第220話 意外と薄情な妹
「和馬を信じた私が馬鹿だったぁぁあぁあぁあ!!」
「......ごめん」
夕飯時になって中村家全員揃った開口一番は陽菜の後悔によるものだった。
バイト野郎とロリっ子千沙ちゃんは先程、カレーらしき物を作ったので、後は皆に提供するだけなのだが、どうやら受け入れがたい事実らしい。
「和馬が居るから安心してたのに!」
「ごめんなさい」
「.....。」
「カレーくらい作れると思ってたのに!」
「申し訳ございません」
「.........。」
兄がこんなに謝っているのに諸悪の根源である千沙ちゃんはだんまりだ。
お前も一緒に謝れよ。
「ま、まぁまぁ。お兄ちゃんもこうして反省しているんですし」
「.....。」
こいつッ!!
「兄を裏切る気か!」
「ひぃっ?! 鑑識に出してもかまいません! 兄の指紋しか出ないのでッ!!」
たしかに俺が千沙の指示通りに調理したけど! 鑑識に出すとか言うな!
「か、カレーなの?」
「なんか俺が知っているカレーと色が違うな」
「と、とりあえず、せっかく作ってくれたのだから装いましょう」
真由美さんの声掛けにより、一先ず晩御飯としてこのチチーマヨカレーは食卓に並んだ。
「「「「「「......。」」」」」」
食卓に並んだはいいが、誰もいただきますをしない。
それもそのはず、このカレーにはチョコとチーズとマヨネーズが混入しているからな。
こんなもんC〇C〇壱で出したら即ニュースになるレベルだ。
「た、食べないんですか? 千沙は食べますよ!」
お前が作ったからな。ったりめーだろ。
たくさん食え。俺の分も食え。というか、もう全部食え。
ロリっ子千沙ちゃんは皆に得意な上目遣いで聞いたが、葵さんたちはこれに対して返答に困っている様子である。
「え、いや、その」
「こ、コレには何が入っているのかしらぁ?」
「そ、それな! 俺も気になってたんだ!」
「なんかやけに白いわよね」
「チョコとチーズとマヨネーズです!!」
「「「「え゛」」」」
皆が一斉に手元の珍カレーから千沙の方へ目を移した。
「戻ったの?!」
「まさかこんなにも早く千沙が記憶を取り戻すなんて!」
「ぢさぁ~。お父ざん嬉じいよぉ~」
「何よ! 心配したじゃない!!」
チョコとチーズとマヨネーズというヤバい組み合わせの発想から、千沙が記憶を取り戻したと誤解した一同。
「い、いや、戻ってない......と思います」
「え、じゃあこの“チチーマヨ”は?」
「チチーマヨ? さっき閃きました」
「......。」
これにはさすがに落ち込んでしまう。
きっと記憶が戻らなかったから落ち込んでいるんじゃない。
こんな幼少期から異常な味覚の持ち主だったのかという新事実に対して落ち込んでいるのだろう。
「食べないなんてもったいないです! 千沙は食べますよ?!」
「う、うん。わかった食べる」
さすが葵さん。長女としてちゃんと毒味してください。
葵さんが鼻を摘まむ。作っといて言うのもなんだけど、そんなゲテモノじゃないんだからさ。失礼だよ。
「せーのでいきましょう!」
「うん!」
「せーの! あむッ!!」
「て、手が滑ったぁー!」
「もごっ?!!」
そう言って、なぜか葵さんはカレーを掬ったスプーンを俺の口に突っ込んできた。
妹のせーのを無視して下手な芝居で毒味を回避した長女、中村葵である。
さすがの次女千沙ちゃんでも絶句不可避だ。
わかる。姉として汚いよね。
「あ、兄なんだから責任持って食べて!」
「......。」
あんた長女だろ。
「で、味は?」
俺は口に入ったチチーマヨカレーを咀嚼し始めた。
味は?と聞かれたが、これには予想外過ぎて返答に困ってしまう。
「もぐもぐごっくん......千沙」
「お兄ちゃん......」
「「うまぁッ!!」」
兄と妹は息ぴったりで感想を叫んだ。
「嘘ぉ?!!」
「まぁ、カレーにチョコを入れるとコクが出るって言うしね」
「マヨネーズはクリーミーになるらしいからねぇ」
「チーズは普通に美味しそう。チーズカレーとか店で出るし」
俺らに続いて陽菜、真由美さん、雇い主がチチーマヨカレーを口に運ぶ。
「ん。たしかに、カレーとは言いにくいけどこれはこれでアリね」
「私は辛いのが好きだから少し物足りないわぁ」
「すごいまろやかだね。ルウ自体が中辛だったから良い感じに調整できたのかな」
そう言えばカレーのルウは中辛しか無かったな。甘口が無かったから中村家ではカレーは中辛なんだろう。
無論、俺も辛口に挑むほど辛い物が好きな訳じゃない。むしろまろやかな方が好き。だから今回のカレーは俺にとって素直に美味しいと喜べる結果となった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「ああ、美味いな!」
ロリっ子千沙ちゃんが大袈裟に喜ぶ。まさかチチーマヨでこんな相性ピッタリな料理が見つかるとは思わなかった。
「じゃ、じゃあ私も.........」
「おおっと! 待ってくださいよー」
「な、なに?」
俺は葵さんが再びカレーを掬おうとしたことに待ったをかけた。理由は言わずもがな。
「葵さん、食べる前に言うことがあるでしょう?」
「うっ」
「そうですよ!! 千沙に謝ってください! 天才コック千沙に謝ってください!」
お前は黙ってろ。
さっき散々自分は無実だの鑑識に出せだの言ってただろ。手のひら返しにも程があんぞ。
「ば、馬鹿にしてごめんなさい」
「よろしい」
「ふふ。よく味わってください」
「....いただきます」
葵さんは長女として先程の行為について謝罪し、カレーを一口掬って口に運ぼうとした。
あ、そのスプーン、俺の口に突っ込んだヤツのままじゃん!
間接キスじゃん!!いや、キスどころじゃないな!
うっしゃ!
「葵姉、ちょっと待って。それ和馬が口付けたスプーンじゃない」
「あ、そう言えば」
くそぅ、くそぅ。
陽菜め、抜かりの無い奴だな。
「まぁ、あんまり私は気にしないけど」
「あら。和馬とキスしたいって言ってるようなものじゃない」
「なっななななわけないでしょ! ばっちぃね! もうっ!!」
異性にばっちいと目の前で言われる身にもなって?
「ぐすん」
「ま、まぁ、泣き虫さんはきっといつか良い女性に巡り合えるわぁ」
「葵、さっさとそのスプーンを捨てなさい。お父さんは許さないから」
真由美さん、いつかっていつですか? お墓まで持ち越ししませんか?
「お兄ちゃん、可哀想....」
「小学生に憐みの目で見られてるんですけど」
「か、和馬君、なんかごめん」
謝るんだったら後で皆にバレないようにディープキスさせろ。
呼吸できないくらいディープさせろ。
窒息で意識チカチカしてもディープさせろ。
俺たちは晩御飯を食べ終わった後、それぞれ自由に過ごすこととなった。葵さんや陽菜は受験勉強のため再び自室へ。他はリビングで寛ぐことになった。
「で、泣き虫さん、今晩はうちに泊まるのよねぇ」
「ええ。よろしければお願いします」
「え、お兄ちゃん、うちに泊まるんですか?!」
千沙が横で大声を出してきた。そうだよな。覚えてないよな。
ちなみにお兄ちゃんお兄ちゃんとずっと慕ってくるので、俺は血の繋がった実の兄じゃないのだと言い聞かせた。最低でも近所のお兄さんくらいに意識してもらいたいからな。
「ああ。明日は西園寺家でのアルバイトが無いから一日こっちでアルバイトだ」
「やったー!.....です」
「でもなぁ、高橋君には仕事より千沙の子守りを頼みたいんだよなぁ」
「そうねぇ」
「元々こうなったのは自分のせいなんです。お任せします」
と言ってるが、そもそも千沙が野菜保管庫の前で盗聴なんかしているからこうなったのだ。
そんなことこの場では言えんけど。ちょっと納得がいかないバイト野郎である。
「今は冬だし、雑草なんか生えてないから草むしりや草刈りみたいな雑用が無いんだよね」
「明日は直売店を開くから忙しいのよねぇ。とりあえず千沙の面倒を見てもらおうかしらぁ」
「了解しました」
いや正直、JKと遊べるならバイトより良いかも。稼げんけどワンチャンありそう。
いやねーか。中身小学生だもんな。
俺はそう思いながら茶を啜った。ずずっと。
「じゃあほら。千沙、お母さんとお風呂に入りましょう?」
「お兄ちゃんも一緒がいいです!」
「ブフォッ!!」
「熱ぅ?!!」
バイト野郎が盛大に吐いた茶が目の前に居た雇い主に降りかかる。
千沙、お兄ちゃんとだなんて駄目だよ。R18だよ。
「だ、駄目よぉ。それに出会ってまだ1日も経ってない浅い関係じゃない」
「いえ、千沙と自分があったのは8月の頭らしいですから正確には4か月は経ちます」
「おい、高橋ぃ! まさか父の前で娘と混浴したいだなんて言わないよなぁ?」
くっそ。千沙が良くてもお義父様が許してくださらない。
「パパも入りますか?」
「くそぉぉおおぉぉお! 貴様さえ居なければ3人で入れたのにぃぃいいぃい!!」
「ぐへっ?!」
「あなた、泣き虫さんが居ようが居まいが3人なんて一緒に入らないわぁ」
雇い主がバイト野郎の胸倉を勢いよく掴んできた。どうやら娘が誘って来たら歳関係なく混浴するらしい。
狂気の沙汰である。
「真由美! 風呂場が狭いからか?! ならリフォームしよう! ソープ嬢がブレイクダンスできるくらいリフォームしよう!!」
「ちょ! 娘の前でなんてこと言ってるのよ! 広さが問題な訳ないでしょう?!!」
「そーぷじょう?」
「千沙、忘れなさい。兄の命令です」
次女が記憶を失っても中村家はそこそこ騒がしい家庭なのに変わりなかった。そう思ってバイト野郎は再びお茶を啜る。ずずっと。
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