第136話 葵の視点 雨のち晴れ

 「はぁ......花火、見に行きたかったなぁ」


 天気は晴れ。昨日の台風が嘘のように今日一日晴れていた。今は夜でだが、昨日の大雨のせいか今日はじめっとするような湿度の高さだ。


 その台風の際に、外で作業をしていた私は風邪をひいたので昨日から自室に籠っている。


 「一日中寝てたから眠気なんてないや」


 でもそのおかげか、風邪特有のだるさもあまり感じない。本調子というわけじゃないけど、だんだん元気になってきた気がする。


 「下に降りよ」


 水分補給も兼ねて私は冷蔵庫のあるキッチンへ向かうことにした。


 「あら、葵。調子はどう?」

 「見た感じ、熱っぽさは無さそうだけど」

 「うん。だいぶ良くなったよ」


 階段を降りたところで母さんと父さんに会った。二人して廊下で何してるんだろ。


 「な! 真由美、行こ?」

 「あ、葵が寝込んでるじゃない。駄目よぉ」

 「何の話?」


 「いやね、去年までは娘が心配でついて行ったけど、今回は高橋君に任せてるし、暇になったじゃん」

 「それでこの人、風邪をひいている葵を置いて、祭りに私と行こうって言うのよぉ」

 「は、はぁ」


 「ひ、人聞きの悪いなぁ。俺は偶には真由美とイチャイチャしたいだけだよ」

 「っ?! む、娘の前で恥ずかしいこと言わないで!」

 「わ、私は大丈夫だから楽しんできてよ」


 「ほら! 葵もこう言ってるしさ!」

 「......あなた、それでも父親なのぉ」

 「早く行かないと花火までもう時間無いよ?」


 風邪をひいている私に気を遣ってくれた優しい母親に感謝の気持ちを感じながら、私は花火大会に行くことを勧めた。ただの風邪なんだし、気にしずぎだよ。


 「それに母さんも偶には楽しんでよ。日頃、仕事で忙しいだからこういう時ぐらいさ」

 「そ、そう? それじゃあ行こうかしら」

 「よし! さぁ早く行こう!」


 父さんは相変わらずだね。でも意外。父親だからどうのこうの言うつもりは無いけど、父さんは風邪をひいた私を置いていくような人じゃないと思ってた。それでも残念という気持ちは無いかな。


 「じゃ、行ってくるね!」

 「なんかこの人、いつもと違って気持ち悪いんだけどぉ......」

 「はは。テンション高いね」


 花火のせいか、千沙も陽菜も興奮気味だったなぁ。やっぱ親子だねぇ。そうして父さんと母さんは花火を見に、車で出て行った。車だからすぐ着くだろう。


 「......。」


 うん、これで家には私一人なわけだ。


 「なぁっーーーー!! 私も行きたい行きたい!!」


 一人だからか、感情が爆発した私は廊下で寝転んで泣きながら駄々をこねた。“長女”という肩書きを捨ててそれはもう盛大に。


 「なんで! なんで風邪ひくの私ッ! 楽しみだったのにーーー!!」


 大体あの両親はなんなんだ。娘が許可したらすぐ花火を見に行ってさ! 父さんは最低だよ! 娘の敵!!


 「そもそも車で行くなら私も連れてってよ! それくらい気を遣ってよ!!」


 と、さっきとは180度違う文句を言い出した私はまだ起き上がろうとせず、廊下でふて寝をしていた。廊下に肌が触れてひんやりしてるので気持ちいい。


 大丈夫、ここには私一人しか居ない。自尊心なんか捨てちゃえ。


 「あーあ......ついてないなぁ」


 何もかも風邪ひいた私が悪いんだ。絶対に他人のせいじゃない。それくらいわかってるんだけど、どうしても怒らずにはいられない。


 「っていうか、なんで高橋君はあんなにピンピンしてるわけ? 馬鹿は風邪ひかないって言うけど――――」

 『ピンポーン!』

 「っ?!」


 不意にインターホンが鳴った。


 え、誰?! この時間に何の用?!


 『ピンポーン! ピンポーン!』


 インターホンを鳴らすスパンが短い。まさか宅配じゃあるまい。家族も皆自分の鍵を持ってるし。誰なんだろう。


 私はインターホンに誰が映っているか見ようとリビングにあるモニターのところまで行こうとしたが、今の心境で面倒くさくなってそのまま玄関に行き、ドアを開けた。


 『ガラガラガラガラ』

 「はーい......って高橋君?! なんでここにいるの?!」


 ドアを開けたら予想もしてなかった人物が居た。ど、どうしたのかな。


 「はぁ....はぁ....」


 なぜか息が荒く、膝に手をやって中腰な彼がここに来た理由がわからない。


 「す、すごい汗だね。千沙たちと花火を見に行ったんじゃ――――」

 「葵さん」


 彼が真剣な表情で私に何かを言おうとする。


 「花火、見に行きましょう」






 「え」

 「だから、花火を見に行きましょうって言ってるんです」


 「いやいやいやいや! 私、風邪ひいてるんだよ?!」

 「....やっぱりキツいですか?」


 「き、キツいって言うか、なんというか」

 「少しは回復しましたか?」


 「ま、まぁ」

 「なら行きましょう」

 「え、ちょっ!」


 彼が玄関から私の手を握って引っ張り出す。未だ彼が強引な行動をする理由がわからない。


 「な、なんでっ?!」

 「時間が無いんです。20時に花火が上がるのは知ってるでしょう?」

 「そ、そうじゃなくて、風邪が悪化しちゃうかもしれないんだよ!」

 「回復してきたのならプラマイゼロですよ」

 「なんの理屈それ?!」

 

 高橋君に手を握られたまま中庭を歩いている。私、サンダルなんだけど。本当にこのまま行くの?


 「病人連れだすのに抵抗感じないの?!」

 「全く」


 「『全く』?!」

 「......最初は葵さんに拒絶されるかと思ってましたが、杞憂だったみたいですね」


 「い、意味わかんないよ」

 「意味わからないのは自分です」


 彼が何言ってるか全くわからない。でも正直、ここから徒歩じゃあ間に合わないし、そんな酷なことを強いる彼じゃないはず。


 「......なにそれ」

 「葵さん、いいですか!!」

 「っ?!」


 急に彼が怒鳴りだした。その際、握っていた手を離して、今度は私の両肩をがっちり掴んだ。思わず私はビクッとしてしまう。


 「じゃあなんで断らないんですか?!」

 「さ、最初っから断ってるじゃん」


 「気持ちがこもってませんよ! その目元はなんですか! 赤くなってますよ!」

 「こ、これは」


 「悔しくて泣いてたんですよね?!」

 「そっそそそそいう訳じゃないよ!」

 「それになんですか、あの玄関前で駄々をこねてたのは! 丸聞こえでしたよ!」


 き、聞かれてたーー! 超恥ずかしいんですけど。私はますます顔が赤くなるのを実感した。もう許してください。


 「嫌なら少しは抵抗してください。『やめて』の一言で俺は諦めますから」

 「い、言えばやめてくれるんだ」


 「で、どうなんです?」

 「で、でも――――」


 「こう言ってはなんですが、数日で治る風邪なんかより、年に一度しかないこの花火大会の観賞をお勧めします」

 「......。」

 「それに今からで行けば間に合いますよ。たぶん」


 なに“超特急”って。高橋君は車を運転できないじゃん。バイクかな? 免許取ったって言ってたし。


 「....何で行くの?」

 「自転車チャリです」

 「......は?」

 「安心してください、行きも帰りもちゃんと送ります。歩かせませんよ」


 どこも安心できない。自転車で行くにしてもかなり距離があるし、本当に花火の時間までぎりぎりだから間に合うかわからない。


 高橋君には悪いけど、やっぱり大人しく―――


 「葵さん」


 彼が乗り気じゃない私に向かい合って何かを言おうとする。


 「俺が聞きたいのは風邪が悪化するとか、打ち上げまでに間に合わないとかじゃないです」


 こんな田舎では街灯の数なんて少ないし、明かりなんて頼りないものだ。申し訳程度のそこら辺しか照らさない光なのに、なんでこうもはっきりと彼の顔が見えるのか不思議である。


 「『行きたい』か『行きたくない』かのどっちかです」


 ...彼はいつも“言ってほしいとき”に、”言ってほしいこと”を私にくれる。


 「さぁ! 千沙と陽菜と......花火が待ってますよ!!」


 そんなの......全然、二択じゃないよ。


 私はそんな彼の前でみっともなく涙して返事をしてしまった。


 

 ――――――――――――――――


ども! おてんと です。


今年はこんなご時世ですからどこも祭りはやりませんよね。それなのに“祭り回”を書いちゃってすみませんでした。


煽ってないです。許してください。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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