第267話 葵の視点 すごく勘違いされてる

 「いらっしゃいませ!」

 「こんにちは。葵ちゃん」


 天気は晴れ。清々しい程の晴れである。今日は直売店を開く日で、今開店したところだ。


 日曜日ということもあるから忙しいのだけれど、父さんたちが居るので私含めて3人も居れば大体なんとかなる。


 「葵ちゃん、キャベツはどこにあるかしら?」

 「あちらです。冬キャベツと春キャベツがあるのでお好きなのどうぞ」


 「嬢ちゃん、人参はあるの?」

 「ごめんなさい。もう売り切れちゃってありません」


 「お会計お願いしまーす」

 「はーい、今行きまーす!」


 私はお客さんの対応や品出しを中断し、レジのコーナーへ戻った。母さん一人では難しい状況である。


 ピーク時はやっぱり忙しいなぁ。


 こうしてしばらくお店が落ち着くまで私たち三人は協力して運営した。



*****



 「お疲れ様。大体落ち着いてきたし、あとは私とあの人でなんとかなるわぁ」

 「そう? じゃあ先に帰ろうかな」

 「いやぁ。葵の受験が終わったから助かったよ」


 そう。今日の直売店は私にとって大学受験が終わって久しぶりの復帰である。


 「久しぶりだから疲れちゃったよ」

 「ふふ。またこれからもよろしくねぇ」

 「ん。じゃあ私は帰るね」

 

 店内のお客さんの人数も減ったし、対して仕事が無いので私は自宅に戻ることにした。


 「お、今日は葵ちゃんが居るじゃねぇか」

 「あらほんと。久しぶりねぇ」

 「あ、田中さん。こんにちは。お久しぶりです」


 常連客の一人、田中さんご夫妻が来店した。


 「今日もあの子は居ねぇーのか?」

 「「「?」」」


 “あの子”って?


 旦那さんは


 「ほら、ガタイが良いメガネしたあの大学生」

 「高校生よ。あんたほんっと物覚え悪いわぁ」


 あ、和馬君のことか。そういえば、父さんが腰痛のときに直売店のお仕事を千沙と一緒にしてもらったんだっけ。和馬君にはそれ以降も何度か手伝ったって母さんから聞いた。


 そのときの私は受験生で忙しい時期だったから本当に助かった。


 「うちで雇っているアルバイトの高橋君のことですよね」

 「名前は覚えていないけど、その子ね」

 「中村直売店でアルバイトを雇っているなんて知らなかったな」


 「はは。彼がうちで働きたいということから始まったのですが、今では彼が居ないと困るくらいです」

 「頼りになるわねぇ」

 「葵ちゃんの彼氏だもんな」


 .................んん?


 「ちょ、今なんて言いました?」

 「葵ちゃんの彼氏だろ? いやまさか彼氏が居るとはなー」

 「一緒に働くなんてもう結婚も見越しているのかしら?」


 ちょちょちょちょ!


 な、なんで私が和馬君とお付き合いしていることになっているの?!


 私が居ない間になに勝手なことをお客さんに言っているの?!


 「か、彼とはそういう関係じゃないですって!!」

 「え? でも彼氏さんは“付き合ってます”って」

 「隠さなくていいんだぞ?」


 「別に隠すつもりがあるからじゃなくてですね?!」

 「そ、そう」

 「こうしてお店では一緒に働かないとなるとイチャついちゃうからか」


 だからッ! っていうか、旦那さん全然話聞いてくれないんですけどッ!!


 「とにかく、彼とは交際してませんし、そういう目でも見ていません!」


 私はそれだけを伝えて直売店をあとにした。


 そして軽トラで帰宅する途中、お客さんのせいで和馬君のことを考えてしまう。


 「ったく。和馬君も変なこと言っちゃってさ。いい迷惑だよ」


 ぎゃ、逆に和馬君は私のことを彼女にしたいとか思っているのかな。普段そういうことを軽く口にしているから冗談のように感じるけど、意外と真剣だったりして。


 「で、でも2歳も年下なんだよ? それにあんなへ、変態な人は論外だし」


 ま、まぁでも、彼は仕事に対しては真面目だし、頼りになるし、筋肉凄いし......。


 “論外”って程論外じゃないかも。


 「って私ってばなに考えてんの!」


 駄目駄目! あんな女性の身体だけが目当てみたいな人と交際なんてできません!


 「そういえば今日は千沙と午前中から仕事するんだっけ。たしか農機具のオイル交換とか掃除をするんだとか言ってた気がする。じゃあ物置き小屋に行けば和馬君は居るかな」


 私は自問自答しながら自宅に向かった。家に着くとそのまま農機具が諸々保管されている物置き小屋に足を運んだ。


和馬君を叱るためだ。叱る理由は言わずもがなってね。


 「ちょっと和馬君、居―――」

 「いやぁ、しっかし昨日はびっくりしたなぁ」


 物置き小屋の入り口付近に居る私は中に居る二人に声をかけようと思ったけど、和馬君の言葉で遮られてしまった。


 「わ、私だって兄さんに抱きつきたかったんですよ」

 「そ、それを真正面から言われる身にもなって?」

 「っ?!」


 “抱きつく”?!


 千沙が?! 


 和馬君に?!


 どういうこと?!


 「あんな積極的に迫られても......」

 「なッ! なんですか! 迷惑だったって言いたいんですか?!」


 「いや嬉しいけど、千沙は俺と付き合わないんでしょ?」

 「ええ。私のこと容姿だけでしか判断していないじゃないですか」


 「その美貌でしか攻めてこないなら仕方なくね?」

 「中身を見てくださいと言っているんです」

 「んな無茶な......」


 なんつう会話しているの?! なんつう会話しているの?!!


 「ふぁーあ、結局昨晩はまともに寝れなかったなぁ」

 「無理もありません。お父さんが朝までずっと兄さんを怒っていましたし」


 「誰のせいで怒られたと思ってるんだよ......」

 「誰のせいでアレが起こったと思っているんです......」


 お父さん? なんでそこで父さんが出てくるの?


 あ、そういえば昨晩は母さんに南の家を追い出されたんだっけ。なんでも父さんが母さんに執拗にくっついてくるらしくて、娘の私達が居る前だからって母さんは何度も拒絶していた。


 それが追い出された理由なのかもしれない。


 「というか、なんでお父さんを受け入れたんですか?」

 「自分の父親を難民みたいに言うなよ」

 「で?」

 「いや、千沙に同衾を拒まれたのが居たたまれなくなって」

 「ど、“同衾”って言い方やめてくれません?」


 な、なるほど。追い出された父さんは東の家に居る千沙と和馬君の所に行ったんだ。どういった過程かはわからないけど、最終的には和馬君が居る部屋で寝たと。


 でもなんで千沙は和馬君に抱きつきにいったんだろう。


 というかなんでそんな貞操の危機しかないことをするんだろう。


 私はしばらく身を潜めて二人の話を聞いた。


 「はぁ」

 「まぁ、兄さんのことを好きになる女性なんて私以外いないのでゆっくり考えてください」

 「お前何様?」


 ほんと何様?


 って、千沙の話を聞くとこれ完全に和馬君のこと好きだよね。


 ......それもそうかも。普段あんなに兄さん兄さんって慕ってるし、遊びも付き合ってくれるもんね。今までの言動では判断が難しかったけど、千沙が和馬君を好きじゃないと納得のいかないこともあった......気がする。


 そう......千沙、和馬君のこと好きなんだ。


 「が、俺はそんな時間を無駄にしたくはない!」

 「と言いますと?」

 「千沙以外の女子も当たってみる!」

 「このクズッ!」


 このクズッ!


 やはり私達は姉妹なのかもしれない。まさか目の前で好きと言っている女の子を無視して他を探す宣言とか正気の沙汰とは思えない。


 というか、和馬君には陽菜も居るじゃん......。


 「だって千沙は中身で判断しろって言いたいんだろ?」

 「まぁ、ええ、はい」

 「お前の中身って結構残念だよ?」

 「っ?!」


 これにはさすがの私も笑えない。か、和馬君はどういう神経しているんだろう。


 「わ、私の何に―――」

 「胸に手を当てて考えて? 休日は働いている他の皆を無視して一日中ぐーたらする自分を」


 「きょ、今日はちゃんと働いているじゃないですか!」

 「家事できる? 料理作れる?」


 「うっ。おにぎりなら」

 「桃花ちゃんもそう言うんだけど、料理できない奴ってなんででおにぎりが作れるかどうかで判断するの?」


 「で、でもゲームで遊ぶという共通の趣味があるじゃないですか!」

 「時間帯は?」


 「1時からです!」

 「A? P?」


 「......amです」

 「俺、翌朝から肉体労働なんですけど。睡眠が要らない鎧の弟と勘違いしていない?」


 「い、妹と等価交換です」

 「得られるものが何一つとして無いんですけど」


 なんというか、たしかに千沙は自分勝手なところもあるよね......。


 でもそれも一種の愛情表現だと思ってさ。


 「まぁ、それも愛情表現の一種だと思えなくもない」

 「で、でしょう?!」


 「お兄ちゃん大事?」

 「大事大事! 大切に決まっているじゃないですか!」


 「じゃあ俺はなんで今四つん這いになって妹の踏み台にされてるの?」

 「......。」


 ......。


 物置き小屋の中を覗いていない私でも二人がどういう状況かなんとなくわかった。千沙は農機具かなんかの少し高い所で作業しているのだろう。


 「近くに台が無かったので......」

 「本当は?」


 「兄さんが喜ぶかなって」

 「その長靴を履いていなければね」


 「......。」

 「長靴を履いたまま容赦なく踏み台にする妹をどう好きになればいい?」


 い、妹がごめんなさい。


 そうかぁ......妹二人は和馬君が好きなんだぁ。


 こうして私は和馬君を説教するために来たのに、妹を叱りたいという気持ちになってしまった私は複雑な感情でこの場を立ち去ったのであった。

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