第155話 所変わって、まじオンライン?

 「あ、もうこんな時間か」


 天気は晴れだった。今日は木曜日でもう20時だ。この時間帯なら少しは涼しくなるだろうと思ってたが、地味に暑い夜はまだ続きそうだ。


 「早朝バイト無いよね? やめてって言っても、健さん、普通に22時頃に電話して翌日バイト頼んでくるんだもん」


 そう。夏休み明けから西園寺家でバイトを始めた俺はあることに悩んでいた。日曜の午前中がメインのバイトで、ついでに平日早朝バイトを不定期に頼まれるのだが、その早朝バイトが悩みの種である。


 「もっと早く連絡くれないかな、寝る直前に言われると困るんだけど」


 たまーに寝つけた直後に着信音が鳴ったときは軽く殺意が湧いてしまった。俺って器が小さい男。でも、「やめてください」って言ってるのにやめないんだもん。メールより電話が良いって言うからお手上げだ。


 朝早く起きないと間に合わないバイトだし、まだ慣れないから急な依頼は困っちゃう。


 「凛さんあたりに頼もうかな」


 あの人は常識人の部類に入る。日曜にまた西園寺家でバイトがあるからその時頼んでみよう。


 雇ってくれるのはありがたいけど、俺の生活のことも少しは考えてほしいものだ。


 『プルプルプルプル♪』

 「はい、きたぁぁぁぁぁあああ!!!!」


 元気よくスマホの着信音が鳴り響く。


 前言撤回、ありがたみが薄れてきた。健さんに物申すわ。


 「もしもし高橋ですけど。すみませんが、毎回言っているように夜はやめてくださいって」

 『.....。』


 「寝る時間帯も考えたいですし、遅くても夕方くらいで本当にお願いします」

 『...........。』


 なんか健さんがだんまりだな。どうした? キツく言いすぎたかな?


 言い過ぎたかも、謝ろう。


 「あ、すみません。こんな自分を雇ってくれるのはありがたいのですが、時間をもう少し考えてくださいって意味でして―――」

 『嫌ですよ。面倒くさい』

 「っ?!」


 俺は思わぬ電話から聞こえてきた女性の声に驚いてスマホを耳から離した。当然、凛さんじゃない。


 画面を見ると相手は、


 「ち、千沙か?」

 『はい。可愛い可愛い妹です』


 おう。妹じゃねーか。血は繋がってないけど。


 妹が相手とは知らずにバイト野郎、丁寧語で責めちゃったよ。


 「ああー、千沙、ごめん。さっきのは西園寺 健さんと間違えてだな」

 『察してますから。しかし、先程の感じからすると前日のこの時間帯電話してくるんですか?』


 「ああ。ちょっと困っちゃう」

 『大変ですね......。西園寺さんは常識がなってませんよ』

 

 「はは。それで? 今日はどうしたんだ?」

 『あ、これからオンラインゲームしません?』


 すごいよ、お前。本当にすごい。もう色々と、衝撃が強すぎて、すごいとしか感想が出ない。


 え、ちょ、え? さっき、お前、健さんのことなんて言った?


 「はは。それで? 今日はどうしたんだ?」

 『聞こえてなかったんですか? オンラインゲームしましょうと言ったんです』


 決して聞き間違いじゃなかった。つうか、なに地味に“朝まで”とか付け加えてんの?


 聞き返すほどオプション追加が悪化しそうで怖いんですが。

 

 「......おい。さっきこの時間帯は常識がなってないとか言ってたよな?」

 『はい。でも、それは明日の早朝から始まるバイトの話ですよね? なら私のはセーフです』


 「アウトだよ?! 限りなくアウトだよ!!」

 『え、どこがですか?』

 「早朝から始まるバイトも、朝までやるゲームもどっちも罪深いわ!」


 こいつ、週末だけじゃなく平日もオンラインゲームという形で俺の生活を浸食しようとしてんな。


 『良いじゃないですか。減るもんじゃないですし』 

 「減るよ! 睡眠時間と健康値が減っちゃうよ!」


 『なんですか健康値って。元気ドリ〇コでも飲んでください』

 「んなもんねーよ」


 『MHWやりましょうよぉー』

 「うっ。やったらお前絶対寝かせてくれないじゃん」


 それにオンラインだから千沙に膝枕してもらえないし。


 『とか言って、本当は私がそっちに行けないから膝枕して貰えなくて寂しいんですよねー』

 「............そんなことない」

 『すっごいでしたね?!!』

 「電波が悪いだけだ」

 『嘘つかないでください! どんなタイミングですか!』


 くっ。バレちまったか。だってゲームする際の、千沙の華奢な太ももの感触が最高なんだもん。顔突っ込んでフガフガしたい。


 『いいから!! オンラインに繋げてください! 私のプレイヤー情報はLI〇Eに送りましたから!』

 「絶対24時までだぞ?! 日付変わったら終わりにするからな!」


 『な、なんて我儘なんですか』

 「お、お前にだけは言われたくないぞ」


 こうして俺たちは就寝時間までオンラインゲームを一緒にすることになった。ここに居ない、離れている千沙といつでもこうしてオンラインゲームができるのは果たして良いことなのだろうか。


 電話で会話するより、オンラインゲームならではのゲーム機にイヤホンマイクを接続して、俺たちはコミュニケーションをとることにした。


 俺はしばらくMHWを千沙と一緒にゲームをしながら話しかける。


 「千沙も明日学校なのによく徹夜でやろうするよね」

 『兄さん、“裸”じゃないですか(笑)。自信ありますね? ......まぁ、学校で寝ればプラマイゼロですから』


 「お、お前なぁ」

 『兄さんと同じ高校が良かったです。せっかく同い年なのに別々だなんて......。おかげで学校に行っても面白くないですよ』


 「なんだなんだ、お兄ちゃんがそんなに好きなのか」

 『好きじゃなかったら兄にしません.....よっ!! あ、ディアブ〇スそっちに行きました』


 「俺はもっと兄を想う妹が欲しかった.....よっ!! おい、音爆〇撃てよ」

 『嫌ですよ。面倒くさい』

 

 本当にお兄ちゃん好きなの? お前の言動にはそんな疑問しか感じないよ。


 「あーあ、死んじゃった」

 『......なんというか、オンラインゲームは場所を選びませんが、やっぱり兄さんの隣でゲームはしたいですね』

 「千沙......」

 『遠くに居る私には兄さんが寝落ちしたときに何もできませんよ』

 「お前っ!!」


 寂しいんじゃなくて、意地でも続けたいってか。


 どんだけ自己中なんだよ!


 『少しは我慢してください。先週は兄さんの家に行けなかったんですから』

 「あれはお前が寝不足でずっと寝てたからだろ」

 『起こしてくれても良かったじゃないですか』

 「嫌ですよ。面倒くさい」

 『あ! それ私の定型文!』


 言ってみたかったんだよ。ざまぁみろ。


 『はぁ......早く冬休みに入らないかなぁ』

 「......俺、またお世話になっても良いのかな」

 『何言ってるんですか。住み込みバイトじゃなかったら只じゃ置きませんよ』

 「はは。ありがと」


 中村家の皆も千沙みたいに言ってくれるだろうか。「また来なさい」って。本当に楽しかったなぁ、夏休み。


 『また一緒にお世話ニートになりましょう』

 「俺、ちゃんと働いてたし。千沙と一緒にするな」


 『私だってちゃんと働いてましたよ?!』

 「例えば?」


 『ムードメーカー? いや、千沙マルセラピーですね』

 「アニマルセラピーみたいに言うな」


 自分で癒しの対象って言っちゃってるよ、この子。


 でも、そんな妹でもまた俺と一緒にゲームしたいだって。可愛いこと言っちゃってさ。まぁ、その本質が欲求を満たすための我儘だとしても、俺は少し嬉しい気持ちになるよ。


 膝枕してくれるし。


 『プルプルプルプル♪』

 「っ?!」

 『電話ですか? あ、西園寺さんか』


 『プルプルプルプル♪』

 「おいおい、23時だぞ?! 記録更新だぞ!」

 『もうオールしちゃいましょう。それからバイト行ってください』 


 『プルプルプルプル♪』

 「鬼か」

 『妹です』


 未だ俺が電話に出るまで鳴り止まない着信音が部屋全体に響き渡る。電話してきた相手なんかわかりきっている。どーせ健さんでしょ。


 「はぁ......」


 俺はため息をして電話に出た。


 『おっ、和馬! 俺だ、だ!』

 「ほんっと親子ですね......」

 『?』


 再度、深くため息をするバイト野郎であった。

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