第188話 流しそうめんの水ってどこから来てるか知ってる奴はそう居ない

 「お兄さんのせいで制服カピカピだよッ! クリーニング代出して!!」

 『ガチャッ!』

 「馬鹿野郎ッ! ぶっかけを外で叫ぶな!!」


 顔射すんぞ、くそJCが。


 天気は雨。今日は日曜日で、今は14時半頃である。本来なら午後は中村家で仕事をするのだが、バイト開始時間ちょうどに急な悪天候により中止となった。結構な大雨だよ。


 なので、今日は午前中に西園寺家で働いて終わりなので午後は暇である。


 「あはははははいでででででッ!!」

 「なんか最近、リンゴ潰せそうな気がして」

 「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 俺の反応を見て笑っていたJCにアイアンクローをお見舞いしてやった。


 くそう。せっかく久しぶりに一人の時間を過ごせそうだったのに。


 俺に真の休憩時間は無いんか。


 「で、何しに来たの?」

 「お昼ご飯だよ!」

 「さっき食ったし。ってことで帰って」

 「じゃあ晩ご飯!」


 この子、人の話聞くけど、そっからの押し付けがハンパないんだよな。


 「あのね、料理に興味を持つことは良いことだけど、せめて人様が食える物じゃないといけないよ」

 「この前のステーキは食べたじゃん」

 「素材に頼ったからね」

 「今回も同じ感じだよ?」


 なに、また素材に頼った食材を持ってきたのか。そう言えば以前、その際に桃花ちゃんに“活動資金”をあげたんだっけ。


 諭吉一人で色々とやり繰りするらしいけど、彼女はどこまで成長したんだろう。


 「流しそうめん!」


 ........................んん?


 満面の笑みでそう宣言した桃花ちゃん。俺は聞き間違いだと思って、再度何を作る気か聞いてみた。


 「本格的流しそうめん!」


 いや、聞き間違いじゃなかったな。なんだ、“本格的流しそうめん”って。


 「もう11月だよ? そうめんって時期じゃないでしょ」

 「でも簡単な料理からってお兄さん言わなかった?」

 「いやまぁ、そうだけどさ。そもそも料理なの?」

 「食材を少しでも加工したらそれはもう料理だよ!」


 そうだよな。常識を押し付けちゃいけないよな。


 「まぁ、湯で時間とか大切だしな。基本を忠実に頑張ってね」

 「もち」

 「で、“流し”ってなに? 普通にゆでて終わりだよね?」

 「いやちゃんと流します!」

 「ってことは、“流し”ってアレだよね? 家庭用のお遊びな流しそうめん機だよね?」


 ご家庭用流しそうめん機とは360度ぐるぐると水流が回り続ける小規模な流しそうめんだ。ド〇キなんかでも売ってるアレだね。


 どうやら彼女は俺が渡したお金を食材じゃなくて機材に使ってしまったらしい。


 「びっくりすると思うなー」

 「おいおい。食材とか買ってきて好きに練習するために援助したんだぞ? 機械は駄目だろ」

 「まぁまぁ。百聞は一見に如かずだよ。ベランダに出て?」


 は? なに言ってんの?


 彼女に言われるがまま、俺は雨が降っているにも関わらずベランダに出たみた。


 「なっ?!」

 「そうその顔! それが見たかったんだよ!」


 俺はベランダの光景に驚愕した。なぜか、それは――――――。


 「た、竹じゃん」

 「ほら、私、『本格的流しそうめん』って言ったじゃん?」


 見るとお隣の家、つまり佐藤さんのベランダから一本の長い竹が俺んちのベランダまで続いていたのだ。


 もちろん、彼女が言う通り、“本格的”というだけあって竹の中の節は奇麗に削り取られていた。


 うっわ。マジか。雨戸閉めてたから全然わからなかった。


 「いだっ?!」

 「こんの馬鹿野郎ッ!!」

 「なんで?!」

 「人んちでなんつうもん設置してんだ?!」

 「竹くらいいいじゃん!」


 駄目に決まってんだろ!


 おいおい。どうすんだよコレ。っていうか、よく佐藤さんは孫娘の奇行を許可したな。お隣のベランダに堂々と竹が侵入しちゃってるよ。


 「いやぁー苦労したなぁ」

 「なに作ってんだよ。人が午前中居ないときに馬鹿な事しやがって」


 「すっごい大変だったんだよ?」

 「っていうか、俺が渡した金って......」


 「竹を切るための“のこぎり”と、竹を半分に割るための“なた”、それと中の節を削るための“のみ”と“金槌”に使った!」

 「........。」

 「いだだだ!! 暴力反対!!」

 

 無駄遣い反対だわ。


 最悪。マジかよ。予想の斜め上過ぎてどこから説教すればいいのかわからなくなってきたぞ。


 「じゃ、私家に戻ってそうめん流すね?」

 「ふざけんな。よく見ろ、俺のとこに出ている竹の方が下じゃねーか」


 「お兄さんに食べさせるんだから当たり前でしょ」

 「ドアホッ! 今日雨だぞ?! 屋根のある所に竹を設置してねーから雨が俺んちに流てんだろーが!!」


 「冠水してないからいいじゃんッ!!」

 「配慮や衛生面を気にしろって言ってんだよッ!!」


 こいつ、まさかこのまま雨水で流しそうめんする気か? 正気とは思えないぞ。


 「ったく。とりあえず、雨が止んだら片付けんぞ」

 「ええー! 食べないのー! せっかく作ったのにー」

 「雨水で流しそうめん食うわけないじゃん」

 「ベランダに水道無かったからしょうがないじゃん」


 本当に雨水でそうめんを流すつもりだったらしい。


 「食べてくれないならSNSで『お兄さんのためにせっかくそうめん茹でたけど食べてくれなかった』って呟いちゃうよ?」

 「事実が相当折れ曲がってんぞ」

 「そして茹でた分のそうめんを流す」

 「嫌がらせにも程があんだろ」


 見れば俺んとこのベランダに出てる竹の先にはザルやバケツなど無かった。当然、仮にこのままそうめんが来たら全部床に落下することになる。


 「あのな、料理を頑張りたいって言うから活動資金渡したんだぞ。誰が図工やれって言った」

 「あーはいはい! お説教はもういいから! いーっつも私が作った物に文句ばっか言ってさ! なんなのもう!」


 なんか逆ギレしてきたんですけど、このJC。


 「俺は料理じゃなくて“工程”に文句言ってんだよ!!」

 「結果良ければいいじゃん!」


 今までに良い結果なんて無かっただろーが!


 「あーあ。せっかく竹切ったのに」

 「俺は血管ブチギレそうだよ」


 うっわ、片付けるの面倒。どうすんだよ、コレ。


 「あ、じゃあ雨水じゃなければいいの?」

 「ん? まぁ、うん。そうかも? この際、無許可で竹を設置したことを除けば不満があるのはそこだけだしな」

 「じゃあ別の所から水汲んでくるから準備して待ってて!」

 「え、ちょ」


 そう言って巨乳JCは佐藤さんちに駆け足で戻って行った。


 どっから水汲んでくるんだろ。そこが不安だが、雨水じゃなければせっかく手の込んだことしたんだし、少しくらいそうめんを食べてあげよう。


 「お兄さんいくよー」

 「え、あ、うん」


 隣のベランダから桃花ちゃんが見えた。手にはそうめんが入っているザルと組んできた水が入っていると思われるバケツがあった。


 ........................衛生面大丈夫かな?


 無論、そうめんを流す前に竹の位置は屋根のある所までズラしたので雨水の心配はない。


 「ほい」

 「お、きたきた」


 俺は事前に準備しておいた御椀と箸でこちらに向かってきたそうめんを受け止めた。


 そうめんだけ掬ったので流れてきた水はもちろんベランダの床に直行。ビチャッと小気味が悪い音が聞こえる。


 なんか思ってた流しそうめんと全然違う。


 「......。」

 「なに眺めてるの? 早く食べてよ」


 正直、食うのに抵抗があるがこの際だから思い切って食べよう。


『ズルッ!』

 「うん.............普通だね」

 「うっわ、本当に食べた」


 君はどうしたいの?


 それに流しそうめんって一人ですることじゃないと思う。雨が降っていることも相まって寂しさがハンパないよ。


 「今流した水、何かわかった?」

 「?」


 「怒らないでね?」

 「え」


 「風呂の“残り湯”です」

 「オロロロロロロロロロロロ!!!」

 「あはははははは!!」


 なんつうもんでそうめんを流してんのッ?!


 「桃花ぁぁあああああ!!」

 「ヤだ、怖ーい」

 「ぶっ殺してやる! こっち来い!」

 「来るわけないじゃん! じゃ!」

 「待てこらぁぁぁぁあああああ!!」


 流石にベランダからではいけないので、佐藤さんちに直談判しに俺は足を運んだ。


 『ガッ! ガッ! ゴンゴンゴンゴン!!』

 「開けろゴラァ!!」

 『ピンポンピンポンピンポン!!』


 老夫婦の自宅の玄関ドアに叩く蹴るを繰り返す男子高校生。傍から見たらこんな姿はさながら借金取り立てのそれである。


 『ザザッ。.......えーっとお婆ちゃん達は耳遠いから聞こえないよ?』

 「お前に言ってんだよ!! ブチ犯してやる!! 出てこんかい!!」

 『ヤだ怖ーい』


 こいつッ!!


 インターホンという安全圏から煽って気やがって。


 「次あったら覚悟しろ! レイプすっから――――――」

 「か、和馬、何を言っているの?」

 「っ?!」


 真横に振り向いたらなんでか陽菜が居た。


 「え、陽菜? どうしたの?」

 「.......。」


 そんでもってびしょ濡れ。傘を差さずに来たの?


 しかも雨降ってたからわかりづらいけど目元が赤くなっていて、まるで泣いて――


 「っ?!」


 ボケっとしていた俺に陽菜が身を預けるように抱き着いてきた。


 「ちょ、え、何?!」

 「かじゅまぁ! かじゅまぁ!」

 「お、おい」

 

 雨の中、ここまで傘を差さずに来たのだから濡れているのは当然だが、どうやら涙も混じっていたようだ。


 「ママと喧嘩じたぁ」

 「..........。」


 そんなJCの泣き声を聞いてため息をついたバイト野郎であった。

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