閑話 葵の視点 何やってんだろ

 「あの、千沙さん。私たちは一体何をしているのでしょうか?」

 「尾行です」


 「誰の?」

 「あのクソ兄の」


 「目的は?」

 「台無しにするためです」

 「......。」


 どうしよう。早くうちの妹の奇行を止めないと。


 天気は晴れ。絶好のお出かけ日和で、春の日差しを暖かく感じる日だ。こんな恵まれた日に千沙と大都会へお出かけに来た私たちだけど、穏やかな雰囲気は消え去りました。


 私たちは今、ショッピングモールを出て、芝生のあるちょっとした広場に居る。和馬君と美咲ちゃんがこちらに移ってきたからだ。


 私たちから少し離れた場所に監視対象が居る。周りには大勢の人が居るし、姉妹揃ってサングラスを掛けているから簡単にはバレないと思う。


 「くっ。なんで今日に限って銃器パチンコを持ってこなかったのでしょう!」

 「姉妹デートにそんな物騒な物持って来ようとしないで」


 「ハンズに行けばあるはず!」

 「ありません」


 「今から作っても間に合うでしょうか?!」

 「間に合う間に合わないじゃなくてやめなさい」


 千沙が今日一で感情おもいの籠った「くっそ!!」と汚い言葉を言い放つ。


 こんな妹じゃなかったのにな......。それもこれも全部和馬君のせいとも言える。


 「ねぇ。きっと何かの勘違いだよ。和馬君が美咲ちゃんとデートなんかしないよ」

 「たしかにが......見てください。美咲さんは手提げからお弁当箱らしき物を取り出しましたよ。しかも手作りの模様」

 「え?! 和馬君のためにッ?! ッ?!」

 「そうですね。


 和馬君に失礼な会話をしている気がするけど、気にしたら負けだ。


 私たちの視界に捉えている和馬君は美咲ちゃんからお弁当を受け取って、食べ始めようとしている。お弁当の中身を覗き込むその顔からは真剣さが伝わってくる。


 まさか大都会のこんな所までやって来て手作りお弁当を異性に食べさせるとは......美咲ちゃんも和馬君が好きだったのかな?


 「......。」


 そ、それはそれですごいことになったよ。陽菜も、隣に居る千沙も和馬君のことが好きなんだもん。


 え、私?


 の、ノーコメで......。


 「あの黄色いのはなんでしょう。カットされたパイナップルでしょうか」

 「遠くてわかりづらいけど、無難に卵焼きじゃない? 少なくともパイナップルではないと思う......」


 「兄さん、めちゃくちゃ卵焼きを眺めてません?」

 「喜びのあまり食べるのがもったいないとか?」


 「はは。それか兄さんのお母さんのように、美咲さんも料理が得意じゃないのを知っているから食べるのに抵抗があるのかもしれませんね」

 「“兄さんのお母さん”というパワーワード......。まぁ、お料理上手だよ?」

 「......。」


 千沙に睨まれた。ご、ごめんなさい。


 でもなんで和馬君はあんな真剣な顔して卵焼きを見つめているんだろう。


 あ、食べた。


 「「......。」」


 特に不味かった物を食べたような表情はしていない。目を瞑って必死に味わってる。有難みを感じているってこと?


 まぁ、異性が作ってくれたらそりゃあ嬉しいよね。


 「また次も同じ卵焼きを食べてますよ?」

 「ね?」


 「あ、今度は美咲さんと何か話してます」

 「和馬君、なんだかすごく興奮しているみたい」


 「と思ったら、次は四つん這いになりました」

 「落ち込んでいる感じだね」


 ここからじゃよくわからないけど、少なくとも異性からの手作りお弁当を喜んでいるようには思えない。


 しばらく眺めていたらお昼ご飯を食べ終わったのか、監視対象の二人はお片付けしてまたショッピングモールへ戻って行った。


 「さ、私たちも行きますよ」

 「......ねぇ。帰らない? なんか気が引けるよ」


 「い、今更何を......。兄さんとどういった関係か確かめないと不安で寝れませんよ」

 「私は別に......」


 「仕方ありません。私が盗さ―――密かに撮った兄さんのシャワーシーンを姉さんに送りましょう」

 「さぁ! 早く行くよッ!!」

 「あの、言っておいてなんですが、少し姉さんが心配です」


 よ、余計なお世話だなぁ。


 というか、なんでそんなお宝持ってるんだろ。それはさすがに人としてどうなのかな?


 お姉ちゃん怒っちゃうぞ!


 データ全部没収しちゃうぞ!


 馬鹿な姉妹はこうして尾行を続けるのでした。



******



 「あれ? 兄さんが見当たりませんね」

 「ほんとだ。美咲ちゃんだけ居る」

 「さっき食べたお弁当が不味すぎてトイレに吐きに行ったのでしょうか?」


 うちの妹がさっきから失礼なんですけど。


 私たちも美咲ちゃんたちに続いてショッピングモールに戻って来て二人を見つけ出したんだけど、肝心の和馬君が居ない。お手洗いにでも行ったのかな?


 「あ、片手に何か飲み物を持っている」

 「すぐそこのタピオカドリンク店から買ってきたのでしょうか?」

 「たぶん。私もせっかくだからタピオカジュースでも飲もうかな」

 「ええ。興味あります。......待ってください。ちょっと兄さんの首からぶら下げている物はなんですか?」

 「......。」


 千沙にそう言われて和馬君の首元を見れば、彼の首に何か黒い物が纏わり着いていてそこから一本の紐がぶら下がっている。


 アレはどう見ても......。


 「「い、犬......」」


 チョーカーに......リード?


 え、いや、ちょ......ん? なんで?


 全然理解できないや。


 「さ、さっきまで着いていませんでしたよね?」

 「う、うん。とてもじゃないけど、この大勢の人が居る中でアレはちょっと......」


 姉妹揃って絶賛ドン引き中です。


 和馬君にそんな趣味があったとは......。でもSっ気のある美咲ちゃんと相性が良いのは美咲ちゃんの元先輩としてわかる。


 そ、そっか。そういう関係だったんだ。


 私にはまだ早かった価値観です。ええ、はい。


 「なッ?! さっき美咲さんが飲んだ飲み物を今度は兄さんが飲んでいますよッ!!」

 「ええッ?! それって間接キしゅッ?!」


 嚙んじゃった。


 というか、ついこの前も私の水筒を口付けた彼が、まさか美咲ちゃんのも躊躇なくありつくなんて......。


 なんだか裏切られた気分。


 ん? “裏切られた”? どうでもいいか。


 「くッ。こうなったら私もを兄さんにぶつけるしかありません!」

 「それはもうパチンコ玉だよね」


 駄目だ。なんとかして妹の奇行を止めなければ。


 そう考えていた私だったけど、和馬君たちの様子がおかしいことに気づいた。


 「ん? 誰でしょうか? あの男二人組は」

 「さぁ? 和馬君みたいに少し筋肉質だね」

 「すぐそこに注目するとは......。少し姉さんの将来が心配です」


 す、すぐにパチンコ玉打ち込もうとする妹に言われたくないな。


 美咲ちゃんたちを見れば、賑やかな雰囲気だということが少し離れている私たちからでもわかる。


 あ、いや、ちょっと様子がおかしい気がする。どうしたんだろう?


 「ナンパですかね?」

 「和馬君が居るんだよ? 普通する?」


 しばらく眺めていること数分、何やら美咲ちゃんたちに声を掛けてきた男の一人が怒りだした。


 え、どうしたの?!


 見た感じ和馬君があの人たちに何か言ったのか、それに対して声を荒らげているみたい。


 「ここからじゃよくわからないね」

 「......揉めているのでしょうか? 兄さんが美咲さんのためにあの褐色陽キャ共と対峙しているみたいですね」


 「止めた方がいいのかな?」

 「嫌ですよ。面倒くさい」


 「喧嘩になったら和馬君が怪我しちゃうかもよ?」

 「お兄ちゃんの方が強いに決まってます」


 「“お兄ちゃん”?」

 「い、いえ、なんでもないです」


 私の耳は、千沙が和馬君のことを“お兄ちゃん”呼びしたのをしっかり拾いました。


 「あ、動きましたよ! 私たちも行きましょう!」

 「え、あ、うん」


 近くで和馬君たちを監視していた中村姉妹は、監視対象があの場を動いたことに連れてこちらも後をつけることにした。


 和馬君たちはすぐ近くのエスカレーターで下の階へ向かったため、私たちの視界から消えてしまう。だから見失わないように、急いで私たちはその場に向かった。


 その際、


 「お前、言い返せなかったなぁー」

 「う、うるせ!」


 和馬君と言い合っていた男性二人組とすれ違った。


 話している内容が先程のことと関係していると気づけたからか、私は興味が湧いて移動ペースを落としてしまう。


 「ま、あいつの言ってたことが正しいし」

 「お、お前はどっちの味方なんだよ.....」


 「さぁな? 少なくともの味方はしたくねぇな」

 「........ちッ」


 「まぁまぁ。あ、タピオカジュース奢ってやるよ」

 「要らねぇよ!!」


 .......。


 よくわからないけど、たぶん美咲ちゃんのために和馬君が怒ったのは間違いないかな。


 ふふ。彼って周囲に人が居ようと御構い無しに立ち向かうよね。


 そういうとこ、


 「.......好きだなぁ」


 私には真似できないや。


 「ちょっとなにもたもたしているんですか!」

 「あ、ごめん」

 「どこ行ったかわからなくなりましたよ!!」


 この後、一度見失ってしまった和馬君たちを必死に探しても見つからなかった私たちは、潔く諦めて帰宅するのでした。



******



 「陽菜、そんなに怒らないでよぉ」

 「すみませんでした。すっかり忘れてました」

 「べっつにぃ? 怒ってませんけどぉ」


 絶対怒ってるじゃん。


 あの後、帰宅した私たちは陽菜や母さんたちにお土産を買ってくるのを忘れていたことに気づいた。


 別に買ってくるよなんて約束していた訳ではないけど、陽菜は期待していたらしく、姉二人はこの期待を裏切ってしまったのだ。


 「まぁまぁ。陽菜は今度ママと一緒にお出かけしましょうねぇ」

 「そうね。母娘デートしましょ」

 「あ、なら俺も行くよ」


 「「人の話聞いてたのかしら?」」

 「こうやって一家の大黒柱は居場所を失っていくんだね」


 か、悲しいこと言わないでよ。


 陽菜と母さんから拒絶された父さんは涙目だ。しかし私も思春期ということから中々父さんに甘えることができない。女性陣に対して男一人というのはなんとも辛い現実だね。


 「あ、土産話ならありますよ」

 「何よ?」


 お、千沙が気を利かせて三人にお土産話でもしてくれるみたい。内容を容易に想像できてしまうのは私も話そうと思っていたからだ。


 「実はですねー。兄さんを大都会のショッピングモールで見かけまして」

 「和馬がッ?!」

 「へぇー。すごい偶然だね」

 「泣き虫さんも休日らしい楽しみ方をするのねぇ」


 今晩の中村家は居もしないバイトの子の話題で持ち切りでしたっと。


 明日からそんな彼と送る日々が楽しみと思っていることは、家族に言えない長女の秘密である。

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