第266話 ひとつ屋根の下では〇〇さんと?!

 「やぁ、高橋君。一緒に寝よ」

 「新手の新聞の勧誘ですか。仕方ありません、暴力に訴えましょう」

 「新聞の勧誘だとしても暴力は駄目だよッ?!」


 何が楽しくて雇い主やろうと寝なきゃいけねーんだよ。


 天気は晴れ。と言っても今日はもうあと1、2時間程で日付は変わるといった時間帯である。3月上旬の今は高校一年生の期間も残すところあと一か月だ。


 いつも通り土曜日はここでお世話になっているので、明日に備えて早めに寝ようとしていのだ。


 ちなみに先週の日曜日は西園寺家で鹿肉を設置するという仕事をしたが、明日は西園寺家での仕事は無い。代わりに千沙とお仕事してほしいらしい。


 「あの、冗談でもさすがに笑えないんですけど」

 「いや、別に添い寝しよって言っているんじゃないんだからさ」


 「何しにここへ?」

 「歳を取ると変に寝付けなくてね」


 「本当は?」

 「真由美に追い出された」


 あんた何シたんだよ。


 見れば雇い主の格好は上下共にスウェット姿で、頭は三角の形をしたナイトキャップを被っていた。......ダサいな、それ。


 「嫌われたかな」

 「何があったんです?」

 「とてもじゃないが、他人には言えないよ」

 「よくまぁ、娘が二人居るのに盛りますね」

 「高橋君は勘がいいよね」


 そりゃあ人様には言えないことって言ったら交尾的な意味だろ。


 “交尾的な意味”ってなんだ。


 「今晩だけでも部屋に居させて」

 「ヤですよ。部屋なんか余るほどあるじゃないですか」


 中村家の東の方の家は空き部屋がいくつかある。元はこの家に真由美さんたちと過ごしていたらしいが、今は新しく建てた南の家の方を使っているからだ。


 「近くに人が居ないと寝れなくてさ」

 「子供か」


 「と言うのも、翌朝起こしてくれる人が必要でね」

 「子供か」


 「目覚まし時計でもいいんだけど、布団からどうしても出れなくて」

 「子供か」


 なんだこいつ。いい歳した大人が言っていいことじゃないぞ。


 真由美さんの苦労が少しわかった気がする。


 「男同士だしいいじゃん」

 「男同士だから嫌なんですよ。千沙のとこ行ってください」


 「ええー、そんなに嫌かい?」

 「逆に聞きますけど、娘と他所の男子高校生、どっちと寝たいですか?」


 「そりゃあ娘でしょ」

 「自分もです。娘さんと寝たいです。お義父さん」


 「......。」

 「ぐ、ぐるじいでふく、くるしいです!!」


 雇い主が俺の胸倉を掴んできた。


 冗談マジですよ。許してください。


 「とりあえず、良い機会ですし、上に居る千沙に聞きに行ってはどうです?」

 「お、俺に死ねって言いたいの?」

 「......。」


 あんた、娘にどう思われてるかちゃんと自覚してんだな......。


 「思春期真っ最中だから冷たくされるかもしれませんが、内心はパパ大好きって皆思ってますから」

 「え? そう?」

 「ええ。他ならぬ、男子高校生の自分が言うんですから思春期なんてそんなもんです」

 「じゃあ一応千沙にも聞いみようかな」


 ダメ元で行ってくださいよ。十中八九拒絶されると思うんで。



*****



 「ひっぐ......高橋君、入るよ」

 「......。」


 駄目だったか。わかってたけど。


 「で、どうでした?」

 「娘に『あれ、お父さんって死亡保険入っていましたっけ?』って言われる気持ちはわからないでしょ......」


 可哀想に。千沙、父親を殺す気満々じゃん。


 「『兄さんとも寝ないでください。兄さんが臭くなります』って言われた」

 「なんかうちの妹がすみません」

 「俺の娘でもあるんだけど......」


 別に雇い主は臭くないよ? 加齢臭とか歳の割に漂わないし、単純に気分で臭いって言っているだけだと思う。


 「思春期っていつ終わるのかな......」

 「......まぁ、なんというか、押入れから予備の布団を持ってくるんで待っててください」

 「うん」


 めっちゃ落ち込んでる雇い主を見ては追い返すことなんてバイト野郎にはできない。部屋は物とか特に置いていないので男二人が寝れるくらいのスペースがある。


 「俺ってなんなんだろう......」

 「さ、一晩寝ればそんな辛い思いも忘れますよ」

 「高橋君って慰めているようで実は慰めていないよね」


 そんなまさか(笑)。将来のお義父さんになるかもしれない人を無碍にできませんよ。


 こうして俺ら二人は6畳半の部屋に寝るのであった。



*****



 『ガラガラガラガラ』

 「兄さん、ゲームの時間です」

 「「......。」」


 眠りにつきそうな絶妙なタイミングで可愛い妹が邪魔してきた。おそらく体感的に日付は変わっているはずだ。


 部屋は真っ暗で、俺と雇い主は寝ているのだが、夜行性の妹はこの状況下でもお構いなしらしい。


 俺は狸寝入りをして無視する。


 「ほら、起きてください」

 「んんー」

 「......。」


 千沙、暗くてよくわかんないけど、身体揺さぶっていない?


 「兄さん?」

 「ん」

 「......。」


 雇い主の。

 

 「なんですか、今日は無視する気ですか」


 暗いからか、誰に話しかけているのかわかっていないのかな。雇い主もまだ起きていないし。


 ちなみに雇い主は普段、いびきをかいて寝るらしいが、今晩は俺が居ることを考慮して鼻腔拡張テープを使って快適な睡眠をとっている。


 だから千沙には誰がどこに寝ているのかわからないのだろう。目の前に居る人はお父さんですよ?


 「起きないと実力行使に運びますよ」


 面白いからこのままでいこう。


 「んー」

 「絶対起きているくせに......。仕方ありませんね、覚悟してください」


 “実力行使”って一体何するんだろう。安定の暴力かな。


 「えい!」

 「っ?!」

 「......。」


 千沙は雇い主に何したんだろ。蹴ったのかな? 殴ったのかな?


 暗くて見えねーや。


 「ふふ。可愛い妹が抱きついてあげます。よいしょっと」


 くそぉぉぉおおおぉぉおおおおおお!!


 クソ爺、そこ代われぇえぇええええ!!


 「うぇッ?! え?! 何?! 誰?!」

 「っ?!」


 無理矢理抱きつかれたらさすがの雇い主も起きてしまった模様。


 日頃、汚物でも見るかのような視線を送る娘からの熱いハグは血圧上がるに違いない。


 「え?! お父さん?!」

 「その声はち、千沙?!」


 ここで両者信じられない光景に直面する。千沙は筋肉痛覚悟の勢いで雇い主の布団から飛び出てきた。


 暗くて見えないけどバサバサすんな。埃が舞うだろ。


 「ちょ、なに?! どういうこと?!」

 「わ、私が聞きたいですよ?! なんでこの部屋に......ってまさか、まだあっちの家に帰らずに居候してたんですか?!」

 「元は俺んちだよッ?!」


 こんなに騒がしくしては寝つけることなんて夢のまた夢だ。俺は近くに置いてあるリモコンで部屋の明かりを点けた。


 「「まぶッ?!」」

 「はいはい。こんな夜遅くに喧しいですよ」


 結局起きなきゃいけないんだよね。時間は何時だ? うっわ、1時じゃん。毎回思うけど、どんな神経して兄を起こしに来んのこいつ。


 「わ、私を騙しましたね?!」

 「勝手に勘違いしただけだろ」

 「それよりさっきなんで抱きつきてきたの?! あの千沙が......これ夢?!」


 「だ、抱きついてませんって!!」

 「流石にこの状況でその嘘はな。甘えん坊さんめ」

 「やっぱり抱きついてじゃん!」


 ふむ。最近の妹はやたらとスキンシップと取ってきたが、まさかここまで大胆に仕掛けてくるとは。正直、悔しい気持ちしか感じないバイト野郎である。


 「ちょ、お父さんに抱きつくってどうしたの?! 熱でもある?!」

 「ありませんよ! 兄さんと間違えたんです! あ」

 「ぐへッ?!」

 「おい! 高橋ッ! どういうことだッ!」


 そして雇い主に胸倉を掴まれて苦しむバイト野郎。未遂なのに看過できないと言った勢いだ。


 「なんで千沙がお前に抱きつこうとするんだぁ!!」

 「ぼ、僕は知りません! 娘さんに聞いてください!」

 「なッ! 私だって勇気を出して行動したんですよ?! なんですかその投げやり感は!」


 こうして日付が変わって深夜でも構わず中村家は安定して騒がしくなったのである。


 俺、何も良いこと無い上に災いしか起きないんですけど.....。

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