第295話 陽菜には勝てない件

 「今日は秋に収穫する里芋の種を植えるよ」

 「畑に種付けですね」

 「“種付け”って言わないで!」


 さーせん(笑)。


 天気は晴れ。絶好の仕事日和だ。日中の今は少し暑く感じるが、これが夕方になると涼しさを取り戻すらしい。


 そんな春の季節特有の一日である今日は、巨乳長女とバイト野郎で里芋の種を植えるそうだ。


 「そもそも里芋に雄と雌ってあるのかしら? あ、でも芽が出てるから雄って感じね」


 それとポニ娘こと陽菜も。


 「ほら、里芋から芽が突起しているじゃない?」

 「同意を促すな。里芋に性別あるわけねーだろ」

 「なんか日に日に増して陽菜が下品なこと言うようになっちゃったよ......。和馬君のせいで」


 俺のせい?


 バイト野郎らは作業着を着て、仕事をしに畑に来たのだが、どうやら陽菜の下品な発言の原因が俺にあるとのことなので、仕事より議論が先みたい。


 「なんで自分のせいなんですか。こいつが変態なのは元からですよ」

 「いいえ、影響よ」

 「ほら。本人が『』って言っているんだから和馬君のせいじゃん」


 ねぇ、“カズった”ってなに。おかずの“カズ”から来てんの? それとも和馬の“カズ”? 


 そうだったら不名誉なことこの上ない。もう下品の申し子=和馬さんじゃないか。

 

 「で、今日は里芋の種を植えるとのことですが.......」

 「ここにコンテナ8つ分の里芋のがあるでしょ。これらを一定間隔で植えていくの」

 「“親芋”? ああ、以前、掘った状態の里芋をぱきぱき折って、“親芋”と“子芋”を分離させたときにでた芋のことですか」

 「そ。千沙を耕しちゃった日のことだったよね」


 殺してないよ?


 記憶を失った千沙が葵さんのドアアタックによる会心の一撃で記憶を取り戻した日のことだ。あの日、親芋を別に分けて保管したのは今日のためだったのか。


 ちなみにその種となる里芋を今から植えるのだが、これもジャガイモやショウガと同じく根系の植物なので、すでに溝状に掘られている畑に植えていくだけだ。


 「わかると思うけど、里芋の芽を上にしてこの溝に並べていってね」

 「わかりました」

 「間隔はそうだなぁ.......大きいし、50センチくらいでお願い」


 こうして里芋の種を畑に植える作業が始まった。



*****



 「ねぇ。あんた、昨日何してたのよ?」

 「え?」

 「“え?”じゃなくて、何してたのかって聞いてるのよ」


 「会長とデートしてました」。そんなこと陽菜さんには言えません。怖いもん。


 ちなみに今は順調に里芋の親芋を植え終えて、次に肥料を撒き、最後は土を足で被せて溝を埋める。正直、今日の仕事は「楽だわぁ」の一言に尽きる。


 「.......。」

 「なに黙ってるの?」


 が、人間関係は楽じゃないようだ。


 「あ、葵さんから聞いただろ。昨日はコンタクトを買いに行ったんだよ」

 「じゃあなんで今日はコンタクトではないのかしら?」

 「なんか恥ずかしくて.......」

 「は? 眼鏡外しても充分素敵よ?」

 「お、おう」


 くっ。よくそんな小っ恥かしいこと言えるな。


 そう言えば、陽菜には我が息子を(パンツ越しに)舐められたっけ。こいつと会うのはその日以来だな。


 正直、気まずいと言えば気まずい。


 「で、どこに行ったの?」

 「だ、大都会」

 「誰と?」


 “誰と”?!


 あれ?! もしかして美咲さんと行ったの知ってるのか?! それか鎌をかけているのか?!


 無論、陽菜どころか知り合いにすら会わなかった。ワンチャン美咲さんと歩いていたところを見られたのかもしれない。いや、大都会だぞ。どんな確率だよ。


 「と、友達とね。あはは」

 「ふーん?」


 なんか圧を感じる。すごく圧を感じる。


 陽菜は俺と向き合って話しているわけではない。作業を進めながら聞いてきたのだ。視線を合わせてすらいないのにこのプレッシャーだよ。


 なんなの、お前。闇だよぉ。


 「友達ねぇ」

 「お、おう」


 会長は友達じゃないから100%嘘になる。一個上の異性でキスされたから友達なんて存在いきではない。


 ちなみにあの夜、会長にめっちゃキスされたがそれ以上の行為は無かった。交際経験豊富な先輩にとってあんな行為は挨拶に等しいのだろう。


 アメリカか?


 いや、アメリカでもあそこまで連続しないだろ。あまりの怒涛のキスに思考停止した俺は、気づけば自宅に帰っていた。


 無論、終始愚息が痛いくらい反り返っていたのは言うまでもない。


 「友達の性別を聞いても良いかしら?」

 「っ?!」


 この女、完全に攻めてきたなッ?!


 「も、もちろん、男さ」

 「.......だって葵姉」

 「わ、私ッ?!」


 なんで葵さん。


 葵さんは唐突に陽菜に聞かれて慌てた様子だ。いや、困り顔だな。バイト野郎と同様に、陽菜の闇を知っている人だからこそ俺らの会話に混ざりたくなかったとも伺える。


 そう言えば、葵さんも近くで作業してたな。居たなら助けろよ。バイト野郎の危機だぞ。


 絶対関わりたくないって顔してたもんな。


 「な、なんの話かなぁ」

 「聞いてなかったの?」


 そんなこと聞かなくたっていいだろ。


 巨乳長女は家族想いだから昨日は家業を手伝っていたはずだ。


 「和馬が昨日友達と一緒に大都会へ行ったらしいのよ」

 「へ、へぇー」


 「男友達とお出かけなんて寂しいわね?」

 「......男?」


 「そ。どう思う?」

 「ぼ、ボーイッシュな感じだったけど、わ、私はを男だと思わないなぁ、なんて。あ、あははは」


 お前、昨日あの場に居たんかいぃぃいいぃぃいいぃい!!!!


 「そう言えば葵姉も昨日大都会あっちに千沙姉とお出かけしたんだっけ?」


 陽菜がわざとらしくそう言った。な、なんて野郎だ.......。


 つーか千沙も居たのかよ。


 姉妹デートしてたってこと?


 俺が美咲さんと居たのを知られたってこと?


 リード着けていた醜態も見られたってこと?


 くそぉ。


 「あれ? 和馬は男友達と遊びに行ったのよね?」

 「っ?!」

 「葵姉からは美咲さんと一緒にあんたが居たって聞いたのだけれど.......」


 陽菜が作業を止めてしまった俺の近くに寄ってきた。完全に蛇に睨まれた蛙である。


 「もう一度聞くわね? 美咲さんとどこまでやったのかしら?」


 いや、そんなこと一度も聞かれてませんが。


 しかしこれ以上は黙っていては状況が悪化する一方だ。諦めるしかない.......。


 「お、俺は―――」


 とりあえずキスの件だけでも黙っておこう。



******



 「なぁんでそんなしょうもない嘘吐いてんのよッ!」

 「.......ごめんなさい」

 「謝って済めば警察は要らないわ!!」


 俺は畑の上で絶賛正座中である。


 「そもそも俺が陽菜に謝る必要なんてないよね」と言ったのがまずかった。その一言を放っただけで憤怒の陽菜様の完成である。


 嘘吐いたのは謝るけど、内容は別にいいじゃん。お前関係ないじゃん。


 という気持ちがアウトだったらしい。


 「私は! 昨日お仕事してたのにッ! あんたは他の女とッ! 遊んでいたって訳ね!!」


 誤解される言い方はやめてほしい。俺は陽菜と付き合っていない。だから“他の女”とかマジでやめてほしい。


 でも変に言い返すと悪化する一方だ。


 それに今日から住み込みでお世話になるっていうのに、中村家の末っ子をこれ以上怒らせては今後に支障を来すかもしれない。だから下手にいこう。


 「ま、まぁまぁ。少し落ち着こうよ。和馬君も反省しているんだし」

 「この男は! 私に何か言われると思って! 『男友達と遊びました』って嘘吐いたのよ?! 私に何か小言を言われると思ってッ!!」


 おっしゃる通りです。


 付き合ってもない奴にそんなこと言われたくないと思っていたのが裏目に出たようだ。そんな意識をしていることこそが彼女のお怒りの根源である。


 たしかにこっちが陽菜を彼女のような存在だと認識していなければ、別に異性と出かけていたって隠すようなことにはならない。だからといって素直に言ったらそれはそれで絶対機嫌悪くするじゃんね。


 面倒この上ないな。


 「はぁ」

 「っ?! 反省してないわねッ!!」

 「ちょ、ちょっと! 蹴っちゃ駄目だって! まだお仕事残っているんだから! 怪我させちゃ駄目だって!」


 そんなこんなで幸先の悪そうなバイト野郎の住み込みバイト生活が始まったのであった。

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