第298話 バイト野郎の暇潰し

 「ああー、にわか雨どころか盛大に降ってきちゃったなー。せっかく高橋君が住み込みで仕事バイトしてれるってのに嫌な雨だよ」

 「暇になっちゃっいましたね」

 「暇だし、恋バナでもしよっか」


 なんでそうなる。


 現在、バイト野郎は雇い主と虚しくも男二人で、中村家のリビングにて暇を持て余しているところだ。午前中は陽菜や真由美さんと一緒に仕事をしていたのだが、午後は天気予報通り悪天候になってしまい、外での作業ができなくなった。


 直売店の仕事も多くない上に、普段の農作業とは別の家事という名の仕事ですら、俺ら男性陣に出番は無いのだ。


 「暇でしょ?」

 「暇ですけど、なんで他所のうちのお義父さんと恋バナしないといけないんですか」

 「お義父さんって言うな」

 「さーせん」


 料理なら辛うじてバイト野郎にも手伝わしてくれるのだが、掃除であったり、女モノを含む洗濯物を畳むなど一切させてくれない。


 俺が寝泊まりに借りている東の家の一室だけ掃除が許されている。今日半日できることと言ったらご飯食べてシコって寝るくらいだ。


 いつもそうだな。うん。


 「というか、やっさんは恋バナする内容なんて無いでしょう?」

 「あるよ! 超ある! 真由美との出会いとかさ!」

 「なんですか、惚気話ですか。爆発してくださいよ」

 「年齢=彼女いない歴の高橋君の参考に、とね」


 こいつ殴ろうかな。


 ちなみにこのリビングには俺と雇い主だけで、女性陣は誰も居ない。真由美さんと葵さんは食材の買い出しに行ったし、千沙はよくわからないけど、昼寝でもしているんだろう。あいつのことだしな。


 「まぁまぁ。そんな怒らないでよ。酒の肴だと思ってさ」

 「こんな時間帯からお酒ですか?」

 「1缶だけだから大丈夫だって。それに日頃からお仕事してるんだし、偶には良いでしょ」


 そして陽菜は乾燥機で乾かした洗濯物を畳んでいる。きっと俺の服でなんだろう。


 なぜわかるかって?


 大体の場合、綺麗に畳まれた俺の洗濯物が手元に戻ってくると、決まって下着だけニオイの濃さが違うのだ。他所の家に洗濯を任せているので洗剤も違うから匂いが違うのもわかる。


 でも下着だけしわくちゃになって、あんまぁいニオイが染み込んで返ってくるのはなぜ?


 絶対黒だろ。絶対陽菜のせいだろ。プシッてマーキングしてんだろ。


 「はい。高橋君の分」

 「? 自分、未成年ですよ」

 「それ千沙が好きな子供ビール」

 「.....。」


 そう言って雇い主は台所の冷蔵庫から、自分用の缶ビールとバイト野郎用の子供ビールを両手にリビングへと戻ってきた。


 その際、千沙のお気に入りの子供ビールを受け取った俺は、これを口にするのに若干の抵抗感を抱いてしまう。


 千沙のお気に入りだって言うのもあるけど、この歳で子供ビールか.....。同時にうちの妹の愛らしさも感じる。俺と同い年のくせにな。


 『プシッ』

 「でさ、真由美と出会ったときの頃の話からなんだけど.....」

 「はぁ」


 どうやら不可避のようだ。お酒の席では上司のご機嫌取りも必要なのかなと知った俺は、これもバイトの仕事内容に含まれると自分に言い聞かせながら子供ビールの栓を抜くのであった。



 ******



 「でゅえさぁ!! もう皆して酷いんだよぉ!」

 「......。」


 どうしてこうなった。


 何が楽しいのか、年の離れたおじさんと酒を交えながら恋バナをしていた俺たちだが、1時間したらそれどころじゃなくなった。


 「おい! 聞いてんのかとぅかはしぃ!」

 「あ、はい。聞いてますとも」


 酒臭いおっさんが俺の肩に腕を回して、至近距離で毒ガスを撒いてくる。


 なんでだろう。1缶だけって言ってたのに、恋バナだって言ってたのに、なんでこんな―――


 「もうヤだ。服が臭いとか、買い物についてくるなとか、単身赴任してとかさ.....おっ〇ブにでも行ってこよっかな」


 駄目オヤジに豹変したんだろう。


 「.....。」

 「とぅかはしぃは良いよなぁ?!」


 「っ?!」

 「娘たちにちやほやされてよぉ!」


 「そ、そんな。滅相も無いです」

 「節操もないよなぁ!!」


 いやまぁ、不誠実なところがあるのは認めるけどさ。まだ俺、童貞だし。未然だし。


 しかし知らなかったな。雇い主って酒弱かったのか? 以前、俺のバイト歓迎会で一升瓶を手にしていたから強いのかと思っていた。


 .....それはないな。見渡せばテーブルにはビールの空き缶が5缶あった。強いことはないと思うが、普通といったとこだろう。俺も途中で止めるべきだったのかもしれない。


 「おい! とぅかはしぃ! 聞いてるのかって!」


 絡み酒うざいな。なんだよ、さっきから高橋のことを“とぅかはしぃ”って。


 上の階で洗濯物を畳んでいる陽菜でも呼ぶか?


 いや、元々俺が雇い主をこうなるまで見過ごしていたのは日頃の鬱憤を発散してもらうためだ。


 中村家女性陣に対して常に男一人で辛かったのだろう。証拠に先程からずっと愚痴を零している。家族が嫌いとは思えないが、愚痴というのは好き嫌い関係無く小さなことが積もっていくものなんだ。


 「聞いてますよ。わかります。辛いですよね」

 「そうなんだよぉ!!」

 「うんうん」


 そんな雇い主のために今日は俺がスポンジ的な存在になろう。だから雇い主、今日はとことん付き合うぜ。


 おっさんの相手なんて一銭も得しないが、情け100%だ。


 「娘の前で抱き着いてくるなとか、父さんには関係ないとか」

 「はは。たまたまです」


 「パパ嫌いとか、息が臭いとか」

 「気にしすぎです」


 「頭臭いとか、脇臭いとか、存在が臭いとか、臭さが臭いとか」

 「普通ですよ、普通」


 どんだけ臭ぇんだよ。多すぎだろ。


 後半、絶対千沙じゃん。“存在が臭い”ってなに? “臭さが臭い”ってなに?


 ただ臭いだけだろ。テキトー言って一家の大黒柱を追い詰めんなよ。


 「皆、心の内でやっさんのこと大好きだって思ってますから」

 「そう.....かな?」

 「ええ。そんなもんです」

 「.....証拠は?」


 “証拠”?!


 ...............無いな。思いつかない。ごめんち。


 「.....。」

 「ねぇじゃねぇか!!」

 「痛ッ?! 暴力反対!」

 「くそう! 俺が何したって言うんだよぉ!!」


 しょうがないことじゃん。どこの家庭でもよくあることだよ。正直、口ではああ言ったが、俺だって親父のこと好きになれねーもん。他人の前で平気で卑猥なこと言うからな!


 おかげで遺伝で俺も影響受けちゃったよ! ええ、ごめんなさいね!


 おっ〇いま〇こデカ〇りボンバァァァアアアァアァアア!!ってな。


 これも遺伝だからしょうがない。


 「俺のびちびち精〇から生まれた娘たちなのに、優しくしてくれないのはなぜなんだぁ」

 「たぶんそれです」


 娘に向かって“びちびち精〇”は絶対やめろよ。マジで。悪化どころか口を利いてもらえないの確定だから。


 俺は雇い主に水を飲ませて少し落ち着かせた。


 あ、そうだ。良いこと思いついたぞ。


 「ちょっと提案があるんですが」

 「?」

 「好かれるように行動してみるのはどうですか?」

 「“好かれるように”? 高橋君が皆を襲っている所へ駆けつけてきて君を耕せばいいの?」

 「違います。そんなマッチポンプみたいな行為じゃありません」


 そう。例えば家事をする夫なんかどうだろうか。


 日頃一切手伝わせてくれないという女性陣あっちの厚意を無下にする訳ではないが、一家の大黒柱が家事でも活躍できる場面を見せれば見る目が変わるかもしれない。


 他にもお小遣いをあげたり、何かプレゼントするなど良好な関係を築けるかもしれない。


 要はご機嫌取りをとりあえずやってみようってことだね。俺はそのことを雇い主に伝えた。


 「家事はあまり得意じゃないんだけどなぁ」

 「こういうのは気持ちが大切なんですよ」

 「そう? まぁ、じゃあやってみようかな?」

 「自分も全力でサポートしていくんで頑張っていきましょう」


 かくして、バイト野郎らは女性陣の好感度を上げるべく、作戦を立てて行動に移すのであった。


 決して、雨が降って暇だから雇い主で遊びたいわけじゃない。


 ないったらないのだ。

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