第279話 美味しいものとは
「嫌よ」
「そうか。いや、でもな―――」
「何と言われてもヤ」
「そ、そうだな。けど、もしかしたら―――」
「和馬が私以外の女性とお付き合いしようとか許すどころかチョッキンものよ、チョッキンもの」
「......そうだね」
“チョッキンもの”って何を? いや、ナニですよね。ええ、はい。
天気は曇り。平日の今日、帰宅した俺は特にすることも無いので余暇を適当に過ごそうかと思っていたのだ。
が、そんなことは叶わず、なぜか帰宅した俺より先に陽菜が高橋家に居たのだ。受験生という束縛から解放され一足早く春休みに入った陽菜は私服姿で俺んちにお邪魔していたらしい。
彼女の今の恰好はエプロン姿でキッチンに立って料理をしていた。まだ夕飯の時間ではないけど、焼き魚の匂いなどで空腹が煽られる。
「というか、なんでそんなこと聞くのよ」
「ギク」
「?」
「あ、いや、ハーレムって男の夢じゃん? 陽菜の意見も女性の1つの意見として参考にしようかなって」
「ふーん? ま、世の中にどんな女性がいるのかわからないけど、付き合っている
「......そうだな」
当然っちゃあ当然ですね。
ちなみに俺が陽菜にこんなことを聞くのは別に陽菜と千沙と同時に付き合いたいからじゃない。以前、千沙に『兄さんが決めてください』的な感じで束縛感のようなものがなく、俺が思っていた女性のイメージと違ったからだ。
どちらかというと俺も陽菜寄りの意見で、なんで千沙があんなことを言ったのか本当の意味で理解できなかった。だから姉妹である陽菜に試しに聞いてみたのだが、論外すぎて話にならなかった。
「で、今更だけど、なんでお前は俺の家に居るの?」
「未来の奥さんよ? 居るに決まってるじゃない」
「鍵を締めていたはずなんだけど」
「お義母様から借りたわ。合鍵は今後必要だからって」
「初耳なんですけど」
「言ったら没収されるかもしれないじゃない」
いや、するに決まってるだろ。憩いの間だぞ。お前みたいなアグレッシブな奴がアポ無しで来たら落ち着かないわ。
俺は陽菜が持ってきた鞄を手に取り、目的の合鍵を没収をすべく漁った。
「ちょっと。女性のバッグを勝手に漁らないでよ」
「......ちょっと。なんで女性のバッグの中にコン〇ームの箱があるんだよ」
「? 何言ってるのかしら? 当然のエッチケットよ」
「エチケットな」
「というか、千沙姉は良くてなんで私が駄目なのよッ!」
「こういうことがあるからです」
俺は陽菜のバッグを手放し、物を漁るのを止めた。当初の目的通り、合鍵を没収しようと思っていたが、陽菜さんのバッグから見てはいけない物が出てきそうなのでそっ閉じするしかなかったのだ。
陽菜はそんな俺を見て自身のひっぱいが収められている服に手を入れ、その中から銀色に輝く紐状のようなものを取り出した。
「残念だけど、合鍵はネックレスとして首から下げているからバッグの中には無いわ」
「お前正気か」
「これならあんたでも下手に手を出せないでしょ。進んで胸を触るような男じゃないし」
「忘れたのか? 俺が以前、胸ピクトークしたときにお前のAカップを揉んだのを」
「“A”じゃなくて“B”。ぶっ殺すわよ。Bカップはギリあるわ」
「あ、はい」
「それにアレは事故だし」
ギリあるって......もうAの自覚あんだろ。ギリBもA寄りのBも同じだから。大して変わらないから。
俺は強気な陽菜に近づいて手を伸ばした。
「ふぇ? ちょ、ちょっと! 何こっち来ているのよ?!」
「え、合鍵を取り上げようかと」
「なッ?! 胸よ?! 胸を触るに等しい行為よ?!」
「ふっ。いつまでも奥手だと思うなよ。相手が胸を触っていいと言えば、合鍵を取る目的を大儀として揉んでいいと自分に言い聞かせられる」
「だ、駄目! そんな急にッ!!」
「なんだ照れているのか? 普段はあんなに余裕をこいているくせにいざ本番となれば抵抗しやがって」
照れて真っ赤な顔をする陽菜を無視して俺は彼女に近づく。陽菜は特に抵抗することなく後ずさりするだけだった。
やがてキッチンルームの行き止まりまで下がった陽菜はその細い両腕で赤面した顔を隠していた。
「や、やぁ」
「っ?!」
くッ。ここぞとばかりに恥じらいやがって!
普段の陽菜とギャップがあって辛抱堪らん! じゃなくて、これじゃあ俺が今から襲うみたいじゃねーか!
俺は今更引き下がることができず、恐る恐る震える手を陽菜の胸部に伸ばした。
「ぶ」
「?」
耳まで真っ赤な陽菜がその両腕の隙間から俺を睨むに等しい眼光で俺を捉える。
「ぶ、ブラ付けていないから当たっちゃうかも......」
「なッ?!」
「ナニがッ?!」
乳首に決まってんだろ!!
....................................“ナニが”?
俺は進む足を止め、後ろを振り返った。
「あ、どうぞ。続けて」
「......。」
「お、お母様ッ?!」
そこにはオフィスカジュアルな恰好をした母親が居た。
「お母さんは気にしなくていいから。あ、でもキッチンではちょっと控えてほしいかも。危ないし」
「べ、別にそういうことをする訳ではなくてですね!」
「......帰ってきてたんなら言えよ」
「言ったらあんたシないじゃない。せっかく玄関から音を立てずにここまで来たのに」
「と、智子さ―――じゃなくてお義母様、あと少しでご飯ができますからリビングで待っててください!」
「はぁ」
ため息を吐いてしまった俺だが、自ら陽菜の胸に触るという行為に及ばずほっとしている。
俺は仕事帰りの母親とキッチンから離れた。
「なんで皆アポ無しでうちに来るの......」
「母親は別にいいでしょ。それに陽菜ちゃんには連絡したし」
「いや、俺にしろよ」
「陽菜ちゃんから聞いてなかったの? それともなに。陽菜ちゃんとエッチしたいから邪魔者が入らないように事前に知りたかったの?」
「ぶっ殺すぞ」
陽菜が目の前に居るだろーが。
どうしよう、久しぶりに家に帰ってきた母親を早々に家から追い出したくなった。
「あの、今日は焼き魚と味噌汁の他に......肉じゃがです」
「肉じゃが、か。ほほ。もうすっかり彼女さんじゃない。ちょっとあんた、肉じゃがだけでも正当な食レポしなさいよ」
「め、面倒くせぇ」
「ふふ。お義母様、そんなこと聞かなくてもわかります。こちらから聞かなければ大体の場合、和馬は頷きながら食べるので。無言でもそれは好みの味付けだという証拠です」
「流石ね。それが事実なら私の料理で頷いたことが無かったことになるわ」
「お世辞でも美味しいものが食べられた記憶が無いからな」
「昔は美味しい美味しいって言ってくれたのに......」とお母さんが言うが無視しよう。小さい頃は親が作ったのものがこの世の食べ物なんだと思い込んでいたからな。
時を経て、あなたの息子さんは色々な物を食べたことにより、「あ、うちのオカンは料理苦手なんだ」と悟りました。
「で、まだ父さんは帰ってきてないの?」
「え? 親父の奴、今日帰って来るの?」
「あれ、あの人から聞いてない?」
「全く」
「相変わらず駄目な人ねー。帰って来るなら和馬に一言連絡しなさいよって話」
いや、お前もしろよって話。
「お義父様が帰って来るのですか?!」
「そ。あれ、まだ会ったことなかったっけ?」
「はい! 一度は是非会いたいですね!」
やめてくれ。母親でもできるだけ会わせたくないのに、常軌を逸している父親となんか論外だ。絶対に阻止しなければ。
「でも私より先に帰って来るはずなんだけど......」
「まぁ、親父のことだからどっか店寄って酒でも飲んでるんだろ」
「もうそろそろご飯できますけど......冷めないうちに先に食べます?」
「「いただきます」」
こうして俺とお母さんは親父のことを待つことなく、陽菜が作ってくれた夕飯にありつくのであった。
毎度のことだが、陽菜の作るご飯は本当に美味しい。思わず一生俺に味噌汁を作ってくれと言ってしまいそうなくらい。いや、絶対に言わんけど。
『プルプルプルプルプルプル♪』
「「「っ?!」」」
と、そんなことを考えていたら誰かから着信がきて俺のスマホが鳴りだした。
「誰かしら?」
「裕二君じゃない?」
「さぁ。とりあえず出よ」
まさかこのまま鳴り響くスマホを無視する訳にもいくまい。俺はテーブルに置いておいたスマホを手に取って、画面を覗いた。
スマホの画面には“千沙”の二文字があった。
「あれ、千沙だ」
「千沙姉?」
「陽菜ちゃんのお姉ちゃん?」
俺は応答するため画面をスワイプした。
「どうした、千沙―――」
『ちょっと、兄さん確認したいことがあるんですけど』
「はい?」
『“高橋”ってありふれた苗字ですから、私の勘違いかもしれませんが、YESかNOでお願いします』
千沙にしては珍しいな。いつもなら軽い挨拶程度するのにこんな焦り気味で単刀直入な言い方をするのは。
内容も内容だ。急に苗字の話をしてきてどうしたんだ。
『「虎の次にセッ〇スが激しい男、“高橋 虎次郎”」と言っている中年男性は兄さんの父親ですか?』
「限りなくNOだ。可燃ゴミにでも捨てた方がいい」
「「......。」」
『......最寄りの駅まで迎えに来てください』
なんてこった。なにしてんだよ、クソジジイ。
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