第228話 黒じゃん。こいつ黒じゃん。

 「はぁー」

 「ため息をつくと幸せが逃げていきますよ」

 「はは。どっちかって言うとゴロゴロ君が逃げていったよ」


 天気は晴れ。水曜日放課後、俺と会長は帰宅途中である。


 「まだ見つかってないんですか」

 「探す気が無いからね」

 「無いんかい。じゃあなんですか、さっきのため息は」

 「今日夕飯の支度するのワタシなんだよね」


 あんた、飼い主として放任しすぎだよ。もう少し真面目に探せよ。本人がそれじゃあ俺は手伝ったらいいのかわかんないわ。


 ちなみに俺は今日も中村家へ。理由は言わずもがな。千沙がいけないんだ。だからタダ飯に背徳感を覚えなくていいんだ。うん。


 「で、寄生虫君、今日も中村家に?」

 「ちょっとその呼び方やめてくれます? 少し気にしてるんですから」

 「どうせ食っちゃ寝でしょ? 生きるのやめたら?」

 「.....。」


 今日も毒舌会長は絶好調である。


 俺だってできれば空いた時間は何かお仕事したい。でも千沙が俺を解放してくれないんだ。


 「なんかこう、可愛い子の相手をして稼ぎたいですね」

 「具体的には?」

 「できれば18禁系の」

 「うわ。女性の前でよく言えるよね」


 具体的には?ってもう言わせたようなもんじゃんね。


 「会長には隠し事なんて必要無いかなって」

 「お。嬉しいこと言ってくれる」

 「ってことで、会長の友達で尻が軽そうな子、紹介オナシャッス」

 「オナシャッスじゃない。その包茎、ピーラーで剥くよ?」


 痛ッ。想像だけで痛ッ。


 つうか包茎って決めつけんな。違いないけど決めつけんな。


 「あれ、バイト君は処女厨じゃないの?」

 「ぶっちゃけ、恋人はその方が良いですね」

 「じゃあ自分は経験済みでも良いんだ」

 「会長、1万時間の法則って知ってます?」

 「君、そんなこと極めたいの?」


 そんなこととはなんだ、そんなこととは。


 身体の相性は大切だよ。男がリードできなくてどうする。早漏なんて以ての外だ。しかし悲しいことにバイト野郎は自分のち〇ぽベンチマークがどれ程のものか知る由が無い。


 「女性の気持ちを考えたことはある?」

 「え?」


 「君が恥をかきたくないから経験を重ねたいと思っていても、未経験な女性にとってはヤリチンに初めてを捧げなくてはいけないんだ」

 「うっ。そ、それはそうですけど.....」


 「ワタシならまずそんな女を抱きまくる男を彼氏になんて選ばない」

 「.....。」


 ド正論じゃねーか。急にどうした。珍しく反論できなくらい正論だったよ。


 たしかにそうだよな。恥をかきたくない、上手くなりたいとは言っても結局は自分本位なんだよね。


 「君が処女を彼女に選ぶように、同時にまた彼女もお互い未経験が良いと願っているはず」

 「.....そうですかね」

 「逆に彼女が彼氏に気持ち良くなってもらいたいから、色々な男性で経験を積むというのは君的にどうだい?」

 「アウトですね」

 「即答じゃないか。君が良くて相手は駄目、そんなエゴは許されない」


 何時に無く真剣な面持ちで会長が語る。すごいな。普段の自己中会長がよく言えたもんだ。


 たしかに相手の気持ちになって考えることは一番大切なことじゃないか。


 「.....自分って馬鹿ですね」

 「わかればいいんだよ。童貞君」

 「はは。会長には敵いません」


 今日は会長に良いことを教わったなぁ。


 「じゃあ自分は彼女できるまで迂闊に息子を使っちゃいけないってことですか」

 「“迂闊”の意味知ってる? 万が一でもそんな場面あり得ないよ」

 「さっきまでの尊敬の念を返してください」


 ほんっとこの会長は.......。


 まぁでも、貴重な女性からの意見を聞けたんだ。この話が聞けて良かったぁ。参考にしよう。


 そっか。まずはやっぱ彼女作りか。


 なんか童貞卒業が一気に遠退いた気がする。



*****



 「高橋、戻しましたー」

 「おかえりなさい!」

 「お、千沙。良い子にお留守番できてたか?」

 「はい!」


 中村家に着いたら可愛い妹が一番に出迎えてくれた。


 真由美さんたちはまだ帰ってきていないようだ。あ、陽菜は居るな。玄関の靴の数で俺はそう判断した。


 なに、どうせ陽菜は自室に居んだろ。だから一階には俺ら兄妹しかいない。


 ならまずすべきことは一つだ。


 「.......ん」

 「え? なんですか?」

 「おいおい。また忘れたのか? “おかえりなさいのチュー”だよ」

 「っ?!」


 ちなみに今朝は“いってらっしゃいのチュー”を皆には内緒でしちゃった。っていうかやらせたな。


 だってJK千沙ちゃん、なぜかなんでもシてくれるんだもん。


 「そ、そんな、今朝もシたじゃないですか」

 「“いってらっしゃい”と“おかえりなさい”は全然違うよ?」


 「いやでも.......」

 「そうか、お兄ちゃんのこと嫌いになったのか.....。一昨日まではシてくれたのに」


 「んなっ?!」

 「ごめんな、無理言って」


 おそらく昨日の葵さんによる会心の一撃で記憶を取り戻したのだろう。


 最初は騙された。一人称“千沙”だし、お兄ちゃん呼びで懐いてくるから普通にロリっ子千沙ちゃんなんだと思った。


 「シます! シたいです!」

 「え、あ、そう? じゃあよろしく」


 でもさ、記憶無い奴がモン〇ト初心者という設定を忘れて適正編成とか運〇とか言うんだぜ? 縦カン横カン完璧だったんだぜ?


 そんでもって極めつけは一緒にY〇uTube視てるときに俺が間違ってスマホの電源ボタン押したらコイツ何したと思う? 『あ、今良いところなのに!』って言って普通に俺のスマホのパスコードを勝手に打って続き視たんだよ?


 なんで知ってるの?って話。


 無自覚なのかわないけど、私欲を優先したみたいで隠す気をまるで感じなかったわ。


 「ん」

 「むぅー!」

 「.....ありがと」

 「は、恥ずかしいですぅ」


 俺は千沙に“おかえりなさいのチュー”をしてもらった。最高、JKとのキスマジ最高。これタダだぜ? 金払いたいくらいだよ。唇ぷにぷにー。


 恥ずかしかったのか、本当にチュッだけの一瞬の出来事だったが千沙の顔は真っ赤だ。


 無論、いつもやっていると千沙に言った昨晩の“おやすみなさいのチュー”も嘘である。ただ鎌をかけただけだ。結果キスとなって返ってきたから完全に黒だろう。


 「で、なにする?」

 「ゲームですね! とりあえずソシャゲ!」

 「.....。」


 はい、不合格。マジで隠す気あんの?


 ロリっ子千沙ちゃんはな、まず俺が帰ってきたら家族の為に「晩御飯の準備をしましょう!」って言うんだよ。なんだその思いやりの欠片もない行為は。


 まぁキスのお礼だ。付き合うよ。



*****



 「ほら二人共ぉ。ご飯よぉ」

 「あと少しぃ」

 「駄目だ千沙。小学生のうちからそんなんじゃ碌な高校生にならないぞ」

 「「「.....。」」」


 なんですか、葵さんたちのその目は。現にJK千沙ちゃんは自堕落な生活を送っているじゃないですか。


 ちなみに千沙が元に戻ったなんて気づいた人は居ない。俺しか知らないのだ。本人ちさもバレてないと思ってんだろうな。


 「いただきます」

 「たくさん作ったから食べてねぇ」

 「美味しいです!」


 昨日まで毎日、晩御飯の手伝いをしていたのに今日は何もしなかった。俺も人の事言えんけど、これがJK千沙ちゃんなんだ。記憶が戻った証拠なんだ。


 ああー思い出したら残念感がパないな。お兄ちゃん、ギャップについていけないよ。


 よし、


 「千沙、もう料理には飽きたのか?」

 「え」

 「そういえばここんとこ毎晩手伝っていたらしいね」


 ナイスアシストだ、やっさん。少し千沙をイジろう。


 「そ、それはですね」

 「「「「「?」」」」」


 続く言葉を必死に探しているようだ。まさか過去の自分が家事を手伝っていたとは夢にも思わなかったらしい。


 なぜか千沙は自分が記憶喪失のままでいたいみたいだ。学校サボれるからか、俺とキスできるからか、そればかしは俺にはわからない。


 きっと後者が濃厚だろう。というか、そうであってほしい。


 「ち、千沙は不器用ですから。もしも迷惑かけてしまったら申し訳無いです」


 手伝わないことは却って思いやりに繋がるという優しさなのだろう。


 きっと中身がロリっ子千沙ちゃんのままだと思い込んでいる皆にはそう感じたに違いない。


 だが俺は違う。お前、面倒なだけだろ。


 「そんな.....」

 「千沙、思いやりを迷惑だなんて誰も思わないよ」

 「そうよ。何事も挑戦あってこそなんだから」

 「お母さんがきっちり教えてあげるわぁ」

 「くっ」


 “くっ”じゃない。


 ヤバい。笑い堪えるの大変だわ。昔の千沙ちゃんを演じ、家事をしなければバレて今の生活はぱあーだ。でも演じきるとせっかくの自由時間が無くなる。


 はは、可哀想に(笑)。


 「.....明日からぼちぼち手伝います」

 「「「「ぼちぼち?」」」」

 「あ、いえ、最初は少しずつこなしていきたいという意味でして.....」


 しっかしまぁ、この生活を続けたいからってお兄ちゃんの言うこと全部聞かなくちゃいけないとは。ロリっ子千沙ちゃんの記憶が無いから、どこまで実際にしていたかなんてわかんないもんな。


 「あ、そうだ。最近よく外で遊ぶじゃん? お父さん、運動靴買ってきたよ」

 「ひぃっ?! 要りません要りません!」

 「え」

 「いや、えーっと、千沙にはもったいないですよ。あはは」


 .....俺とキスしてまでこの生活を続けたいのか?


 だって好きでもない奴に普通にキスする?


 もしかして俺のこと好きなんじゃね?


 普段、兄妹愛とかなんとか口にしているが、記憶が戻ってからキスしてくるなんて、そうとしか考えられないぞ。


 俺は未だ墓穴を掘り続けて止まない千沙をじっと見つめた。


 「な、なんですか? お兄ちゃん」

 「.....いやなんでもない」


 マジで? マジで俺のこと好きなん?

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