第128話 むぎゅー

 「午後はネットの取り換えをします!」

 「おー!」


 午前中は雇い主とアンカーを畑に打ち込んでいたが、午後は葵さんとスイカ畑で作業をする。どっちも台風対策でやっておかなければならないことなので、大変でも手抜きはできない。


 ちなみにここまで葵さんが軽トラで運転してくれた。


 その際、「わー。さすがです。上手ですね」とか「シフトチェンジがスムーズですね。オートマみたいです」とか定期的に褒めないと機嫌を損ねてしまうので面倒だった。


 どんだけ褒めてもらいたいんだよって話。後輩ぞ? 我、後輩ぞ?


 「まず、今張ってあるスイカ畑の外周ネットを外します」

 「はい!」

 「その代わりに今度は防風ネットを同じように張ります」


 そう言ってトラックの荷台にある、防風ネットと呼ばれる物を説明し始めた葵さん。


 「同じネットじゃないんですか?」

 「ふふ。これだから素人は」


 かっちーん。


 「えっとね――――」

 「ああ。通常のネットとは違って網目が小さいですね。この密集具合が強風を和らげるってことか」


 「ちょっ、私に説明させ―――」

 「あ、よく見たら網目が小さい物でも、こっちのネットは微妙に大きさが違ってます。きっと風の強弱に合わせて使い分けるんでしょう」


 「まっ、待って! わかったから! じゃ、じゃあなんで普段からこのネットを使わないと思う? ふふ。実はね――――」

 「単純に風の勢いを和らげるための物なんですから、日頃からこんなの張ってたら風通し悪いですよ。夏なんか特に気温に気を付けなければならないし」


 「.....。」

 「満足ですかぁー?」


 葵さんの顔が赤い。きっと屈辱感でいっぱいなのだろう。超楽すぃー。


 “アオイクイズ”にしないで良かったですね? 超簡単でしたから。


 それにやっとの思いでバイト野郎に質問してきたのは良いけど、「実はね」とか答えを言うまでのスパンが短い。答えさせる気ないだろ。でも残念。KYですみませんね。


 「なんか可愛くないッ!!」

 「はは」


 「後輩のくせに.....。高橋君って、生意気だよねッ!」

 「はいはい。葵さんは超可愛いですよ」


 「なっ?!」

 「?」

 「そ、そういうのはいいから!! ほら仕事中だよ! 私語は厳禁です!」


 葵さんが俺を馬鹿にするから始まったのにね。っていうか、「超可愛い」って褒められて照れるとかマジで可愛すぎ。


 試しに「可愛いですね。ところで、ち〇ぽじゃぶってくれません?」でいけないだろうか。いやイキたい。


 「荷台に結構な数の防風ネットがありますね」

 「ああ。この後、ナスにも掛けるからその分多めに積んできたの」


 「あ、ナスにもするんですか」

 「そ。午前中に高橋君がナスの畑でアンカー打ってくれたじゃない? 支柱パイプにはそれでいいけど、ナス自体にも何かしないとね」

 「なるほど。今回の台風はかなり手強いってニュースで言ってましたしね」


 たしかに、腹部くらいの高さまでなっているナスは強風で倒れるかもしれない。「防風ネットを掛ける」って言ってたけど、スイカ畑こことは違って畑の周りに張るんじゃなくて、ナスに直接被せるのかな。


 「高橋君、ネットが下にあるから、その上を歩くときは長靴が引っかからないように気を付けてね」

 「了解です」


 しばらくして俺たちは今まで張ってあった通常のネットを外し終えたので、今度はこの防風ネットを代わりに取り付けていく。


 その際、トイレットペーパーのように巻いてあったこのネットを広げる必要があるので、長靴の本底アウトソールが引っかからないよう気を付けなければならない。意外と注意してないと引っかかるんだよな。


 「台風かぁ」

 「しっかり対策を立てていれば、きっと大丈夫ですよ」

 「だといいな。毎年、どんなに頑張ってもやっぱり少なからず被害は出ちゃうし」


 やっぱ“限界”というものはあるらしい。努力に見合わない結果は本当に空しくなる。天候に左右される職業だからしょうがないんだけどさ。


 「でも何より、気になるのはお祭りかな。特に雨が長引けば花火はやらないだろうし」

 「そんなに楽しみだったんですか?」


 「花火がすっごく好きなの。高橋君は?」

 「うーん。普通.....ってとこですね」


 「高橋君らしいね」

 「そうですか? まぁ花火は綺麗ですよね」

 「見た目もそうだけど、なんというか、遠くで花火を打ち上げているのにその音がこっちにまで伝わってきて、胸の奥深くまで響く感じが好きなんだよね」


 葵さんがどこか愛おしそうに花火への熱意を語る。アレか。胸にくるあの迫力のあるドンッドンッてやつか。少しわかる気がする。


 「......。」


 俺は葵さんの胸をガン見した。その肉厚な乳に音が響くのが好きなんですか。俺は聴診器で葵さんの心音を聴きたいですね。もっと言うなら聴診器で好き勝手タッチしたいです。


 てか、聴診器要らねーな。直がいい。


 「あっ! ちょっとやめてよ! なんですぐ雰囲気ぶち壊すことするの!」

 「え、あ、いや、よ!」


 「私、『見た』なんて言ってないし!」

 「ひ、引っかけましたね!」


 「ほんっと最低だよ! こっちが訴えないからってガン見してさ!」

 「なっ! そんな見せつけるような真似するからでしょ!」


 「み、見せつけてないし!!」

 「デカい自覚あるんでしたら晒しでも巻いてください!」

 「ちょっ、それ今週一番のセクハラだよ?!」


 なにそのセクハラ週間ランキング。先週は何だったのかね。是非とも聞きたい。


 「ほ、ほら仕事するよ! これだから変態は」


 そう言ってぶつぶつ言いながら仕事に戻ろうと歩き始めた葵さん。「これだから巨乳は」って言い返したい。


 が、俺とすれ違うところで、


 「きゃっ!!」

 「うおっ?!」


 下に広げていたネットに足を引っかけて倒れ込んできた。


 しかも俺の方に。


 「いたたた...」

 「大丈夫ですか葵さん」

 「あ、うん。ごめんね....って高橋君が下になったの?!」


 そう、俺はいつかの日のように葵さんの下になる羽目になった。まぁ今度は記号で表すと“⊥”じゃなくて“=”だけど。


 つまり俺は葵さんに抱き着いている訳だ。


 あーこのむぎゅっと感......おっぱい最高。神様ありがとう。


 「葵さんに怪我でもされたら困りますから....」

 「ありがと! 心配しているところ悪いけど、背中押えないで! 起き上がれないじゃん!」


 「自分は起き上がれそうです」

 「ソッチはしちゃだめ!」


 「女の子が“おっき”とか言っちゃだめですよ......。ああ、俺、このバイトをしてて良かったです」

 「こんなことで農家のバイトに感動しないで!」


 以前、こういうことがあったから一時期、葵さんと仲悪くなったのに......。反省しないこのバカ息子。いや俺もか。


 「わかりました。今退きます。いくら事故とはいえ、やりすぎましたね」

 「本当だよ!」

 「ところで葵さん、“祭り”の話でしたよね。実は自分、大の花火好きでして......」

 「この状況を徐に長引かせようとしないで!」


 ああ。終わってしまう。至福の時間がぁ。でもまた不仲になるのは避けたいし、しょうがない、葵さんを解放しよう。俺は葵さんの肩と背中を抑えている両腕を離した。


 「うぅ....。もうお嫁に行けない」

 「あ、それなら自分の嫁になってください」

 「ほんっと最低だよ....。なんでセクハラが止まらないの」


 なんででしょうね。僕も知りたいです。


 「ほら、早く鎮めて。仕事再開するよ」

 「......あ、はい」


 葵さんが若干“おっき”した愚息を指して言った。


 俺のセクハラをどうのこうの言ってるけど、葵さんも大概言うこと言いますよね。ナニがとは言いませんが。


 『慣れ』って怖いね。でも最高。

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