第100話 バイト野郎は用済みですか

 「たらい回しですか」

 「たらい回しって言い方.......」


 今日は午前に中村家喧嘩騒動に巻き込まれ、その後草むしり、午後には葵さんとピーマン、キュウリ、インゲンを収穫した。


 今は晩御飯の時間である。3日間ぶりだね、こうして中村家のみんなと一緒に晩御飯を食べるのは。なお、今日の昼食はバイト野郎一人で東の家で食べた。理由は言わずもがな。


 「悪くない条件だと思うんだけどなぁ」

 「まぁでも即答は難しいですね」


 そんなバイト野郎にある提案が出た。内容はバイト野郎を他所のうちでも働いてもらいたいらしい。なんで?と思ったバイト野郎である。


 「意外ですね。兄さんなら即答すると思っていたんですが」

 「そりゃあ他所の農家でも若い人の労働力に需要があることはわかるよ? でも、俺一人でそれを補うって厳しすぎない?」


 「そんな気負う必要はないですよ」

 「お前がもっとしっかり働いてくれるなら話は別だけど」


 「パワハラですか? 訴えますよ」

 「ひきこもりですか? ブレーカー落としますよ」


 千沙は相変わらず働くことに抵抗があるのね。お兄ちゃん、そんな妹が哀しいよ。


 「ちょっと和馬、手が止まっているわよ」

 「あ、ごめん。しっかし今日はすごいごちそうだね」


 なぜか午前中にあんなことがあったのに今日の晩御飯はいつにも増してすごい豪華である。なんでかな。これではバイト野郎を歓迎しているみたいじゃないか。


 おそらく午前のバイト野郎の“ナプキン軽視事件”の真相がにその後バレた模様。さっきまで「帰ったら気まずい雰囲気になるかな」と思ったけど杞憂だったみたい。


 いやぁバレると恥ずかしいね。しょうもないことならなおのこと。


 「まぁ泣き虫さんで良ければの話よぉ」

 「高橋君、君は優しい人間だ。断るなんて選択肢、無いよね?」


 俺の意見を尊重してくれる真由美さんと、こちらの都合なんてお構いなしの“一番気づいてほしい5人目”である。


 真由美さんは上機嫌ですね。できれば今後、家族内で起きた騒動はバイト野郎を巻き込まないでください。


 「そもそも理由を聞かされていないんですが」

 「さっきも言ったと思うけど、近所の人も労働力が欲しいんだって」

 「うーん」


 これに関して仕事を引き受けるのに抵抗があるのは、他の農家のとこに行ってこっちの仕事がそっちのけになりそうだからだ。理由は葵さんの言う「若い人の需要」だ。


 「和馬なら即答すると思ったんだけど、なにが嫌なのかしら?」

 「お前もか。嫌というかなんというか、少しかな」

 「そこまで?!」


 きっと俺に仕事を頼みたいという農家の方はご年配の人々なんだろう。手伝った暁には「頼む、行かないでくれ!」とか「老人を見捨てる気か?!」とか情に訴えられてはたまったもんじゃない。


 といっても、それは俺がそこの農家で“役に立っている前提”の話だがな。もしそんなこと言われたら嬉しいけど困るよ。こっちと両立なんてできるのかな。心配だぁ。


 「こっちが困るよ! 高橋君なら引き受けてくれると思ったから、相手にもう言っちゃったよ!」


 なに勝手なことしてんですか、葵さん。バイト野郎ほんにんに相談くらいしてくださいよ。


 「そうだよ! 二つ返事でOKしてくれると思ったから賭けちゃったよ!」


 あんたはマジで何やってんだ。バイト野郎を賭け事にするなよ。ってか、誰と賭けしてたの?


 「まぁ最悪、私はどちらでもいいです。むしろ兄さんが忙しくなってゲーム相手に付き合ってくれない方が痛手ですからね。父さん、スイッチと、どうぶつ〇森、お願いします」


 お前かい。親子揃ってなにしてんだ。あとお義父さん、僕にも買ってください。

 

 「まぁまぁ、落ち着きなさい二人とも。ダメ元の提案なんだから諦めなさいな」

 「ちなみにその他所のうちの手伝いというのは、頻度がどれくらいなんですか?」

 「ああ、そのこと。えっとね」


 真由美さんがろくでなし親子を宥める。俺は質問をするが、陽菜が答えてくれるらしい。


 「うちの直売店で忙しくなった時間帯とかよ? 毎週あるわけじゃないから時々って感じかしら」

 「なるほど」

 「それに今は夏休みだからいいけど、学校が始まって週に二日しかないあんたの出勤日はこっちを優先してほしいわね」

 「尚更そっちで働く機会なくね?」


 そうじゃん。今後そういう場合、こっちで働く分、他所で必要とされてても中村家が忙しい時間帯だとすると直売店の日、つまり4、5時間といったところか。週一でそんなんでいいのかな。


 「そのことに関してだけど、うちが直売店を開く日は忙しいし、正直、高橋君をかまっていられないの」

 「葵さん......」


 なんか葵さんの言い方にトゲを感じる。まぁたしかに俺も仕事が終わるタイミングがわかんないし、初心者だから何かしら問題が起こったときに指示をいちいち聞いていたら大変だよな。


 でもなぁー。それだけの理由じゃない気がするんだよなぁ。童貞の直感だ。気のせいかもしれない。......童貞関係ないか。


 「ちなみに今のところ一件だけ交渉が成立してるんだ」

 「自分の意見聞かずに交渉成立とは」

 「......。」

 「これはたまげますね」


 相手も相手で、よくまぁこんな確約できない労働力を期待したもんだ。っていうか葵さんがここまでするってなんか裏がありそうで怖いんですけど。


 「うちは基本2日だけど、他の日へいじつはそっちで相談して働けるよ?」

 「農家の仕事って日が昇っているうちに仕事するんですよね? 自分、学校終わって帰ってきたらそんなに時間は残されていませんよ?」

 「はは。農家を舐めているのかい?」


 なに?! 一日の明るい時間帯以外に働くことがあるのか?!


 不敵な笑みで雇い主が続ける。


 「大抵の農家は農協や市場に収穫した野菜を持って行って収入を得る。うちの場合は地場野菜を直売店で売るから他の農家とは別だ」

 「ふむふむ」


 「その農家はどうやって一日を過ごしていると思う?」

 「? 普通に朝起きて収穫して持っていくとかですかね」


 「に疑問は無いのかい?」

 「?!」


 たしかに。そう言われれば、収穫して出荷の準備をするにはできるだけ。市場に持っていったら最終的にはスーパーや八百屋さんに行くんだ。時間の勝負になる。


 「そう。まぁ何の農作物かによるけど、早朝に市場に出荷するのがだいたいだから―――」

 「なるほど。時間の問題ですね。鮮度がいい物は高く売れそうですし、出荷に必要な時間も含めたらできるだけ早く済ませたいですからね」


 「そうそう。だから君には―――」

 「他の仕事もありますから、早朝で終わらせるとなると忙しくなりますね。他所の農家は自分がその時間帯に働いてほしいというわけですか」


 「でしょ? そう考えると―――」

 「そう考えると農家の方って嫌な言い方になりますがブラックな感じがします。消費者のために日が昇り始める前に働き始めて、日が落ちるまで働くとは。尊敬します」


 「......。」

 「日が昇り始める前と言っても何時くらいから仕事なんでしょう? 予想ですが、一度に多くを収穫して出荷した方がその畑で次の作物にすぐ取り掛かれますし、早く起きて4、5時とかですね?」


 ふむ。文字通り、早朝バイトじゃないか。すごいなぁ農家の人って。もしバイト野郎がそこで働くとなれば、生活リズムを大幅に変えなくてはならない。


 「....高橋君ってさ」

 「?」

 「1言ったら10になって返してくるよね」

 「え」


 バイト野郎、なにか粗相でもしたのかな。雇い主がどこかしょんぼりしてる気がする。


 「すっごいわかる! 高橋君のそういうとこいけないと思う!!」

 「え、ええー」


 まさかの葵さんからも攻撃を受けた。あれですか? さっき仕事していたときの“接待知らず”のことですか? 理不尽すぎません?


 「もっと先輩を頼った方がいいよ!」

 「葵の言う通りだ。もう少しっていうのも学びなさい」


 「和馬、馬鹿はほっときなさい」

 「ええ。その方がいいわぁ。馬鹿がうつっちゃう」


 俺は意味わかんないことで責められた。助けを求めようと、つい千沙を見た。


 「そうですね。私を参考にするのも悪くないですよ、兄さん」


 俺は自分が間違ってないと確信した一言である。

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