第94話 涙の数だけ人は強くなれる

 「ごめんね? 私、ヤリまくりのヤリJCだから」


 俺はこのとき、息子共々涙を流した。


 あ、いやおしっことかの意味じゃなくてね。


 「いいよ? 経験が多い私なんかでよければの話だけど」

 「...。」

 「ほらさっそくシよ?」

 「......。」


 なんでだろうな。こういう女性からくる積極的な誘惑もののAVはたまにオカズとして見るのに、現実だとショックが大きすぎて萎えてしまうのは。


 桃花ちゃんだからかな。桃花ちゃんがビッチだったから俺はここまでダメージが大きいのかな。そんなに今時のJCって援助交際するのかな。


 「とりあえずシャワー浴びてこようかなー」

 「っ?!」


 ほら、さっきまで期待に胸と愚息がパンパンだったのにガン萎えだよ。まぐろ包丁くらいあった息子の刃渡りも今じゃペティナイフだ。


 「なにぃ? 大丈夫、お兄さんを待たせないようにするからー」


 いやせっかく農家でバイトしてんだ。野菜で例えよう。平たく言えば、最初はナスだったけどそのうち冬瓜くらい膨れ上がって、最終的には落花生まで成り下がった息子です。負担が辛すぎる。


 「ま、待ってくれ!」

 「待ってくれ? それってつまり『やっぱなし』ってことだよね!」


 桃花ちゃんの表情が明るい。やはりこんな眼鏡は嫌だったのだろうか。そんなに嫌われるとバイトでお金稼いで顔面成形を考えちゃう。


 夢見る童貞野郎に桃花ちゃんとエッチができる気力なんてもうない。試合終了だ。


 「せ、せめて―――」

 「?」


 だが、


 「せめて、だけでもさせてくれ!」

 「......。」


 ただじゃ帰さん。童貞野郎を弄んだ罪(?)だ。特大の要求セクハラをお見舞いしてやる。


 「お兄さん。いや、

 「あ、はい」


 桃花ちゃんの表情が暗くなる。瞳はゴミでも見るかのような冷徹な目つきでバイト野郎を捉えた。空気がどっと重くなるのを感じる。これはあれだな。


 「最ッ低」

 

 ですよねー。


 こうして俺と息子は童貞を卒業できない悲しい休日を終えたのであった。





 「それじゃあ、さようなら」

 「はい」


 桃花ちゃんとの距離を感じる。帰宅途中まで一切会話なかったもんな。よく通報しなかったもんだよ。ありがとうございますね。


 俺と桃花ちゃんはラブホに行ったのに、ベッドでスるどころかシャワーすら浴びずにただただチェックインして帰るという、ラブホじゃあるまじき前代未聞の募金活動を行った。


 「鍵はどこっだったけな」


 そして今は自宅のアパートに到着し、各々家に入って終わりである。お互いポケットやバッグから家の鍵を取り出して鍵穴に差し込もうとするが、隣人の孫娘、桃花ちゃんはまだ鍵を取り出せていない模様。


 俺の方がカギを取り出したのが早かった。


 『ガチャ.....』

 「じゃ、じゃあ俺はこれで」

 「......。」


 時間が解決してくれるだろうか。できれば明日からの住み込みバイト開始から、いつか帰ってくる日までに機嫌を直してほしい。


 俺は返事をしてくれない桃花ちゃんを置いて自宅に入ろうとしたとき、


 「あー!! 鍵持ってくるの忘れたー!!」

 「?!」


 どうやら先程から鍵を必死にバッグを探していると思ったら、鍵を家に忘れちゃったらしい。どんまい。


 「インターホン鳴らせば?」

 「最近、おじいちゃんも、おばあちゃんんも耳が遠いからインターホン付近に近づかないと聞こえないんだよ!! それにテレビの音の方がデカいし!」


 それインターホンの意味あるのかな。テレビの音量が勝つって。ここのアパートは防音対策完璧だからな。隣人の俺でも聞こえないよ。


 なお、童貞野郎の自家発電は窓開けっぱにしていると、ご近所に迷惑をかけるらしい。閉めてたら聞こえないってことだね。気を付けよう。お年寄りにセクハラは何も生まない。


 「携帯は?」

 「固定電話も、受話器も同じ理由だし、ガラケーなんかしょっちゅう充電切れだよ!」


 電話機器の存在意義。それもう補聴器くらいつけてないと生活に支障をきたさない? どんだけ耳遠いの?


 「ま、まぁダメ元で電話してみたら?」

 「......うん」


 俺にそう言われ桃花ちゃんが祖父母に電話をかける。結論から言うと、固定電話、受話器、おじいちゃんのガラケー、おばあちゃんのガラケー、全てが応答することはなかった。


 「「.....。」」


 リアルタイムで日常に支障をきたしているな。


 「えーっと俺んち来る?」

 「.....ホテルでの一件さっきのこと忘れたの?」

 「.....。」


 そうだよね。ホテルであんなこと言われたんだ。警戒するわな。うーん、でもこれはこれで困ったな。JCを夜、外に置いてけぼりにして良いのだろうか。


 「いいよ、私ここでなんとかしてみるから」

 「え、いや、でも」

 「は家に入ってて」


 ああ、そう。そういうこと言うんだ。せっかく力になろうと思ったのに


 あーあ、もうどーでもよくなってきた。元々、こっちは童貞心をすぐにでもケアしなきゃいけないのに、他人ビッチなんかかまっていられるかってんだ。


 『ガチャッ.....』

 「.....じゃ、頑張れよ」

 『バタンッ!』


 俺は後ろめたい気持ちを抑え、自宅に入った。




 「桃花ちゃんまだいるよ.....」


 桃花ちゃんと別れてから10分が経過する。俺は落ち着かなかったのでドアスコープで外を覗いた。そこにはスマホをいじっている桃花ちゃんがいた。電話チャレンジでもしているのだろう。


 というか、おじいちゃんたちがドア開けてくれないと入れないから、なんか家を追い出された感がハンパないんだけど。


 「ま、まぁ俺を素直に頼ってくれれば家に入れるのにさ」





 「ま、まだいるし.....」


 桃花ちゃんが放置されてから30分が経つ。もう捨て猫みたいだ。こんな可愛い捨て猫がいたら拾って飼いたいな。


 「しかも桃花ちゃん、なんで俺んちの前に座ってんの?」


 別れてから自分ちの前で体育座りしていればいいのに、なぜか俺んちの前で座っているから、なんか俺が追い出したみたいじゃん。やめてよ。通行人が見たら勘違いしちゃうじゃん。


 「はぁ......しかたないなぁ」


 俺はそう呟いてベランダに向かった。そして外に出て隣人さとうさんちを確認する。


 「うん、電気点いてるし、ちゃんと中にはいるな。っていうか、テレビの音うるさッ。夜なのになんで雨戸とかカーテン閉めないで網戸開けっ放しなの? 外からもろ見えんじゃん」


 まぁ今はその方が助かるんだけどさ。


 「いやぁーほんっとだよなぁ、ここのアパート........ていッ!!!」


 そう言って俺は帰ってから取り込んだ洗濯物を隣人のベランダに放り投げた。


 「ほらほら早く気づかないと洗濯物どんどんお宅んちに放り投げますよ!」


 桃花ちゃんが言っていたのは祖父母の耳が遠いとのこと。なら視覚的に気づかせればいいんじゃないかという犯罪に似た行為。なに、パンツは避けてるさ。


 『ガラガラガラガラッ』


 テレビの音が消えた。こっちに向かっている足音も聞こえる。どうやら気づいてくれたらしい。部屋からベランダに出てきたのはお爺さんだ。


 「だ、誰かいるのかい?!」


 ちなみに、この愚行のメリットは、


 「すみませーん。風で洗濯物が飛んでいってしまって~」

 「か、和馬君?」


 強風のせいにできることだ。これで自然な流れでベランダに呼び出せた。こんなに事が運ぶとはな。


 よし、あとは桃花ちゃんのことを知らせれば任務完了。自家発電に専念できる。


 「あの~玄関前で桃花ちゃんを見かけたんですが~」

 「えぇ?」

 「桃花ちゃんを玄関前で見かけたんですが!」

 「桃花ちゃんをに見かけたぁ?」


 なにそれ、めちゃくちゃ気になるワードじゃん。その後どうなったんですか? っじゃなくて、


 「桃花ちゃんが玄関前に居ましたよっ!!」


 いくらベランダ越しとは言え、この近距離で伝わらないとは桃花ちゃんの苦労が少しわかった気がする。


 その後、試行錯誤の上、自宅からサランラップの芯を持ってきてお爺さんの耳にあてて言うという、なにかのクイズ番組の回答方法のような伝え方をした。これで桃花ちゃんは自宅に入れただろう。


 「ふぅー。今日は色々あったなぁ」


 俺はベランダで夜風に当たっていた。明日からまた住み込みバイト生活だ。なんか俺の夏休み、バイトばっかだな。高校生なのに全然青春してない気がする。


 「ま、別にいいか―――」

 『ピロンッ』


 ポケットに入れておいたスマホが振動する。外面を見ると桃花ちゃんからだ。


 [、ありがと]


 「家に入れたみたいだな。良かった、良かった」


 童貞は卒業できなかったが、それなりに満喫できたんじゃないだろうか。そう思うバイト野郎であった。


 「うーん。桃花ちゃん、援助交際エンコーしているなら、バイトで稼いだ金で俺とシてくれないかなぁ」


 と言っても、俺が童貞を卒業して貞操観念が薄れてきたらの話だけど。やっぱ最初はお互い初めてがいいよ。処女厨な俺、控えめに言ってキモい。


 『ピロンッ』

 「ん? 桃花ちゃんか―――なッ?!」


 俺は桃花ちゃんからきたメールに驚いた。そこにはこう書かれていた。


 [私、からね?]


 俺は佐藤さんちおとなりのベランダを見た。ベランダには誰もいないが、部屋の明かりが夜だから外からでも目立つ。


 そういえばそうだった。


 「......。」


 だから俺の声が丸聞こえじゃん.....。

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