第294話 美咲の視点 好きって言うのは簡単だけど、伝えるのはレべチ

 「ああもう、うるさいなぁ」


 ワタシの手を振り解いてバイト君が引き返した。


 「ば、バイト君―――」

 「あんたなぁ。会長―――美咲さんのなんだよ」

 「ああ? んだてめぇ」


 こんな所でこんな奴と言い合う必要なんてない。相手にしないのが一番だ。


 「テキトーに聞き流して相手しないのが一番だと思ってたんだけどさ。こっちも言いたいこと少しは言わないと気が済まねぇ」


 彼はなぜか怒った様子で元カレである男の目の前まで向かって行った。


 「は? 元カレからアドバイスだぞ。ムキになんなよ」

 「それはこっちのセリフだ。美咲さんと付き合ってるなんて一言も言ってねぇだろ。なに要らん世話焼いてんだ。嫉妬してムキになんなよ」

 「っ?! この野郎ッ!」


 青筋を立てた元カレがバイト君の胸倉を掴む。


 こんな大勢の人が居る中で騒ぎを起こしたら洒落にならない。


 「ちょ、バイト君ッ!」

 「お、おい、たかし! こんなとこで騒ぎ起こすなよ!」


 ワタシはバイト君を、あっちの連れの男は元カレの暴力行為を未然に防ごうとする。


 “たかし”っていう名前だったな。そう言えば。


 「別れた理由も知らねぇ。でもヤリ目で付き合ってたっつぅことだけはわかるわ」

 「はッ。それの何が悪ぃんだ―――」

 「悪くないが?」

 「は?」


 たしか別れた理由は付き合ってから、この隆って男が浮気していたことに気づいたからだ。こっちからフったけど、特に何も言い返してこなかったのでそこだけが後腐れとして記憶に残った。


 もう気にしてないけど。


 「悪いのは、こうして別れた後に相手を貶すお前だよ」


 ......気にしてないのは嘘になる。


 男運が無いワタシだって経験かずを成せば慣れると思ったが、実際は異性を見る目が変わっていくばっかりだ。


 だから一度も自分からは決して告白したことがない。


 告白しようと思える男性が見つからなかっただけかもしれないけど、それでも自分からは動きたくない。付き合ってからと思ったからだ。


 だから告白されたから付き合っただけ。それが一番傷が小さくて済む。


 「『ヤれなかった』って? お前に魅力が無かっただけだろ」

 「はぁ?! そんときは他の女とも―――」

 「うっせぇ。それ以上言うな。余計クソだな、お前」


 浮気したのも隆がワタシの手を繋ごうとしたのを、ワタシが拒んだからかもしれない。


 それでも、ワタシを裏切らないでほしかった。


 「“ボクっ娘”? 最高じゃん。ボーイッシュが魅力的で、ドSな美咲さんだから最高にキマるんだよ」

 「“ボク”なんて痛ぇだけだろッ! あり得ぇだろッ!」

 「は? どこが? 付き合ってる女の一人称侮辱するとかお前の方があり得ぇわ」


 好きでもないのに付き合ったワタシのせいだろうか。


 好きじゃなかったら付き合っては駄目なのだろうか。


 好きになれるのを期待したのが間違いだったのか。


 ......そしたら“好き”っていつかんじるのさ。


 「てめぇに何がわかん―――」

 「何もわかんねぇよ。付き合ってねぇもん。美咲さんの魅力なんか上っ面しかわかんねぇよ」

 「だったら―――ッ?!」


 するとバイト君は、力無く彼を抑えていたワタシを退かして後ろに居る元カレの胸倉を掴み返した。


 「仮に俺がお前と同じ立場だったとして......美咲さんの魅力を知り尽くしても―――裏切らない。美咲さんが“好き”になってくれるのを墓場まで待つ」

 「っ?!」


 彼が掴んだ胸倉を離して踵を返す。


 「それが俺の求める“恋愛”だ、クソ野郎」


 「てめぇと一緒にすんな」。最後にそう言い残して彼はワタシの手を握ってこの場を去ろうとする。


 言い合った相手は追いかけてこない。呆れたのか、言い返せなかったのか、ワタシにはわからない。


 そんなことより、ワタシはこの腕を掴むその存在に目が離せなくてしょうがない。


 あんなことがあっても、あそこまで言われても......ワタシは彼に素直に「ありがとう」と言えない。


 なんでだろう......。


 「「......。」」


 変な意地か、それとも今まで受け身に徹していたからか。


 感謝の気持ちはあれど、嬉しいと思う気持ちはあれど言葉は出ない。


 ......冷たい女だって思われるかな。


 「あ、ああー、なんかすみません。勝手なことして」

 「......別に」


 先程の態度と打って変わった彼がワタシに謝ってくる。


 彼が謝ることなんて何一つとしてない。むしろ声を掛けるべきはワタシの方だ。


 「お、怒ってますよね。ごめんなさい」

 「......別に」


 ああ、わかった。単純に認めくないんだ。


 バイト君が元カレに言い放った言葉が、ワタシの戸惑いの感情と同じで―――受け身に徹しているワタシが見抜かれているようで隠そうとしたんだ。


 この捻くれた感情を。


 「......今日はもう帰りますか」

 「......そうだね」


 ワタシたちは予定より早く帰ることにした。あんなことがあってはこの後の買い物も楽しめそうにない。


 彼には悪いことしたな。せっかくの休日に嫌な思いをさせてしまった。



******



 「今日は......悪かったね」

 「......。」


 ワタシたちは大都会から戻ってきて今は最寄駅に着いたところだ。バスはまだ運行している時間帯だが、1時間に2本と本数が少なかったので徒歩で帰ることにした。


 道中、大して会話が盛り上がらない。当然だね。


 「会長が謝ることなんてないですよ? 相手が悪いんです」

 「......君は」

 「?」

 「ワタシを前にしても、色々な経験をした方が良いと言える?」


 ああ、つくづく嫌な女だな、ワタシは。


 ワタシが彼に聞いた“色々な経験”は恋愛はもちろんのこと、デートやキス、それ以降の行為も全部含めての“色々な経験”だ。


 無論、失恋も含まれる。


 ワタシの場合は中間かていが無い。いや、一部始終何も無いな。だって恋愛も失恋もしたことがないんだから。


 あるのは虚しくなる気持ちだけ。


 「さぁ。経験したことのない自分じゃわかりませんよ」

 「だよね」

 「ですが、“経験すること”が間違っていると思えません」


 おかしなことを言う。


 元カレと会ってわかった。“交際経験”なんてただの時間の無駄だ。関わらない方が良かったのかもしれない。むしろ初心うぶな方が、バイト君にとっては受けが良いし、良いことなんて何一つ無かったと言える。


 「経験しない方が良いに決まってるさ」

 「間違っていると?」

 「うん。傷つく一方だ。男運の無いワタシなら尚のこと、ね」

 「......へぇー」


 言ってて哀しくなるな。


 バイト君が手に持っていたワタシの荷物をなぜかワタシに返してきた。まだ家は遠いのに、ここで返してきてどうしたんだろう。


 そして未だに自身の首に着いているリードを手に取ってブンブンと円を描くように回している。


 荷物持つのに疲れたのかな?


 「ではなぜ会長は失敗してもまた誰かと付き合おうとするんです? それも何度も」

 「それは......」


 「独りが寂しいと感じるから」。それを言えれば楽なんだろうけど、素直にそう言えないのがワタシだ。


 「なんでだろうね。自分でもよくわかんないよ」

 「んですか?」

 「......うん」


 それは嘘。理由は明確だ。


 兄と凛さんを見ていれば、“恋人”という存在が喉から手が出る程欲しくなる。毎日毎日飽きもせずに、朝から晩まで家でイチャイチャしているんだ。


 あの“仲の良さ”がワタシは欲しい。


 理解できないけど、あの楽しそうな日々を送りたい。そのためには寄り添える対象いせいが必要だ。


 心からずっと一緒に居たいと思える対象が。


 すごく仲の良い友達なんかじゃ満たせない。性格も、身体も真正面から向き合って全部を愛し合える異性じゃなきゃ駄目なんだ。


 「今まで会長がどういった経緯で付き合ったかは知りませんが、これからも誰かと付き合うんですか? 男運が無いのに」

 「はは。......そうだね。たぶん繰り返すんじゃないかな」


 でもワタシはこんな性格だから、まともに人と向き合えたことが無い。


 だから“恋人”を作れば、対象を一人だけに絞れば、上手く付き合っていければ、この“寂しさ”も紛れるはず。そう思った。


 「会長は今までの交際経験に後悔していますか?」

 「......うん。付き合わなければ良かったって思う」

 「なのに、それなのにまた誰かと付き合うんですね」


 さっきから彼はずっと自身に着いているリードをブンブンと振り回している。それも強弱をつけながら、時には勢いよく、時にはゆっくりと。何が楽しいのかワタシにはわからない。


 「自分には経験しない方が良いと言うくせに、会長自身は傷ついても今まで通り繰り返すと? 後悔の連続なのにまだ繰り返すと?」

 「間違ってるよね」


 改めてそう言われると、ワタシは学習能力の無い馬鹿だな。


 「はは。どこが間違ってるんですか?」

 「え?」

 「自分、さっき言いましたよね。『“経験すること”が間違っているとは思えない』って」


 いや、言ってたけど......。


 「なんか自分と会長は同類ですね」

 「は?......未経験の君にはわからないよ」

 「ええ。わかりたくないですし、知りたくもありません」


 ならどこも同類じゃないよね。


 無論、ワタシも今までの交際経験でキスどころか手を繋いだことすらない。しかし彼はそんなことを知らない。彼がワタシを見る目は“交際経験過多な女”に過ぎない。


 「“理想の相手”を求めているんですよね?」

 「まぁ、当然でしょ」


 「すぐ別れるけど、付き合ってから見極めようとする会長。傷ついても諦めない会長。そして後悔するとわかっているのに間違った道に進む会長」

 「......。」


 「自分の場合は、一瞬でフラれることが怖くて何もしません。傷ついてトラウマになるかもしれません。そして後悔しないように、間違った道には進みたくありません」

 「......同類じゃない」


 「いやいや。同類ですよ」と彼が苦笑いして言う。


 「単純な話、結果、別れたら自分が居る地点―――“振り出し”に戻るだけです」

 「そんなこと?」


 「これは“そんなこと”ですか? 会長がそう感じるならそれだけの意味なんでしょう」

 「......何が言いたいのさ」


 「同じスタート地点に居る自分たちですが、違いは至極単純に経験が“有る”か“無い”かです。良くも悪くも経験したことは決して消えません。自分に無い経験が、会長には有ります」

 「それなら君は尚更同類じゃないな」


 「場数で言うなら違います。しかし同じく振り出しの地点に居る自分たちは常に“理想の相手”を求めていますよね」

 「それは......」


 「人生初の彼氏、ここが駄目だったから私と合わない。次の彼氏にはその欠点が無い人を選ぼう。でも合わなかったから別れよう。次もだ。見つかるまで繰り返そう」

 「......。」


 「人生初の彼女、こんな自分とは合わないかもしれない。合う人を探そう。この人は? あの人は? ああ、誰とも合いそうにないな。なら見つかるまで探し続けよう」

 「......。」


 「慎重に行動すればいいのですか? 相性が良くなるまで自分を変えた方がいいのですか? きっとそれが近道なのでしょう。それが無難なのでしょう。それが最善なのでしょう。でも、自分たちがそうしないのは―――」

 「自分を捻じ曲げたくないから」


 ああ、そうか。そうだよ。付き合ってすぐ別れるのも、“自分に合わないから”という理由から来ている。


 相手に合わせたくないのは、誰とも合いそうにないワタシと向き合ってくれる誰かを見つけたいからだ。


 繰り返してきた、妥協のない“別れた理由”を捻じ曲げたくないからだ。


 自分の中にある―――“べき”を保ちたいからだ。


 「結局はそんな人と会えるのは偶然きせきの賜物です。ですが、その欲が望んだ結果に繋がるんだと思います」

 「それじゃあただの......“エゴ”だね」


 「たしかに。でもいけないことですか? いけないことですよね。それが失敗する根源なんですから」

 「だけどそれが“理想の相手”を見つける鍵でもある......か」


 「はい。......とかなんとか言ってますが、自分なんか今それどころじゃないですよ」

 「?」

 「はは。なんでもありません」


 バイト君が急に変なことを言ってきたけど、ワタシにはよくわからない。


 しかし今日は彼に救われた.......というより気づかされたな。男運が無いというワタシも数当たれば“理想の相手”が見つかるかもしれないとは......なんとも先が長くなりそうな思いだ。


 “理想の相手”.......“理想の相手”かぁ。


 「まぁ、お互いこれからも頑張りましょう」

 「生意気。処そっか?」

 「ご主人様! ワンワン!」

 「媚び売っても女に二言は無いから」

 「くぅーん」


 はは。肛門プラグでも着けさせたら本当に尻尾振ってそう。


 ......これからもワタシは受け身に徹するのだろう。


 告られて、付き合って、合わなければ別れる。たぶん変わることはない。


 変える必要性も感じない。


 バイト君コレに言われたらしょうがないよね。


 「あ、荷物持ちますよ。すみません、なんか気分で返しちゃいました」

 「......。」

 「会長?」


 バイト君がワタシの荷物を持ってくれるということなので、ワタシは彼に先程受け取った荷物を渡した。


 ついでに、彼の首に付いているリードを引っ張って―――


 「っ?!」


 ―――今日のお礼も添えとく。


 ......リードってこういうときに便利だよね。チョーカー買って良かった。


 「んむッ―――きゃ、きゃきゃきゃいちょ?!」

 「......なに、今日のお礼だよ」


 なるほど、これがアレか。キ―――接吻というヤツか。悪くない。


 彼の唇って柔らかいんだな。一瞬だったけど、すごいドキドキする。相手もワタシの急な行為に顔が真っ赤だ。


 なんて可愛い後輩......。


 「ワタシに言うべきことない?」

 「ひゃい?!」


 「好きです。付き合ってください」とかさ。


 ......さて、ここに来て一つ訂正したい。


 “理想の相手”が見つかるまで交際を繰り返す?


 否―――


 「あ、ありがとうございますッ!!」

 「......やり直し」

 「ふぇ?! んッ」


 ―――目の前に居るじゃないか。



――――――――――――――――



 ども! おてんと です。


 次回は千沙の閑話になります。許してください。


 それでは、ハブ ア ナイス デー!

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