第186話 妹の言うことは絶対
「和馬、この後ちょっと付き合いなさいよ」
「ん? ああ、いいよ。もう時間が時間だから少ししかできないけど」
先程、葵さんとの“アオイクイズ~ナス畑編~”を終えて、今は中村家で夕飯を頂いているところである。
ちなみに夕飯はバイト野郎の大好物である揚げ物、海老やサツマイモの天ぷらなどがあった。
「べ、勉強のことだから! カップル的なアレの意味じゃないから!」
「うん、知ってる」
「おい、高橋ぃ。耕すぞ」
「ですから、そう意味じゃないですって」
雇い主がドスの利いた声で俺を脅してきた。やめてよ。
っていうか、陽菜が最近、以前のように“ツン”を出してくるんだけど。どうしたんだろう。でも決まって、バイト野郎にとって良い事が無いのは確かである。
「避妊はちゃんとするのよぉ」
「だからそういう意味じゃ――ぐへッ?!」
「高橋ぃーッ!!」
「ちょっとご飯中だよッ!」
「そうですよッ!! お母さんも珍しく馬鹿なこと言わないでください!!」
「うちはいつも賑やかね」
お前が原因だろッ!!
隣に居る雇い主に胸倉を掴まれた俺はなんとかしてこの親バカを落ち着かせて夕食を続けた。
「.....お前、次変なこと言ったら二度と勉強手伝わねーからな」
「善処するわ」
期待できそうにない善処である。
「.....でも和馬君のことだから陽菜が勉強に集中しているときに、む、“胸チラ”とか期待してそう」
「だからッ!!―――ぶびゃッ?!」
「耕すぞッ?! YANM〇Rのトラクターでやっちゃうぞ!」
「葵、はしたないわよぉ」
「ブーメランですよ? さっきのこと忘れましたか?」
「本当に賑やかね」
ねぇ、このやり取り人数分やんないと駄目なの?
それに、胸チラは陽菜自らわざとやってくるんですよ? 貧相な胸しているくせに生意気ですよねぇ。
でも、ありがとう陽菜。眼福だよ。
「それはそうと、陽菜、兄さんはこれから私とゲームをするため、その約束は許可できませんよ」
「「「「「......。」」」」」
スパンが短い。ツッコミ役は誰か居ないんか。もう疲れたよ。
どこツッコめばいい? 勝手にお兄ちゃんとゲームをするなんて決めたこと? 妹の勉強を応援しないところ?
「ふっ。冗談です。私だって陽菜を支えたいですからね」
「「「「「ホッ」」」」」
「ですから、私も陽菜の部屋で勉強を教えている兄さんとゲームをします」
「「「「「え」」」」」
すごい。本当にすごい。もうなんも言えないくらい、お前すごいよ。
「ち、千沙姉、それは流石に――」
「大丈夫です。陽菜が質問してきたときは兄さんを貸します。私の相手は合間で結構ですから」
「いや、そうじゃなくて――」
「遠慮しないで兄さんを使ってくださいね?」
そこに俺の意思は無いんか。
お前、自己中通り越して“女王”だよ、“女王”様。
そんでもって断固として陽菜の勉強は見ない模様。姉か? 本当にお前は陽菜の姉なのか?
「な、泣き虫さんはモテモテねぇ」
「.....前から気になってたんですけど、
「ちょっと! なんですかその言い方は?! 私だって必死に生きてるんですよ?!」
自堕落の極みみたいな生活してんじゃん。どこも必死じゃないよ。
「冗談は置いといて、千沙、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
「“腹筋板チョコ”を所望した人がなんか言ってますよ」
「っ?! なんで知ってるの?!」
葵さんがバイト野郎を睨んできたが、俺は千沙に言った覚えがない。
っていうか、言えるわけがない。俺はその条件と引き換えに“乳房チョコ”を口にしたんだからな。人様に言えんわ。
「なんで知ってんの?」
「兄さんの作業着に仕掛けた盗聴器で」
なにさらっととんでもねぇことを平気な顔して言ってんだこいつ。
盗聴器って、お前、ナス畑の近くに居たってこと? ヒッキーのくせに?
「私がクイズを持ち掛けて負けたこともバレバレってこと?!」
「もちろん」
そこじゃないです。プライバシーの侵害もいいとこなんですよ。
「お前、なんつうことしてくれてん――」
「それはこっちのセリフですよ!!」
「ちょっ、なんだよ。急に」
「姉さんと面白おかしくクイズなんか楽しんじゃって! 仕事してくださいよ! アルバイトしに来たんでしょうッ?!! 最低!!」
いや、お前もそこそこ最低だよ。
でも、とりあえず雇い主と真由美さんに謝っておこう。
「そうだな。......すみません、仕事中に」
「い、いや、軽い休憩みたいなもんでしょ」
「それより、千沙。本人の許可なく盗聴なんてどういう気かしらぁ?」
「私が悪いって言うんですか?!」
そうだよ。犯罪に走ったお前が悪いよ。
もっと言うならば、そんな
「姉さんとはイチャついて、」
「いっいいいいいイチャイチャなんかしてないよッ!!」
「陽菜ともお部屋でイチャつこうなんて次女であるこの私が許しませんよ!!」
「ふふ。和馬、寝かせないわよ。なんちゃって」
妹と長女でこの差。
「だったら少しくらい私の相手をしてくれてもいいじゃないですか?!」
「あ、そんなに寂しいなら
「詰まる所、ヤキモチね」
「ヤキモチか」
「ヤキモチだね」
「ヤキモチねぇ」
「大体、ここ3週間、全ッ然一緒にゲームしてないんですよ?!」
「ぐすっ」
「パパ、泣かないで」
「あのなぁ、優先順位ってものがあるだろ。千沙とのお遊びなんかより、陽菜の勉強の方が大切じゃん」
「あ、じゃあ、夜中に和馬君とゲームしたら? それなら時間を気にせずたくさん遊べるでしょ」
「名案ねぇ」
名案じゃねーよ。睡眠時間削れってか。
おい、雇い主、泣いてないでなんとかしてよ。あんたんとこの3姉妹が俺を人間として扱ってくれないんだけど。あ、陽菜はまだマシか。
「兄さんが家に帰った後だとオンラインゲームしかできませんよ」
「別にそれでいいんじゃない?」
「オンラインだと寝落ちしたら叩き起こせないじゃないですか」
「......。」
ね? 葵さん、いい加減バイト野郎の味方をしてくださいよ。
「千沙、我儘が過ぎるぞ」
「兄さんは黙っててください!」
いや、俺の意思。
「そ、そんなに言うんだったら今日は別にいいわよ?」
「え」
「ほら、千沙姉は週末くらいしか和馬と遊べないもの。私は別に平日付き合ってもらえればいいし」
「陽菜ぁ! ありがとうございます! それでこそ私の妹です!」
陽菜の方がよっぽどお姉ちゃんしてるね。こいつはどんだけ日頃、周囲から甘やかされて生きているんだろう。
「あの、最後まで自分の意思は
「ま、まぁ、程々に付き合ってあげてよ」
「千沙も久しぶりのことだから歯止め効かないのよぉ」
なんて家族だ。明日朝からバイトなのに。何もしないヒッキーを優先するなんて。
そんな中、夕飯を終えた葵さんが部屋に戻ろうと自分の食器を片付け始めた。
「ご馳走様。じゃあ、私は部屋で勉強してるね」
「待ちなさいな」
「え、何?」
「さっき千沙が言っていた“腹筋板チョコ”って何かしら?」
「.....。」
「勉強は話が終わってからよぉ」
ご愁傷様。
これに懲りたらもう二度とあんなキチガイな罰ゲームを提案するんじゃねーぞ。あと、俺が言った“乳房チョコ”は伏せといてくださいね。やっさんに殺されますから。
ちなみにさすがにこの後、例の“長女の膝枕”はできないので後日送りとなった。絶対やってもらうまで忘れませんから。
俺はそんな葵さんを尻目に、最後まで残しておいた海老の天ぷらに軽く塩を振って食べようとした。
が、
「ほら、早く私の部屋に行きましょう!」
「い、いや、まだ飯食ってるし」
「あむっ!」
「アッーーー?!! 俺の海老天ッ!!」
「
もうやだぁ。最後の最後までお楽しみはとっておいたのに.....。
「ち、千沙姉ってこんなに積極的だったかしら」
「遊び相手がいない3週間を送ったボッチなんだよ」
「ぼっぼぼぼぼボッチじゃないですよ!」
まーじか(笑)。
お前、ボッチかよ。じゃあ、仕方ないね。
「ね、ネット上にはたくさん居ますから! ひゃ、百人くらい!!」
「「「「「......。」」」」」
本当に仕方なくて居たたまれないからマジでゲームの相手しよう。そう思ったバイト野郎であった。
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