第194話 事故でキスするシーン、なんで歯が当たらないの? 謎だよね

 「「?!」」


 現在、バイト野郎と我儘次女は畑の上でキスの真っ只中である。


 千沙がこの畑に来たときは公道を走っていたので、畑のようにちんたら走ってられない。


 だから主変則と副変則が“最高値”だったのだ。


 「ご、ごめ―――っ?!」

 「んむぅ!!」


 んん?!!


 なんでまだシてくるの?!


 なんで舌入れてきたの?!


 「ぷはっ! うおっ! おわっ?!」

 「お、お兄ちゃん!!」

 「へぶっ!!」


 俺は千沙から力いっぱい離れた勢いで下の畑に落ちてしまった。


 「つ、土で助かったぁー」

 「だ、大丈夫ですか?!」


 千沙がトラクターのエンジンを止めて、俺のとこまで来てくれた。


 「あ、ああ、大丈夫。......さっきはごめん」

 「え、あ、いや、その、わ、私もすみませんでした。確認せずに動かしてしまって」


 ああー。千沙とキスしちゃったよ。しかも途中からディープだし。


 え、アレ、ディープだよね?


 千沙の舌が俺の舌とごっつんこしたんだけど。なんで入れてきたの。絶対わざとだよね?


 「や、柔らかかったぁ」

 「っ?! じ、事故ですから!!」

 「え、舌入れてきたのも?」

 「いっいいいい入れてませんよ! 入れたとしても事故です!!」


 絶対嘘でしょ! だって一回俺が離れようとしたら続けてきたじゃん。ディープしてきたじゃん。


 “深耕しんこうロータリー”だけに“ディープ”ってか。うまくねーよ!


 「ご、ゴッホン! とにかく! 仕事しますよ!」

 「あ、ああ」


 こうして半ば強制的に仕事をさせてきたので、俺は不完全燃焼のままトラクターの試乗をしたのであった。


 ちなみに、先程のようなスタイルではない。


 バイト野郎が乗って、千沙が降りて指導するスタイルになったのだ。さっきの事故のせいだな。


 「こ、これでいいのか?」

 「......。」


 「ち、千沙さん?」

 「ひゃいっ?!」


 「こんな感じで良いんですか?」

 「は、はい。それでいいです」


 こいつ、さてはキスのこと意識してんな。


 俺だってそうだよ。陽菜の次にお前だよ。ファーストキスとまでは行かなくても、れっきとしたキスだよ。


 『ドゥルルルルルルルル』

 「「......。」」


 トラクターのエンジン音がうるさくて助かった。静かだったら絶対に俺の心臓のバクバク音が千沙に聞こえちゃうもん。


 「どうしよ。仕事に集中できない」


 千沙をチラっと見たら、彼女は先程、胸ポケットにしまっていたサングラスを付け、両手で顔を覆っている。


 アレは恥ずかしかったもんね。


 っていうか、ズルいぞ! 俺だってそうしたいけど、ハンドルのせいで両手を自由に使えないんだぞ!


 「あ、暑いなぁ~」


 11月に入って、そんな気温を感じるはず無いが、とりあえず誤魔化したい一心のバイト野郎であった。






 「お、お疲れ様です」

 「お、おう」


 現在、バイト野郎と千沙は仕事が終わって中村家の中庭に居る。


 ちなみに、バイト終了時間になったら雇い主がトラックで迎えに来てくれた。千沙はトラクターで家に戻ってきたのだが、もう無免許運転がどうのこうの言う力は童貞には残っていなかった。


 「泣き虫さん、お疲れ様ぁ」

 「お、おおおふかれです!」

 「“おふかれ”? えーっと、今日も晩御飯をうちで食べないかしら?」

 「え」


 そうだ。毎週土日は中村家でお世話になってるんだった。


 どうしよう。横に居る千沙のこと意識しちゃってしょうがないんですけど。


 「駄目かしら?」

 「い、いえ! いつも助かります!」

 「ふふ。こっちも助かってるわぁ」


 ......晩御飯食べたらすぐ帰ろう。






 「高橋、お邪魔しまーす」


 東の家で浴室を借りてからバイト野郎は南の家に向かった。


 「いらっしゃい」

 「昨日と今日、お仕事手伝えなくてごめんね?」

 「ほら、和馬、今日はあんたの好物のコロッケよ」

 「高橋君は俺の隣ね。かもん」


 真由美さん、葵さん、陽菜、雇い主の順に返事をしてくれた。


 「に、兄さん......」

 「ち、千沙......」

 「「「「?」」」」


 しばらくは千沙を意識してしまいそうだ。しょうがないじゃんね。ファーストキスなんだし。


 俺は陽菜とだけど。


 「こ、コロッケには何を付けますか?」

 「そ、ソースかな」

 「ち、チチーマヨはどうです?」


 いや、付けねーよ。


 チョコソースとチーズとマヨネーズを合わせたソースはもう口に入れたくないし、もっと言うならば視界にも入れたくない。


 「二人共、なんかあった?」

 「っ?!」

 「べ、別に。それよりこのコロッケ美味しいですね!」


 正直、味の感想より斜め右前に居る千沙を気にしてしまってしょうがない。だから全力で話を逸らそう。


 「ふふ。陽菜が張り切って作ってたもん」

 「ちょ、葵姉!」

 「そうだ、今度、良い肉を仕入れてくるからロールキャベツを作ってよ。な、


 その“肉”、俺のじゃないですよね? サイコパスですよ。


 「あ、和馬、今晩は私に付き合いなさいよ」

 「わかった」


 先週は千沙の我儘で陽菜の勉強を手伝えなかったからな。今晩はコロッケのお礼に頑張ろう。


 「べ、勉強のことだから! カップル的なアレの意味じゃな―――」

 「もうそれいいから。先週そのくだりやったから」


 「おい、高橋ぃ」

 「ほらぁ!」


 陽菜はわざとやってるのかな? だとしたら、もう勉強見ないぞ。


 「「「「「......。」」」」」

 「え、な、なんですか?」


 俺たちは黙って千沙に視線を送った。


 「だって、ねぇ?」

 「うん。いつもなら『私とゲームしてください』って言うし」

 「千沙姉、なんか変な物でも拾い食いした?」

 「もしかして女の子の日―――痛ッ?!」

 「今のは叩かれてもしょうがないですよ。さすがの自分でもドン引きです」

 「み、皆さんは私をいったいなんだと思ってるんですか」


 満場一致で自己中スペシャリストだと思うよ。


 「きょ、今日はいいです! 最近、ゲームしすぎて飽きてきたんで!」

 「「「「っ?!」」」」


 その発言に対し、バイト野郎以外の4人は席を立って千沙を検査し始めた。


 「ちょ! なんですか?!」


 ある者はおでことおでこを。ある者は体温計を。ある者は湿布を。ある者は直腸体温計を。


 いや、最後のはやめろ。食事中だぞ。いや、食事中じゃなくてもアウトだ、バカ雇い主。


 「ったく。至って正常ですよ。今日は陽菜に兄さんを譲っただけです」

 「「「「ご、ごめんなさい」」」」


 それくらいお前の口から『ゲームしすぎて飽きた』は信じられなかったんだよ。


 理由がどうあれ、妹想いというかなんというか、


 「千沙もピュアだなぁ」

 「「「「?」」」」


 千沙の顔が赤くなる。


 「っ?!」

 「痛ッ?! 脛蹴るなって!」


 日頃、余裕ぶっている妹が最強に可愛い一日であった。

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