第95話 バイト再開は波乱万丈?

 「おはようございまぁーす! 高橋でーす!」


 俺は中村家に到着して早々、朝からご近所迷惑な大声で挨拶をする。こういうのは元気さが大切だと思うんだ。


 天気は晴れ。さすがバイト野郎、晴れ男である。たまたまかもしれないけど。気温は8月後半でも普通に蒸し暑い。熱中症には気をつけなければ。


 「朝からうるさいわね」


 中庭に入ったら部屋着姿の陽菜が軽トラに寄っかかっていた。捻挫は大丈夫なんだろうか。


 「げ、陽菜」

 「『げ』ってなによ、『げ』って」


 だってお前と一昨日あんなことあったじゃん。俺のファーストキス、もう生涯忘れることはないだろう。


 っていうかいつもと雰囲気が同じだね。良かった良かった。一昨日の晩の陽菜は様子がおかしかったからな。


 「いいこと? 一昨日のアレは気にしないで。もうよ」

 「おう。それより足は平気か?」

 「そ、それよりって.....。こんなの大したこと無いわよ。軽傷よ、軽傷」


 まぁ普通にこうして外に出てるんだ。軽く捻ったくらいなんだろ。俺も中学生のときしょっちゅう部活で捻挫してたしな。数日で歩けるくらいは自然に回復するもんだ。


 「えーっとまだみんなは家の中?」

 「千沙姉以外、みんな起きているけどそろそろ外に出て来るんじゃないかしら」


 千沙は相変わらずだね。まぁ三日でどうこうなるとは思えないけど。そういうことなら俺は葵さんたちが外に出てくるのを待ってようかな。


 しかし待つこと10分になってしまった。


 「遅いわね」

 「まぁ支度してんだろ。......というか部屋で安静にしてなくていいの?」

 「あんたに一番に会いた.....ゴッホン! 言いたいことがあったからよ」

 「なるほど」


 伝えたいことってさっきの黒歴史のことね。そんなこと言われなくても口外しないし、普通に陽菜と接するつもりだけど。


 「ちょっと様子見てくるわ」


 陽菜はそう言って家の中の様子を見ようと寄っかかってい軽トラを離れ、歩きだそうとする。たしかにそろそろバイトの開始時刻になるが、このままでいいんだろうか。


 だが―――


 「きゃ、きゃー!」


 陽菜が転んだ。


 「......なにしてんの?」

 「こ、転んでしまったわ! 和馬、助けて!」

 「.....一応聞くけど、下心は?」

 「あ、あるわけないでしょッ! 神に誓って!」


 いつかお前に天罰が下ることを心から願っている。


 嘘バレバレだからな。もうちょい転ぶことに演技に力を入れられなかったのだろうか。農家の娘なだけに大根役者ってか。馬鹿にしてんのか。


 わかった、実際、お前もう動けんだろ? 激しい運動は無理でも、歩くくらいは難なくこなせるんだろ?


 「ほふく前進があるじゃないか」

 「最ッ低! 美少女にそんなことさせる気?! 正気の沙汰とは思えないわ!!」


 あれれ、一昨日、陽菜自ら「ほふく前進で家まで帰る」って口にしてなかったっけ。おかしいな。ちなみにお前の姉である千沙はトイレまでほふく前進で頑張っていたらしいぞ。


 「はぁ......仕方ないなぁ」

 「た、ため息することないじゃない」

 「はいはい」

 「あ、お姫様抱っこね!」

 「......。」


 お前さっき“過去のこと”とか言ってたよな。そういう言動が一致してないところ嫌いじゃないよ。陽菜ばからしいですね。


 俺は仕方なく陽菜をお姫様抱っこする。そしてそのまま南の家に向かった。玄関前まで着いたら、


 「ここでいいわ」

 「中庭からたったの10メートル弱しか運んでないな」

 「あら、もっとしていたいの? じゃあ―――」

 「まーす」

 「なさいよッ!」


 陽菜を玄関前に下ろして、陽菜が南の家の玄関ドアを開けた。そして中にいる葵さんたちに声をかけようとするが、急に陽菜が


 「危なッ!」

 「へぶッ!」


 陽菜がしゃがんだ理由は飛来物を避けるためなのね。おかげで見事に俺の顔面になんかがぶつかったよ。これで顔面偏差値が下がらないことを祈るしかなくなったバイト野郎である。


 「痛たたた.....。んだコレ?」


 痛いとは言ったもののそんなに重量のあるやつが飛んできたわけじゃない。俺は顔面にぶつかったものを手に取って確認した。


 「こ、これはっ?!」

 「ちょっ?! あんた、それって―――」


 「「な、ナプキン?!」」


 飛んできたのは“白い生理処理用品”であった。


 「あ、ああああんた! それ返しなさいよ!」

 「断る!」

 「なんで?!」

 「これは神様からのプレ―――」


 俺と陽菜はナプキンをかけて揉めようとしていたとき、


 「あなたがいっつも、いっつも、いーーーーっつもデリカシー無いからじゃないッ!」

 「たしかに悪かったけど! でも、今回は君がトイレットペーパーを切らしといて事前に変えないからじゃないかッ!」


 真由美さんと雇い主が廊下で喧嘩をしている最中だった。


 「ふ、二人とも言い合いはそこまでにしてぇ」


 そしてその二人の喧嘩を止めようと間に割って入ろうとする困り顔の葵さん。不謹慎ですけど、そんな顔も可愛いですね。


 とりあえず挨拶しとこ。


 「おはようございます」

 「あっ、高橋君! おはよう! 悪いけど、ちょっと待っててもらえる?!」

 「あ、あら泣き虫さん。おはよう」

 「高橋君おはよう!」


 三人ともお忙しい中、バイト野郎に挨拶を返してくれた。


 「あ、葵姉、これどういう状況なの.....」

 「そ、それが.....って二人ともなにしてるの?!」


 葵さんは俺と陽菜を見て驚く。そりゃあそうか。俺が陽菜の身長で届かないことを利用し、直立不動でナプキンを天に掲げていて、そんな俺に陽菜はしがみついているんだからな。


 「陽菜が俺に抱き着いてくるんですよ! この小娘、未練がましいですよね!」

 「なっ?! よくあんたそういうこと言えるわね?!」

 「とか言って実際、お前俺にくっついて顔をうずめてんじゃねーかッ!! 何してんだよ?!」

 「こ、こここれはただのメディカルチェックよ!」

 「こんな方法初めて聞いたわッ!」

 「あんたこそいい加減そのナプキン返しなさいよッ!」


 「ちょっ陽菜?! 高橋君?! なんでこのタイミングで喧嘩始めるの?!」


 「たしかに日頃デリカシーないのは認める。でも今日の出来事は君にも非があるじゃないか!」

 「ないわ! 全ッ然ないわ!」

 「逆にどこが正しいと思っているんだ?! 俺はそこが聞きたいね!」

 「あなただってう〇こスるんだったら、トイレットペーパーがあるかないかくらい確認しなさいよ!」


 「ちょっ父さん?! 母さん?! さっき高橋君との挨拶で冷めたよね?! なんでまたヒートアップしてるの?!」


 俺は陽菜とナプキン騒動。真由美さんと雇い主はトイレ騒動。


 今この空間で中村家3人とバイト野郎1匹の喧嘩騒動が繰り広げられようとしていた。いや、もう始まっているか。なお、レフェリー役は葵さんに決定した。


 だが中村家にはもう一匹、役がいることを忘れてはいけない。


 『ダッダッダッダッダッダッダ!!!』


 そいつは今、二階から勢いよく下りてきて、


 「朝からうるさぁぁぁぁぁぁあああああああい!!」


 俺たちの喧嘩を一斉に仲裁できる裁判官になりうる存在となった。


 「もうっ! 昨日はゲームで寝れなかったんですよッ! もう少し静かにできないんですか?!」

 「「「「「........。」」」」」


 やっぱ寄生虫だった。

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