第135話 風邪ニモマケズ

 「兄さん逃しましたよッ! ちゃんとすくってください!」

 「ほんっと下手くそね! 金魚に謝りなさい!」

 「うるさいなぁ」


 現在、バイト野郎とひきこもりと淫魔の3人は近所の祭りで楽しんでいる。祭りに着いてから色々な的屋で遊んでいた。今は金魚すくいをしている。


 先程、千沙と陽菜の浴衣姿を見て感動した俺だったが、今はもう落ち着きを取り戻してこいつらの面倒を見る保護者の気持ちになってしまった。


 たしかに二人の浴衣姿めっちゃ可愛いよ? 周りの人の視線を集めちゃうくらい目立ってたし。


 でもね、


 「そんなに言うんならお前たちが掬ってみろよ」

 「良いわよ! ほら、!」

 「私掬ってみたいです!」


 自分の金でやってくれよ。


 さっきから人が稼いだ金を使いやがって。確かに21万円も中村家で稼いだけど、お前らに奢るために稼いだんじゃないんだからさ。


 「なによ、あんたが使わないから使ってやってんのよ? 諭吉が可哀想じゃない」

 「そうそう。代わりに私たちがその分楽しんであげてるんですよ?」

 「お前らが遠慮しないから使いにくいんだよ!」


 最初の的屋はリンゴ飴だったか。次に輪投げ、たこ焼き、射的と続いて俺が全部奢る羽目になった。


 なぜ奢っているのかって? 無視すればいいんじゃないのか。俺もそう思ってた、でも。 


 「はぁ......しょうがないですね」

 「もうっ! そんなモノ欲しそうな顔しちゃって!」

 「ち、ちがっ! 俺はそんなこと――――」

 「「はい、ぎゅっ~と」」

 「ぐぁぁぁあああああッ!!!」


 二人が両サイドからバイト野郎に抱き着いてきた。


 そう、こいつら“色仕掛け”してくるんだもん......。


 「毎度あり!」


 店の人の笑顔が眩しい。そりゃあ目の前の客の一人はすくいを一気に5枚買ってくれますもんね。


 卑怯なことこの上ない。当然、通行人にも見られる。祭りだから興奮してるのか、そんなことお構いなしの二人は各々の身体を使って俺を誘惑し続ける。お礼のつもりではないが、金を出すまで中々やめてくれないのだ。


 童貞にとって酷な話である。


 「和馬ってほんっと変態よねぇー。身体で払わせようなんて。これ援助交際えんこーよ?」

 「ふふ。兄さんは本当にえっちですよね。次は何をしましょうか」


 勝手にしてきたくせに。


 本当はされるがままなんて嫌なんだ。でも下手に手を出せないヘタレだから困っちゃう。くそうくそう。


 「あ、チョコバナナが食べたいです」

 「いいわね。ほら和馬、財布出しなさい」


 もうやだぁ。


 よし、次はちゃんと断ろう。じゃないとこのままでは無駄遣いで財布の中身が尽きてしまう。


 「兄さんまたですかぁ? どんだけハグされたいんですか」

 「くっ! 次は耐える! ってか抱き着くな! 許してください!」

 「嫌よ。そっちの方がもの」


 なんの“効率”だよ。


 「「はい、ぎゅーーーっと!」」

 「ぐっ! オデ、耐エ......ラレル.....負ケナイッ!」

 「か、カタコト気持ち悪いですよ....」

 「しぶといわね」


 未だ二人に抱き着かれている俺はぎりぎりの理性を保ちながら、なんとかこの場をやり過ごそうとしていた。


 「仕方ないわ。最終手段よ」

 「「?」」


 俺と千沙は陽菜の言う「最終手段」とやらが気になったので聞く耳を立てることにした。なんだよ、まだやんのか。


 「わ、私たち、わ」

 「なっ?!!」

 「......あー、そうでしたね」


 なんてこった。そんなのいつの時代だよ。なんでそんな無防備なんだよ。


 「ほら和馬、こっち来なさいよ」

 「逃がしませんよ、兄さん」

 「ちょっ! 待ってく――――」


 駄目だ! あんなこと聞いたらただの“ハグ”じゃない、“エロの暴力”だ! 頼む来ないでくれ――――!


 「「はい、ぎゅーーーーっと!!」」

 「あッーーーーーーーーー!!!」


 こいつら二人には勝てそうにない。俺はされるがままお金を出して奢る羽目になった。店主の「毎度あり」を聴くのがトラウマになりそう。








 「ここが例の......」

 「そ。花火が見れる穴場スポットよ」

 「昔、お父さんが最初に見つけたらしいですからね」


 俺らは一通り的屋を飽きるまで楽しんだ後、1時間しないくらいで花火が打ち上げられるから、二人のお勧めする穴場スポットに来た。


 先程のお祭りの所から少し離れた坂を上った付近にあるちょっとした空き地だ。あまり人の目につくような所じゃないからまんま穴場スポットって感じだな。見晴らしも良いし、近くにはなぜかベンチまであった。今年の花火は楽しめそうだ。


 「しっかし『下着つけていない』は嘘だったかぁ」

 「なーに期待してんのよ、変態」

 「つけているに決まっているじゃないですか。着付けはお母さんがしてくれたんですよ?」

 「......。」


 嘘ついた奴がこれ以上被害者をイジメないでくんない? 軽くショックだったんだからさ。あーくそ。てめーら大人(高校生)を馬鹿にしてるといつか犯すぞ。


 「あと50分くらいかしらね」

 「暇ですね」

 「お前が『歩くの疲れた』って言うからだろーが」


 これからこいつらと花火を見る。お祭りも充分満喫した。


 「「「......。」」」


 でも、なんだか会話が続かない。きっと遊び過ぎてお互い疲れたのだろう。あんなにバカ騒ぎしたんだからな。当然だ。


 「葵姉......見たかっただろうなぁ」

 「....うちの家からじゃあ立地的に花火が見えませんからね」


 二人共、ここにきて葵さんのことを気にし始めた。大人しくなったのは疲労からきたわけじゃないらしい。


 「あんなに楽しみにしてたのに.....」

 「そう......ですね。動画でも撮った方が良いんでしょうか」


 葵さん本人は風邪をひいているし、とてもじゃないが無理させられない。来年もまたやるだろうし、その時まで我慢してもらおう。この静けさもきっとこれから打ち上げられる花火の音がかき消してくれるはずだ。


 ......それでも、俺はここで待っていられなかった。


 「悪い、二人共。俺、いっかい帰るわ」


 俺は二人に頭を下げた。そんなことを言う理由は一つしかない。その理由もきっと二人はわかっているだろう。


 「......姉さんは風邪をひいているんですよ?」

 「ああ。わかってる」


 「悪化したらどうするのよ」

 「........。」

 「そんなの家族として認められないわ」


 じゃあなんで二人共どこかしてんだよ。見たいんじゃないのか? 毎年のように3人で一緒に花火をさ。今年は俺も加えて4人か。


 「来年、また見に行けばいいじゃない」

 「兄さん、馬鹿なこと言ってないでじっと待ってましょ――――」

 「さ、最新の医療技術では、風邪は.....」


 「「?」」

 「......」 

 

 「「......。」」

 「.....らしい」


 うん、この言い訳は苦しいな。今年一番で前言撤回したい。


 「ぷっ!」

 「あはははははは!」

 「っ?!」


 二人が急に笑い出した。どうやら最新の医療技術に不満があるらしい。そりゃあそうだよね。


 「いいわね、それ。うつって後悔するんじゃないわよ?」

 「兄さんらしいと言えば兄さんらしいです」

 「う、うるさいな」


 「ほら、なにぼさっとしてるのよ!」

 「花火までもう時間ないですよ。間に合わなかったなんて許しませんから」

 「っ?! い、いいのか?」


 「「全力ダッシュ!!」」

 「は、はいッ!!」


 俺は二人に背中を叩かれて走り始めた。来た道を戻ってはお祭りの通行人にぶつかるかもしれないし、混雑は避けたいから別の道を走った。


 中村家から歩いて30分ちょいだから、走ってどれくらいだろう。でも俺にできることはただひたすら走るしかないってことだ。


 「くそあちぃなッ!!」


 そんな文句を言いながら俺は走り続ける。こんな間に合うどうかわかりもしないことしてさ。馬鹿みたいじゃんね。


 でもこんなことで苦しんでいる俺なんかより、葵さんの方が辛いはずだ。雨天中止ならまだしも、家から花火の音だけ聞こえてそれを見れないんじゃあ、楽しみにしてた彼女が可哀想すぎる。普段、妹たちに代わって毎日家業を手伝って、自分のことなんか顧みない家族想いの優しい人なんだ。


 「頑張ってる葵さんが報われないなんて......それで良いのかッ!」


 もちろん、こんなのはただのエゴだ。中村家に着いたら着いたで門前払いされるかもしれないし、「いい迷惑だ」って葵さんに嫌われるかもしれない。


 でも......それでも俺は、


 「皆と一緒に花火が見たいんだよッ!!」


 俺は中村家に行く前に、通過地点である自宅に行き、駐輪場に置いてある俺のママチャリを取り出して、漕ぎ出した。


 普通二輪持ってるのに、二人乗りできるバイクが無いからもうママチャリだよ! あ、どっちみち免許取ってから1年未満は二人乗り禁止か。


 「はぁ......はぁ......着いた」


 俺は南の家に向かい、インターホンを鳴らした。だが真由美さんや雇い主は出てこない。留守か? 俺はそのまま何度かインターホンを鳴らし続けた。


 すると、


 『ガラガラガラガラ』

 「はーい......って高橋君?! なんでここにいるの?!」


 部屋着のまま葵さんが玄関から出てきた。


 「はぁ....はぁ....」

 「す、すごい汗だね。千沙たちと花火を見に行ったんじゃ――――」

 「葵さん」


 息切れしながら俺は膝についていた手を離し、葵さんに向き合う。葵さんも俺のそんな顔を見て驚いている。


 「花火、見に行きましょう」

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