第222話 すごろくで六が十回連続で出る感じ

 「バイト君、おはよ」

 「おはようございます」


 「2分の遅刻だ」

 「いいえ、会長が来るの早かったんです。まだ予定の5分前ですよ」


 「うるさい。ワタシが全てだ」

 「.....。」


 天気は晴れ。12月も残すとこあと半月もない。そろそろ冬期休暇だ。楽しみで楽しみでしょうがないな。


 俺は最寄り駅で会長と待ち合わせをしていた。今日は平日。月曜日は憂鬱な気持ちとともに登校しなければならない。


 「寒いですね」

 「ね」

 「......自分、男で良かったです」

 「ワタシの生足見て言わないでくれる? 処すよ」


 出ました。本日一発目の“処し癖”。俺が視線セクハラしたから悪いんだけどね。


 会長はこのクソ寒い中、タイツや色気のないジャージを穿くことはなく、生足といった相変わらずのサービス精神でバイト野郎は眼福である。


 俺が女子だったら絶対ジャージを穿くわ。スカートだけって風邪ひくよ。


 『ズボッ』

 「ぬおっ?!」

 「ああーあったかいね」


 不意を突かれて会長が変態野郎のズボンのポケットに手を突っ込んできた。


 「ちょ、ちょっとやめてくださいよ!」

 「いいじゃん。寒くてかじかみそうなんだ」

 「あ、こら! 中で暴れないでください!」

 「ふふ。ここからなら?」


 ナニが? なんて野暮なことは言わない。


 ポケットは男なら誰でも一度はやったことがあるだろう、チンポジの調整区域でもある。


 「だ、駄目ですよ? 触んないでくださいよ?」

 「人質だね」

 「息子は何も悪いことしてません」

 「朝立ちしないように気を付けることだ」


 朝立ちの意味を知っているだろうか。


 あんたがタッチして起きたら朝立ちとは言わない。ただの童貞じゃあ抗えない自然勃〇である。


 くそ。息子が何をしたって言うんだ。ポケット越しとは言え、JKに握られたら一発でおっきだ。


 「解放してほしくばワタシの質問に答えるんだ」

 「高橋和馬16歳! 経験人数は0人です! オナシャッス!!」

 「オナシャッスじゃない。質問しなくてもわかるようなことを聞きたい訳ないだろう」

 「.....。」


 まぁ、会長だけじゃない。知られたくない某巨乳長女、某我儘次女、某絶壁末っ子らも知っていることなんだ。


 だから落ち込むことはないぞ、和馬。.........ぐすん。


 「で、質問とは?」

 「髪の匂いが違うね? シャンプーでも変えたのかな? それとも――」


 会長の目が穏やかじゃない。いや、いつも穏やかじゃないけど、今のはやけに冷たい気がする。


 「日曜の夜は誰かの家に.....」

 「ああ、中村家にお世話になったんですよ」


 何を聞いてくるのかと思えばそんなことだったか。中村家に泊まったから当然シャンプーはあちらにあった物を使わせてもらってる。


 別に隠すようなことでもないから俺は素直に話した。


 「昨日はうちでバイトが無かったから土曜日に泊まるならわかるけど、今日は学校がある。日曜日きのうも泊まる意味がわからない」

 「まぁ、色々とありまして、泊まることになったんです」

 「.....ふーん?」


 だから今日は中村家が出発地で、道中自宅に寄って制服に着替える必要があったためいつもより早起きしたのだ。泊まった理由は言わずもがな。


 ちなみにお弁当はまさかの中村産。二日も泊めていただいた上にお弁当まで貰うとか申し訳なさと感謝でいっぱいである。


 真由美さんからお弁当を頂く際、「気を付けて、いってらっしゃい」だって。許されるなら行ってきますのチューしたかった。雇い主、ごめん。


 ああー、愛妻ならぬ人妻弁当じゃないか。雇い主、本当にごめん。


 「経験人数は0、中村家では何事も無く二日も泊まった訳か」

 「そこだけ切り取って言わないでくれます?」

 「まぁいい。知りたいことは知れたんだ。許してあげよう」

 「ああー、はいはい」


 くそ。俺だってできることなら葵さんとか千沙とか真由美さんとシたいよ。でも世間と陽菜が許さないだろう。


 「許してくれるんだったらいい加減ポケットから手を出してください」

 「ヤだ」


 結局このままかい。


 しかし変態野郎は人質に取られているため強く言えない。


 これカップルがやるヤツだよ。見てみ? 周りの人から「朝からイチャつきやがって」って目で見られてるよ。どうすんの? 俺、彼女欲しいのにこんなんじゃ誤解される一方だよ。


 「もしかして今日も泊まるの?」

 「え、あ、まぁそうですね。その予定です」

 「へー。まぁ、あの父親が居る限りワンチャンも無いと思うよ?」


 いや、別にヤリ目で行ってる訳じゃねーから。千沙が駄々こねるから行くんだよ。


 千沙ちゃんは朝も元気にJSしてたわ。記憶戻ってないしね。


 でも最近はJK千沙ちゃんよりJS千沙ちゃんの方が可愛く見えてしょうがない変態野郎である。


 そんなこんなで俺らはこのまま登校した。



 **********



 「今日はここまでだな。宿題は142ページの問題だ。山田、ちゃんとやれよ」

 「うぃーす」


 午前の授業が終鈴と共に終わりを迎えた。午後の授業まで暫しの間、お昼休憩となる。


 「和馬、昼飯の時間だな」

 「おう!」

 「お、今日は弁当か」

 「ふふ。作ってもらった」

 「? へー。智子さん帰ってきてるんだ」


 違う。と言うと面倒くさそうなのでテキトーに流しておく。


 お弁当箱は和風な曲げわっぱである。洒落てるよ。最高。


 いつも真由美さんがお弁当を用意するらしいのでおそらく俺のもそうだろう。人妻味の弁当である。これで午後は息子共々元気100%である。


 「オープン!!」

 「は、母親の弁当でそんなにテンション上がる?」


 うるさい。実の母親でこんなテンション高かったらそれはそれでマズいだろう。


 「バイト君、お昼一緒に食べよ」

 「ひゃうっ?!」


 突然横から会長の声が聞こえてきたのでびっくりして弁当の蓋を開けかけて閉じてしまった。


 会長、ですか.....。


 「あ、西園寺先輩。ちわーす」

 「こんにちは。藤堂君」

 「はは。山田っすよ」

 「ああ、ごめん山崎君」

 「あ、今日も覚える気無いっすね」


 会長とは体育倉庫での一件以来、何が面白いのか、こうしてやたらと俺の居るクラスに来ては一緒にお昼ご飯をとることが多くなった。もちろん毎日じゃないけど。


 友達居ないのかね?


 裕二も一緒なのでなんとか周りには誤解されないで居るからまだいいけど。


 「で、なにやら騒がしかったけど」

 「ああーコイツ、今日はママがお弁当作ってくれたので喜んでるんですよ(笑)」

 「え、今朝まで中村家に居たんだよね?」


 会長の疑問もご尤もである。しょうがない。すぐこの人妻弁当を食べたいが、まずはあらぬ誤解を解かねば。


 「葵さんたちのついでに俺のも作って頂いたんです」

 「なるほど」

 「あ、バイト先の? 土日、住み込みバイトだったのかよ」

 「そんなとこ」


 説明も終わった。これで心置きなく食べれるぞー。どんな料理なんだろうなー。


 「じゃあ、真由美さんが作ってくれたのかな?」

 「おそらく」

 「楽しみだね。早く開けてよ」


 俺は期待に胸を膨らませながらお弁当の蓋を掴んだ。


 「オープン!!」

 「「おおー!!」」


 まるで宝箱でも開けるかのようなわくわく感である。


 「「「っ?!!」」」


 しかしそんな気持ちも束の間。開けたお弁当箱の部分、つまり、ご飯には盛大に桜でんぶがまぶしてあったのだ。


 大きなハートマークで。


 俺はそっ閉じした。


 「こ、これはすごいな。お前、これ他所のうちの母親が作ったんだろ?」

 「まさか人妻まで敵に回るなんて.....」

 「.....。」


 いや、これ陽菜だろ。陽菜が朝早く起きて作ってくれたんだろ。真由美さんがこんなことするわけないじゃないか。


 「たぶん旦那さんと間違えたんだろう。皆同じ弁当箱だし」

 「その線が濃厚だな」

 「まぁ、君を好いているなんて正気の沙汰とは思えないからね」


 うるせぇ! ぶっ殺すぞ!!


 無論、中村家ではお昼ご飯、滅多なことがない限り真由美さんと雇い主の二人は家で食べるだろう。


 だから真由美さんが雇い主にお弁当を作るなんて考えられないのだ。


 「あ、おい。弁当箱と包みの間になんか敷かれてんぞ」

 「え、あ、ほんとだ」


 裕二に指摘されて弁当を持ち上げると下には小袋サイズのふりかけが敷かれていた。


 いろんな種類が入った一回限りのふりかけパックである。これはお弁当持参者にとっての楽しみとも言えるだろう。


 でも今は素直に喜べない。


 だって、ふりかけの余白部分にあるメッセージが書かれてたんだもん。


 「『愛してるわ。頑張って♡』....って書いてあるな」

 「中村家ご夫妻は熱々だね?」

 「はは。そうですね」


 桜でんぶがたくさん塗されているのにふりかけなんて使わねーよ。ただメッセージ書きたかっただけだろ。


 絶対あの陽菜ばかが作ったじゃん。


 「食べないの?」

 「せっかくなんだし。人妻弁当食えよ」

 「言い方.....」


 まぁ、食べないなんて選択肢なんてない。何はともあれこうしてわざわざ変態野郎のために作ってくれたんだ。感謝しなきゃ。くそ恥ずかしいが。


 俺はそう思って少し遅めのお昼ご飯を食べることとなった。


 「あ、そうそう。バイト君、うちで猫飼ってるの覚えてる?」

 「ああ、ゴロゴロ君ですか」

 「へぇー。西園寺先輩、猫飼ってるんすねー」


 「最近ね。野良猫だったんだけど、人懐っこいから拉致ったよ」

 「言い方」

 「うちは犬っすね。柴犬っすよ」


 「いいね。ワタシも猫より柴犬を飼いたかった」

 「ゴロゴロ君、可哀想.....」

 「ネーミングセンスww」


 裕二にネーミングセンスを馬鹿にされたからか、会長は怒である。裕二君はきっと明日にでもまた清掃員としてこの学校に貢献してくれるだろう。


 「で、そのゴロゴロ君がどうしたんですか?」


 ゴロゴロ君を話題に出したってことは何かあったのだろうか。


 「それがね。あのクソ猫脱走しちゃってさ」

 「「脱走ッ?!」」


 おいおい。今朝急に雨降ってきちゃってさ感覚で言うような軽い問題じゃないだろ。


 「どこかで見かけたりしてない?」

 「いや、知りませんね」

 「それは心配ですね。どんな猫なんすか?」


 「白黒の毛皮でドレスを着せてあるから脱ぎ捨ててない限り、目立つと思う。......見つけたら絶対タダじゃ置かない」

 「「......。」」


 いや脱走した原因、絶対その嫌がらせだろ。

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