第116話 進路

 「陽菜、ちょっとこっちに来なさい」

 「パパ?」


 「話すことがあるからよぉ」

 「?」


 天気は曇り。日中は曇っていたからかいつもより暑くなかった。と言っても今日はもう仕事を終えて、いつも通り夕食後のリビングでくつろぎタイムを送っている。はぁ...幸せ。


 「話って何よ?」

 「“進路”のことだよ」

 「げ」

 「『げ』じゃない」


 そんな“リラッずま(リラックス和馬の略)”と化した俺は、どうやらそれは束の間だったらしい。


 中村家ご夫妻と陽菜はバイト野郎がいるのにかまわず、陽菜の“進路相談”をおっ始めようとしていた。もちろん、この場には俺意外にも葵さんと千沙も居て、同じくソファーでテレビでも見ながらくつろごうとしていた。


 「な、なんのことかしら」

 「あらあら、この子ったらとぼけちゃって」

 「いや陽菜は中3でしょ。来年、進学するんだったら相談くらいしようよ」


 ふむ、これはアレだな。ここに居ちゃまずい。


 隣を見ると葵さんもあまり顔色が優れてない模様。生理ですかぁ? わかってます、あなたも高校3年生ですよね。来年、大学に進学するのだろうか。気になりますね。


 「あ、あのぉ」

 「「「?」」」

 「その話の前に、俺、邪魔だと思うんで先休ませてもらいますね」


 俺は一応この場を去る前に両親に確認を取ることにした。っていうか、そういう話は当人たちだけでやってほしいな。


 「それではおやすみなさい」

 「わ、私も―――」

 「駄目よぉ。二人共、残ってなさい」


 「はは。御冗談を」

 「あ、私、課題やらなきゃ」

 「残りなさい」


 「お、おやすみ―――」

 「じゃ、じゃあまた明―――」

 「ふふふ。何度も言わせないでぇ」

 「「...はい」」


 いや、俺関係ないじゃんんんんんッ!!!


 なんで?! 葵さんはともかく、俺どう考えても蚊帳の外だよ! まだ姉妹である次女・千沙がここに残るならわかるよ! なんでですかー?!


 「ち、千沙もついでに残ろう.....ぜ?」


 俺はさっきまでアイスを食べていた千沙に目をやるとそこには妹が居なかった。あったのは食べ終わったアイスの棒だけ。


 .....千沙あいつ、逃げたな。姉のくせに。ってかアイスの棒捨てとけよ。汚いだろ。仕方ない、あとで俺が回収.....じゃなくて捨てておこう。兄だからね。


 「で、陽菜。どうなんだい? 高校は決まったのかい?」

 「そ、それはそのぉ」

 「決まってないのか.....。将来なにやりたいか無いの?」

 「.....。」


 いつも騒がしいくらい元気な陽菜が今日は大人しいな。普段もこれくらいなら可愛げがあるというものの。


 でも一番衝撃が強かったのは雇い主だ。


 珍しく発言をする。あ、いや、親か。普段とのギャップがすごくて別人みたいだ。


 「陽菜、あなた卒業までにあと半年ちょっとよぉ?」

 「はい....」

 「もちろん、進学するならその前に入試よね。そろそろ決めないと後々大変よぉ?」

 「.....。」


 陽菜と両親の会話を黙って聞く俺と葵さん。そういえば以前、葵さんが俺に「陽菜が進路相談したら乗ってあげて」って言われたな。あれから一度も相談無かったですよ?


 「た、高橋君、ど、どうすればいいかな?」


 葵さんが小声で俺に聞いてきた。ここから陽菜たちのいる場所まで少し距離がある。小声ならあっちにいる3人に聞かれないかな。


 「知りませんよ。葵さんも進学するならいずれ話し合うことなんですから我慢してください」

 「そ、そうじゃなくて、どっちの味方した方が良いと思う?」


 え、味方? どゆこと?


 俺には真由美さんと雇い主が陽菜と対立しているようには思えないんですけど。進路相談なんだからお互い納得するまで相談するべきだし、味方とか敵とか関わっちゃ駄目でしょ。


 いくら陽菜が弱気でも、“目標”があるなら全力で訴えるべきです。


 「親子で決めなければならないことですから、いくら姉妹でも傍観するべきです」

 「い、いや、陽菜って本当は普通科高校に行きたいらしいんだけど、同時にまだ農業高校にもいかなきゃって思いこんでいるらしいの」


 あ、そっち。陽菜と両親のどっちを味方するとかじゃなくて、陽菜の中で葛藤している“普通科高校”と“農業高校”のどっちかって話?


 「前、高橋君が陽菜に『我儘に生きろ』って言ったでしょ?」

 「そ、その言い方は少し語弊な気がします」

 「でもまだ迷いがあるらしくてね」

 「それでどっちを応援すべきかって話ですか」

 「そ」


 うーん。個人的にはやっぱ『したい』だな。『しなきゃ』は大切かもしれないけど、でもやっぱり一度きりの青春なんだ、『しなきゃ』で決めるより『したい』の気持ちを優先した方が良いでしょ。


 これが仮に中村家ご夫妻の意見と相違するなら考えちゃう。もちろん、あの優しい二人のことだ。農業を学んでほしいなんてことは言わないだろう。


 「自分は.....陽菜の気持ちを優先したいですね」

 「やっぱりそう? じゃあ行きたい気持ちのある普通科を?」

 「....ええ」

 「うん、私もその方が良いと思う」


 好きでこの農業高校への進学を決めたかもしれないけど葵さんは妹想いの良い人だ。


 現状、家業も手伝いながら農業高校行って、これから農家を継ごうと頑張っている。これからどうするんだろう。進学はしないのかな。それとも大学でもっと知識とか身に付けるのかな。


 バイト野郎、全力で応援しますよ。できれば千沙にも手伝ってもらいたいですが。


 「ちなみに行くならどの高校を志望するって言ってました?」

 「えっとね、たしか目標としているのは『学々高等学校』だよ」

 「よし、陽菜には農業高校に行ってもらいましょう」

 「なんで?!」


 なんでって、そりゃあそこ、高校だからですよ。


 陽菜にはもちろん、そもそも中村家の皆には聞かれてないし、自分から言ったことないけど俺が通っている高校は『学々高等学校』だ。なんでこの人たちは「バイトの子はどこの高校に通っているんだろう?」って聞かないんだろう。


 「いやいやいや、さっきと言っていること違うよ!!」

 「葵さん、声大きいです」

 「陽菜の気持ちは?! どうしちゃったの?!」

 「葵さん、胸大きいです」

 「こんな時にセクハラやめてよッ!」


 うん、なんて説明しよう。葵さんとは以前、お互いの高校の話をしてたが名前を言ったことがない。不思議なことに誰にも聞かれたことが無いのだ。バイト野郎のこと興味無いのかね。......ぐすん。


 「葵、うるさいわよぉ」

 「まぁ陽菜との相談が終わったらすぐするから、ちょっと待ってて」

 「ご、ごめん!」


 葵さんが真由美さんだちに注意された。興奮して大きい声出したからね。


 どうしたものか。陽菜がそこの高校を志望するなら俺の後輩になる。別に陽菜が嫌いなわけではないが、俺は少し前に陽菜をフッたから気まずい。


 俺はまだ高校1年生だ。これから青春の思い出をつくっていきたい。当然、彼女もつくりたい。陽菜が同じ高校にいるとしたらとなんか嫌な予感しかしない。


 あ、そうだ。


 「た、高橋君、説明して」

 「自分としたことが。説明足らずですみません。別に農業高校じゃなくていいです」


 まぁ冷静に考えれば、今の目標が学々高校ってだけで後々変わるかもしれない。たぶん。


 ちなみにうちの高校は偏差値的に普通だ。50くらいだっけか。そんなとこである。


 「え? どゆこと?」

 「いえ、陽菜がこのままのでしたら、葵さんと同じように農業高校へ行った方がいいかと」

 「陽菜の気持ちを応援するんじゃなかったの?」

 「本人が今、ここで口にしないのであれば、それは俺たちの思い込みです」


 うむ。我ながらさっきから言っていること滅茶苦茶でドン引きだ。ごめんよ。俺の都合でお前の志望校を否定します。それに農業高校じゃなくてもいい。


 「で、でも」

 「もちろん、無理に行けというわけではありませんよ。まだ別の選択肢あります」

 「別の?」

 「ええ。まだ決まっていないならば、です」


 俺が陽菜に選んでほしいのは『安全牌あんぱいな農業高校』か『環境が良い進学校』の二つだ。偏差値50が何言ってんだって話だよ。


 ....ごめんね? こ、これも陽菜のためを思って言っているんだ! 嘘じゃないぞー。

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