第63話 緊張はダイエットの秘訣

 「こんばんわー、高橋、お邪魔しまーす」


 俺はパイプを倉庫に片付けたあと、夕飯をいただきに南の家に来た。葵さんへの謝罪を込めたお礼は食後行う予定である。


 リビングには真由美さん、陽菜、雇い主、葵さんがいた。千沙はたまに、いやしょっちゅういない。引きこもりの生活だからか、常人と時間が合わないのである。


 「いらっしゃい。今日もお疲れ様ぁ」

 「和馬、遅かったわね」

 「高橋君は俺の隣ね、かもん」

 「......。」


 「「「え」」」


 陽菜、雇い主、真由美さんが驚いて葵さんを見る。


 「え、な、なに?」

 「葵が高橋君に労いの言葉を言わないなんて...」

 「べ、別になんでもないよ!」


 真由美さんが珍しいものでも見たかのような目で葵さんを見る。


 「葵姉、なんかあったの?」

 「いやいやいや本当に何もないよ!!」

 「そ、そう?」


 陽菜も似たような感じで葵さんに聞く。


 「お、俺はなにも知らないよー」

 「父さんは黙ってて!」


 雇い主の言い方が完全にアウト。勘の良い二人はもうそれで気づいたよ。


 「「「「「......。」」」」」


 き、気まずい。いただきますをした後になんも会話が生まれない。原因は俺が全部悪いからな。


 でも中村家のみんなにこれは言えない。さすがに「葵さんのおっぱい揉みました」なんて言えない。


 「きょ、今日は天気が良かったねぇ」

 「そ、そうですね」

 「バドミントンしてて倒れるかと思ったくらいよ!」

 「陽菜、倒れないように気をつけなよ」

 「......。」


 会話終了。せっかく真由美さんが気を利かしてくれたのに活かせなかった。俺が全部悪いんだけど、葵さんがだんまりじゃあ会話が進まない。


 「し、しりとりでもする?」

 

 雇い主あんた、どこの家庭にしりとりしながら飯食う家庭があるっていうんだ。


 やばい、もう気まずすぎて全く食欲が湧かない。


 「......ごちそうさまでした」

 「「「......。」」」


 葵さんが誰よりも早く食べ終わり、食器をキッチンに持っていく。そして、そのままリビングを出て、二階に上がっていった。


 俺たちも食べ終えて食器を片付けた。テーブルは奇麗になり、食後のお茶を今のメンツでもらっているところである。


 「で、なにしたのよ。あんた」

 「ちょっと心配ねぇ」

 「いやマジでなにしたの? 高橋君」


 白状するか。なんでも正直に話すことが美徳ってわけじゃないけど、この後、葵さんの部屋の前まで行くには許可が必要だ。本人の許可が一番だけど、言うタイミング逃したしね。


 幻滅されようと、クビにされようと仕方ない。俺は覚悟して言った。


 「あんた最低ね」

 「事故だから何とも言えないわねぇ」


 もっと罵ってください。っていうか意外にも雇い主は怒らないのね。俺、殴られるくらいは覚悟してたんだけど。


 そして雇い主は告げる。


 「本当は責めたいところだけど...」

 「?」


 「実は俺もよく強く言えない。それも事故のように見せかけてね」

 「ちょっ! あなたはもういいから黙ってなさい!」

 「あ、はい」


 あんたもかい。


 「はぁ...で、どうするの?」

 「もちろん、時間で解決する気なんて思ってないし、全力で謝る。......部屋まで行ってもよろしいですか?」


 俺は三人に許可を願う。


 「駄目ね。許可できないわぁ」

 「......。」


 ですよね。じゃあどうしよ。外から二階に忍び込むか? 冗談だけど―――


 「と言っても、泣き虫さんのことだから外からよじ登られても嫌だし、あとで葵をそっちに行かせるわぁ」


 心が読まれました。敵いませんね、真由美さんには。ってそれより、


 「いやいやいや、葵さん直々に来させられませんよ!!」

 「いい? ちょっとは葵にも非があるのよぉ」

 「え」


 葵さんは終始、被害者ですよ?


 「あの子も駄目ねぇ。揉まれたくらいで、情けないわぁ」

 「....自分を大切にすることはいいことだと思います」

 「......あなたがそれを言えるのかしらぁ」


 たぶん、真由美さんはバイト野郎のセクハラのことだけを言っているんじゃない。俺のこの馬鹿正直さがも指摘しているんだろう。今日みたいに距離感を間違えれば、葵さんとの関係は割と簡単に壊れますしね。


 「自分はいつだって自分を優先に考えていますよ?」

 「......そうだといいのだけれど」


 勘の良い真由美さんだ。きっと葵さんに“正直さ”を見せつけるかのように生きている俺が、自分のことを大切にしてない人だと思っているのだろう。大丈夫です、加減はに痛いほど思い知りましたから。


 「それにそもそも葵も大袈裟すぎるのよぉ」

 「?」

 「あんなんじゃいつまで経っても、彼氏なんかできないわぁ」

 「っ?!」


 速報:中村 葵は彼氏いません。誰とも付き合ったことがない上に、おそらく葵さんは処じ―――


 「孫の顔は陽菜か千沙に期待してるわぁ」

 「ぶっ!!」

 「ちょっ陽菜汚っ!! かけるなら高橋君にしてよっ!!」


 今まで静かにしていた陽菜が、飲んでいたお茶を急に吹き出した。その席の関係上、真正面の席にいる雇い主に盛大にかかった。


 俺でも嫌だよ。可愛い子の口からお茶かけられても喜べるほどまだ上級者じゃないよ。


 「ゴホッ......ママが変なこと言うから吹いちゃったじゃない!」

 「えぇー。だってそうじゃない? それよりいつ告白す―――」

 「わああああああ!!! 和馬! あんたは東の家あっちに行ってなさい!! 私からも葵姉に言っておくから!!」


 「え」

 「いいから早く!!」

 「あ、はい」


 俺は陽菜に追い出されたも同然に南の家を後にする。


 結局は碌にお詫びも日頃のお礼もできずに時間が過ぎてしまった。でも、真由美さんや陽菜が葵さんを来させるって言うし、お言葉に甘えていいのかな。葵さん、許してくれるだろうか。


 あー不安になってきた。部屋に戻ったらしばらく筋トレでもしよ。夜風を浴びながらするの気持ちいんだよね。

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