第223話 陽菜の視点 愛サイ弁当
「たっだいまー」
「おかえりなさい!」
「っ?!」
家に帰ったら玄関で千沙姉が出迎えてくれた。
そうだ。約10年分の記憶が無い中身小学生の千沙姉だった。普段の千沙姉とテンションにギャップがありすぎて少し気圧されてしまった。
「陽菜でしたか...」
「あからさまに残念そうな顔をするのはなぜかしら?」
「別に」
「.....。」
実の妹によりあの変態の帰りを期待していたようね。
なんというか、本当に千沙姉は和馬にどっぷり依存している気がする。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
私はそのままリビングに向かった。そこにはママだけ居て、どうやらパパはまだ外で仕事しているらしい。
「お兄ちゃんはまだ帰ってこないんですか?」
「さぁ? 私は中学校が近いからすぐ帰ってこられるけど、あいつの場合は電車を利用するんだし、それなりに時間がかかるわよ」
「仮病で休めばいいのに......」
「......。」
その発想はもう記憶が戻ったと見なしていいのかしら。
「陽菜、あなた泣き虫さんがどこの高校に通っているか知っているのかしらぁ?」
ママが意外そうな顔して私に聞いてきた。
「知らないわね」
「なんでですか?」
「聞いても素直に答えてくれなさそうだし」
「なんでそう思うんです?」
「アレよ。女の勘ってやつ」
「へー。オトナですね」
そんな気がするわね。なにより姉たちが農業高校に行っているのに私だけ普通科志望なんだし、さすがに恋慕で高校を決めたら家族に申し訳ないと感じてしまう。
本当は一緒の高校に一緒の時間で通って一緒に帰りたいわ。
いくら好きなことをしなさいって言われてもそこら辺はちゃんとけじめをつけたいわね。
「......そう。泣き虫さんの母―――智子さんよね? その人から聞いていると思ったわぁ」
「志望校は学力で決めるって意志よ? 和馬は関係無いわ」
「恋も青春のうちよぉ」
「だ、だから和馬は関係無いって!」
「ほほほ」
くっ。まさか私が和馬を好きってもうバレたのかしら? 以前からちょくちょくイジってくるのよね。
私自身、顔に出やすいタイプとは思ってないわ。ポーカーフェイスには自信があるし。
「千沙もお兄ちゃんと同じ高校に通いたいです!」
「そ、それは難しいわね」
「そうなんですか?」
一応、カップルになるまで隠し通すつもりだったのだけれど、ママは鋭いしワンチャンあるわね。
さすがに今朝の和馬の弁当作りでバレたかも。でも皆の分も作ったし。
最近、桃花にも薄々勘づかれている気がして落ち着かないのよね。
「じゃ、少し早いけど晩御飯でも作りましょうか」
「千沙も手伝います!」
「ふふ。ありがと」
どうやら晩御飯の準備をするらしい。私も手伝うって言ったけど断られてしまった。千沙姉が居るんだし、勉強してなさいって。
私は仕方なく自室に向かうことにした―――
「くふふ」
―――が、そう言われて素直に引き下がるほど私は聞き分けの良い子じゃない。
「まだ洗濯物を取り込んだだけで畳んでないわよね?」
今朝まで和馬がうちに居たんだし、当然彼の洗濯物もうちにある。きっとまだ畳んでいないだろう。なら私が畳まないと!
.........家事と言うか、お楽しみね。
「くぅぅぅうううぅうぅう!!」
私は洗濯物中から彼の下着を取り出してスメルしまくった。それはもう、一日の疲れを癒してくれる入浴のようにスメルしまくった。
誰にも見せられない。スーハ―スーハー中毒者である。もうコレ、一種の麻薬ね。
ちなみに彼の下着はボクサーパンツ。ちゃんと彼が穿いていれば種類はなんでもいいわ。
「やっぱうちで洗濯しちゃうと本来の匂いが薄れちゃうわね」
「ほ、本来の匂いですか?」
「ええ。和馬が使用済―――みっ?!!」
慌てて振り向いたら後ろには千沙姉が居た。その表情には少しばかりの嫌悪感も見受けられる。
「ち、千沙姉、どうしてここに.....」
「陽菜にエプロンを借りようかと思いまして」
「そ、そう。ちょうど今日洗濯したのがあるから、はい」
「あ、ありがとうございます」
見られたくないところを見られたくない家族に見られたぁぁああぁぁああ!!
しかも千沙姉に見られるのは二回目! 以前、記憶を失くす前の千沙姉にも見られたし!
「あ、あの、どうして下着を?」
「っ?!」
以前よりたちが悪いし! あのときの千沙姉はそっ閉じして現実逃避してくれたわよ!
「え、えっとぉ」
なんでそんなわかりきったこと聞くのぉぉおおぉぉお!!
欲求を満たすためよ! それ以外無いじゃない!
どうしよう。上手い返答が思いつかない。
「そのぉ.....」
「ち、千沙は何も見てませんでした!」
「え」
「え、エプロンありがとうございます!」
「あ、ちょ!」
なんか小学生に気遣われたんですけど!!
「.......。」
私は立ち去る千沙姉をやるせない気持ちで見送ることしかできなかった。
「.......畳まなきゃ」
もうバレたらどうすることもできない。願わくば一刻も早く千沙姉が元に戻ってさっきの悲劇を忘れてほしい限りである。
*****
「高橋、ただいま戻りましたー」
「おかえりなさい!」
「お、千沙! ただいま!」
しばらくしてから私服姿の和馬が帰ってきた。おそらく一回自宅に寄って着替えて来たのだろう。私も千沙姉に続いて彼を出向かることにした。
「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂に―――じゃなかったわ。少し早いけど晩御飯よ」
「......うん」
つい「ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」って言いそうになったわ。もう葵姉もパパも居るんだし、迂闊なことはできない。
「千沙もお料理手伝いました!」
「おお! そうか! 偉いな!!......そうかぁ。またチチーマヨかぁ」
「?」
千沙姉が今夜の晩御飯に携わっていると知った途端、言葉に勢いがなくなっていく彼である。
「私が居るのよぉ? そんなことさせないわぁ」
「真由美さんなら安心です」
「ふふ。お弁当箱はそこに置いといてちょうだい」
「あ、はい。ごちそうさまでした」
ちょっと! 私があんたのお弁当作ったんだけど!
桜でんぶであんな大きなハートマークを作ったのがママな訳無いじゃない。それくらい和馬だってわかっているはず。
「和馬、あんた私に言うことがあるんじゃないかしら?」
「え?」
「え?じゃないわよ!!」
とぼけやがって! 犯すわよ?!
「なに喧嘩?」
「また和馬君が何かしたんでしょ?」
そこへパパと葵姉が夕飯の支度をしにやって来た。
「そんなまさか。葵さん、自分は被害者ですよ?」
「ほんとー?」
「ええ。誓って無実です」
こいつッ!!
.....さすがに付き合ってもない女からあの弁当は嫌だったのかしら? それでも何か一言くらい感想が欲しいわね。
私は少し残念な気持ちを抱えながら夕飯の支度に取り掛かった。
*****
「「「「「「いただきます」」」」」」
家族全員と変態メガネを交えて食卓を囲った。土曜日から三日連続で和馬がうちで泊まるのは初めてね。
おそらく今日も千沙姉の我儘でうちに泊まるのだろう。
というか、もうずっと居なさいよ。住みなさいよ。
「お兄ちゃんはどこの高校に通っているのですか?」
「「「「「え」」」」」
千沙姉の急な問いに思わず同じ返事をしてしまった。
「千沙もお兄ちゃんの高校に行きたいなーって」
「そ、それは難しいと思うぞ。お前、もう既に他の高校に在籍しているし」
「そうですか?」
「うん」
あら? 千沙姉の質問に返答しない気かしら?
.........なんか急に気になってきたわね。
「で、どこの高校なのかしら?」
「......。」
「なんで黙るのよ?」
この辺の高校、どこも男子は学ランだから区別がつかない。和馬の学生証なんて見たことないし。
「.....育々学園だ」
「「「っ?!」」」
ママたちが驚いた顔で勢いよく和馬の方へ振り向いた。
育々学園はたしか私の目指している学々高等学校より何ランクか上なはず。和馬は頭良いし、そうようね。納得だわ。
「ふーん?」
そう、育々学園なのね。まぁだからと言って私の目標が変わる訳じゃないけど。レベチ過ぎて行けないし。
「「「「....。」」」」
「? 静かですね」
「そうね」
千沙姉は特に気にすることなく食事を続ける。食欲が急に失せてしまった私も千沙姉と同じように食事を続けた。
.........別々かぁ。
******
「千沙にババを引かせましたね?!」
「知らん。千沙が勝手に引いたんだろ」
千沙姉たちは4人食事を終えてからリビングでババ抜きをしている。本当に仲が良いわね。
受験生である葵姉と私は少し休憩したら勉強を再開しなければならないので憂鬱だ。
「よっしゃ。一抜けた」
「ズルいですよ?!」
「ズルくねーよ。運だよ。運」
「お、女運無いくせにぃ」
「お、おまっ、どこでそんな言葉覚えたんだ?!」
普段の千沙姉なら言いそうな言葉だけど、今は中身が小学生だ。そんな彼女から女運が無いと言われてはさすがに同情してしまう。
「ったく。気にしていることいいやがって」
「えっと次は....」
「お父さんの番だね。引かせてもらうよ」
私も息抜きで次のゲームに参加しようかしら?
.........いや駄目ね。油断すると勉強に集中できない。
『ピロン♪』
「あら? 桃花からかしら?」
と、不意に私のポケットに入っていたスマホが鳴った。
誰からかなんて次の言葉足らずなメッセージでわかってしまう。
[ごちそうさま。恥ずかしかったけどすっごいおいしかった]
「......。」
なによ。ちゃんと言えるじゃない。
隣に居るのにわざわざメールしてくるとか......本当に面倒臭いわね。
「ふふ。直接言えばいいのに」
「う、うるさい」
「次も楽しみにしていてね♡っと」
『ピロン♪』
「もうアレだけは勘弁してくれ.....。恥ずかしいんだ」
「ここで会話したらメールした意味無いじゃない」
「....。」
可愛げのない男子高校生である。
ま、そういうところが愛おしいんだけど。
.......やっぱり一緒が良いなぁ、高校。
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