第117話 進路 2

 「まだ決まっていないならば、です」


 現在、陽菜はご両親と進路相談の最中である。俺と葵さんは控室リビングで3人の会話を聞いていた。


 「偏差値の高いところに行ってどうするの?」

 「これは受験生の大半が考える当然のことですが―――」


 俺は葵さんにを説明した。


 陽菜が優柔不断で何も決まっていないならば、よりレベルの高い高校に行った方が良い。一概にまとめるのは偏見かもしれないが、偏差値の高い高校には『良い教員』『良い教材』『良い学友』がそろっている。そこに通っていれば将来、進むと決めた道へのサポートが充実しているし、


 「べ、別にレベルの高い高校が全てってわけじゃないでしょ」

 「そうですが、後で悔やむより今のうちに高校に頑張って行けばを持てますよ」


 そうですね。俺の通っている高校も偏差値普通だし、とてもじゃないが進学校とは言えないだろう。そんな俺の説得力なんて皆無だが、それでも頑張れば上を目指せる陽菜にはもっと上の高校に進学できるはずだ。


 「らしいわよぉ。陽菜」

 「「っ?!」」


 俺たちの会話にあちらで人生相談していた真由美さんが入ってきた。やべ、聞かれてた。葵さんと小声で話しているうちに無意識に普段の声量で話してしまったらしい。


 「陽菜に聞きたいんだけど、なんで『学々高校?』」

 「あんたと同じで偏差値的によ」


 ってことは俺がこの高校に通っているのを知らないんだよね。たまたまか。


 「俺が言うのもなんだけどもっと上の高校に行けるんじゃないの?」

 「私、そんな頭良くないけどだからって塾に通いたくないわ。自力で行けそうなところがそこなのよ」


 うーん。こいつは勉強すれば成績は良いんじゃなかったか。以前、勉強会(?)のときに桃花ちゃんからそんなことを聞いたし。


 「か、和馬、どうしたらいいと思う?」

 「......。」

 「た、高橋君?」


 と言われましても。俺がここで口を出していいんだろうか。真由美さんと目が合ったが何も応えてくれない。雇い主は、


 「ちなみに高橋君はどうやって高校を決めたんだい?」


 と聞いてきた。


 「....自分の偏差値がぎりぎりその高校だったからです」


 嘘です。を必須項目に、家からの適度な距離を計算してそこに行きました。理由は“彼女”がデキたときのためです。

 

 でもそんなこと死んでもこの場では言えない。自分で言うのもなんだがふざけた理由だし、言えるのはせいぜい両親くらいだ。


 「つまり、さっきの話では泣き虫さんはね?」

 「はい、一般的な決め方だと思います」


 “前者”でも“後者”でもなく、ただの“変態”です。自覚してますが、反省はしません。


 「自分の意見なんか聞いていいんですか?」

 「そのために残ってもらったのよぉ」

 「千沙は?」

 「あの子はあの子なりにちゃんと目標を持ってたし、聞くことなんてないわぁ」


 さいですか。でも他所の子を交えて進路相談とか正気に思えませんよ。下手に返事できないし。おかげでこっちはさっきっから脇汗すごいことになってるし。

 

 「か、和馬、さっきも聞いたけど、どうしたらいいと思う?」

 「....。」

 「なんでだんまりなのよぉ....」


 陽菜が不安そうな顔で聞いてきたがすぐ俯いてしまった。さっき真由美さんが「意見を言ってほしい」って言ってたから良いのかな。


 「あくまで俺が言ったのは提案で、決めるのは親じゃない。陽菜おまえだよ」

 「そ、そんなことわかってるわよ」


 「じゃあなんで決めない?」

 「すぐには決まんないもん....」


 ふむ。控えめに言ってめんどい。


 「また後日ってことにしようか?」


 未だ進路を決められない陽菜に雇い主が進路相談の終わりを提案した。


 「そうねぇ。できれば早く決めてもらいたいけど、後悔する方向に進んでもしょうがないし、今日はお開きにしましょうか」

 「高橋君、ごめんね? 関係無いのにつき合わせちゃって」

 「うん、おやすみ高橋君」


 「なに勝手に終わらせようとしているんですか?」

 「「「「?!」」」」


 バイト野郎の急なストップに皆が驚く。中村家って仲良くても、お互いの優しさがかえってたまーに裏目に出るよね。


 「た、高橋君?」

 「陽菜が一言でも『また今度が良い』って言ってましたか?」


 バイト野郎だって早く休みたいよ。でもこのままでは陽菜が何か言いたそうなのに「はい終わり」では夢見心地悪い。


 「か、和馬、私は別に―――」

 「はっきりしない陽菜も悪いですが、『今日は決まりそうにない』と思い込むのもどうかと思います」


 それにこういうのは回数を重ねるごとにややこしくなる気がする。もう少し進路相談を続けてもらいたいものだ。


 「....陽菜、どうなのかしら?」

 「わ、私は、そのぉ」


 真由美さんが陽菜に聞く。でも陽菜は上手く言い出せない。のに家族に遠慮しているからだ。


 「陽菜、どっちでも良いんだよ?」

 「葵の言う通り。姉たちみたいに進まなければならないとか、家族のためにとか考えなくていいんだ」

 「そうじゃなくて、私はただ―――」

 「「?」」

 「――よく....わかんない」


 陽菜が何かを訴えようとしたけど、本人も上手く言葉に表せないと言ったところだ。葵さんも雇い主もそんな陽菜に悩み顔である。


 でも、なんとなぁーくだけどわかってきた。


 「あーそゆこと。陽菜」

 「...なによ」


 「お前、農業の仕事がだろ」

 「っ?!」


 「家業が嫌いだから別の道を行きたい。でもやりたいことも目標も見つからないし、いつまで経っても決まらないから進学先を迷っているんだろ」

 「べ、別に嫌いな訳じゃ――」


 「いやそうでしょ。『したい』ことも見つからないからって、このまま姉たちのように農業高校に行くのは御免だと思ってるんでしょ」

 「.......。」

 「図星ね」


 陽菜はまた俯いて黙り込んでしまった。言い返してこないってことはそういう事だね。


 「ちょっと高橋君! そういう言い方は無いんじゃない?!」


 葵さんは怒り気味でバイト野郎に言ってきた。


 「え? なにがですか?」

 「陽菜だってちゃんと私たちのことも考えてくれているんだよ!」


 「かもしれませんね」

 「なら―――」


 「でも考えていれば良いってもんじゃないでしょう」

 「っ?!」

 「ちゃんと自分なりに考えて、理解してもらいたいことを、理解してもらいたい人達に口にしなければいけませんよ」


 家族に関わることだから進学を希望する子供の義務だと思います。主に金銭面で。葵さんもそれくらいわかってるでしょ。


 なのに、そんな大切な話をまさかのバイト野郎も交えてってね。尋常じゃないよ。


 「「「「「......。」」」」」


 しばし沈黙の間と化したこうリビングで、バイト野郎にはまだ就寝を許されていない。言っといてなんだけど、居づらいです。


 「陽菜、何度も言うけど好きなことをして良いのよぉ?」

 「.....じゃあ普通科に行く」

 「.....そう」


 ちょっとイラっときた。


 「え、終わり? 理由は?」

 「べ、別に」


 「は? なんだ『別に』って」

 「あんたにはどうでもいいじゃない」


 うん。こいつ、拗ねたな。めんどくさッ!


 「た、高橋君、やっぱり今日はこの辺に―――」

 「陽菜」


 雇い主が珍しくバイト野郎に向かって弱気な言い方をしてきた。


 いや、俺をここに残したのって俺の意見を陽菜に聞いてほしいからじゃないの? 少なくとも真由美さんはそう思っているから俺を止めないんでしょ。


 それにまだ全然言ってない。


 「農業という専門分野より、幅広い知識を学べる普通科に興味があるのは良しとしよう」

 「...。」


 「いつまで経っても目的が決まらないのも良しとしよう」

 「.......。」


 「まだ高校生だ。これから決める人の方が多いでしょ。たぶん」

 「.........。」


 「でも普通科に進学したいなら、はっきり理由を言わないと駄目だ」

 「...............。」


 返事の無い陽菜に語り続けるバイト野郎。そして、最後の一言を俺は言う。


 「それに」

 「?」

 「陽菜らしくないぞ。そんなの」


 いつもうざいくらい元気で、絡んできて、どうしようもなく面倒な陽菜だ。それに以前、「陽菜はこの仕事があまり好きじゃない」って葵さんから聞いてたしな。その“嫌いな理由”が行きたい高校の“志望理由”になるんじゃないかな。


 「わ、私!!」


 急に大声を出した陽菜。


 「農家のお仕事が......嫌い。大っ嫌いな虫はたくさんいるし、蚊に刺されまくって痒いし」


 うん、そうだね。蚊に刺されると痒いよね。


 「だから夏でも長袖を着なきゃいけないし。ただでさえ、外暑いのに日焼けとか怪我の防止のために我慢しなきゃいけないし」


 うんうん、そうだね。夏は暑いよね。


 「汗かくとべたつくし、気持ち悪いし」


 うんうん。


 「冬は冬で寒いし、水仕事すると手の感覚無くなるくらい痛いし」


 うんうん......。


 「畑に堆肥が必要なのはわかるけど、くっさいし」


 うんうん............。


 「それに雨が降ったときなんて―――」

 「ちょ、まっ! 待って陽菜。思った以上に不満が多いね!」


 「え? しょ、正直に言うんじゃないの?」

 「いやそうだけど、限度っていうものがあるでしょ。もう充分伝わってる」


 葵さんたちを見ると「陽菜、そんなに嫌いだったの?」って顔してるし。


 「だ、だからね。ママ、パパ、葵姉、悪いけど私には向いてないわ。ううん、違う。農家のこの仕事が嫌いよ」

 「「「「...。」」」」


 「.....皆と一緒に働いていると楽しいこともあるし、達成感もあるわ。全部が全部嫌いって訳じゃないの。でも高校は自分の気持ちで選びたい」

 「「「「......。」」」」

 「だからごめんなさい。進学先は姉たちと違うところに行きます」


 陽菜のその最後の言葉で進路相談はもう決まったものとなる。ここは中村家、返答なんてたやすく読み取れるからな。


 「ふふ。やっと素直になったね、陽菜」

 「最初からあなたの気持ちを優先するって言ってたわよね?」

 「そうそう。陽菜だけじゃない、葵も千沙も好きで高校を決めたんだから陽菜も自分のことだけを考えてればいいんだよ」


 葵さん、真由美さん、雇い主の順で陽菜の想いに応える。家族愛って最高だね。


 「ありがと」


 そして陽菜が皆にお礼を言う。でも俺に対しては、


 「きゃっ、かじゅ、和馬もありがと!!」


 噛んでるし、ぎこちないし、“ツン”が残ってるよ。可愛いから良いけどさ。


 「それで、陽菜。確認だけど、そうと決まればあなたは高校どこを目指すのかしら?」


 あ、やべ。俺の当初の目的が―――!


 「そうね! とりあえず当初の目的通り、『学々高校』を目指すわ!」


 あッーーーーーーー!!!



――――――――――――――



ども! おてんと です。


次回は久しぶりの千沙回です。今回の“進路”に関してです。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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