第278話 “お豆さん”には二つの意味がある

ども! おてんと です。


遅くなりました! 許してください。


―――――――――――――――――


 「今日は私と枝豆の苗と種を植えてもらいますよ、兄さん」

 「お、千沙が家業のお手伝いなんて珍しいな」


 「できのいい妹は家族愛に満ち溢れていますから」

 「本音は?」


 「お小遣い減らされそうでして。それを阻止すべく」

 「......。」


 千沙のそういうとこ、嫌いじゃないぞ。好きでもないけど。


 天気は曇り。3月も後半に入ってしまった。もうすっかり春の時期で気温も日中は暖かい。畑を見れば冬と違ってもう雑草が生えている。冬にはあまり無かった草むしりをそろそろやりそうな雑草の成長具合である。


 そんな春を感じさせる今日は可愛い妹と一緒にお外で仕事らしい。


 「なんだ『お小遣い減らされそう』って」

 「私、お母さんのクレジットカードからいくらかお小遣いとして物を買っているんですけど、新作のゲームだったり、セール中のPCゲーをたくさん買ってたのでこの前怒られちゃいました」


 今日は日曜日で今は午後2時頃なのだが、葵さんと真由美さん、雇い主はいつものように直売店を開いているのでそのお仕事をしている。陽菜はというとなんかお洒落してどっかに行った。


 聞けば桃花ちゃんとお出かけらしい。


 「そ、そうか。まぁ、良い機会じゃないのか」

 「ええ。兄さんに私を見せつける良い機会です」

 「よ! 輝いているよ!」

 「ふふ! でしょうでしょう!」


 と言うわけで、今回は千沙と兄妹仲良くお仕事する予定である。


 農機具関連以外で千沙と仕事するのは初めてな気がする。あ、直売店で一緒に店員をしたっけ。いつも仕事する際は千沙が上司ということで色々なことを学んでいるバイト野郎なのだ。


 今日も千沙に教わることが多いのだろう。


 「で、枝豆の苗と種を植えればいいんだっけ?」

 「おそらく」

 「......は?」

 「いや、ただ土に植えればいいんですかね?」


 違った。今日は何も教わること無かったみたい。


 俺たちは枝豆畑(予定)にて、枝豆の苗と種を前に立ち尽くすしかなかった。


 その苗と種をそれぞれ孔のあるマルチシートに植えるのが今日の仕事内容だと千沙から聞いたのだが、本人はそれ以上のことを知らないらしい。


 「ただ植えればいいんじゃないの?」

 「そんなテキトーなんですか?」


 「枝豆の苗はとりあえず指定の箇所に1つずつ突っ込めばいいでしょ」

 「どれくらいですか? 結構な量の苗がありますけど」


 「それは......たぶん全部かな?」

 「だっるいですね」


 その一言でさっきの“家族愛”と“できる妹”のイメージが払拭されたよ。


 農家の娘なのに家業を全く手伝ってこなかった千沙は野菜の種や苗を植えるといった単純な作業がどのようなことなのかわからないらしい。


 ちなみに枝豆の苗は縦6×横12の計72個のセルトレイに入っていて、これが全部で10枚ある。つまり単純計算で720個の苗をこのマルチシートに手作業で1つずつ植えていくのだ。


 そのセルトレイに収まっている苗や種の入った袋は、直売店を開くギリギリ前に葵さんが畑に運んでくれたので仕事ができる準備は整っている。


 「すみません、前言撤回して“憂鬱”に置き換えます」

 「あんま変わらんな」

 「それで苗はいいですけど、種はどうするんです?」


 そう、今回は枝豆の苗だけではなく、種も植えるのだ。


 苗はもちろんのこと、種から発芽し、ある程度成長した枝豆の子供のようなものである。ここまで成長させるにはビニールハウスという温度調節ができる施設の中で育成する必要があったのだとか。


 春の時期に近づいていると言っても夜は少し寒いからね。当たり前っちゃ当たり前だ。


 「種は苗を植えたマルチシートとは別のマルチシートに植えるらしいです」

 「やっぱ種と苗を両方植えるってことは時期をずらすって効果があるのか」

 「? たぶんそうじゃないですかね」

 「......。」


 本当に大丈夫なのかこいつ。


 素人の俺でもわかる。さっきも言ったように苗は種を成長させた状態のものだ。つまり種より苗の方が先に成長し、その分収穫時期も早くなる。


 種は種で0からのスタートだから収穫まで時間がかかるのだろう。


 「じゃあさっそく苗から植えていこうか」

 「700個以上もですか?!」


 「まぁ、二人でやればすぐ終わるよ」

 「あ、良いこと思いつきました。私が応援するんで兄さん頑張ってください」


 「俺の種子、お前に植え付けんぞ」

 「れ、レイプ反対......」


 こうして兄妹による共同作業が始まったのであった。



*****



 「ふぅー。苗の方は終わったな」

 「次は種ですね」

 「おう」


 700個以上の苗を植え終えた俺たちだが、中には発芽していなかった不良なものもあったので実際は想定した量より少なかった。


 今度は枝豆の種をマルチシート一列分植えるらしい。


 「種はどれくらいの深さで植えればいいんですか?」

 「え、俺に聞かれても......うーん」


 俺はどのくらいの深さまで種を植えればいいのか考える。


 スマホを使ってインターネットで調べれば簡単なことだが、汚い手でスマホを触りたくないし、目的があっても仕事中のスマホの使用はなんか気が引ける。


 「たぶん中指の第二関節くらいの深さじゃない?」

 「あの、その手マンみたいに中指だけ起こすのやめてくれません」

 「千沙は何本が限界?」

 「セクハラやめてくれません? まぁ、1本が限界ですが」


 言うんだ。それ言っちゃっていいんだ。


 ああー、中腰の状態でする作業で良かった。千沙のせいで妄想が膨らんでおっきしちゃったよ。


 「じゃあ先程と同じように私は反対側から種を植えますね」

 「うん。俺もさっきと同じように真ん中の列と片方側やるわ」


 マルチシートに一定間隔であけられた孔は列にして3列。右端、真ん中、左端の列に沿って孔があいているのだ。千沙は右端を担当して、俺は残りの真ん中と左端を担当する。


 俺の方が少しばかり千沙より植えるペースが早いので必然と俺の方が種をたくさん植えることになった。


 こうしてお互い並行して作業するので距離も近いことから、途中世間話でもしながら仕事に取り組んでいる。


 「兄さん、私に下の名前で呼ばれたいと思いますか?」

 「え、別にどっちでもいいけど。どうして?」

 「い、いや、付き合ったらお互い名前で呼び合わないと周囲から変な人に見えるじゃないですか」

 「......。」


 変な人はお前だけな。


 もうそんな将来のことというか妄想というか自走MAXな考えしてんのかよ。人が告ったら断るくせにその気でいやんの。なんなのこいつ。


 まぁ、かと言って今また千沙に告ろうとは思わないけど。理由は言わずもがな。いつだか陽菜とアイスプラントの収穫を行った際のことが関係している。


 「はぁ」

 「ちょ、なんでため息を吐くんですか!」

 「いや、だって変に距離をとるくせに彼女面とかマジかよって」

 「んなッ! わ、私だって色々と考えているんですよ!」


 “色々”ってなんだよ。拗らせているだけだろ。


 色々って言うのはな。俺みたいに陽菜と千沙からダブルアタックを受けている存在のことを言うんだよ。


 なんで恋愛未経験なのにダブルで来んの。“キャパ”って言葉知ってる?


 「兄さんはモテないでしょうからもっと私の好意に感謝すべきです!」

 「ほほう......。じゃあ逆に聞くが、千沙、お前の妹や姉が俺を好きになったらどうするんだ?」

 「はは。兄さんの冗談っていつも面白いですよね」


 土かけようかな、こいつに。


 「まぁ、誰にも兄さんを渡したくはありませんので、姉妹が相手でも全力で兄さんを奪います」

 「“奪う”......」


 「が、そればかしは実際にその状況に立ってみないとわかりませんね。兄さんも異性として好きですが、姉妹も家族として好きなので少し考えちゃいます」

 「同じすきでも中身は違うと思うけど」


 「さぁ? 私にとって好きに性別も家族も関係ありません。区別がついていないとも言えます」

 「へぇー。じゃあ千沙と付き合いながら葵さんと陽菜ともお付き合いしよ」


 「よ、よく私の前でそんなこと言えますね」

 「え、ダメなの?」


 「まぁ、そんな器量も甲斐性も可能性も兄さんにはあるとは思えませんが、私の面倒を見ててくれればそんなことどうでもいいです」

 「そんなこと......」


 どうやら千沙にとって俺は浮気したり、他人と並行して付き合う能力を持ち合わせていない人に思われているらしい。


 無論、俺も浮気もしたくないし、実際にハーレム紛いなことができるほどユウキ◯トれない。


 「まぁ、それも赤の他人の女じゃなくて姉妹に限った話ですが......。で、どうなんです?」


 ダブルアタックのことについて考えていたら千沙が何を指して言っているのかわからないことを聞いてきた。


 「?」

 「いや、兄さん的にはどうなんです?」


 「え、俺?」

 「そんなことを私に聞かれたって結局は好いてくる異性を断るも、許しを請いて付き合うも......黙って浮気するのも兄さんが決めることです」


 「で、でもアレじゃない? 千沙なら『大好きなお兄ちゃんは浮気しない!』とか思うんじゃない?」

 「そりゃあ自分だけに夢中になってほしいんですから当然でしょう?」


 じゃあどうしてそんな俺の“勝手”に任せるんだ......。


 「ですがそれ以前に異性の“好きなもの”を理解するのも大切な能力だと思います」

 「は、はぁ」


 「もし万が一、そういった女性が居るのでしたら、少なからず私にも気持ちはわかりますし、ぞんざいに扱えません」

 「なんというか......心が広いな」


 「はい? まぁ許せないのは、その状況に立っている分際で選択を他人に任せてしまう兄さんです」

 「......。」


 たしかに。俺のことなのに、当の本人である俺が右往左往して身を任せて判断するのはおかしい。


 他人の意見も大切だが、きっとそれは決断する手段の一つの“要素”に過ぎないのであって決断には至らない。


 なんか恋愛って深いな......。付き合うって、“1つの相互関係”とは限らないのか。


 「これがモテる男の定めか......チーレムの主人公も大変な思いをしてたんだな」

 「なに言ってるんですか」


 「さて、まだたくさん残っている種を植えちゃうか」

 「まだあるんですか。中腰で作業するから腰が痛いんですけど」


 「昨晩はセッ◯スしすぎたんだよ」

 「“中腰の作業”って言っているじゃないですか。それに私にそういった経験はありません」


 「処女だからな」

 「あの、いくらここが畑で周りに人が居ないからってなんでもかんでもドストレートに言ってくるのやめてくれません? もうちょっとオブラートに言えないんですか?」


 「膜有り」

 「お巡りさーん、この人でーす」


 はは。冗談マジだよ。


 そう、ここは畑で警察官も居なければ、散歩する人も見当たらないド田舎である。


 そんな長閑のどかな場所でお仕事をしていても気分は晴れず、むしろ悩み事が増えたバイト野郎であった。

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