閑話 千沙の視点 親不幸は子不幸で

 「雨降ってますが、そろそろ祖父母の家あっちに帰ります」

 「気を付けてね」


 現在15時21分。日曜日のこの時間帯では明日の登校のことを考えて、私は母の実家に戻ることにします。


 もちろん、雨の中でも直売店は開きます。客足が減少するのが雨天時のデメリットですね。


 「姉さんはまだ勉強するんですか?」

 「うん。受験生だし、来年までは頑張らないと」


 メリットは客足が少ないのでその分暇になり、従業員を減らすことができます。うちで言うとお父さんやお母さん、姉さんの3人がその従業員ですね。


 今はお父さんだけ直売店に居て、他の二人は家に戻ってきたのでここに居るのは女性陣4人となります。


 「じゃあ私は部屋に戻ってるね?」

 「頑張ってください」


 私は玄関で姉さんに別れを告げて中村家を去ろうとします。


 あ、少し時間がありますし、少し兄さんの家に寄って行きましょうか。昨日、人のローターを飴玉のようにしゃぶってた変態ですが。


 そんなことを考えていると、


 「あら、前より試験の結果が落ちたじゃない」

 「........そうね」

 「そうねって」


 リビングからお母さんと陽菜の声が聞こえてきました。二人にも軽く何か言っておきましょう。


 「あなたねぇ.......」

 「わ、私だって好きでこんな点数取ってるわけじゃないし」

 「そんなの当たり前でしょう。やっぱり今からでも熟に通わせた方が良いかしら?」

 「っ?! そんな必要無いわ!」

 「だって心配だものぉ」


 ああー。これはアレですか。陽菜の試験結果が思ったより悪かったからお母さんがお説教をしているわけですか。


 「こ、今回は偶々苦手な所があっただけで」

 「そんなこと入試でも同じことが言えるのかしらぁ?」

 「うっ」


 .......黙って出ていくことにしましょう。二人の邪魔はしてはいけませんしね。


 「ま、ママにはわからないもの。すっごいレベル高いのよ?」

 「あらあら、また言い訳ぇ?」


 「ち、違うし!」

 「大体ねぇ。もう少し自分のことを優先して頑張りなさいな」


 「.......どういうことかしら?」

 「家事よ、家事」


 決して、気まずいとか、もしかしたらトバッチリを食らうとか、そういう心配をしているわけじゃないですから。


 「今日みたいな直売店がある日は助かるけど.......いいのよぉ? もっと自分のことを優先した生活をして」

 「はぁ?」


 「その家事に浪費する時間の少しが積み重なって大切なんじゃないのお?」

 「別にいいじゃない、それくらい。私は良かれと思って――」


 「あなた、行きたい高校があるのでしょう? ならもっと必死にならないと」

 「わ、私だけもっと頑張れって言うの?! 葵姉は和馬と一緒に仕事してるじゃない!」


 「あの子はちゃんと結果を出してるもの」

 「っ?! じゃ、じゃあ言うけど! 私が馬鹿なのはお母さんの血も原因だから!」

 「な、なんですって?!」


 あ、珍しくお母さんが声を荒立てました。


 「ママだって英語以外得意科目ないでしょ! 馬鹿がうつったじゃない!」

 「っ?!」


 「それにいっつも私の試験結果を見ては点数が悪いとこだけ指摘してくるし! 見てよ! 英語また上がったじゃない! なんで褒めないのよ!」

 「得意科目は別にいいのよ! 他をもっと頑張りなさいって言ってるの!!」


 「ママの学生時代と違ってこっちは難問ばっかなの!」

 「私が馬鹿だって言いたいのかしら?!」

 「そうでしょッ! パパは頭良いじゃない! あーあ! 葵姉たちは良いなぁ、パパの血が濃くて! 千沙姉とか全然勉強してないじゃん!! ゲームばっかじゃん!!」


 ほら、私にトバッチリが来ましたよ。すみませんね、ゲームばっかの自堕落な生活してて。


 「い、遺伝を言い訳にするのは駄目な子の証拠ねぇ」

 「ママも昔はそうだったんじゃなぁーい?」


 「「......。」」


 ああー、ピリピリしてます。玄関に居る私の所までなんか伝わってきてますよ。


 姉さん、早く下りて来てくださいよぉ。


 「まぁ理由はどうあれ、馬鹿な子には変わりないのだから塾に通わせるわぁ」

 「はぁあ?! 塾行くから頭が良くなるわけじゃないじゃん!」


 「そうかもしれないけど。少なくとも今よりは学習環境がいいじゃない」

 「嫌よッ!!」


 「わ、私だってこんな無理強いなんかさせたくないわよ? でも、陽菜の行きたい高校に――」

 「もう知らないッ! ママの馬鹿ッ!!」

 「バッ?!」


 うっわ。今のはお母さんに大ダメージですよ。なんたって私たち姉妹が自覚しちゃうほど溺愛してくれる母親なんですから。


 リビングから走ってきた陽菜が玄関こっちに来ました。


 仕方ありません。姉としてここはビシッと止めてましょう。


 「あ、ちょ、陽菜―――っ?!」

 「ヒッキーゲーマー退いてッ!」

 『ガッ!!』

 「ぐはっ!」


 腕がぁッ!!


 陽菜の肩を掴もうとしましたが、振りほどかれて思いっきり壁に打ち付けられました。っていうか、“ヒッキーゲーマー”ってなんですか。すごい大ダメージなんですけど。


 それより骨折です!!


 グーパーグーパーできますけど、骨折のような痛みが生じました! 骨折かどうかはわかりませんが、痛み的に骨折でしょう。たぶん。


 『ガラガラガラガラ!! バタンッ!!』


 勢いよく玄関の戸が閉められ、その際に打ち付けられた音が中村家に響きます。


 「ちょ、ど、どうしたの?!!」

 「姉さん! 腕が骨折しました! おそらく複雑で完治不能なヤツです!」

 「なんでッ?!」


 騒ぎを聴いて、上の階から急いで駆けつけてくれた姉さんが私の腕を診てくれました。軽くぶつけただけで、この後多少痣になるくらいだそうです。


 骨折じゃないんですね(ホッ)。


 「あ、そうでした。お母さんが.......」

 「今度は母さんが?! いったい何があったの?!」


 リビングに向かうとお母さんがあし〇のジョーのラストシーンのように灰と化してます。


 「か、母さん?!」

 「陽菜ぁ、違うのよぉ。私は.......私はただあなたの目標のためにぃ」

 「わかった! わかったから! とりあえず、何があったか説明して!」


 すごい瀕死状態じゃないですか。久しぶりに見ましたよ、母親のこんな姿。


 「私が悪いのぉ。陽菜とあななたちを比べるようなことを言ってぇ」

 「な、泣かないで! 陽菜もちゃんとわかってるから」

 「うぅ....」


 正直、先程の陽菜とお母さんのようなやりとりはしたことが無いのでよくわかりませんね。私、頭良かったですから。


 「ち、千沙。悪いけどお水持ってきて」

 「え」

 「お水!」

 「あ、はい」


 私はとりあえず、飲料水を持ってきてお母さんにそれを渡しました。少し落ち着きを取り戻したようです。


 「ひ、ひ、ひ―――」

 「ひ?」

 「陽菜ぁぁぁぁぁあああああ!!」


 駄目でした。さっきより悪化してますよ。


 秒で後悔するならあんなこと言わなければいいのに....。


 よし。


 「え、えーっと、それでは私はそろそろ出ますね?」

 「「..........。」」


 じょ、冗談ですよ、冗談。


 ですからそんな目で私を見ないでください。


 少し空気を読めば良かったなと後悔した次女でした。

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