第193話 ハンドル握ると性格変わる奴

 「さて、午後の仕事はこの畑を耕してもらうことだ」

 「誰かを“殺せ”って意味ですか?」

 「いや、こっちはマジな方」


 マジな方とかあるんだ。そりゃあ農家だもんね。いつものが可笑しいのか。


 天気は晴れ。午前中、西園寺家で働いた俺は午後はいつも通り中村家で働くのだが、今回の仕事は事前に聞いていたのと違う気がする。


 「あの」

 「?」

 「昨日、千沙と仕事してもらうって言ってませんでした?」

 「言ったね」

 「なんで畑なんですか?」


 俺は千沙と仕事するって聞いてたんだぞ。二日連続でオヤジとなんて.....まぁ、別に良いけど。嫌いじゃないし。


 「いや、だから千沙とこれから仕事してもらうって」

 「いやいや、ここ畑ですよ? 倉庫の中じゃないんですよ?」

 「君は千沙をどんな子だと思ってるの.....」


 自己中で可愛いひきこもり妹です。


 「千沙だって時期が時期なんだから、外での仕事くらい手伝ってくれるに決まってんじゃん。」

 「ああー、姉と妹は受験で忙しいですもんね。なんだ。あいつ、意外と優しい―――」

 「いや、単純に外で活動しやすい気温になってきたらしいから」


 姉妹愛じゃないんかい。


 ちょっと感動したのを返してほしい。なんでそこは『姉さんたちのためです』くらい言えないのだろうか。


 『ドゥルルルルルルルルルル』

 「あ、きたきた」

 「え」


 なんか後方からすごいエンジン音がすると思って振り向いたら赤色のゴツゴツした形の自動車が来た。


 そしてそれを操縦していたのは作業着姿の千沙だった。しかも、なんかサングラスしてるし。


 「乗ってるの、千沙じゃないですか」

 「そうだね」


 「あいつ、免許もってるんですか。アレに乗るのに必要なヤツ」

 「取ってないと思う。まだ誕生日迎えてないし」


 「.....。」

 「じゃ、俺は帰るから」

 

 あんた、娘が無免許運転してるってことだぞ。看過していいんか。


 雇い主はその言葉を最後にトラックで家に戻ってしまった。


 俺が居る畑まで勢いよく突っ込んできた千沙が自動車のエンジン音を止めて俺に言った。


 「こんにちは。兄さん」

 「うん」


 「これ、何かわかります?」

 「“農耕作業用自動車トラクター”でしょ」


 「はい。小型のトラクターです」

 「あ、これで小型なんだ」

 「ええ。.....で、兄さん、何か言うことはありませんか?」


 サングラスを取った千沙が俺に向かって上目遣いでそう聞いてきた。うんうん。兄として言わなきゃいけないことがあったよね。


 「お前、無免許運転じゃねーか!!」

 「ええッ?! そっちですか?!!」

 「それ以外ねーよ!」

 「いや、褒めてくださいよ!」


 何を?!


 「『運転できるなんてすごいね』とか『難しそうなのに、千沙は天才だなぁ』とか!」

 「ねーよ! 言ったら調子に乗んだろ!」

 「乗りたいです! トラクターだけじゃなくて調子に乗りたいです!」


 上手いこと言ってんじゃねーよ!


 おいおい。いくらトラクターを運転できるからってここまで運転してきちゃ駄目でしょ。


 「で、お前、まだ16歳になってないだろ。免許取れない歳なのはしょうがないけど、だからってなぁ」

 「そうですね。今週の土曜日が誕生日となりますので、早いとこ免許を取りに行こうかと思います」


 「そうしてよ。なんか無免許運転は不安だわ」

 「っ?! 今週の土曜が誕生日ですッ!!」 


 「え、あ、うん」

 「期待してますからッ!!」


 千沙が怒った様子で俺に怒鳴ってきた。わかったわかった。なんか“あたりめ”とか“せんべい”をプレゼントするから。


 っていうか、話変わってんぞ。


 「あ、ついでですし、兄さんも“小特”取りに行きましょう」

 「え、俺も?」


 「ええ。簡単ですよ」

 「うん? あれ? 俺、普通二輪持ってるけど“小特”って含まれてなかったっけ?」


 「っ?! ふ、ふふふ含まれてません! 普通二輪じゃ乗れませんよ!」

 「お、おう、そうか。じゃあ、一緒に取りに行こうかな」

 「やったぁ!.....です」


 普通二輪では小型特殊自動車に乗れないのか。葵さんが取った普通自動車免許じゃないと駄目なのかな?


 高校生の日常で“小特”なんて頭に微塵も残って無かったからわかんないや。


 まぁ千沙が言うんだし。きっと別に必要なんだろう。せっかくだから千沙と取りに行こうとバイト野郎は決心した。


 「大体、こんな無法地帯いなかにそんなもの必要ありませんよ」

 「お前なぁ」

 「それに私有地はたけまで来たらサツは何も言ってきません」

 「サツって言うな。公道の話だ、公道の」

 「さ、仕事の時間です」


 こいつ、反省してないな。


 「まずは私が乗るので兄さんも乗ってください」

 「え、どこに? 見た所一人しか座れないよ?」


 千沙に乗ってと言われたが、そもそもこういう特殊自動車は一人で操縦することが前提なんだ。


 故に座席は一人だけだし、狭いのなんの。


 「テキトーに突っ立っててください」

 「え、ええー」

 「私の後ろの方が操作しているところを見やすいと思いますが、スペースが無いので前ら辺でお願いします」

 「ここ?」

 「落ちないようにしてくださいね? 冗談抜きで耕しちゃいますから」


 全然笑えない冗談だね。


 まぁそこまで畑の上で速度を出す必要は無いんだし、足場が多少不安でもいっか。俺はそう思って足が置けるスペースを使って立ち、千沙が操作するところ見学する。


 「最初はエンジンをかける説明からです。.....私の左足にあるペダルが、“クラッチ”になります。ここを踏みながらエンジンキーを回してください」

 「.....。」

 「兄さん?」

 「え?! あ、うん、わかった」

 「しっかりしてくださいね?」


 .....なんか千沙との距離が近いんですけど。


 「そしたらサイドブレーキバーを下ろして解除します」

 「ほうほう」

 「それとは別に、エンジンを止めるときと始動させるときは基本、こちらの二本あるレバーのうち少なくとも一本はニュートラルにしておいてください」

 「クラッチを踏んでてもか?」

 「しっかりと踏んでいれば大丈夫です。でも一応、そこの順序は守ってください」


 トラクターもマニュアル車を操作するのと同じ感じだな。クラッチが命なことに変わりないんだ。


 「で、さっきの二本のレバーですが、左にあるのは副変則レバー、右は主変則レバーです」

 「漢字でそう表記されているな」

 「はい。どちらも1から3まで速度を変えられます。主変則の場合はその数字の下よりレバーを下げると順に“N”と“リバース”です」

 「Rはバックだね」

 「ええ。バックしたいときに、この位置までレバーを引いてください」


 千沙は説明が丁寧でわかりやすい。


 あとはアクセル関連の話を聞いてこのトラクターの移動の説明は終わりだ。次は耕耘機の話である。


 「トラクターの後部に付いているのは“深耕しんこうロータリー”です」

 「これで耕すんだな」


 “深耕ロータリー”と呼ばれる耕耘機は、畑を効率よく耕すための機械である。畑の中でたくさんの“刃”たちが扇風機のように回転して土をほぐしてくれるのだ。


 ちょっと大きめの土専用ミキサーって感じ。


 「はい。どれほど深く耕すかは作物によって違いますが、今回は練習も兼ねて“浅め”に耕します」

 「このレバーで深さ調整するのか」

 「ええ。それとロータリーで耕しているうちに、たまーに負荷がかかりすぎてエンジンが止まりそうなときがあります」

 「そしたらんだな」

 「ふふ。さすがです」


 千沙が褒めてくれた。考えれば簡単だ。畑の奥深くで機械を動かすより、浅めの軟らかい土の方が負荷は少ない。


 「葵さんだったら俺のこういった返答にキレてくるんだぜ?」

 「はは。そんな馬鹿な」

 「マジだよ」

 「ほら。姉さんは今関係無いんですから、私に集中してください」


 いや、千沙よりトラクター講習だろ。言葉の綾的なアレか。


 「あ、それと刃を動かすにはこの“PTOレバー”を1に入れてください」

 「残りの数字は? 2とか3って何?」

 「数字が大きくなるほど、刃の回転数が上昇します」


 ちなみに“PTO”は“パワー”、“テイク”、“オフ”の略らしい。


 「とりあえず、今回は深く耕す必要はないので、主変則、副変則、PTOのレバー全て“1”でやってください」

 「ゆっくりなんだ」

 「慣れたら速くしてもらいます。兄さんは初めてですからね」


 童貞だからな。あ、それは関係無いか。ぐすん。


 「あ、初めてと言えば兄さんは“童貞”じゃないですか(笑)」

 「なっ?! そ、そそそれを言うならお前だって“処女”じゃねーか!!」

 「こ、声が大きいですよ!」

 「お前が言ってきたんだろ!」


 急にお互いのバージントークが始まってしまった。なんでいつもしもに走っちゃうんだろうね。


 「はぁ......。じゃあさっそく動かしてみせるので、今度は雰囲気で学んでください」

 「ああ。安全運転頼むぞ」

 「誰にモノ言ってるんですか」


 無免許野郎にだよ。


 『ブゥンッ! ドゥルルルルルルルル』

 「こいつ、動くぞ!」


 千沙が運転するためにクラッチペダルから足を離そうとする。


 「はいはい。行きますよ、ア〇ロさ―――」

 「おい!! どっちも“3”―――っ?!」


 『どっちも“3”』と言ったのは“主変則”と“副変則”の数字のことである。


 千沙がさっき言ったのは“1”。つまり一番遅い設定値なのだ。


 じゃあ、“3”は?


 そんなこと言わずもがな。


 「「んむっ?!」」


 現在、俺が立っていたのは千沙の真ん前の足場が不安定な所である。


 ........“慣性の法則”というのを知っているだろうか。


 「「?!」」


 平たく言うと、“キスしちゃった”である

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