第293話 第二回 ミサキオカズ(略)

 「ご主人様、タピオカミルクティーです」

 「語尾」

 「ワン!」


 現在、コンタクト野郎―――いや、犬野郎はご主人様かいちょうと一緒に大都会のショッピングモールに居る。


 なぜ会長を“ご主人様”と呼んでいるかって?


 理由は言わずもがな。まぁ、上履きを舐めるよりは格段にマシである。


 とまぁ、色々とあってご主人様がタピオカドリンクをご所望だったのですぐに買ってきた。


 首にチョーカーとリードを付けてな。


 「美味しいね。田舎じゃ飲めないよ。......あれ、ワタシは抹茶を頼んだはずだけど」

 「い、いいえ。この耳でしっかりと“ミルクティー”と伺いまし―――たべしゅッ?!」

 「うるさい。ご主人様が絶対だよ」


 そんなの知らないよぉ。


 俺は会長にビンタされて軽くノックバックした。酷いご主人だ。さっき「タピオカミルクティーが飲みたい」って言ってきたから、「じゃあ買いに行きますかワン」って提案したら代わりに買ってきてと命令してきたんだもん。


 一人で列に並ばされて、周りの人には変な目で見られても逃げられなくて、ミルクティー買って来たら抹茶だよとかいちゃもん付けるんだもん。


 もう会長が嫌いになりそう。


 「ほら、ワタシはミルクティー味要らないから犬君にあげる」


 やっぱご主人様大好き。ぐへへ。


 俺は会長から受け取ったタピオカミルクティーに口を付けた。


 そういえば恥ずかしくて会長の分しか買ってきてなかったな。


 「か....せつ...ス」

 「?」


 なんて言ったか聞き取れなかったが、とりあえず頷いておこう。そして口の中でタピオカをもちゅもちゅと咀嚼しているため、親指を立てて会長にいいねのジェスチャーをしておく。


 「どう? タピオカミルクティー美味しい?」

 「があって最高です......ワン!」

 「はは。将来警察にお世話になりそうな犬だね」


 禿同。


 いや、禿同じゃいけないんだけどさ。


 「さて、この後はどこ行こっか」

 「ご主人様、今16時くらいですよ? 今からうちに帰ったら最低でも18時以降になりますよ?」

 「語尾」

 「ワン」


 もう語尾いいだろ。言いにくいわ。


 でもご主人様はスッと言えるんだよな、この犬野郎は。


 「ワタシは別にかまわないけど......早く帰りたい?」

 「自分も別に。健さんたちは心配しないんですかワン?」

 「事前に連絡しているから平気―――」


 と会長が言いかけたところで、その言葉を遮る者が現れた。


 「あ、美咲じゃん」

 「っ?!」

 「奇遇だな。最初誰だかわかんなかったわ」


 犬野郎の後方から、肌が焼けた男性がこっちへ来た。上は白の長袖に下はダメージスキニーという服装である。


 会長とタメかな。そんな人が声を掛けてきたのだ。


 隣にはもう一人同じく褐色の男性が居る。違いは髪の色だな。声を掛けてきた男の方は金髪。もう一人は黒髪だ。


 誰だ、この二人。


 「誰? この可愛い子」

 「ああ、俺の元カノw」

 「ああ、なるほど。お前も結構な人数付き合ってたからな」


 え、この褐色金髪の方は会長と付き合ってたの?!


 元カレとここでばったり会うとかすげぇな。どんな確率だよ。


 見た感じ、中学高校とこの人に見覚えが無いからきっと他校の生徒だったのだろう。会長も今まで付き合ってきた男性は他校の人だって言ってたしな。


 「もしかしてそいつ彼氏?」

 「......別に」

 「は? なんだそれ」


 褐色金髪は特に会長と別れたことに対して未練と言ったようなものを感じさせない話し方で会話を続ける。


 ......なんか居づらいな。


 というか、普通声かける? 別れた後に偶然出会うとか気まずくて声掛けらんなんくね?


 カップルってすげぇな。俺じゃわかんないや。


 とりあえず、頭ん中でドライフラワーでも流して待っていよ。田舎もんには遅れてブームがやって来るのさ。


 「っていうかお前、首輪してんじゃん!ww」

 「ほんとだ! くっそウケるんだが!ww」


 おっと、褐色共は俺のこの状態がツボって笑いだしちゃったよ。


 そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。渡る学校は会長おにばかりなんだ。


 会長を見ればどこかそっぽを向いていて、目の前に居る元カレの相手をする気は無い感じだ。黒のキャップと相まって上手く表情が読み取れない。


 そんな余所見をしていた俺の肩にガシッと片腕を回してきた褐色金髪が言ってきた。


 「なぁ。この女は諦めた方がいいぜ?」

 「はい?」


 「付き合っても何もさせてくれねぇんだよ」

 「“何も”って何すか?」


 「ヤらせてくれねぇ女ってことだよ。あ、もしかしてヤった?」

 「いえ。残念ながら」


 何言ってんだこいつは。付き合っても無いんだから当たり前だろ。


 今夜のGoToホテルを若干期待していた俺が言えたことじゃないが。


 「見た目はこれ以上ねぇってくらい美人だがよぉ。性格が最悪なんだよ」

 「......ちょっとバイト君は関係ないでしょ」


 と、なんか褐色金髪が言ってきたが、会長がそんな俺らに割って入って来た。そして彼女からは少しばかりの―――いや、かなりの苛立ちを感じる。


 なんといか、会長ほんにんの前でよくまぁ『ヤらせてくれねぇ』だの『性格が最悪』だの言うな。付き合ってたのならちょっとは配慮でもすればいいのに。


 「“バイト君”? そう呼ばれてんのかよw」

 「じゃあワタシたちは行くから」

 「“ワタシ”? おいおい、“ボク”はどうしたんだよ!」

 「っ?!」

 「ボクっ娘だっただろ!ww」


 何ッ?! 会長の一人称がボクっ娘だと?!


 いや、以前に野良猫ごろごろくんを西園寺家で飼う時に一回聞いた事あるな。そうか、会長は一人称ボクだったんだ。


 なんか聞いてみたいな。


 「......行こ。バイト君」

 「あ、はい」


 会長は俺の腕を半ば強引に掴んでこの場を立ち去ろうとする。


 しかし、


 「おうおう。末永くお幸せになぁ! そんな女、早めに見切った方がいいぞ!」


 うちのご主人様かいちょうをこうまで言われては、黙ってられないのが―――


 「ああもう、うるさいなぁ」


 ―――犬である。

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