第72話 ジャガイモ畑は葵先生の教室

 「今日はジャガイモを植えます!」

 「うおおー!!」

 「あんた本当に元気ね」


 「ふふ、高橋君らしくて良いじゃない」

 「なんだ元気ないぞ!」

 「ただでさえくそ暑いのに、あんたのせいでくそ暑苦しいのよ!」


 天気は晴れ。陽菜の言う通り、くっそあっつい日だ。夏休みに入って8月中旬になるが安定してこの月は暑い。今は昼過ぎで暑さもピーク時である。


 陽菜、女の子が“くそ”とか言っちゃダメでしょ。うんこと言いなさい。うんこ暑いって。


 「前にもこんなやり取りしたね」

 「ええ。たしか陽菜が自分のことを好きになった日ですよね」

 「なっ?! そんなわけないでしょ!!」


 陽菜が赤面して俺の言葉に反対する。


 おいおい、今から顔赤くして大丈夫かよ。安心しろ、ラブじゃなくてライクだろ。わかってる。いつかセフレになってくれればそれでバイト野郎は充分だから。


 「え、俺のこと嫌いなの?」

 「っ?! そ、そうよ!」


 俺はとぼけたふりして陽菜に聞く。


 「じゃあ距離置こうかな」

 「え」


 「会話も控えよう」

 「ま、待ちなさいよ」


 「嫌いなんだろ?」

 「っ?!......、よ」


 「チッ」

 「なんで舌打ちしたのよ!!」


 「ベっつにぃー」

 「今、絶対、私のこと弄んだでしょ?!」


 「好き好き、だーい好き」って言ってほしかった。まぁそんなこと陽菜が言ったら即病院行かせるけどな。陽菜が言うわけない言葉だし。


 「ほら二人とも、遊んでないで。仕事するよ?」

 「自分としたことが、なんたる不覚。身体で償います」


 なにだべってんだバイト野郎。仕事で頑張って罪を償おう。


 今日の仕事はジャガイモを植えること。俺たちが畑に来る前に必要な道具や植える種、材料なんかは雇い主が先に持ってきて置いたらしい。準備がいいですね、バイト野郎頑張ります。


 「か、身体で......」

 「葵姉?」

 「っ?! なんでもないっ!」


 おっと、仕事的な意味で言ったのだが、葵さんにとっては違う意味で聞こえてしまったらしい。子作りなら喜んでするのに、これじゃあ素直に喜べないバイト野郎。


 「ごほんっ! えっとね、まずジャガイモの植え方なんだけど、まずは土台作りからね」


 そう言って葵さんは俺らの近くに置いてある農機具のところまで歩き出した。俺と陽菜は葵さんに続く。


 「高橋君には畝立てをする“管理機”で土を掘っていってもらいます」

 「はい! 葵先生、管理機とはなんですか?」

 「せ、先生...。管理機はその名の通り、畑を管理する機械だよ」

 「管理?」

 「そ。色々な機械があるけど、今日はこれを使ってもらいます」


 葵さんが説明をしている管理機とは腰くらいの高さの農機具である。どうやらガソリンを燃料タンクに入れて動かす機械らしい。


 陽菜は俺の隣で葵さんの説明を大人しく聞く。この機械どう見ても一人用で俺が扱うのに聞いてていいの?


 「葵先生、それはどういったものですか?」

 「この機械はね、さっきも言ったように、土を溝状のようにして掘っていく機械なの。溝の深さは作物によって違うけど、今回のジャガイモは浅めに掘ります」


 「どれくらいですか?」

 「10...いや20センチくらいかな。ふふ、高橋君に質問―――」


 「ジャガイモは純度の高い炭水化物食品なので筋トレする際に良い糧になります」

 「まだ何も言ってないよ!!」


 「あ、知りたいと思いまして。つい」

 「聞きたいことは違うけど、ありがと!! 晩御飯はポテサラだよ!」

 「楽しみにしてます」


 「えーっと、質問だけど、なぜ浅く掘ると思う? ふふ、わからないよね。答えは―――」

 「予測ですが、浅く掘って、ジャガイモを浅く植えることでやわらかい土になるから、ジャガイモにとってストレスにならないんですよね?」


 「......。」

 「そうすることで大きいジャガイモになりやすく、収穫もしやすいと思います」


 「.........。」

 「葵先生?」

 「そうだよ。その通り、正解。可愛くないねっ!」


 そ、そう言われましても。予測でものを言ったが、どうやらあってたらしい。なんかごめんなさい。葵さんは可愛いですよ。


 「え、えーっとこの機械の使い方はどうするんですか?」

 「ああ、たしかスイッチをオンにして、このロープを引っ張るって父さんに聞いたよ」


 なるほど、これに関しては以前、草刈り機や、粉砕機チッパーと同じ使い方らしい。エンジンかけるのにスターターロープを引っ張るのってなんかいいよな。これは男にしかわからぬロマンよ。


 葵さんが勢いよく、ロープを引っ張る。が、全然エンジンはかからない。


 「あれれ、あってると思うんだけどな」

 「葵姉もっと力入れるんじゃない?」


 今まで大人しく俺と葵さんの会話を聞いていた陽菜が口を開いた。


 「えいっ!!」

 「......中々かからないわね」

 「うーん、今まで父さんがこの機械を使わせてくれなかったからよくわからないなぁ」


 あ、知らないんだ。そりゃあどう見ても力仕事だしね。娘にこんな仕事させらんなによな。


 「自分がやりましょうか?」

 「待って和馬、私もやってみたい!」

 「お願い」


 陽菜はいつになくやる気だね。よし、部活で培った筋肉を見せてみろ。


 「んっ!! あれ、かかんない」

 「日頃、あんだけ部活行ってんだ。筋肉あるんだろ」

 「相変わらずデリカシーないよね、高橋君」


 「き、筋肉なんてないわよ!!」

 「あー女子だからって華奢なフリしなくていいんだぞ」


 「ほんとにないのっ!」

 「え、じゃあ触っていい?」


 「だ、だだ駄目に決まってるでしょ!! ......つ、付き合ってもないのに触るなんて」

 「はい?」


 「触っていい?」はいつもの冗談セクハラなんだけど、なんでそうなるの?


 「ちょっと高橋君、お願いしていい?」

 「あいさ」


 俺はスターターロープを握る。そして、


 「ふんぬっ!!」


 がうんともすんとも言わない管理機。陽菜がジト目で俺に言う。


 「...あんたの筋肉、ほんっと無駄よね」

 「...。」

 「無駄な筋肉なんてないよっ!! 特に高橋君のは!!」


 うん、さっきはごめんね。自信があったんだよ。


 それと葵さんはきっと陽菜の非力さを馬鹿にした俺をフォローしたんじゃなくて、俺の筋肉が馬鹿にされたからフォローしたんだよな。結果的に俺なんだけどちょっと悲しい。


 しかし、我が筋肉をもって駄目とは、いったいいつになったら仕事は始められるのだろうか。不安な葵さんと、ポニ娘、バイト野郎であった。

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