第292話 女は格好いいでも良いけど、男は可愛いと言われても嬉しくない

 「これが......コンタクトの力か」

 「またのご来店をお待ちしております」

 「あ、はい」


 現在、俺は大都会のとあるショッピングモールにあるコンタクト販売店を出たところである。人生初のコンタクトを装着するために、処方箋を貰って自分に合うコンタクトを購入し、お店でそのままコンタクトを着けさせてもらったのだ。


 ちなみにここまで一緒に来た会長はこの場に居ない。俺が用事を済ませている間に一人で軽く買い物でもするのだとか。


 俺は用が済んだので会長に連絡を取った。


 「すごいな。眼鏡でも全く違和感なかったけど、コンタクトを着けると眼鏡のあの縁の部分が邪魔に思えてくる」


 一人、ショッピングモールにて独り言をしてしまう痛い子、コンタクト野郎である。


 当たり前っちゃ当たり前だ。眼鏡で視える範囲があのレンズ内だけだったもん。それに比べてコンタクトは視界全てが良好だ。それに目に装着しているのに全然違和感がない。


 なんというか、裸眼の視力が上がったみたい。


 今なら女性の下着も見えそうだ。


 「そんな機能コンタクトには無いけど」


 なんか嬉しくて独り言が止まんねぇ。

 


***美咲の視点***



 「見て! あの人モデルさんみたい!」

 「いや、モデルだろ」

 「慎重高いね」

 「大学生さんかな?」


 女子高生だ。


 ワタシは今、大都会のショッピングモールの中の腰を掛けスペースでバイト君を待っているところである。隣の空いているスペースには私が2、3店舗程回った際に買った商品の入った紙袋がある。


 そんなワタシを周りの人たちが注目している。


 まぁ......いつものことだ。


 「スラっとしているよねぇー」

 「まつ毛長ーい」


 バイト君もそれくらい褒めてくれてもいいのにね......。


 ちなみに先程、彼から用事が済んだと連絡が来た。


 眼鏡のままかな? それともコンタクトをお店で着けさせてもらったのかな?


 「眼鏡無しのバイト君かぁ」


 くすっと笑みを浮かべてしまったのは、彼の新しい一面を見れることが楽しみでしょうがないとも言える。


 「会長ぉ。お待たせしました」

 「あ、うん」


 と、そんなことを考えていたら後ろから聞き慣れた声が聞こえたのでワタシは振り返った。


 そこに居たのは、


 「......。」

 「? どうしました?」


 眼鏡を卒業した素のバイト君が居た。


 「いや、なんでも」

 「?」

 「さて、今度はワタシの買い物にでも付き合ってもらおうかな」

 「あ、はい」


 眼鏡をしていないということはコンタクトをお店で着けさせてもらったのだろう。眼鏡を外した彼も......良いな。


 可愛いと言ったら怒るかな。でも可愛い。うん、可愛い。


 年下だから可愛く見えてしまうのだろうか。


 「ちょっと会長、何か言い忘れてません?」

 「?」

 「いつもの自分と比べて、何か足りませんよね?」


 眼鏡ね。


 君が捨てた属性でしょ。


 「ふむ」

 「え、ちょ、わからないなんてあり得ませんよね?!」


 いや、視界に入った瞬間に気づくに決まってるじゃん。


 でも感想を言いたくない。“可愛い”を言いたくないとかじゃなくて、仕返しの気持ちが大きい。


 だって彼、ワタシと今日待ち合わせしたときに、ワタシの私服姿を見て一切こなかったんだもん。


 そりゃ戸惑うよね。


 「はて......」

 「......あ、もしかして今朝のこと怒ってます?」


 “まだ”だって。ビンタしようかな。


 「......。」

 「あ、あはは。睨まないでください。伝え遅れた自分がいけないんですよね」

 「は?」

 「今日の会長、マジ格好いいです。すごく似合ってます」

 「っ?!」


 まさか今更言われるとはッ!!


 バイト君が微笑みながらワタシの私服姿について褒めてきた。思わずドキッとしてしまったのは隠さなければいけない秘密である。


 “格好いい”.....か。それを意図したコーデだし、そう言われると嬉しいな。“可愛い”より“格好いい”を身に着けたい方だし。


 「で、自分はどうです?」

 「ん? ああ、そのユニ〇ロコーデのこと?」


 「え、わかるんですか?」

 「そりゃあわかるよ。ったく、それじゃあワタシと釣り合わないよ?」


 「じ、自分で言いますか......。というか、そっちじゃないです」

 「え? 他にある?」


 せっかくだし、意地悪しよ。


 彼はコンタクトに変えた自分をどう思うか聞いているんだろうけど、今朝の仕返しをしなきゃ。


 バイト君がプイッと回れ右して歩み始めた。彼の若干足取りもずかずかとしていて若干の憤りを感じる。


 そして頼んでもいないのに、さり気なくワタシの荷物を手に持っていた。


 「あれれ。怒ちゃった?」

 「別に。で? どこ行きます?」

 「はは。怒ってるじゃん。可愛い」

 「怒ってませんが?」

 「いや、怒ってるね。ふふ」


 バイト君だって今更になって褒めてきたんだ。ワタシも帰りくらいに「似合ってるよ」の一言くらい言ってあげよう。


 「あ、せっかくだからワタシがバイト君に似合いそうな服を選んであげる」

 「結構です。ユニ〇ロで充分ですよ」

 「ふーん? 今後、デートの機会があるかもしれないから参考までにと思ったんだけど」

 「AEO行きましょ」

 「素直でよろしい」


 2回目こんどあるかもしれないしね。なんちゃって。



***和馬の視点***



 「結構買いましたね」

 「ね。荷物持ちが居て助かったよ」

 「それはそれは。お役に立てたのならなにより」


 会長と買い物してからかなり時間が経った。時間にして2、3時間は使ったな。午前中からずっとそんな調子だったから昼食を摂る時間が無かった。どちらかというとおやつの時間帯だね。


 だからひと段落した今は空腹に近い。


 会長はどうなんだろ。


 「バイト君、今更だけどお昼ご飯にしない?」

 「そうですね。ここのショッピングモールのフードコートで済ませますか」

 「ふふ。気づいているんだろう? ワタシがお弁当を作って来たのを」

 「......。」


 そうですね、気づいてました。今朝、達也さんたちから聞きましたからね。


 もちろん、後輩思いとか、今日のお出かけをデート風に仕立て上げるために作って来たとかじゃない。あのゴリラ共の話によれば会長は、同じようなおかずを何品も作っていたらしい。


 これはつまり―――


 「“第二回 ミサキオカズ”の開催だ」

 「......。」


 そら来た。だと思ったよ。


 以前、俺が通っている高校で第一回目が開催され、会長との勝負に敗北した俺が会長の上履きを舐めるという記憶は新しい。


 「そうですね。ここのショッピングモールのフードコートで済ませますか?」

 「現実から逃げちゃ駄目だよ」


 あなたの罰ゲームから逃げたいんだ。


 「あのですね、学校ならまだしもここには大勢の人が居るんです。会長が負けた場合でもこの環境で受けてもらうんですよ?」

 「そうだよね、どうしても確率的な要素があるし。だから罰ゲームも軽めにしようと思うんだ」


 お。なんだ、さすがの会長でもそこまで見境無しに過度な要求をしてくるわけじゃないんだな。


 そう言って会長は先程、雑貨店で買った商品が入った袋から何かを取り出した。


 「今回は、バイト君に犬になってもらおうと思う」


 うん、ちょっと何言ってるのかわからない。


 手にしていたのは黒いベルトのような物―――チョーカーだな、アレ。


 「え、えーっと」

 「リードはまだ買っていないんだけど、負けたら買って着けようなって」

 「い、嫌ですよ?!」

 「え? なんで?」


 “なんで”?!


 俺は周りに行き交う人々が居ることなんてお構い無しに声を荒らげた。そのため、なんだコイツって顔で見られる。


 「犬ってアレですか?! 四つん這いになったり、投げたフリスビーを取りに行くアレですか?!」

 「そこまで要求しないけど......したいなら止めないよ」


 「いや、したくありませんがッ! でしたら仰向けになってお腹を見せなくてはいけないのですか?! 色々と擦ってくれるんですか?!」

 「それはちょっと......悪くないな。でも公共の場だし」


 「なら会長をペロペロしてもいいんですね?!」

 「ちょっと落ち着こうか。というか君、意外と満更でもないでしょ」


 「ええ、ありがとうございます」

 「どういたしまして」


 なんだこのカオスな会話は。


 冷静さを取り戻した俺は改めて会長に向き合った。


 「なに、そう大したことじゃない。君にこのチョーカーを着けて、リードに繋ぎ、帰宅までそうしてもらう」

 「え、それだけでいいんですか?」

 「あれ、結構な醜態だと思うけど」


 いや、たしかにショッピングモールの中にリードで繋がれたコンタクト野郎が居たら注目を浴びるかもしれない。


 でも全員にじろじろと見られるわけではない。そんな奇抜な恰好をしていても、毅然とした態度で歩いていれば違和感無いはずだ。恥ずかしがるから却って目立ってしまうんだ。


 正直、名誉棄損も良いとこだが、大都会でそんな知り合いに会うことなんてあり得ないし、実害は無い。


 だから我慢すれば平気よ、へーき。


 「ちなみに犬になってもらうからには中身まで演じてもらう」

 「......は?」

 「ワタシを呼ぶときは“ご主人様”と語尾に“ワン”ね」


 なんてこった、それじゃあ余計目立ってしまうじゃないか。


 「まぁ、帰宅するまでの我慢だ。妥当な罰ゲームだろう?」

 「不当な扱いです」

 「もちろん、君が負けなければ良い話だ。この勝負は確率的な要素を含んでいるからバイト君の勝率だって0じゃない」


 た、たしかに。


 でも、限りなく勝率を0にするような算段で勝負を挑んできているじゃないですか。


 「さぁ、どうする? 諦めて罰を受ける? 負けて犬になる?」

 「どっちも同じじゃないですか......」


 仕方ない。


 「なら自分は会長にも同じ要求をします」

 「ほう......」

 「自分が勝ったら会長が言った罰をご自身に受けてもらいます」


 どうだ。これこそ究極の返しじゃないだろうか。


 あのドSな会長が万が一でも他人の犬になる勝負をするはずがない。確率で負けたらあんた後輩おれの犬だからな。


 もちろん、犬になってもらうんだから、帰宅までの間にホテルを挟んでアニマルセラピー(意味深)を貰おう。


 「ふむ......」

 「嫌でしょう? じゃあ罰ゲームとか無しで―――」

 「それでいいよ。負けたら犬になろう」

 「ええ。そもそも手作りお弁当に罰ゲーム要素が入ったら美味しくいただけません―――よッ?!」


 今なんつった?!


 ドS会長、なんつった?!


 「聞こえなかったかい? ワタシが負けたら同じ罰ゲーム内容を受けよう」

 「......。」


 な、なんて人だ......。そこまでしてキチガイゲームをしたいってか。


 「これでお互い文句無しね」

 「くっ」


 「あ、そうだ。せっかく犬になるんだし、尻尾付きの肛門プラグも買おう」

 「そ、それはシンプルに嫌......」


 「だよ?」

 「それ以前に確率でバージンを捨てたくないです」


 こうして校内限定の勝負ではなく、大都会のショッピングモールでも開催するという“ミサキオカズ”のために、俺らは近くの広場に向かうのであった。


 神様、負けたくないです。会長を犬にしたいです。


 そんな願いを神様は叶えてくれるのだろうか。不安でしょうがないコンタクト野郎であった。

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