第92話 映画館ではお静かに
「お兄さん、いい加減気を取り直してよー」
「別に」
俺は現在、桃花ちゃんと今日一日カップルデート体験をしている。目的はコインロッカーに預けっぱなしの俺のジャージの回収だ。
童貞野郎の機嫌が悪いのは、さっき俺が駅のホームで生徒会長さんにいじめられているところを桃花ちゃんが黙ってウォッチしていたからだ。助けてくれればいいのにね。
「あ、そうだ。機嫌直してくれたら奢って上げる。うま〇棒とかさ」
この子、煽ってんのかな。それより俺の棒をしゃぶってくんない?
「コンドー〇奢ってくれたら機嫌直るかも」
「使う機会ないでしょ」
「......。」
ぐうの音もでない。言わなきゃよかった。
「使われないゴムって可哀そうだよね。同情しちゃう」
可哀想なのは童貞だよ。ゴムに同情してどうすんの。
「お、あったあった」
「よかったねー」
俺たちはコインロッカーに到着し、目的の物を回収した。紙袋の中にはジャージがあった。家帰って洗濯するか。明日から住み込みバイトだし、洗濯したら乾燥機にかけなきゃ。
「じゃ、帰るか」
「え」
「いや、ジャージ回収したし」
「それマジで言ってる?」
「と言われましても」
「
そ、そんな大きい声でデートするとか言わないでよ。恥ずかしい。
「だって明日からバイトあるし、今日のうちに洗濯して乾かしたいじゃん?」
「私のデートなんかより、ジャージの洗濯を選択するって言うの?!」
「お、うまい」
「でしょー」
さすが桃花ちゃん。つまんない親父ギャグでも自然な感じに言えるJCは君くらいだよ。
「でもな、デートをするにしても偽とは言え、俺たち付き合ってないじゃん?」
「きっも!」
別にキモくはねーだろ!
昨日の陽菜との不倫デートは買い物という名目があったからであって、今回はデートそのものが目的じゃないか。まぁ昨日のアレは、さすがに彼女いない俺でもデートと思えるけど。
「本当に彼女作れないよ? お兄さん」
「うっ。そういう桃花ちゃんも、以前、俺に彼氏いないって言ってたじゃん」
そう、童貞野郎、そういうことはちゃんと覚えているのである。たしか桃花ちゃんと初めて会った時だったな。隣人発覚事件の日に桃花ちゃんが「私、フリーよ」って言ってたし。
「あ、そういえばそうだったね」
「だろ?」
「じゃあお互い初めて同士ってことで」
「そ、それはそれでなんか.....いいな」
「いいんかい」
ということで、俺と桃花ちゃんはデートが決定事項となった。
「どこ行く?」
「...お兄さん、リードできないの?」
「ひ、陽菜にも同じこと言われた。ごめんね」
「あ、じゃあ陽菜と行ったところをまた行くって言うのはどう?」
なるほど、それなら昨日のことだからちゃんと覚えているし、うまく事が運びそう。
たしか、まずはカフェだったな。......飛ばそう。恥をかきたくない気持ちもあるが、なにより呪文を聞きたくない。
「じゃあボーリングかな」
「この前、友達と行ったからパスで」
「......。」
「筋肉痛になっちゃいそう」
....さいですか。陽菜と行ったとこ行くって言っていきなりそれだよ。君、リード云々の前に空気読もうよ。まぁ別にいいけどさ。
「あ、それなら映画どう?」
「今から見たいやつ、上映時間あんの?」
「あるある。さっき電車で調べといたんだよ」
そういえば乗車しているとき、桃花ちゃんがなんかスマホ見てたな。いいじゃないか、映画。デート感あるな。
「じゃあ行こうか」
「やったね!」
そうして俺たちは雨の中、少し離れた映画館へと向かった。ちなみに桃花ちゃんが見たかった映画は恋愛物語だった。
正直、興味なんて微塵もない。そんなよりアクションものがいい。SFものがいい。俺って本当にガキだよね。でもこれはデートだ。しっかりと彼女に付き合わねば。
「お兄さん、
「あ、ああ。大好きだ。俺ら意外と合うのかもな」
「お兄さんって嘘下手だよね」
「う、嘘じゃない。日々誰かとイチャイチャしたくてしょうがないんだ」
「きっも!」
「......。」
この子になに言っても俺が傷つきそう。
俺らは上映時間ギリギリに行ったので席に着いたら、さっそく映画が始まった。俺はこの映画にどれだけ長い間束縛されるか気になったので買ったチケットの詳細を見た。
「きゅ、90分...」
「映画だからそんなものでしょ」
はぁ......。今から90分我慢すんのか。どうせ見るなら90分もののアダルトビデオがいいんだけど。それに、これのなにがいいんだが。恋だの愛だの、童貞はそれ以前の問題だよ。愛より童貞卒業が常に頭の中にちらついてそれどころじゃないんだ。
そんでもって「お互い初めてがいい」なんて変な意地が俺にはあるから、余計に卒業が難儀なんだよ。
「あ、始まった!」
「桃花ちゃん、上映中は静かにね」
そりゃあ恋とかしたいよ? 陽菜に向かってあんな啖呵を切ったんだ。初々しくて、いかにも青春っぽい恋とかしたい。でも、きっとうまくいってもそれは最初だけ。
なぜか。そんなの簡単だ。
「わっ! お兄さん見て! 主役の人、開始早々女性にキスしてる!」
「上映中は静かにね」
俺の
バイト先の美人三姉妹に向かって、日頃あんなにセクハラ言ってるし、性的な目でも見ている。認めよう。
現に葵さんたちには、俺の視線がどこにいってるかバレバレだし。こんな下種野郎、俺が女子なら即ごめんだな。
「あ、女の人どっか行っちゃった」
「静かにね」
性格を直そうって思ったよ? でもそんな簡単な話じゃないんだよ。
俺の『セクハラ』は『童貞卒業』をしないと落ち着かなさそうだし、『童貞卒業』するにはまずこの『セクハラ』をどうにかしなければならない。悲しい宿命だね。
「ねぇ、お兄さん」
「なに?」
あんなに映画に夢中だった桃花ちゃんが上映中で暗がりの中、俺の横顔を見つめだした。俺は桃花ちゃんに、この映画に興味がないことを悟られないよう、視線をスクリーン向けたまま受け答えする。
なに、おしっこ? 仕方ないなぁ。付き合ってあげる。むしろ個室まで―――
「私......今日一日、彼女なんだよ?」
「え」
「恋愛映画をカップルで見るときはアレが定番だよね?」
「は? なんのこ――とっ?!」
俺の頬に柔らかいモノがあたる。横にいる桃花ちゃんの方を振り向かなくてもわかる。というか視界の隅に桃花ちゃんの顔が入ったし、女の子特有の甘い匂いもした。
......これはアレじゃないですか。
「どう? 眠気覚めた?」
「な、なななな何してんのッ?!」
なんで頬にキスしたの?! 俺ら仮のカップルだよ?! そこまでしなくてもいいんじゃない?!
「だってお兄さん、せっかくのデートなのに上の空なんだもん」
「だ、だからって―――」
「お兄さん」
桃花ちゃんが大きい声を出しそうな俺に、人差し指を俺の唇に当てて言う。
「上映中は」
そして、その指を今度は桃花ちゃんの唇に当て―――
「静かにね」
―――“間接キス”を童貞野郎にキメてきた。
―――――――――――――――
ども! おてんと です。
急にすみませんが、次回について大切なことを告知します。
次回、ちょっとアレな話ですが、和馬を信じてください。
それだけです......。
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