第74話 姉はどこまでいっても妹の味方

 「あっ私帰んなきゃ」

 「なにかあったの?」

 「桃花が来るのよ。さっきママとパパに確認取ったらいいって」

 「へぇ。今日桃花ちゃん来るんだね」

 「うん!」


 陽菜が嬉しそうに頷く。どうやら今日、中村家に桃花ちゃんが遊びに来るらしい。今はもう17時過ぎで、陽菜は今から桃花ちゃんが来るのを家で待つっぽい。時間帯的にお泊り会かな。ほんと仲良いね。


 ちなみに今、俺と葵さんと陽菜はジャガイモを畑に植え終えて、最後に土をかぶせていく作業をしている。丁寧にやらないと後で農薬を上からかけたときに、間違えてジャガイモにかかってしまうので気を付けなければいけない。


 「葵姉、悪いけど...」

 「あとは私たちでやるから平気だよ」

 「任せろ」

 「...葵姉になんかしたらタダじゃおかないから」


 さっき千沙にセクハラを思いっきりしてから陽菜の俺を見る目が変わった気がする。俺のセクハラはどうやら範囲攻撃らしい。なに、明日にでもなればいつも通りに戻ってるさ。


 陽菜は先に家に帰り、ジャガイモ畑には俺と葵さんが残る。


 「じゃあ残りやっちゃおうか」

 「了解です」


 といってもあとは足でジャガイモを土をかぶせるだけの単純な作業になるので苦労しない。俺は葵さんと世間話でもしながら作業を進める。


 「前から気になってたんですけど、陽菜は進路とかどうしてるんですか?」

 「急にどうしたの? まぁ今いろいろと考えている最中らしいだけど」


 俺は葵さんに陽菜のことを聞いた。あいつは中学3年で、来年には高校生に進学するのだが、どこの高校を志望するのか想像がつかない。葵さんなら知ってるのかなと思って聞いてみたがあんまり知らないらしい。


 葵さんほど家業を頑張ろうという熱を感じない。陽菜がしたいことをするのが一番だけど、根はやさしいあいつのことだ。もしかしたら農業高校に進学するかもしれない。現に科は違くても姉二人は農業高校だしな。


 「今年が中学最後の夏休みです。あいつも農業高校にいくんですかね?」

 「うーん。私と千沙みたいに農業高校行くとは思えないんだよね。陽菜におすすめできないし」

 「なぜですか?」

 「陽菜に向いてないって言ったら聞こえが悪いけどあの子、虫苦手だし、堆肥とかニオイがするのも駄目だし、こういった単純作業をするのが嫌いっぽいんだよね」


 とてもじゃないが農家の娘とは思えないな。偏見で悪いけど。そりゃあ向き不向きあるよね。


 「それになにより...」


 まだあるの。不満多すぎない?


 「私たち家族が陽菜を縛りたくないかな」

 「...。」

 「あの子には、自分の好きなこと、得意なこと、やってみたいことにもっと興味を持ってほしいの」

 「......。」

 「家柄に関係なく、私たちの苦労なんか気にしないでにね。...これはエゴかな」

 「...いえ、妹想いの優しいお姉さんです」

 「ふふ、そうだといいね」


 葵さんは本当に良い姉ですね。思わず筋肉フェチというレッテルが剥がれそうなくらい立派ですよ。


 「それでね、高橋君にお願いがあるの」

 「?」

 「もし...もし、陽菜が高橋君に進路相談を...いや、人生相談をしたら、面倒くさがらずに乗ってほしいな」

 「...自分にしますかね? 変態で真面目とはかけ離れた自分に」

 「もー、またそういうこと言って。...たぶん相談するなら高橋君だよ」

 「努力します」


 俺は軽く返事をするが、そのときがこないことを願う。だってそんな重要な相談されたら、俺はきっと―――


 「でいいよ。ううん、でお願いします」

 「...さいですか」


 いつになく真面目な顔つきで葵さんが俺にお願いする。顔に出てたのだろうか、葵さんに心を読まれた気分だ。


 家族が、姉が俺なんかに願ってるんだ。もしそんなときがきたら......なに持ち前ので陽菜のことを優先して考えよう。


 偉そうかもしれないが、そのくらいが頼まれた側のしなくてはいけない心構えだと思う。


 「後悔しても知りませんよ」

 「しないよ。しいて言うなら、バイトを雇ってしまったことが後悔になったかな」


 「あっそういうこと言うんですかー」

 「ふふ、ごめんね。冗談だよ、冗談」


 「もう葵さんなんか知りません。あーあ、自分、もう筋肉鍛えるのやめようかなー」

 「じょ、冗談だよ! 許してください!」

 「...。」


 この必死さ。もうちょい凛々しさを保てなかったのだろか。そんな葵さんも可愛いからいいんですけど。


 俺らはそんな話をしているうちに、ジャガイモ畑の仕事が終わり、後片付けをして帰宅する。時間帯もちょうどいい感じで、きりがいいので今日の仕事はこれでお終いだ。


 ちなみに使った管理機はあとで雇い主がトラックで取りに来るので放置することにした。




 バイト野郎と葵さんは中村家に到着した。俺は昨日着たツナギ服など洗ってくれた衣服を取りに南の家に行く。その後、東の家に戻り、お風呂に入って身を清める。


 と、あることに気づくバイト野郎。


 「あれ? 洗ってくれた洗濯物にパンツがないぞ」


 そう、俺のボクサーパンツがないのだ。いかにもヤリチン感あふれるお気に入りのパンツなんだよねアレ。...童貞だけど。


 なぜかそれがない。なんでだろ。


 「ま、いっか。あとで真由美さんに聞こ」


 俺はあまり気にせず風呂へと向かった。




 『ピロンッ』

 「ん? 千沙からか」


 風呂を上がった後、部屋に戻ったタイミングで千沙からメールがきた。


 [もう南の家に移動したので、タクシーは結構です]

 「あ、そう」


 四肢が筋肉痛なのにどうやって南の家あっちに行けたんだろう。ほふく前進かな。いや、昼に電話したときには筋肉痛自体もう治ってたのかもしれない。妹が嘘ついてるかもしれないと疑ってしまう兄。血はつながってないけど。




 「高橋、お邪魔しまーす」


 俺は例のごとく夕飯をいただきに南の家に来た。いつもならリビングに行くと中村家のみんなが返事をしてくれるんだけど、その前に壁が立ち塞がっていた。


 「あ、お兄さん。こんばんは。久しぶり!」

 「か、和馬。お疲れ様」

 「...おう、桃花ちゃん久しぶり。陽菜もお疲れ。......で、なにしてんの、二人とも」


 玄関のドアを開き、中に入ると目の前で二人のJCが取っ組み合いをしていた。


 「お兄さん、手伝って!!」

 「和馬、私を助けなさいっ!!」


 ......ご飯食べたいんですけど。

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