第296話 千沙にも勝てない件

 「高橋、お邪魔しまーす」


 住み込みバイト初日の仕事を終えたバイト野郎は中村家にお邪魔して夕食をいただきに来た。


 無論、入浴を済ませているので身体はばっちくない。


 「いらっしゃい、和馬君」

 「和馬は私の隣に座らないでよね!」

 「? 珍しくツンですか?」

 「高橋君は毎度のように俺の隣ね、かもん」

 「今日もたくさん作ったから遠慮しないで食べてねぇ」


 ああ、毎週お世話になっているけど、住み込みバイト初日だと思うとこの雰囲気が久しぶりな感じがする。


 これがしばらくの間毎日だぜ?


 マジ最高。


 「おお! 今晩はコロッケですか!」

 「ふふ。実はねぇ、陽菜が『さっき和馬に言い過ぎたから―――」

 「ちょぉぉおおい!!」

 「陽菜も素直じゃありませんねー」

 「ね」

 「なんだか俺、和馬君を耕したくなってきちゃった」


 やめろ。嫉妬で人をころそうとするな。


 そうか、陽菜も今日のことは大目に見てくれるんだな。正直、俺に非があると言えば三割五分くらいな気がするが。言ったら言ったでまた怒られるからやめておこう。


 「ふっ。これで許してやるよ」

 「.......ったく。私の寛大さに感謝なさい」

 「ちなみに何があったんですか?」


 「ひきこもってたお前には関係ないさ」

 「ええ。この話は終わりよ」

 「気になりますが......。そういうことなら言及しません」


 「私、完璧美少女なんで」と聞いてもないスペックを語る千沙である。


 いやぁ、今日の晩御飯はコロッケかぁ。箸で突くとサクッと子気味良い音がして更に食欲が煽られる。まずはソース無しで食べるのがセオリーだ。


 俺はそう思いながらいただきますを告げてさっそくコロッケにかじりついた。


 「うまぁ。さすが―――」

 「それで? 昨日兄さんはわざわざ大都会まで行ってコンタクトを買ったんですよね?」

 「.......。」


 まさかの陽菜に続いて第2ラウンド。


 ポニ娘がさっき『この話は終わり』って言ってたじゃん。


 内容知らなくても察して話題に出すなよぉ。完璧美少女なんだろぉ。


 「あ、ああ、うん。千沙も葵さんとお出かけしたんだって?」

 「ええ。その際、兄さんが西園寺 美咲さんと居るのを見かけましたよ」

 「そ、そっかぁ」


 陽菜と違ってドストレートに言ってくる戦法ですか。真由美さんと雇い主が居る分質が悪いや。


 「「「「「......。」」」」」

 「コロッケ美味しいですね」


 こっちはおかげで味がしねぇよ。


 誰かこの話題を変えて。一日に二度もこんな気まずいのヤだよ。


 そう願って俺は雇い主に目をやった。


 『プイ』

 「.......。」


 そっぽ向きやがった。プイッとそっぽ向きやがった。


 まぁいい、あんたには期待していなかったさ。


 ふぅ―――真由美さん!!


 『プイ』

 「.......。」


 あんたもかい。


 同じく葵さんと陽菜もこの塩対応である。


 「楽しかったですか? あんな美女とデートできて」


 千沙がニコニコしながら俺に聞いてきた。陽菜とは違った怖さを兼ね備えていらっしゃる。


 「.......別にデートじゃないぞ。一緒に買い物しに行っただけ」

 「世間一般ではそれがデートになるのでは?」

 「それは付き合っていたらの話だ。異性とお出かけしただけでデートと決めつけるのは良くないな。うん、良くない」

 「ほぉ」


 お。よくわかんないけど、これなら“陽菜ルート”と同じ結果にはならないんじゃないか? 陽菜のときとは違って変に嘘を吐いていないからか。


 そうだよ。俺も言うときは言えばいいんだよ。一方的に言われるなんて間違ってる。


 「お洒落した相手とお出かけするのはデートじゃないと?」

 「ふっ。年頃なんだから異性関係無くお出かけするならお洒落もするだろう?」


 「美咲さんはわざわざお弁当を作って来てくれたようですね」

 「あれは一種のゲームなんだ。だから決して恋人的なそれじゃない」


 「チョーカーとリードは? 私的には兄さんの様子を見て、完全に“先輩と後輩”を飛び越えて、“主人と犬”に思えましたが」

 「.......まぁ、仕方なくああなったんだ。俺がしたくてやったわけじゃ―――」


 「美咲さんが口を付けた飲み物も飲んでましたね。同じストローで」

 「ま、待ってくれ。誤解だ。会長が要らないと言ったから捨てるのが勿体なくて―――」


 「コロッケ美味しいですねー」

 「.......。」


 あれれ。ちゃんと説明しているはずなのに状況が悪化している気がするぞ。なんでだ。


 そしてなぜかこういった状況に陥ると、中村家ではテーブルの下で俺の脛を蹴るという習慣ぶんかがあるらしい。


 「早く謝れよ」といった思いが痛みと共に伝わってくる。


 何度も言うけど、俺悪い?


 そんな曖昧な思いで謝りたくないけど、早くこの嫌な雰囲気を終わらせて、いつもの明るい団欒を取り戻したい。


 だからとりあえず謝ろう。


 俺、悪くないけど。


 「千沙。ごめん」

 「は? なんで兄さんが謝るんですか?」


 「いや、その」

 「兄さんは悪いことをしていないんですよね?」


 「そうだけど」

 「“そうだけど”?」


 あ、やべ。口が滑っちった。


 「悪いかすらわからないのに、悪いとも思っていないのに、とりあえず謝った感がすごいですねー」

 「うっ」

 「あ、勘違いしないでくださいね。別に美咲さんに嫉妬したとかじゃないですから」


 うっわぁ。もうヤだぁ。おうち帰りたいぃ。


 俺が何したって言うんだよぉ。


 美咲さんと買い物行っただけじゃん。


 「ご、ごめん」

 「謝ることしかできないんですかね」

 「.......何をすれば許してもらえますでしょうか」

 「兄さんは誰かにプレゼントをするとき、『何が欲しい?』と聞くんですか? それじゃあただのATMですよ」


 つまり考えろと? 俺なりに考えてお詫びしろと?


 わかんないよぉ。


 「「「「.......。」」」」


 安定して次女以外の中村家一同は黙秘権を行使しているし。助けてよぉ。


 明日から働かないぞ!!


 「タイム」

 「どうぞ」


 よし、落ち着いていこう。下手なこと言えば状況が悪化する一方じゃないか。


 まず千沙が怒っている理由だ。


 俺が千沙に黙って会長と遊びに行ったから? いや、そんなの付き合ってすらいない千沙が気にすることじゃないはず。


 会長と俺が“主人と犬”の関係だったことに怒っている? これも違うな。違うとは断定しにくいけど、そんな部分的な行為に嫉妬しているんじゃない。たぶん。


 あとは.......会長との間接キスか? うーん、以前、千沙には好きと言われたし、実際に(事故だけど)キスをしたこともある。キス関連で気に障ったのかな?


 たしか男性と女性とではキスの価値観が違うってどっかの偉い人が言ってた気がする。うん。


 「時間です。答えを聞きましょう」


 ム〇カさんかな。


 .......よし。


 「千沙、キスをしよう」

 「「「「っ?!」」」」

 「きっ?! なんでそうなるんですか! この変態ッ!!」

 「いだッ?! 痛い! ちょ! 足が! 足がッ!!」


 なぜか千沙だけではなく、中村家ご一同からの猛攻撃を脛に食らうバイト野郎である。外野は干渉してこないくせに蹴ることだけは止めないようだ。


 すると陽菜が斜め前に座っている千沙に向いて何か言い出した。


 「ねぇ。疑問なんだけど、千沙姉のその言い方だと和馬に嫉妬しているみたいね」

 「っ?! べ、別に兄さんが好きとかじゃありませんよ?!」

 「じゃあなんで―――」

 「単純に私が聞いたことに対して言い訳並べたり、謝ればいいやと思っている兄さんに怒っているだけです!」

 「な、なるほど」


 陽菜のおかげで答えを聞けたぞ。


 というか千沙、それもう好きでもなんでもない異性に対しての吐露で通すには無理があると思うぞ。


 さすがに陽菜にバレるんじゃない?


 「まぁ、たしかにイラっと来るわよねー」


 が、陽菜が次女の思いに気づくことはないらしい。


 しかし尚更対処法がわからなくなったぞ。俺自身悪いと思っていないからこのまま謝れば怒らせる一方だし、何より陽菜にあれほど謝っておいて千沙には毅然とした態度で居るのも変な気分である。


 でも我慢だ。「お前らが怒っている理由はお門違いだぞ」なんて言ってみろ。これ以上攻撃を食らえばリアルジオ〇グみたいになってしまう。


 「はぁ。もういいです。過ぎたことですし」


 「なら突っかかってくるな」と言えば第3ラウンドに突入する。それに俺が気づいていないだけで、少なからず俺自身に非があったのかもしれない。


 「あ、ありがとう。今後は気を付けるよ」

 「千沙姉は優しいわねぇ。私だったら詰めてもらうわよ。をね」

 「陽菜ぁ。食事中よぉ」

 「ほら冷めないうちに食べちゃお」

 「高橋君、よくわからないけど、男として若干共感できるから俺のコロッケ一つ上げるよ」


 なんとまぁ、肝を冷やす一日なんだ。しかし姉妹二人共、俺を許してくれるということでこの騒動は終わりを迎えた。


 再三言うが俺、悪いことしてないよね。


 「いっ?!」

 「なーんか反省していない気がします」


 おっと。口にしてはいないが、俺の思いを察した千沙が足をぐりぐりと踏んできたぞ。


 「は、はは。そんなまさか」

 「ふーん?」


 苦笑いしかできないバイト野郎であった。

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