度」
「ええ」
こうしてバイト野郎たちは巨乳会長と別れて中村家に戻るのであった。
道中、案の定、にわか雨とは思えないくらいの降水量になってきたので服は濡れたが、元々畑から中村家までの距離は大したことないので、身体を冷やされる程ではなかった。
帰ったら軽くシャワーでも浴びさせてもらおう。どうせこの雨じゃ仕事なんてできないし。
「和馬」
「?」
そんなことを考えていたら同じく雨に当てられている陽菜が歩む足を止めて、俺に何か言ってきた。
わざわざ足を止めてまで聞かなくてはいけないことなのだろうか。そう思いながら俺は陽菜に耳を傾けた。
「もっと自分磨いて―――あんたを絶対モノにするわ」
聞かなくていいというか、聞きたくない内容だった。
「あ、あはは。雨で何言ってるかわからなかったや」
「都合の良い耳ね」
果たしてこのまま中村家に帰っていいのだろうか。少しばかりの戸惑いを感じるバイト野郎であった。
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