第156話 凡人は苦労する
「あのですね、前日の夜に連絡してくるのはやめてくださいよ」
「「わり」」
絶対反省してない。この二人、またやるぞ。
天気は曇りらしい。天気予報ではそう言ってた。今は早朝バイト開始時間5時くらいでまだ日は出ていない。眠い。
バイト野郎は早朝バイトで西園寺家に来た。今は中庭で軽く皆に挨拶しているところである。
「なに、あんたらまた夜中に連絡したの?」
「ごめんね、あっ君。また迷惑かけたみたいで」
「和馬です。凛さん、陽子さん、おはようございます」
先に顔を合わせた健さんと達也さんには挨拶を済ませてたが、まだ陽子さんと凛さんには会ってなかった。挨拶出来て良かった。
「いや、ついな? 凛が性欲強すぎて中々電話させてくれなかったんだ」
「ちょっ?! あっ君の前でやめてよ!」
「あ、わり」
くそ。交尾のせいで連絡が遅れただって? じゃあ交尾の前に電話しろよ。凛さん、NTRすっぞ。
「いやぁ。こんなことなら俺が連絡するべきだったなー」
「元はと言えばあんたが連絡遅いから、達也が電話する羽目になったんでしょうが」
「いーや! 達也と違ってもう1時間は早く電話できたぞ!」
五十歩百歩。
おかげで千沙にどれほど謝ったか。「ごめん! 早朝バイトあるからもう寝るね!」って言ったときのアイツの返事なんだと思います?
『今度ゲームする際は今日の2乗分しますから』だって。殺す気か。なんだ2乗って。2倍より全然酷だよ。
「できれば今度は凛さんか、陽子さんでお願いします」
「私はパス。忘れる自信あるね」
さ、さいですか。陽子さんが駄目なら凛さんかな?
「私で良かったら―――」
「あ、一回電話越しで子作りしてみたかったんだ。な? 凛」
「ちょっ、だからやめてって!
電話越しで二人がヤってたら血涙が止まらなくなりそう。火炎瓶投げに行く自信あるわ。
というか、よくバイト野郎の前で恥ずかしげもなく達也さんは平気で言えるよね。
「はいはい。無駄話はそこまで。仕事するよー」
陽子さんが催促する。仕事内容はいつも通りトマトの収穫。徹底して俺にやらせたいんだとか。まだまだトマトや収穫できる時期なので今後もしばらく続きそうだ。
そんなこんなでバイトをすること2時間半。7時半まで仕事をしていたバイト野郎は時間になったので、4人にそのことを伝えようと皆が居る所へ向かった。
「........え、今、7時半?」
俺は再度、スマホの画面を見て時間を確認する。
「やべぇぇぇえええええええ!!!」
時間把握してなかった! 30分遅かったわ。あーくそ、こんなことならアラームでも設定していれば良かった!
俺は近くに達也さんが居たので手短にそのことを伝えて、急いで家に帰ることにした。
「急げ急げ!」
帰った後、シャワーを浴びてから制服を着てすぐに学校に向かう。最寄り駅まで走っていたら道中で生徒会長を発見。悠長に歩いてるなぁ。
「会長! おはようございます!」
「あ、おはよう。バイト君」
「急がないと間に合いませんよ!」
「そうだね、ゆっくりしすぎたよ。生徒会長だから許してくれないかな?」
「生徒会長なんだから許されないんですよ!!」
相変わらずマイペースだな、この人は。
「はは。ワタシは意地でも走らない。先に行きなよ」
「そ、そこまでですか」
「だってほら、もう電車には間に合わない」
「まだ2分あります! 行けますよ!」
「無理」
「じゃあ先行きます!」
「間に合うと良いね」
気長に歩いている会長に付き合う必要は無いし、何より以前、勘違いされたくないから俺とは一緒に通学したくないって言ってたしね。
俺は急いで改札に向かうが、
「あーくそ。ついてない」
「ほら、間に合わなかったじゃないか」
「あ、会長。......定期探してたら間に合いませんでしたよ」
「ついてないね。これでワタシたちは遅刻確定だ」
歩いていた会長に追い付かれた俺は恥ずかしい気持ちになる。大口叩いといて間に合わなかったんだもん。
「ていうか、俺とここに並んでいたら一緒の車両に乗っちゃいますよ? いいんですか?」
「うん。ついでに少し話したいことがあってね」
「話.....ですか?」
「以前、バイト君と話してたよね? 『なんで見返りが少ないのに、そんなに頑張れるのか』って話」
ああー、あれね。そういえば会長を不快にさせたんだっけ。あれ以来会ってないから謝る機会なかったな。
「その節はすみませんでした」
「なんで君が謝るんだい?」
「いや、会長、機嫌悪かったじゃないですか」
「あーいや、あれは別に」
「?」
「まぁ、そんなことはどうでもいいよ」
会長にしては珍しくはっきりしない言い方だな。
「私なりにあの後考えてみたんだ」
「?」
「なぜ、どうみても見返りが少ないのに、バイト君がそんなに頑張れるのか......」
前にも言ったように、このバイトは“やりがい”があるからだ。貴重な体験で、今しかできないから俺はこのバイトをしている、と言ったはずなんだけど。
「バイト君は本音が恥ずかしくて嘘をついたのだろう?」
「え? アレ、本音ですけど」
「ふふ。もうわかったからいいよ。すばり君は――」
会長が自信ありげに溜めるた言い方をする。なんだなんだ、勝手に答え探して、勝手に決めつけようとしてんぞ。
「先輩のことが好きなんだろう?」
「..............は?」
「あー、“葵さん”のことだよ。中学の頃、お世話になった先輩。まぁ、そんな話はどうでもいい」
へー、そうなんだ。ってことはわかってたけど、やっぱり葵さんはうちの中学校出身か。
「『葵さんが好き』......それ以外考えられない」
「.....。」
「でなきゃあんなに苦労してまで働かないはずだ。怪我だってするかもしれないし、とてもじゃないが給料に見合わない。それに今日みたいな暑い日に外で仕事なんて汗かいて気持ち悪いしね」
「.......。」
「と、こんな感じで色々考えた結果、バイト君はその損な部分を補えるくらいの何かがあるとみた」
「............。」
「で、中村家では先輩を含む美人姉妹が居る。先輩じゃなくて他の姉妹が好きなのかどうかわからないが、どっちにしろ誰かが『好き』だから働いているのだろう?」
「..............。」
「図星か。まぁ所詮、どんな人間もどこかしらで何か得なことを求めているんだ。恥ずかしいことじゃないとワタシは思う――――」
「半分正解で半分間違ってます」
「っ?! どこが違うって言うんだ?!」
黙って聞いてたけど、この人は今までで何か夢中になれることが無かったのだろうか。
「まず、この仕事に関わらず怪我するのは自分の不注意です。まぁ、運悪く怪我することもありますが」
「.......。」
「給料に見合うかどうかなんて会長が決めることじゃありません。そこで働く人が決めることです」
「.......。」
「暑い日に外で働くのは変ですか? 少なくとも自分は働いてかいた汗は気持ち悪いと思いません。行動した証拠ですから。あ、でも汗臭いのは少し気になりますね」
「...........。」
会長が黙って俺を睨む。自分の推測が間違ってたことに腹を立てているのだろうか。
「で、半分正解の部分は言う通りです。葵さんも陽菜......じゃなくて、他の姉妹も異性として大好きです。少なくとも交際したいと思うぐらいは、ですけど」
と供述してますが、“淫魔”は候補として入れてません。だって弄ばれる自信あるもん。恋愛経験者には勝てんよ。
「半分間違っていると指摘したところは、以前君が言っていた“やりがい”か」
「そうですよ」
「.......やっぱりワタシには理解が難しい」
「どんまいです」
睨んでいた表情はいつの間にか頬をぷくーっと膨らませて拗ねた表情に変わっていた。か、可愛い......。いつも凛々しい顔立ちだからギャップがあるよね。
「.....ワタシも味わってみたいな」
「あ、味わうって」
テキトーに何か気になったことを徹底的にやり込んでいれば、“やりがい”や“達成感”は得られるんじゃないだろうか。
「思いつかないんだ。何がしたいのか、どうすれば得られるのか、本当に価値があるのか、そんなことばかり考えてしまう」
「趣味とか無いんですか?」
「無い」
即答。
え、なにこれ。そろそろ電車来るけど、このままバイト野郎と一緒に居ていいんですか? もしかしたら他の生徒に見られちゃうかもしれませんよ?
生徒会長が俺にお悩み相談......。いや、“生徒会長”は関係無いか。こんなに真剣に悩んでいるんだ。アドバイスなんて上等なもんは提供できないが、少しくらい協力しよう。
「もう少しで電車来ますね」
「......。」
会長は考え事でもしているのかな。返事がないから独り言みたいになっちゃったよ。
あと無自覚なんだろうか。さっきから隣にいる会長が俺のワイシャツの裾をちょこんと摘まんでくるんだけど。
急いで家を出てきたからズボンの中に突っ込むの忘れてたわ。
「「......。」」
これ、「裾出てるぞ」という校則的な指摘だろうか。直すから手離してくれないかな。
「「........。」」
......こ、このまま電車乗んの? マジ?
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