第101話 バイト野郎だってデレる
「やっぱダメ?」
「......。」
「高橋くぅん」
葵さんがさっきからしつこい。
中村家とバイト野郎1匹は先ほどから豪華な夕飯をいただきながら今後について話し合っている。
内容はバイト野郎に他所の農家でも働いてほしいとのこと。
「高橋君にも悪い話じゃないと思うんだ」
「たしかに収入の面に関しては良い条件です」
「でしょー」
ただなぁ。なんか他所で働きたくないというか。農家で仕事をするなら
っていうか、葵さんがここまでバイト野郎を他所に飛ばしたい本当の理由が知りたいわ。何かあるはずだろ。
「葵、しつこいわよぉ」
「まぁ兄さんがここまで言うんですから諦めましょう」
「だってぇ」
真由美さんと千沙がしつこい葵さんに呆れ顔で言った。
「逆に高橋君に聞きたいんだけど」
「?」
「なんでそこまで頑なに断るの?」
「うっ」
うっ、痛いとこ聞かれた。勘の良い巨乳は嫌いだよ。あ、やっぱなし。巨乳は嫌いじゃないや。
「そういえばそうねぇ」
「高橋君、優しいところあるし、必要とされれば手伝う子だと思ってたんだけどなぁ」
「お父さんも大概ですね。まだ諦めてないんですか? まぁたしかに理由は知りたいですが」
「優しい和馬でも“できること”と“できないこと”くらいあるわよ。でも断るにしても理由くらい言ってほしいわね」
葵さん以外のみんなもバイト野郎が頑なに断る理由について知りたいらしい。これといってちゃんとした理由があるわけじゃない。
「高橋君、どうしてなの?」
「も、黙秘権を行使します」
葵さんが笑顔で聞いてくる。怖いんですが。
「どうしてなの?」
「......。」
しかし俺は黙ることをやめない。
「姉さん、いい加減にしてください。兄さんが困ってるじゃないですか」
なんとあの千沙から援護されるとは。お兄ちゃん、感動です。でもこの雰囲気だと、
「良い先輩っていうのは後輩に無理強いさせないことだ」
「和馬、いいのよ? あんたにはあんたの生活があるんだから」
「泣き虫さんだって言いたくないことの一つや二つあるのよぉ」
ほら、みんなしてバイト野郎を優しく扱う。これ確信犯だよね? 絶対あんたら、優しくすれば自然と俺が口にすると思ってんだろ。卑怯だぞ。
「じゃあ諦めます。高橋君、ごめんなさい」
葵さんが謝る。ここまでか。くそう......。
「......たいんです」
「「「「「?」」」」」
「ここで働いていたいんです!」
「「「「「っ?!」」」」」
俺は恥ずかしくなって、視線を全く関係ない場所に向けて続ける。
「農家に関して学ぶこと、体験すること、やってみたいことを全部
「「「「「...。」」」」」
「そりゃあ他所の農家に頼られるのも嬉しいですが、それでも自分は中村家で“農家”という職業を知りたいんです! 一緒に働いて、一緒に汗流して、一緒に......一緒に笑っていたいです」
「「「「「......。」」」」」
「ただの
「「「「「.........。」」」」」
俺は目の前のごちそうを他所に、茶碗に入った白米を無理やり口に頬張った。一刻もこの場を離れたいためだ。
恥ずかしすぎて、誰の顔も見れんわ。あー、なんでこんなこと口走ったんだろう。
「....。」
「「「「「.............。」」」」」
ってかなんでみんな黙ってるの? 気まずいんですけど。
「蹴ろう。この提案、取り下げよう。うっ歳かな。涙が.....」
「え」
「そうねぇ...。あらやだ、さっき玉ねぎ切ったのが、今頃になって目にきたわ」
「はい?」
「た、高橋君.....そこまで想ってくれたんだね。私はなんて自分勝手なのかなぁ。今からそこの人に断りを入れてくるよ」
「葵さん?」
「に、兄さん...。こ、これはあれです。ドライアイ的なアレです。目が乾いたから潤んできたみたいな.....」
「え、いや、ちょっと待って」
「
「お、おおお前もか、陽菜...」
みんなしてなんで涙流してんの? なんか感極まっちゃうこと言った? ただの我儘だよ?
葵さんは即ガラケーを取り出して、電話をしに廊下へ出て行った。
「よし! 高橋君、君はうち以外で働いちゃ駄目だ!」
「そ、それは極端過ぎません?」
「そうよぉ。あ、そういえば泣き虫さんに渡したいものがあったわねぇ」
「じ、自分にですか?」
「私が持ってきます。ふふ。兄さん喜びますよ」
「え、いや、なに渡されるの? 俺」
千沙もリビングを出て行った。俺に渡す荷物を取りに行ったらしい。
「
「それさっき聞いた。っていうか、下にあるみそ汁にお前の涙入ってんぞ? しょっぱくなるぞ?」
陽菜はさっきから泣いてるし。なにこれ、どういう状況? バイト野郎を置き去りのまま急発進はやめてください。ついてけませんよ。
「兄さん、これです!」
「こ、これは...」
「高橋君のために買い揃えたんだよ」
千沙に渡された紙袋の中には大量のツナギ服と靴下や手袋などの消耗品、マグカップまでもがあった。...え、なんでマグカップ?
「聞けば泣き虫さん、使っているツナギ服の一着、自前らしいじゃない」
「そ、それでこんなに...。あのぉーマグカップは?」
「冬休みも働いてくれるかと思ってねぇ」
こっちまで涙にきそう。くっ、しかしこの涙は感動によるものなのか。
いやまぁ、素直に超嬉しいけどさ。
「はぁ...これでまた考え直さなきゃいけなくなったなぁ」
電話しに行ってから戻ってきた葵さんが、ため息をつく。
「何をですか?」
「あっ!」
「ちょっ姉さん!」
「なにバラしてんのよ?! 葵姉!」
「ひ、陽菜?!」
「あ、あなたたち一回黙りなさい」
正直、疑問に思っていたことがある。いくら俺の面倒を見るのが手間とはいえ、他所で働かせて、その分のお給料はどうなるんだ? 中村家が支払っては損じゃないか。
ん? 損をする?
「二つほど聞いてよろしいですか?」
「な、なにかなぁ?」
俺は葵さんに聞いてみることにする。
「俺が他所で働いた場合、お給料はどうするんですか?」
「うっ」
「まさかここで働いていないのに、中村家が払うんですか?」
「.....。」
「葵さん?」
「か、勘の良いバイト君は嫌いだよ」
.....これはアレだな。もしかすると、いや、よくよく考えればそうじゃないか。
「
「そ、そうだよッ! だから黙ってて! お願いします!」
「嫌です」
時期的に今は野菜を育てている量に限りがあるから、収入面に関して上限は決まっているはずだ。最大生産量と収入最高額は比例するからな。問題はこれからの話か。
単純な話、バイト野郎の人件費を削減することはそのまま
「二つ目の質問です」
「高橋君、言ったらクビにするから!」
「あー! あー! 聞きたくありません!」
「和馬は黙る! 喋らない! 話さない! 無口! お地蔵さん!」
バイト野郎を脅す者、現実逃避する者、類義語を口にする者、三者三様である。お地蔵さんて。
「単純な労働力を条件にそこの農家から農作物を受け取りますか? いや、売りますか?」
「「「........。」」」
「た、たまに高橋君の思考力が気持ち悪い」
「は、禿同よぉ」
き、気持ち悪いって言うんじゃないよ。傷つくでしょうが。
そうか。大方、今までは中村家の力だけで済むような仕事量に調節していたのがバイト野郎の参入で仕事のバランスが崩れてしまったんだろう。その上、俺の給料分、収入も減ったってわけか。
現状、まだグレーゾーンといったところか。この提案は少なくとも夏休みが終わってからの話だから焦っていないようにも思える。
「た、高橋君?」
なるほど、それを考慮するとこちらは労働力を、あちらは野菜の提供をするわけか。
いや、
「それだけじゃない。労働力の提供=野菜の提供だけではないですね?」
「なっ?!」
「あ、質問が三つになりましたね。すみません」
不定期にバイト野郎を雇うんだ。毎回売るなら、もらった分の野菜の売り上げは山分けにだろう。でなきゃ、あちらが野菜を出して、俺が働かないでは損をするしな。
でも、それだけだと雇っている俺の給料分まではプラスとは思えない。
つまり、
「そこの農家で自分が働いた分、そこで給料をいただき、野菜も分けてもらえる。人件費減少の見込みあり...。そして次からは最低でも自分を雇う分の収入、つまり植える作物の数も増やす、ということか」
「「「「「........。」」」」」
なんでそんな大切なことを言わないかなぁ。俺の我儘なんかよりめちゃくちゃ大切なことじゃん。
「はぁ.....そういう重要なことは先に言ってください」
「「「「「す、すみません」」」」」
これでようやく納得できたわ。そうと決まったら他所の農家で頑張るしかなくなったぞ。一般的なアルバイトのヘルプだと思えばいいのかな。
「あ、そういえば、葵姉、“切り札”を使わずに済んだわね」
「そういえば...」
「なんですか? “切り札”って」
「あぁー、アレですか、他所の農家のところには美女がいるって言う」
「ふふ。もう泣き虫さんには必要無いんじゃないかしら」
「うんうん。なんたって
「なんでそういうことを早く言わないんですかッ?!!」
「「「「「え」」」」」
「あー、ヘルプ先にそんな美女がいるなら二つ返事の即オーケーですよ!」
「「「「「...。」」」」」
「楽しみだなぁー。どんな人なんだろう」
「「「「「.......。」」」」」
「あ、もももももちろん!
「「「「「さっきの感動を返して(ください)」」」」」
ちょっと本音を出してしまったバイト野郎であった。
――――――――――――――
本能むき出しのまま生きる、童貞の皮を被った和馬...ん? どーゆことだ? 重複しているような...。
ども! おてんと です。
他所の農家の美女.......。あ、アレかぁ。
それでは、ハブ ア ナイス デー!
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