閑話 美咲の視点 はは・・・バイバイ

 「ふぅ。これでノルマ達成かな」

 

 いくら全てにおいて完璧な生徒会長であるワタシでも日頃の運動は欠かせない。体系維持でもあるし、この歳で体力は落としたくない。


 汗をかくのが嫌でも続けないとね。


 『―――少なくとも自分は働いてかいた汗は気持ち悪いと思いません。ですから』


 なぜか彼の言葉を思い出してしまった。最近、彼と関わるのが楽しくなってしまっている。


 「ふっ。バイト君に毒されたかな」


 好き...........という感情なのかな、これは。バイト君と話していると鼓動が早くなるのを感じる。


 「いや、きっと極度に暇だからそう錯覚しているに違いない」


 自分で言っていて無理がある気がするが、あまりにもワタシらしくないので受け入れがたいものだ。


 ワタシは朝の運動から帰ってきた後、シャワーを浴びてから朝食を摂った。そして良いタイミングで彼が畑から帰ってきたようだ。時間を見れば7時08分。そうか、7時までバイトだったのか。


 よし、一緒に登校したいし、誘ってみよ。


 「バイト君」


 彼が西園寺家を去ろうとしたとき、ワタシはバイトくんの後ろから声をかけた。


 週に2、3回程度だろうか、彼が平日の早朝バイトでここに来るのは。まだ始めて1ヶ月経っていないからか、早朝バイトに慣れてなくて疲れたような顔をするバイト君だ。


 そんな顔も可愛いね。


 「お疲れ様です。では自分はこれで―――」

 「君の家から最寄り駅までどれくらい時間がかかる?」


 手短に会話を済ませて帰ろうとしているね。やっぱり疲れてるのかな。そんなこと知らないけど。


 「? 15分くらいですけど」

 「そう。なら8時頃家を出るといい」


 ............なんで「一緒に行こう」の一言が言えないのだろうか。


 「はぁ」

 「じゃあまた後で」


 彼もそんなワタシに嫌気が差したのか、呆れ顔で返事をする。


 仕方ないじゃないか。今まで付き合ってた彼氏たちは全員あっちから何事も提案してきたんだ。ワタシはそれに対してYESかNOで答えるだけの受け身だったから、今更なんて声を掛ければ良いのかわからない。


 「なになに。美咲ちゃんは和馬君のことが好きなの?」

 「いえ。それは無いです」

 「即答かよ!」


 バイト君がこの場を後にした直後に、一緒に戻ってきた凛さんとブタゴリラ兄がワタシの両サイドでニヤニヤしている。


 「ちょっとちょっと! もっと砕けた感じでいいんだよ。義姉なんだからさ!」

 「........面倒だな」

 「お、それは凛のことか? それとも俺たちの“絡み”がか?」


 どっちもだよ。


 別に凛さんは嫌いじゃないけど、だからって距離が近ければ良いとは限らないだろう。


 むしろ凛さんの方こそもっと気を遣ってほしい。毎晩毎晩、飽きもせずブタゴリラ兄とセッ〇スしちゃってさ。喘ぎ声が丸聞こえだよ。


 「はぁ......そろそろ学校行くね」

 「早いね?」

 「和馬は出て行ったばっかだろ?」

 「道中、気に入っている猫が居るんだ。愛でたいから早く行くよ」


 ワタシが猫を愛でたいと言ったら二人は目が点になってた。そんなに驚くことかな?


 「め、珍しいこともあるね」

 「あ、ああ。殺すんじゃないぞ?」

 「............。」


 家族はどうすれば処せるのだろう。本屋とか図書館にそういう本置いてないかな。あったら読むのに。


 「そんな酷いことするわけないじゃないか」

 「以前、野良猫の首根っこ掴んで全力で投げただろ」

 「それも2階から」


 人聞きの悪いことを。アレは猫が干していたワタシの枕の上で昼寝ていたから罰を与えたんだよ。


 それに猫はあの程度の高さからじゃ死なないし、怪我もしない。腹立つよね、人の枕を毛だらけにしちゃってさ。


 「あの猫が悪い。毛皮剥いで枕カバーにしたいくらいだよ」

 「「サイコパス.....」」


 失礼だね。






 それからワタシは普段より早く家を出て、最寄り駅まで歩く。例の猫はいつもの場所にちゃんと居座っていて、まるで「かまって」と言わんばかりの態度のように思える。


 「おはよう。ゴロゴロ君」

 「にゃー」

 「ふふ。良いネーミングセンスだろう?」


 猫を愛でていること数十分が経った。そろそろこの通りにバイト君の姿が見えるはずだ。おそらく、そのうち会えるだろう。


 「あ、来た」


 遠くの方で疲れた様子で下に向きながらこちらに来るバイト君が来た。


 なんでかそんな顔も可愛く見える。


 と、彼の近くに居た女性が彼に話しかけた。女性は高校生であろう制服姿だが、近辺にその制服を対象とする高校は無い。どこの高校なのだろう。


 「.........。」


 二人が何か言い合っているが、少し離れているワタシには聞こえない。バイト君の知り合いかな?


 「.........なんだか仲良さげだな」


 しばらく観察していると、二人はまだ話しているようだ。


 目と鼻の先なんだから彼の居る所まで行けばいいのに、そうしないのがワタシである。


 「............先、行こうかな」


 おそらくそれは今までのワタシが“受け身”だったからだろう。ワタシはそう思って歩き出した。


 「いや、今もか。はは........」


 乾いた笑い声が漏れる。


 なんでだろうね。少し胸の辺りがズキズキする。


 「はぁ.....あの子、バイト君の彼女かな」


 らしくない。そんなことを言うワタシはきっと胸が痛む理由も自覚しているのだろう。


 「あんな感じの“可愛い”子が好みなのかな........じゃ無理だ」


 本当にらしくない。弱音とため息を吐きながら、ワタシは嘘の内容を書いたメールを彼に送った。

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