第82話 キュウリョウよりキュウジツ

 「休みですか?」


 天気は晴れ...だった。と言っても今はもう夕方を過ぎて辺りは暗くなり始めている。今日の仕事は終わりだ。しかし日が沈み始めても夏はやはり一日中暑い。


 「そうよぉ。あなた、ここにきてずっと働きづめじゃない」

 「ごめんね、高橋君。良いようにこき使っちゃって」


 千沙の“ハンドクリーム騒動”から二日が経った。千沙といるとほんっと苦労ばっかである。


 そんなバイト野郎に、中庭で真由美さんと葵さんからある提案が挙がった。


 「いえいえ、好きでやっていることですし」

 「でも、ほら二週間以上も家を空けているんだよ?」

 「聞けば泣き虫さんの家はご両親が家に不在でしょう? たまには休みも兼ねて家に戻ったら?」


 たしかに最近ずっと家に帰ってないよな、俺。たまには家に帰って家事をやったほうがいいのかもしれない。


 それにこうも住み込みバイトだと俺が四六時中ここいるから、中村家のみんなに負担やストレスの原因になっているのかもしれない。お言葉に甘えよう。


 「ではお言葉に甘えてお願いします」

 「明日から.......どれくらいがいいかしら?」

 「特に予定は無いのでそちらの都合で構いません」

 「そう言われてもねぇ」


 ふむ。休みかぁ。正直、急に貰っても迷っちゃうんだよなぁ。


 だって8月も後半だぜ? 特にしたいことも無いし。むしろこのバイト生活が楽しいからそんな休みが欲しいわけじゃないんだよな。


 もっとも、こんなのはただの我儘だから口にできないが。


 「では、こう言ってはなんですが、自分が必要そうな日が出勤日でいかがでしょう?」 

 「「.......。」」

 「...無言はときに人を傷つけることを知ってください」


 バイト野郎は役立たずでしたか。そうですか。とほほ。


 「違う違う! そうじゃなくて、最近、毎日高橋君が手伝ってくれるから特に急ぎの仕事はないってことだよ」

 「そ、そうよぉ。泣き虫さんが必要ないほど仕事が片付いて助かってるわぁ」

 「...だといいですね」


 なるほど、そういうことでしたか。よかったです。ただ飯を毎日おやつ付きでいただいているから、これで役立たずじゃあ申し訳ない。


 「じゃ、じゃあ三日間というのはどう?」

 「三日もいいんですか?」

 「それくらい全然平気よぉ。ほら友達と遊び行ってきなさいな」


 優しすぎる葵さんと真由美さん。正直、休日が一日だけなら別にあってもなくても変わらないけど、三日もあるなら夏休みを満喫できそう。


 最近、高校や地元の友達に遊びに誘われるが、この住み込みバイトを理由に行けなかった。よーし、遊びまくるぞぉー!




 


 「「え?! 和馬(兄さん)帰るの(んですか)?!」」


 そうだよね。陽菜も千沙も急すぎてびっくりするよね。


 俺はいつも通り風呂を浴びてから南の家に行き、夕食をいただく。食卓はここ最近中村家全員がそろって同じ時間帯で食べている。


 この美味しい夕食も三日間も食べれないのか。辛たん、辛たん。俺はみそ汁をすする。ズズッと。


 「最近よく働いているからね。で、どれくらい? 8時間くらい?」


 鬼か。雇い主あんた、8時間は休日じゃないよ。半日もないじゃん。休憩だよそれ。睡眠時間で終わっちゃうよ。


 「今回ばかりはパパに賛成よ!」

 「ええ、ですが同意です」

 「歳かな。涙腺がもろくなってる気がするよ...ぐすん」


 傷つけることにためらいを感じない。この姉妹二人は父に対して敬意や愛情なんてものは持ち合わせていないのだろうか。


 「二人とも落ち着いてよ」

 「慌てすぎよ。泣き虫さんには三日間休日をとってもらうだけなんだから」

 「「三日間ッ?!」」


 人によって価値観は違うからな。「だけ」か「も」か思うのは人それぞれだ。


 「8時間の7倍よっ?!」


 三日間を8時間で割るな。もう8時間を基準にするな。忘れろ。


 「兄さん、どれだけ休めば気が済むんですか?!」


 お前は24時間、毎日が休日だろーが。


 「なんだなんだ二人とも。俺がいなくなるとそんなに寂しいのか?」

 「っ?!」

 「いやいや、そんなわけないじゃないですか」


 赤面する陽菜。その姉、千沙は即答で否定に入った。雇い主と一緒に涙流していい?


 千沙は行儀悪く、箸で俺を指して言う。


 「いいですか、兄さん。私に仕事ができたらどうするんですか?」

 「いや、元々一人でできんだろ」


 「私のゲーム相手はどうするんですか?」

 「いや、我慢しろよ」


 「私の手にハンドクリームを誰が塗るんですか?!」

 「自分で塗れよッ!」


 なんだこいつ。こんな自己中娘だったっけ。少しは自立してはいかがですかね。ったくいったい誰だ、千沙を甘やかしすぎた奴は。これじゃあダダ甘だよ、ダダ甘。


 「え、なに“ハンドクリーム”って――――」

 「陽菜はなんだ? まさか千沙みたいに俺が不必要な必要性はあるまい」


 雇い主に感づかれそうなので俺は即ベクトルを千沙から陽菜に変え、疑問を聞くことにする。バレたらころされかねない。


 てかなんだ、「不必要な必要性」って。自分で言っといてなんだけど。


 「べ、別に。今まで和馬がこの空間にいたのに、急にいなくなったら―――」

 「「「「?」」」」


 「...さ、寂しいじゃない」


 っ?! くっ。こいつなんて可愛いんだ。今までそんなこと言わなかったじゃん。いつものツンツンどうした。ツンツンしてくれよ。胸がキュンキュンすんだろうがッ!


 「ひ、陽菜がデレた...」

 「珍しくデレるのねぇ」

 「......。」

 「で、でででデレてないわよッ!!」

 「デレルって何? 食べれんの? なぁぃー」


 雇い主から殺気を感じるんだけど。怖いんですけど。


 「......。」


 千沙はジト目で俺を見てくるし。お前も陽菜みたいにデレてくれよ。それなら休日返上して、昼は仕事、夜は子作りに専念するからさ。


 「あ、じゃあ私も寂しいです? 兄さん!」


 そういう取って付けた感100%のデレはいらんから。なんで疑問形なんだよ。演技でも自信もって言えよ。さっきから地味に俺にダメージ与えてるよお前。


 「はぁ......二人とも少しは自重しなさい。泣き虫さんはアルバイトなんだから、彼のことも考えなさい」


 真由美さんが二人をなだめる。やっぱりお母さんですね。あのぉ、“今のとこ”とはなんですか? すごく寒気がしたんですけど。クーラーの効きすぎかな。うん、きっとそう。


 「か、和馬、休日の自慢話とかしないでよ...」

 「はぁ...兄さん、お土産お願いしますね」


 自慢話も土産もねーよ。俺、家帰ってくつろぐだけだよ? 友達と遊び行くかもしれないけど。


 二人とも納得(?)してくれたようでなによりだ。これでバイト野郎は三日間お休みとなる。楽しみだなぁ、休日。

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