第73話 接点と並行は、1<と11と同じ

 「あ、そう言えば以前、千沙に聞いたことあります。こういう農機具にはキャブレターがあって、機械を動かす際には、最初にチョークを使用するって」


 バイト野郎と葵さん、ポニ娘は管理機の使い方がわからず、仕事が進まなかった。


 だが、俺はふとあることを思い出し、二人に説明する。葵さんと陽菜の頭に“?”が浮かぶ。そりゃあ専門的な知識ですもんね。無視していいです。


 バイクも似たようなもんがあったから思い出せた。いやぁ、そう考えると千沙って物知りだよな。エッチな用語も知ってるっぽいし。


 「つまり...えっとこの辺かな......これか」


 俺は機械のエンジン部分にチョークを探していじってみる。そして再び、スターターロープを引いてみる。


 「ふんぬっ!......あ、あれ?」

 「......かからないじゃない」

 「とりあえず父さんに電話してみるね」


 なんと、あってるはずなのになぁ。なにか違うんだろうか。燃料も入ってるし。かかりそうでかかんない変な感じだ。うーん、いつまで経っても仕事を始めらんないな。


 そして葵さんが胸ポケットから携帯を取り出し、雇い主に電話する。ガラケーで。


 俺と陽菜はそれを温かい目で見る。いや、陽菜はちょっと引いているな。そうだよね、実の姉がスマホ使えないなんて悲しいよね。


 「父さん、電話でない......電池切れかな」

 「え、ぁ?」

 「...葵さんと同じく、ガラケーなんですか?」

 「うん、ごめんね」


 別に謝らなくていいんですよ。同じガラケー使用者だからって罪を感じなくていいんです。


 っていうか“また”ってなに。しょっちゅうかよ。意外と葵さんのスマホを扱えないのは雇い主の子だからかな。遺伝レベルで機械苦手とかヤだな。いやまぁ、普通に考えて若い葵さんが使えないのがおかしいんだけど。


 「ほんっとパパって駄目ね」

 「ごめんなさい...」

 「な、なんで葵姉が謝るの」


 妹は父を責めているのに、機械苦手の自分と父を重ねて謝る葵さん。控えめに言って可愛いです。もし涙流したら、バイト野郎がぺろぺろします。泣いてください。


 「仕方ない、千沙に電話しましょう。あいつなら絶対いますし」

 「そうね」

 「じゃあ千沙に電話するね......あっ」


 「どうしたんですか?」

 「私の携帯......電池切れちゃった」

 「「...。」」


 あんたもかい。さっき謝ってたことが実際に起こるってすごいよ。予知ですよ、予知。ほんと親子だな。


 「じゃあ私が」

 「頼むわ」


 そう言って陽菜がのところにあるポケットからスマホを取り出そうとする。だが、


 「あっやっぱなし! ないないない! ふぅ、危ない危ない...」

 「え、どゆこと?」

 「ない。持ってきてない! 和馬よろしくっ!」


 いや、あんじゃん。胸に。


 そりゃあ葵さんと比べるとお前の胸はスイカとリンゴくらい違うから、胸ポケットにしまったときのが違うよ?


 俺は葵さんの胸を作業服越しに見る。うん、片方の胸の先端はしっかりくっきりになっている。陽菜は......あやしいな。あると思うけど胸としていてわかりづらい。


 数字と記号で言うなら、葵さんが“ 1< ”で陽菜は“ 11 ”だ。“1”は携帯かおっぱいね。ごめん、理系の男子はみんなこうなんだ。許して。


 あると思うんだよね。ボディチェックしちゃダメかな。


 「ちょっ、あんたどこ見てんのよ!!」

 「た、高橋君、それは良くないと思う......」


 なお、バイト野郎の視線はバレたらしい。視線って無意識にいっちゃうよね。


 ガラケーくらい太さがあれば盛り上がってわかるんだけどな。恐るべし近代技術の薄さスマホ


 「え、えーっと千沙に電話しまーす」

 「「......。」」


 俺は二人にかまわず、スマホを取り出して千沙の連絡先を探す。そして電話をかける。


 『プルプルプルプル...はい、もしもし。じゃ』

 「ちょっ、待て! なんで切ろうとする?!」


 「もしもし」の次に「じゃ」って言うやつ初めてだよ。


 『あ、兄さんですか。電波が悪いので、あとでお願いします』

 「お前家だろ、トンネルとか地下にいないだろ。下手な嘘つくな」

 『はぁ...で、なんです? どっかの兄さんのせいで、腕が筋肉痛だからスマホ持っていると辛いんですが』


 “どっかのお兄さん”って誰だろう。わかんないや。


 でも、筋肉痛なのはトイレまでほふく前進したからってのはわかる。もっと言うなら、「スマホ持っていると辛い」は嘘で、絶対ゲームのコントローラー片手に持ってるよね。ゲームの音聞こえてるし。伊達に俺、夏休みからお兄ちゃんしてない。


 「管理機が動かなくてさ。なんかわかる?」

 『え? 私の兄ですよね? わからないんですか? もしかしてふざけてます?』


 電話越しに煽ってくる千沙いもうと。兄妹関係ないだろ。おい、こっちは仕事があんだ。早くしてくれよ。


 「あ、あぁ、ごめんな。不甲斐なくて」

 「わ、私が変わろうか?」

 「その方がいいと思うわ。...絶対言い合いが始まる」


 くっ! ここで葵さんあねにも陽菜いもうとにも頼っていられん。舐められっぱなしは兄としてのプライドが許さない。


 俺は二人に待ったをかける。二人の声は千沙に聞こえていないのか、姉妹の声には反応しない。


 「千沙、そこをなんとか頼むよ」

 『えぇー。面倒ですね。ていうかそれが人にものを聞く態度ですかぁ?』


 俺は自分でも額に青筋が立っているのがわかる。我慢だ、我慢。


 「千沙、お願いします。教えてください」

 『“さん”ですかぁ。もっと上級クラスの言い方ありませんでしたっけ?』


 我慢だ。そう、我慢。


 「ち、千沙様。どうか、不甲斐ない俺に―――」

 『あ、兄さん。私、筋肉痛で辛いんで治るまで世話を頼んでいいですか?』


 なんでひきこもりの世話しなきゃいけないんだよ!!


 我慢はGAMANNだよ。


 「は?」

 『いや、ですから、しばらく私の世話係になってください。条件ですよ、条件』


 ......我慢ってなんだっけ。


 『兄さん?』

 「しかたないなぁ」


 『あ、いいんですね。じゃあ、よろし―――』

 「俺が全部やってやるよ」

 『え』


 「しばらく俺が千沙の食事のあーんから、下の世話のあんっ!までなんでもやってやるって言ってんだよ」

 『し、下はいいで―――』


 「なに、安心しろ。ちゃんとトイレまでお姫様抱っこしてやる。なんなら、腕が筋肉痛なら紙で拭いてやるよ。間違って指で触っちゃったらごめんなぁ」

 『っ?!』


 「そうだ! 俺、マッサージも得意なんだ。ほぐしてやるよ。尻とか揉みしだいて、文字通り全身マッサージしてあげるから楽しみにしてろよ」

 『ちょっ』


 「もちろん下着を含む着替えも、お風呂も、歯磨きも全部、ぜーんぶ、お兄ちゃんと一緒だ」

 『待ってくださ―――』

 「約束だぞ。絶対逃がさねーから」

 『っ?!』


 俺は千沙の条件通り世話役を受けて立つ。手加減しねーから。俺はさらなるセクハラを続けようとする。


 「泣いて喚いても、筋肉痛が治っても俺なしじゃいられない身体にし...たぶしゃっ?!」

 「最ッ低!!!」

 「た、高橋君、それはさすがにやりすぎだよ」


 俺はポニ娘から怒りの鉄拳をくらう。


 なんとバイト野郎のセクハラづくしが二人には不評だった模様。言い過ぎたらしいな。これだから内心ヤりたかった欲望の一部をさらけ出すと殴られる羽目になるから嫌なんだ。ぐへへ。


 「あんた女の子に、それも千沙姉にあんなこと口走るなんて...見損なったわよっ!」

 「そうだよ、あれはセクハラ通り越して、犯罪だよ」

 「葵姉は黙ってて!」

 「あ、はい」


 くっ。いつの間にか、バイト野郎は被害者から加害者になってたらしい。


 殴られて俺の手元から落ちたスマホを葵さんが拾い、千沙に話しかける。


 「ち、千沙?」

 『ひゃいっ?!』


 「だ、大丈夫?」

 『は、はい!! は?!』


 「お兄ちゃん?」

 『いえ、なんでもありません! 気にしないでください!』

 「そ、そう」


 葵さんが千沙から機械の動かし方を聞く、どうやらガソリンを送る部分の開閉を担う“燃料コック”がOFFだったことが原因で、これをONにしたら解決した。超初歩的なミスだね。


 さて、これでやっと仕事が再開できるな。俺は管理機を使い、畑の土を浅く掘っていこうとする。


 「じゃ、溝状に掘っていきます」

 「ミスったらタダじゃおかないわよ、変態メガネ」

 「頑張ってね、エロ橋君」

 「......。」


 そんなに引く? アレ、まだ本心のほんの一部なんだけど...。


 少し自重を決意したバイト野郎だった。

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