第154話 目玉焼きは塩派? 醤油派? それとも・・・
「あれ? 俺の傘がねーぞ」
天気は晴れ。9月中旬でも35度以上の気温という馬鹿げた今日は平日で、俺は今家に学校から帰ってきたとこである。
「どっかの店に置き忘れた?」
俺は自宅の前で自分の傘の在り処を思い出す。最近、雨が降ったときに外出していないから思い出せないや。ちなみに普段、傘は外に傘立ての中に入れて出しっぱである。
「そんなことより
別に両親に節約しろと言われている訳じゃないが、こういう節約精神はできるだけ損なわれないよう、将来のためにも維持することを大切にしたい。
『ガチャッ』
「あっちー!」
俺は玄関のドアを開け、中に入った。
が、その瞬間。
『コツコツコツコツ!』
耳を澄ませば、外から足音が聞こえてきた。俺はまだローファーを履いたままだ。もしかしたらこっちに向かってきている人は俺の家に用があるのかもしれない。いつでも出れるようにしておこう。
ドアスコープで覗くこと10秒程、予見的中である。
だが、視界に入ったのは、
「お兄さん、家に入ったかな? よーし、今日はアレを叫ぼう!」
可愛い可愛いJCである、制服姿の桃花ちゃんだった。
彼女はインターホンのボタンを押した瞬間―――。
「すぅー......お兄さんの―――っ?!!」
『ガチャッ!!』
俺はドアを思いっきり開けて、彼女の頭を思いっきりチョップした。
「いったっーーーーい!!!」
「てめぇ、俺が家の中に入ったのを確認した後こっちに来たな!!」
「未遂だよ?!」
「“未遂”つった時点で確信犯だわ、ボケッ!!!」
自宅前でJCを怒鳴りつける男子高校生。でも今回ばかりは正義は俺にあると思う。
またこいつ、俺がなんもしてないのに、とんでもない性犯罪の罪状を叫ぼうとしただろ。開けゴマ感覚で叫ばないでほしい。
「あーあ。じゃあ次回のネタとしてとっておこうかな」
「話聞いてた?! マジでやめろ!」
「善処しまーす」
陽菜と同じで期待できそうにない善処である。いや、不安しか感じない善処である。
「はぁ......で? 何しに来たの?」
「あー、えっとね、前と同じ理由?」
「なんで疑問形......」
「前回のが“料理”とは言えないから」
「自覚あるんかい」
「てへ☆」
褒めてねーよ。犯すぞ。
立ち話もなんだし、俺は桃花ちゃんを家の中に入れることにした。面倒だけど、こいつを追い返す方法が思いつかないのだ。
また下手に叫ばれたらたまったもんじゃない。
「でも、前にも言った通り、もう料理は禁止」
「ええー」
「当たり前だろ。あんな悲惨な状況もう懲り懲りだわ」
「そんなぁ」
桃花ちゃんが残念そうな顔をする。当然だ。あの
「練習は家でやれ。俺んちで作んな」
「はぁ......仕方ない。まぁ予想してたし、それは良いんだけどさ」
なんだ、じゃあ今日は料理じゃないのか。いや、前回のは到底“料理”と呼べるものじゃないけど。
“料理”というより、“実験”だったね。
「私ね、今回はキッチンが使えないという“縛り”を考慮して料理してみたいことがあるの」
「キッチンが使えなかったら料理はできません」
「で、どうしよっかなーと悩んでいたら閃いたんだ」
「調理は諦めた方が良いって?」
「“自然の力”を頼って作ろうって」
「俺は人工物に頼って欲しくないからキッチンの使用を禁止したんじゃないの。調理をさせたくないから禁止したの」
なんだ、こいつ。今まで会った人の中で『ヤバい人ランキング』2位に昇格しちゃったよ。
ちなみに3位は2位から降格した千沙。1位は言わずもがな。残念だが、高橋家大黒柱はベスト3から外れてしまった。この順位変動は俺にとって良いことなのかね。
「まぁまぁ。話は最後まで聞いて? 別にお兄さんちのキッチンを破壊しようって訳じゃないんだからさ」
「君は料理がしたいんじゃないの? “破壊”と“料理”は対極の関係だよ?」
怖い怖い。俺はこれから何に付き合わされるの? もうやめてよぉ。料理を作る前に不安要素しか作ってないよお前。
「で、前回の反省点から今回は簡単な料理をします!」
「あー、前回は1時間かけて手の込んだ物を作ろうとしたんだっけ?」
「そ。まだ私には“焼きそば”は早かったみたい」
「......。」
アレ、焼きそばにしようとしたんだ。焼きそば作ろうとして人んちのキッチンをあんな地獄にしたの? もう一種の才能ですよ。
「ってことで、簡単な料理から手を付けようと思います!」
「ほうほう。おにぎりとか、ハムチーズトーストとかか?」
桃花ちゃんの目つきが鋭くなってこちらを睨む。
「馬鹿にしてるの? そんなの料理って言わないし」
「お、おう。めんご」
「今回は“目玉焼き”に挑戦だよ!」
「料理とは......」
目玉焼きもおにぎりも変わんねーよ。どっちも一瞬で終わるわ。
「だがさっきも言ったようにキッチンは使わせないからな」
「やっぱり?」
「ったりめーだろ。目玉焼きでも油断できないわ」
「め、目玉焼きごときでなに警戒してるの......。こんなの料理じゃないじゃん」
自分で料理じゃないって言っちゃったよこの子。さっき俺のこと睨んだくせに。
「ま、でもこの目玉焼きはキッチンを使いませーん」
「は? 火を使わなきゃ焼けないだろ。言っとくが、トースターも使用禁止だぞ」
「言ったでしょ? “自然の力”を使うって」
“自然の力”ってなんだよ。
「とりあえず外出てよ」
「はぁ......」
「さすがのお兄さんでもびっくりすると思うなぁ」
外でバーベキューでもすんのか? でも、それだと“自然の力”って言わないよな。俺は桃花ちゃんに従って夕方でもクソ暑い外に出た。
「こっちこっち!」
言われるがまま、俺は彼女が誘導する場所へ向かう。そこは家から出て少し歩いた所だ。俺と桃花ちゃんの家はアパートで、向かったその場所は南側に位置する日当たりの良い場所である。
そしてそこには銀色の輪のような物が設置してあった。
「.....なんだこれ」
「ふっふっふっふっふー。これこそ“自然の力”......そう、太陽光を利用する『ソーラークッカー』で焼いた目玉焼きだよッ!!」
「.....。」
ドヤ顔で、JCの割には巨乳を誇る彼女がその胸を張って説明しだす。
紹介するソーラークッカーという装置は、その名の通りフライパンなどに乗せた食材に太陽光を集中的に当てて、その熱で焼くという単純な構造である。
「結構簡単なんだよ? こうやって広げた傘の内側にアルミシートを貼るだけ。貼った方を表にして太陽光を集めるの」
彼女の言う通り、傘かなんかでソーラークッカーは自作できる。
たまーに小学生が夏休みの自由研究でするヤツだね。
俺も知ってる。そんでもって、この傘も知ってる。
「時間はかかるけど、ちゃんと焼けるんだよ!」
「うん」
「今回は試作段階だからとりあえず目玉焼きだけど、次はベーコンも試したい!」
「うんうん」
「そろそろ良い時間だね。今日は午後から学校が休みだったからちょうど良かったよ!」
「うーんとねッ! コレ俺の傘だろうがぁぁぁぁぁあああああ!!!」
「痛ぁーーーーーーいッ?!!!」
俺は思いっきり桃花ちゃんの頭をチョップした。
「今日2回もチョップしたッ!」
「お前が人の傘を勝手にソーラークッカーにしたからだろうがッ!」
「名前書いてないじゃん!!」
「俺んちの前にあったら俺のもんだろーがッ!!」
「キッチン使わないんだよ?! エコで地球に優しいでしょッ!!!」
「その前に俺に優しくしろッ!!!」
なんなのこの子。道理で俺の傘が見当たらないわけだよ。人の傘を調理器具にしやがって。
「うぅ。頭痛い......」
「はぁ....。もう料理じゃないじゃん。実験だよ、実験」
「“理科”は得意だよ」
「“家庭科”やれっつってんだよ」
腹立つなぁー。全く反省しないぞ、こいつ。
「とりあえず、せっかく作ったんだから食べてよ」
「食えんのかコレ」
「理論上ではね」
「愛情無いよね」
コレ食わされんの? 俺で毒味させようとしてんなこいつ。
「被験者......じゃなくて実験参加者なんだから頑張って」
「もう“実験”って認めちゃってるじゃん。言い直せてないし」
「
こいつッ!!
俺は桃花ちゃんが持ってきた紙皿と割り箸を受け取り、目玉焼きをその皿に盛った。
見た目は普通に目玉焼きだ。そして一口、ソレを口に運んだ。
「うん。普通の目玉焼き」
「やったね! 火加減ができないから難しかったよ!」
「でも味が無い。醤油とか塩は無いの?」
「持ってきてるわけないじゃん。“自然”がスパイスなんだからもっと感じてよ」
「.....。」
味付けは雰囲気らしい。
「てゆーか、せっかく人が作った物をいきなり味変しないでよ」
「モグモグ」
「お兄さんアレでしょ? 奥さんが作った料理でも味見せずにソースとか醤油をドバドバかける派でしょ?」
「モグモグ.....ゴックン!」
「あーやだやだ。これだから男って生き物は―――」
「桃花ちゃん、桃花ちゃん」
「はいはい、桃花です」
俺は彼女の両肩を掴んで言う。
「二度と料理するな」
――――――――――――――
ども! おてんと です。
熱されたコンクリで焼いた目玉焼きでもいいから美女の手料理が食べたい。
私は塩派ですね。許してください。
それでは、ハブ ア ナイス デー!
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