第251話 噛む力は見た目で判断する説
「ほら、賄い弁当」
「毎度毎度すみません」
「いいっていいって」
天気は曇り。気温は日が出ていないからか、5度とクソ寒い朝である。そんな中でもバイト野郎は平日の今日も朝からバイトを勤しむ。
朝5時頃に、ここ、‟米倉LX”というお弁当屋さんに居るのは、西園寺家からの配達故である。野菜の配達で最後の一軒であるここでは、つい店主の米倉 信也さんと会話してしまう。
「本当に美味しいんでお昼ごはんが待ち遠しいです」
「はは。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいよ」
いや、マジで美味しいんですからここの賄い飯。
配達バイトの唯一の楽しみだわ。カブを模したハーフヘルメットや、“ヤサイおんじ君”とかペイントされたバイクでも全然気にならないわ。
「そう言えば高橋君、学生でしょ? 冬休みどうだった?」
「え? ああ、まぁ、年末年始以外はほぼ住み込みバイトでしたね」
そう。実は今はもう冬休みが終わって1月中旬なのだ。時間が流れるのは早いもんだ。楽しかった冬休みがあっという間だったな。
「へー。お金稼ぎたいの?」
「お金欲しくないと言えば嘘になりますが、それよりも結構充実した日々が送れて楽しんです」
「そりゃあいいね。ここ3週間程、高橋君が全然配達に来ないからてっきりバイト辞めちゃったのかと思ったよ」
「はは。まさか」
と言っても、当日にバイト依頼の電話を繰り返されては、さすがのバイト野郎でもバイトを辞めたくなっちゃうね。
冬休みの間は西園寺家での仕事が無かったからな。代わりにその間は達也さんたちが以前のように野菜の配達をしていた筈である。
「うちの娘は中学3年生で受験生だって言うのに冬休みも全然勉強していないし」
「さ、さいですか。それは心配ですね」
大丈夫、受験間近の冬休みに全く勉強しない女子中学生なんて日本にたくさん居るさ。だから桃花ちゃんじゃない。
究極の本人確認はこの常識人である信也さんに「おたくの娘さんは巨乳ですか?」と聞くことで桃花ちゃんかどうか特定できるのだが、そんな馬鹿なこと言える訳が無い。
あ、胸じゃなくて名前聞けばいいのか。
「地頭が良いのかなんなのかわからないけど、目指している高校はそこまでレベルが高くないから勉強しないんだって」
お。それはいいこと聞けた。
たしか桃花ちゃんの口から聞いた内容じゃ、俺の通っている学々高等学校よりワンランク高いと言われる庵々高等学校に行くって言ってたからな。
庵々高等学校はお世辞でもレベルの高くない高校とは言えないほど進学校なのだ。
やったね。この米倉LXの店主の娘さんは桃花ちゃんじゃないことがわかったぞ。
「頭が良いことに越したことはありませんよ」
「そうだけどさ......って高橋君、仕事大丈夫?」
「あ、そうでした」
俺バイト中だった。つい常識人との会話が嬉しくて長話をしてしまった。
思えば、俺の周りに米倉 信也さんのような常識人は居ない気がする。少し前まで常識人だった真由美さんは最近、陽菜や千沙のことで俺のことちょいちょい弄ってくるし。
こうして信也さんから賄いお弁当をいただいて米倉LX店を後にした。
*****
「遅いぞ和馬!」
「すみません! バイクが故障してしまってエンジンかけるのに苦労しました!」
「本当は?!」
「米倉さんとこで油を売っていました!」
「よぉし! 俺はお前のそういう正直なとこが好きだぞ!」
いつもの配達完了時間より遅く帰ってきてしまったバイト野郎は、西園寺家の中庭で健さんに怒鳴られていた。
「本当は?」って迫られたら事実を言うしかないよね。怒られようが怒られまいがとりあえず言わないと。
「と言っても、時間が時間だし、今日はもう上がっていいぞ!」
「あざます!」
「次仕事サボったら大根使ってお前のアナルバージンを奪うからな!」
「間引き大根でしょうか?!」
「いいや、そんな小さい大根じゃない! 今が旬の三浦大根だ!」
「以後気をつけます!」
大根でアナルバージン持ってかれる男子高校生はたぶんこの世に俺だけだと思う。
「朝からうるさい」
「あ、会長」
朝からご近所迷惑な大声を出していたら制服姿の会長が家から出てきて俺らを怒ってきた。
「美咲。もう学校行くのか?」
「うん。バイト君とね」
「え、自分まだ作業着ですよ」
おいおい。この格好見て言ってくださいよ。未だに変なハーフヘルメット被ってるんだぞ。
「駅まで行く途中にバイト君ち通るでしょ?」
「まぁ、ええ。そうですが」
「なら、そこで寄り道しようかな」
「え」
ちょ、あんたみたいなヤバい人に住所教えたくないんですけど。
って、気づいたら健さんはどっかに行ってるし。
とりあえず、あまり時間は残されていないので俺は西園寺家を後にした。会長はと言うと、普通に隣に居て俺の家に行く気満々だ。
「あの、なんで自分の家に?」
「ああ。暇だし、バイトに来る子の住所知っておくのも上司の務めだよ」
なんか嫌な予感がするから教えたくないんだよね。
それに以前、桃花ちゃんとペットの所有権を賭けて揉めた所は俺んちの真ん前だし。
碌に言い訳が思いつかず、俺は仕方なくそのまま会長と自宅へ向かった。
「こ、ここが自宅になります」
「....嘘ついてたんだね」
「許してください」
「ヤだ。今度お仕置きするから」
くそうくそう。
「じゃあすみませんが、すぐに着替えてきます」
「いや、ワタシも中に入れてよ」
「え」
「別にいいでしょ?」
「い、いや、それはちょっと....」
「大丈夫、臭いは気にしないから」
イカ臭いのは我慢するってか。良い心がけだけど本人の前で言っちゃあ傷つけるだけだよ。
ここで拒否っても後が面倒なので俺は会長を家の中に入れることにした。会長はどこにでもあるアパートの一戸なのに不思議そうに部屋全体を見渡した。
「おおー。ここがバイト君の家かぁ」
「ただのアパートです」
家に入って早々会長は鼻でスンスンと室内の臭いを嗅ぎだす。失礼すぎだろ。
「ん? 予想と違ったな。臭くないね?」
俺も学習して消臭剤を置くようにしたのさ。原因は桃花ちゃんのせいね。
どうだ、咽かえるようなイカ臭さはしないだろう? 心和らぐアロマの香りさ。
「綺麗にしているね?」
「そうですか? 自分は着替えてくるのでテキトーに寛いでいてください」
「ん」
俺は軽くシャワーを浴びるため浴室へ向かった。
*****
「お待たせしました。......って何しているんですか?」
「朝ご飯まだでしょ? 時間はまだあるし、軽く作ってあげたよ」
手短に身支度を済ませたバイト野郎がリビングに向かったら、なんかキッチンで制服姿の会長が勝手に料理をしていた。
しかも人のエプロンで。
「どう? エプロン姿で料理している姿は」
「なんか奥さんができたみたいです」
「っ?!」
「まぁ、会長が相手ではおっかないですが」
「......。」
「す、すみません。謝りますからその包丁をこっちに向けないでください」
変な人だな。軽いジョークだろ。ムキになるようなことじゃないだろ。
「生徒会長に君専用のご飯を作ってもらえるなんて贅沢な話だよ」
「はは。自分で言いますか」
そう言って食卓に並べられた朝食はトーストとウィンナー、サラダに卵焼きと一般的なメニューだった。
でも、それが自作ではなく他人が作った物となると特別感がある。
「さ、冷めないうちに食べて」
「ありがとうございます。いただきます」
俺はサラダやウィンナーを口に運んだ。うめぇー。普通のレシピなのに年上JKが作ると美味く感じるー。
「バイト君はさ、甘いの好きでしょ?」
「ええ」
「卵焼きにお砂糖結構入れたよ」
ほほう。わかってらっしゃるじゃないですか。
その通りです。卵焼きは出汁を効かせた上に、甘くすれば至高の卵焼きとなるのです。
「自分が言えたことじゃないですが、絶対に良いお嫁さんになれますよ!」
「ふふ。それは嬉しいな」
ああ、奥さんにしたいと思える容姿なんですけど、中身がアレだからなぁ。
そんなことを考えながらバイト野郎は会長が言っていた卵焼きを一切れ口の中に入れた。
が、
『ガリッ!』
「っ?!」
卵焼きの柔らかさを想定して噛んだら、予期せぬ硬い物に歯が当たって口内に激痛が走った。
「いっつ?!」
え? 卵の殻が間違って入っちゃったの?
でも超硬かったんですけど。
ちょ、怖。
「バイト君は嬉しいことを言ってくれるね?」
「え?」
「卵焼きの中に
「......。」
コイツ、マジか。
さっきの“お仕置き”ってこれっすか。卵焼きに金平糖は食感に反してるよ。
見れば隣に座って頬杖ついている会長の顔は満面の笑みであった。
.......痛がる後輩を見て楽しいですか?
「あ、もしかしてワタシと結婚したいとか?」
「はは。ご冗談を」
あんた桃花ちゃんと同じようなことすんのな。マジ卍る。
―――――――――――――――
ども! おてんと です。
現時点の予定では、あと10話程でこの10章を完結したいと思います。許してください。
次章で11章ですね。お陰様で長編小説と化しました。今後ともご笑納ください。
それでは、ハブ ア ナイス デー!
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